Five Elemental Story

16話 蒼氷王のお悩み相談

 ──はじまりの地、???。

 ここは亜空間と呼ばれる場所。陽の光、月の光の祝福を一切受けず、偽りの紅月が黒空に浮かぶ。

 彼らが住む世界とは逆に、“地下世界”とも呼ばれるこの地。ここには、かつて大罪を犯した悪魔達が根城とする妖魔城が存在している。


 城の一室に設けられた会議室にて。

 U字型の白いテーブルに、等間隔で配置された七つの椅子。暗闇の中、テーブルにパッと光が当てられ、辺りがぼんやりと明るくなる。

「アスモデウスがやられたみたいだねぇ」

 七つの大罪、“強欲”を司るマモン。

「いずれ復活するであろう」

 七つの大罪、“暴食”を司るベルゼブブ。

「Zzz……」
「コイツ……いつまで寝てやがる……」

 七つの大罪、“怠惰”を司るベルフェゴール。“憤怒”を司るサタン。

「ほっときなさいよ。どうせ起きやしないんだから」

 七つの大罪、“嫉妬”を司るレヴィアタン。

「……」

 七つの大罪、“傲慢”を司るルシファー。


 時を経て、復活した七つの大罪を司る悪魔達。

 彼らの目的は今も昔もただ一つ……『地上世界を支配すること』。

 次こそ実現させるため、アスモデウスに続いたのは──。


「平和ボケした地上のヤツらめ……! 地獄の業火で焼き尽くしてやる!」


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 ──はじまりの地、第14小隊のボロ拠点。


「『闇黒騎士隊』が究極融合に成功したって!?」

 そう声を上げるブレイドに、レベッカはそうよと頷く。

「リベリアさんから連絡を貰ったの。まだ外部には漏らしてない情報だから内密にね」

 エレフォン片手にそう答えるレベッカ。いいのかそれで、とこの場にはいないリベリアに白い目を向ける。

「ねぇ、『闇黒騎士隊』って……」
「あ、ヴァニラは知らないんだっけな。『闇黒騎士隊』は……」
「ううん、知ってる。ミリアム達でしょう?」

 おおっ! と思わず感嘆する一同。父母……?

「この前教えてもらった。有名だって」
「そういえば……ミリアムさんは知ってるのか? ヴァニラが部隊に入ってるって」
「一応、LINKリンク(※メッセージアプリ名)で知らせた。忙しいみたいで通話は出来なかったが……。そうか、試練受けるから忙しかったんだな」

 一人、納得するブレイドに「それで返事は?」とベルタが訊ねる。

「『良かった』と」

 ……それだけ?

 心の声が重なるヴァニラを除く三人。心情を察したのか、ブレイドは続けて。

「多分、感極まって言葉に表せなかったんだと思う。泣いてなきゃいいが」
「オレ達は泣いてたけどな……」

 脳裏によぎるのは病室での光景。うるせぇ、とブレイドは視線を明後日の方向に。

 レベッカはねぇと呼びかけると。

「今、調整のための遠征に行っているみたいなの。それで、戻って来たら会いに行かない?」
「ミリアムに……うん。行きたい」
「じゃあ、決まりだな。オレも師匠が強くなったところ見たいし」
「……もう一人は? 暗黒のダークナイトの……」
「覚えてやれよアイザックだよ」

「……」

 『闇黒騎士隊』の話題で盛り上がる中。ベルタは仲間達に悟られないように、一人外へ出かけて行った。


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 ──はじまりの地、アリーナ近くの街中。

「はぁ……」

 無意識のうちに溢れた溜め息は、人々の話し声で掻き消された。

 女性は天色の髪を揺らし、うんざりとした表情で前へ前へと足を進めていく。

(これでは……仮に居たとしても見逃してしまいそうじゃ……。やはり、アクア辺りに同行してもらえば良かったかの……)


 彼女の名はミラクロア。普段は“蒼氷王”と名乗り、モルスの一柱として働いている。が、今回はモルスの証とも言えるローブを脱ぎ、ほんのちょっとの変装を加えて、ミラクロアとして街へ出てきた。ただ遊びに来たわけではない。“仕事”としてだ。


(ダメじゃ、ダメじゃ! なにを弱気になっておるのじゃ! これではモルスの名折れ、しっかりせい!)

 自分自身に喝を入れ直し、よしと一歩前へ。


「あいたっ」
「あっ……」


 踏み出した直後、先の曲がり角から現れた人物と衝突。顔を打ってしまい、変装用に掛けていた眼鏡(伊達)が地面に落ちる。

 ミラクロアとぶつかった少女は、ズレた帽子を直しつつ眼鏡を拾い上げると、すみませんと謝った。

「わらっ……わたしの方こそすまなかった。拾ってくれてありがとう」

 少女から眼鏡を受け取り、何とか無難に礼を述べる。

 少女は今一度すみませんと軽く頭を下げ、ミラクロアの横を通り過ぎて行った。

(……あの姿、どこかで見覚えが……)

 はて? と思い返すも判明せず。

(ま、そのうち思い出すじゃろ。……ん?)

 ふと視線を下に向けると、初めて見る柄のハンカチが。どうやら落とし物のようだ。

(さっきまで落ちてたかの? ……あっ。)

 もしかしたら……。脳内に過るのは、眼鏡を拾ってくれた少女の姿。あのときに落としてしまったのではないか。

 まだ近くにいるだろうとハンカチを拾い、少女の元へと急ぐ。





「はぁ……」

 思わず洩れた溜め息。宙に浮かぶ足元に視線が向く。

 人々で賑わう街から少し外れた場所に位置する公園。人気がないのか、公園には誰一人おらず、拠点を後にしたベルタは休んでいくことにした。

 ブランコに座り、脚をぷらぷら。

「兄さん……」



 『闇黒騎士隊』所属、“水魔のダークナイト”バラバス。

 以前、兄バラバスとは究極試練を受ける前に本気で戦ったことがある。そのときは勝敗こそつかなかったが、確実に負ける戦いだった。

 圧倒的な力の差……。だが、究極融合した今なら兄と肩を並べられるのではないか。そう考えていた矢先、兄が究極融合したという知らせを受けた。



「また……遠くなっちゃったな……」

 遠ざかる兄の背中。昔のように、兄妹として接することはもう出来ないのか。

 一度考えてしまうと止められず、仲間達に心配をかけたくないと飛び出した。早く戻らなきゃ、と頭では思っていても、体が動いてくれない。

 結局。溜め息を洩らす回数が積み重なるばかりだ。

「見つけた!」
「!?」

 すぐ近くから聞こえてきた声。その声量に驚き、目を見開きながら顔だけ振り返る。

「あ、貴女は……さっき……」

 ベルタの背後、茂みを挟んだ先に立っていたのは、ここに来る前にぶつかった女性。

「驚かしてすまぬ。これ、そなたのじゃろう?」

 と、見せられたハンカチは確かに自分の物で。いつの間にとポケットを探ると、入れてあったはずのハンカチは無かった。

 その間に女性はベルタの前に立ち、ハンカチを差し出した。

「あ、ありがとうございます……」
「見つかって良かったのじゃ」

 女性は微笑むと、じっとベルタの顔を見つめて。

「……どうかしましたか?」
「あぁ、いや、なんでもないのじゃ。それより……少し前から見ておったが、そなた。なにか悩みでもあるのか?」
「え」
「沈んだ顔だったからの。わらわでよければ聞いてやるぞ?」

 口調違う……? と思いながら、ベルタは断ろうと口を開いた。しかし、女性の期待を込めた眼差しにレベッカを思い浮かべてしまい、あ……と小さく洩らした後。

「……お願い、します」

 会って数分しか経っていない相手に、悩み相談することとなった。


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「わらわはミラクロア。そなたは何と申す?」
「ベルタです」
「ベル……タ?」
「えっと……?」

 二人しかいない公園。立ったままではあれだろうと、ミラクロアと名乗る女性はベルタ同様ブランコに腰掛けた。

 女性の反応にベルタは疑問符を浮かべ、困惑する。

「……どこかで会ったことはないか?」
「……」

 記憶を辿らせてみるも思い当たる節はなく、首を横に振る。部隊の関係者なら名前を知っていてもおかしくはないが……。

「そうか……なら、わらわの勘違いかもしれぬな。すまないの」

 いやいや、と両手をブンブン。仮に会っていたなら、こんな綺麗な人を忘れるわけがないと頭の片隅で思う。

「少し脱線してしもうたが……聞かせてくれるかの」
「あ、えっと……聞いてもつまらないかと思いますが……」

 見知らぬ女性相手に部隊の話を振るのはいかがなものかと思い、ベルタは“部隊”を別の言い方に変えて話した。通じるかどうか不安だったが、この想いが通じればいいかと気にしないことに。

「……なるほどな」

 話が終わると、女性はそう呟いた。どうやら、話の筋は理解出来たようだ。

「追いつきたい……けど追いつけない……。そなたは、葛藤しておるのじゃな。自身の気持ちと」

 追いつきたい、追いつけない。この二つを簡単に表せば、生と負、希望と絶望、相反する気持ち。

 追いつきたいと意思を持って歩く自分と、もう追いつけないと諦めている自分。

 自分はこれからどうすればいいのか。道標となる光が消えかける。

 女性は次に何を言おうか考えているようだ。ベルタは当たり障りのない言葉を掛けられるのではないかと期待しないで待っていた。

「なら、こうするのじゃ」

 女性は自身の腕に付けていたチェーンのブレスレットを外し、両手を背中へ。はいっと掛け声と共に、丸めた両手を前に突き出す。

「どちらかにわらわのブレスレットが握られておる。ブレスレットが出たら続ける。出なかったら諦めればいい」

 どちらか選べ。

 その言葉が頭の中で響く。

(これで……出なかったら……)


 諦められる──……


 選んだ掌がゆっくりと開かれる。そこには……ブレスレットがあった。

 女性はニッと口角を上げると。

「そなた。今、安心したじゃろう」
「えっ」
「それが、そなたが望む答えじゃ」

 ミラクロアは初めから、“これ”で行く末を決めてもらおうなど微塵も思っていなかった。出た答えに、どう感じるのかを少女に分かってほしかった。

 自分でも意識しないうちに安堵したと知り、ストンと腑に落ちる。

 追いかけてもいいんだ……。





「……ありがとうございます。ミラクロアさん」
「力になれて良かったのじゃ」

 目の前の少女の表情が晴れやかなものに変わり、ミラクロアは満足げに頷いた。

 さて、いつまでもここにいるわけにはいかない。

 本来の“仕事”を終わらせるべく、ブランコから降りたときだった。


「【デモンドライブ】!」


 上空から急降下する炎。地面に衝突すると同時、一気に炎は燃え広がる。

「っサタン……!」

 ギリギリで少女を連れて離脱したミラクロアは、上空を睨みつけて。

「んだよ。懐かしいエレメントを追って来てみたら、水属性のババアじゃねぇか」

 上空からミラクロアを見下ろしていたサタンは、残念そうに独り言を洩らしながら、未だ炎が燃え上がる中に降り立つ。

「犬っころかと思ったぜ」
「あやつは狼じゃぞ」
「変わんねぇだろ。……あ? 誰だオマエ」

 サタンの視線がベルタに向き、庇うようにミラクロアが腕を伸ばす。

「そなたには関係ないじゃろ。……今のうちに逃げるのじゃ」
「でもっ」
「おっと。そうはさせない、ぜ!」

 サタンは新たな炎を生み出すと、二人の背後に投げ、退路を断つ。だが、炎の壁に阻まれたとは言え、逃すことは可能だ。

「心配するでない。わらわが合図したら走るのじゃ」
「お優しいなぁ、モルスさんはよ」

 えっ、と少女の口から小さく洩れる声。ミラクロアは動じることなく、サタンを見据える。

「わらわはモルスとして、成すべきことをしているだけじゃ」
「ならオレの炎から守ってみせるんだなァ! 【デモンナックル】!」
「水の精霊アクアよ。わらわの声に応じ、地の渇きを満たせ! 【精霊召喚「アクア」】!」

 拳を象った炎と、水色の魔法陣から放たれた激流がぶつかり、弾ける。

「ベルタよ! わらわの傍から離れるのではないぞ!」
「……大丈夫です」

 少女はミラクロアの背中から前に出ると、究極の光に包まれ、戦士の姿になった。

「私も戦います」

 力強い瞳。ミラクロアは小さく頷くと、帽子と眼鏡を外した。

「行くのじゃ、ベルタ!」
「はい!」

 まさかの展開にサタンは驚いていたが、不敵に口元を歪ませ、叫んだ。


「面白くなってきたじゃねぇか!」


〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜


「オラオラァ!」

 上空から降り注ぐ無数の炎弾。ミラクロアとベルタは、炎弾の隙間を掻い潜り、回避を重ねる。その中でベルタは、先程のように地面に炎が広がっていないことに気づき、同時に水のエレメントをひしひしと感じ取っていた。【元素地変【水】】が発動しているのだろう。瞬時に、水属性である自分達が戦いやすいようにミラクロアは整えてくれたのだと考えた。

 流石に相手も馬鹿ではない。盛大に舌打ちをすると、地上に降り立ちベルタの元へ走った。

「【デモンドライブ】!」

 迫り来る強烈な一撃を前に、ベルタは“アブソリュートグレイシス”を手に迎え撃つ。が、それはミラクロアの腕に遮られ、体ごと引き寄せられた。サタンの一撃は誰にも当たることなく地面に。


 ズドンッ!!


 轟音を耳に、抉り取られた地面を目にしながら、ベルタはどうしてとミラクロアに視線を向ける。

「言い忘れておったが、あやつは攻撃を受ければ受けるほど強くなる。それに攻撃しても、エレメントを霧散されてしまうこともあるのじゃ」
「攻撃の無効化……。なるほど、ではどうすれば?」

 指示を仰ぐも、ミラクロアの表情は険しいまま。まさか対処法が無いのか、と不安になるベルタ達にサタンは待ってくれなどしない。

「悠長に話してんじゃねえぞ!」

 拳に力を溜め、二人を引き離すように振り落とす。結果的にミラクロアと分かれたベルタの元に、サタンは再び駆け出す。

「ホラ来いよ! びびってんじゃねえぞ!」
「っ……」

 やるしかない、ベルタはサタンの拳を斧で受け止める。衝撃に斧を離しそうになったが、歯を食いしばり持ち堪えて。

「【バリアントグレイシア】!」
「おっと」

 ひらりと軽い身のこなしで回避するサタンに違和感。

「わらわを忘れるでないぞ!」

 ミラクロアも負けじと青色の光線を放ち、サタンはさらに後方へと引き下がる。

「すまぬ、説明は後じゃ。今はあやつの動きを止めてくれぬか」
「分かりました」

 小さく頷き、斧を片手に走り出す。同タイミングで迫り来るサタンの拳を、被弾する直前で脚を踏み締め勢いを殺し、その場で回転して威力を高めた斧で力いっぱい弾く。

「い"っでぇ!?」

 予想外の行動に避けきれず、まともに直撃。ブンッと風を切り弾かれた腕を、二つの氷柱が追い討ちをかける。ミラクロアの話通り、氷柱は霧散されて水のエレメントとなったが、火属性にはエレメントでも痛いらしい。サタンの顔が苦痛に歪み、退散しようと地を蹴る。

「逃がすか! 【ブリリアントグレイシア】!」

 究極ベルタの最大攻撃が放たれる。眩い光に視界が遮られると同時、腰から下が完全に凍ってしまった。

「……!」

 身動きが取れなくなってしまったサタンが見たのは……五つの巨大な氷柱だった。

「もう何百年、反省するといいのじゃ! 【サフィルス・レジーナ】!」
「ぐああああああああああっ!!!」

 ミラクロアが手を振り下ろすと、氷柱が一斉にサタンを貫き、叫び声と共に爆ぜた。

 この一撃が効いたのか、サタンの再封印に成功。後には、無惨な姿となってしまった公園が残った。





「すまぬな、ベルタ。助かったのじゃ」
「そ、そんなことはありません」
「自分をそう卑下するでない。そなたの実力は確かなものじゃ。わらわが太鼓判を押すことなど滅多にないぞ? 遠慮せずに受け取るが良い」

 とは言うものの……。ミラクロアは溶けた遊具や焦げてしまった地面を見つめながら、溜め息を洩らす。

「この惨劇はさすがに看過できないであろう。戻ったら早急に手を打たねば」
「あのっ、私にもなにかお手伝い出来ることは……」
「気持ちだけ受け取っておくのじゃ。ここから先は、わらわ達モルスの仕事だからの」

 ですが、とベルタは食い下がる気がない。自分にも責任はあると思っているようだ。

 そんな中、ベルタが持つエレフォンが着信を知らせる。

「あ……」

 掛けてきたのはレベッカ。ベルタの反応にミラクロアは仲間からの着信だと察し。

「そなたが今やるべきことは、そなたの身を案ずる者達を安心させてやることではないかの。行くとよい、ベルタ」
「……はい。ありがとうございます、ミラクロア様」
「うむ!」

 ミラクロアの笑顔に見送られながら、ベルタは駆け足で公園を後に。レベッカからの着信に応えながら、拠点への帰路についた。

「……さて、わらわも戻って事後処理を済ませなければ」

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