Five Elemental Story

15話 黒魔王と秘密の講義

 ──はじまりの地、???。

 ここは亜空間と呼ばれる場所。陽の光、月の光の祝福を一切受けず、偽りの紅月が黒空に浮かぶ。

 彼らが住む世界とは逆に、“地下世界”とも呼ばれるこの地。ここには、かつて大罪を犯した悪魔達が根城とする妖魔城が存在している。


 城の一室に設けられた会議室にて。

 U字型の白いテーブルに、等間隔で配置された七つの椅子。暗闇の中、テーブルにパッと光が当てられ、辺りがぼんやりと明るくなる。

「こうして顔を合わせるのも久しぶりだねぇ」

 七つの大罪、“強欲”を司るマモン。

「また顔を合わせることになるとはな」

 七つの大罪、“暴食”を司るベルゼブブ。

「Zzz……」
「おい起きろ! 来てそうそう寝るな!」

 七つの大罪、“怠惰”を司るベルフェゴール。“憤怒”を司るサタン。

「うるさいわね。静かにしなさいよ」

 七つの大罪、“嫉妬”を司るレヴィアタン。

「……」

 七つの大罪、“傲慢”を司るルシファー。

「ウフフ、変わらないわね〜」

 七つの大罪、“色欲”を司るアスモデウス。

 時を経て、復活した七つの大罪を司る悪魔達。

 彼らの目的は今も昔もただ一つ……『地上世界を支配すること』。

 今度こそ実現するため、先陣を切ったのは──。


「まずは、ワ、タ、シ、から。行かせてもらうわね〜☆」


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 ──はじまりの地、第14小隊の拠点でもある宿舎にて。


 ピンポーン


「アレ? ここってインターホンあったのね」
「前にも同じやりとりをした気がする……」

 一階の広間に集まり、本日の予定を確認していた五人の元に訪問者。誰だろう、とアランが扉を開けると。

『失礼。第14小隊の者で間違いないか』

 そこにはフードを深く被り、顔を隠している男が立っていた。

「あっ、はい……」

 アランは不審に思うことなく、緊張しながらも頷く。

『少し話がある。良いか』
「も、もちろんです。中へどうぞ」

 一連の流れを見ていた四人のうち、レベッカは急いでお茶の準備に取りかかり、ベルタはブレイドとヴァニラの二人の席を移動させた。

 アランに案内され、男は五人と向き合う形で着席。出されたお茶を一口、カップを戻した後に口を開いた。

『我はモルスの一人、“黒魔王”だ』

 フード姿から察していた四人(ヴァニラを除く)は、どうしてここに? と疑問を抱く。

『我はここに、ヴァニラに話があって訪れた』
「わたしに……」
『緑狼王から話は聞いた。だが、処罰を下しに来たわけではない』

 黒魔王は少しの沈黙後。

『……すまなかった』

 突然、謝罪したのだ。

 これにはヴァニラを含む五人全員が困惑。大量の疑問符が飛び交う。

『……数年前、我は幼子が“夕闇の地”を一人で放浪しているという報告を受けた』

 紛れもなく、ヴァニラが“森林の地”から追い出された後の話。ブレイドは、密かに拳を握りしめた。

『すぐに赴いたが、そこに幼子の姿は無かった』
「……」

 このときヴァニラは既にアッシュと出会っており、行動を共にしていたため、黒魔王が向かったときには姿を消していた。

『先日、緑狼王から「そのときの幼子ではないか」と言われ、謝罪に……。すぐに見つけることが出来ず、申し訳なかった』

 だが、と黒魔王は続けて。

『人の認識は簡単に変わるものではない。これからも同じことが起こらないとは限らないだろう。我に出来ることは、被害を抑え続けることだ』

 その言葉に、自分に何か出来ることはないか、とブレイドの心が動きはじめた。

『この話は以上だ。もう一つ、ヴァニラの採用試験についてだが』
「えっ……?」
『……聞いていないのか。彼の者は、こちらの手違いによって、受験者として試験を受けたのだ』
「そう……だったの?」

 初耳、と驚く四人に、忘れていた様子のヴァニラ。

『試験自体は申し分ない結果だ。こちらから取り消すことはしない。本人が望むなら手続きを……と思ったが、その必要は無さそうだな』
「はい」

 ハッキリと答えるヴァニラに、ホッと胸を撫で下ろした。

『話はこれで終わりだ。では失礼する』
「あっ……」
『……なんだ』

 席から立ち上がる黒魔王を、ヴァニラが止める。

「聞きたいことが……」
『言ってみろ』

 聞きたいことって何ぞや。黒魔王にしか聞けないことなのだろうか?


「“モルス”は苗字かなにかですか?」

 ……うわーー!!


『……は?』

 どことなくトーンが落ちた黒魔王の声。

「ヴァニラ知らないのか? モルスのこと」
「バカッ、後で聞け!」
「うん」
「答えるなヴァニラーー!」

『……』

 無言の圧力。

 本人に聞いちゃダメだろ! と心の中で叫ぶも、当のヴァニラは小首を傾げている。

「……もしかして聞いちゃ駄目なやつだったか?」
「気づくの遅い」

 ベルタは諦めたのか無表情。ブレイドはやっちまった、と頬を引きつらせて。

 黒魔王はヴァニラに近づくと、その腕を掴み。

『借りていくぞ』

 と、四人に告げ、ヴァニラを連れて宿舎を後に。

 ポカーンとその背中を見つめていたが、やがてハッと意識を取り戻した。


「え……え? なにが起こったの今……」
「ヴァニラが連れていかれたな」
「平然としすぎだろお前」
「違うわ。あまりの出来事に意識が無の領域へ行ってしまったのよ……」
「大変だな……」
「連れていかれたのオマエの妹だけどな」
「……その内帰ってくる」
「オマエも精神やられてたのか……」


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 ──はじまりの地、ミラージュ・タワー。

 全部隊の本部でもある“蜃気楼の塔”。塔の上層部は関係者以外立ち入り禁止となっており、部隊に所属している冒険者ですら易々と入ることは出来ない。……が、モルスの連れというなら別。すんなりと入ることが出来た。

『入れ』

 最上階の一角。闇属性の印が刻まれた扉を開け、黒魔王はヴァニラを自身の執務室へ招いた。

『これから、幾つか単語を挙げていく。知……っているなら、反応しろ。いいな』

 知らなければ、と言いたかったが、知っている方が少ないだろうと判断。ヴァニラが頷いたのを確認すると、黒魔王は持ち運びサイズのホワイトボードを用意。

『では始める』





 そして、数十分が経過……。

『以上が“モルス”についてだ。モルスは苗字でも名前でもない。理解したか』

 あっれー?

「わかりました」

 やれやれと黒魔王は息を吐く。

 なぜ、モルスについての講義が始まったのかと言うと……早い話が、ヴァニラは黒魔王が挙げた単語を殆ど知らなかったのだ。話にならないと、黒魔王は急遽、講義を開くことに。

(彼の者が無知なのは、我にも責任はある……)
『ヴァニラよ。明後日みょうごにちここへ来い。すぐに用は済む』

 そう伝え、半ば追い出すようにヴァニラを退室。扉越しに、ヴァニラの足音が遠くなったのを確認。椅子に腰掛ける。

 コンコン
『……入れ』
「失礼しまーす」

 溜め息混じりに入室を許可。ヴァニラと入れ違いでやって来たのは、黒魔王の側近ノクス。

「追加の資料でーす」
『そこに置いておけ』

 黒魔王の眼前に積み上がる書類の山。一枚を手に取り、目を通し始める黒魔王を尻目に、ノクスは退室しようと扉に手を添える。

『待てノクス』
「仕事なら手伝いませんけど」
『最後まで聞け。……明後日みょうごにち以降の予定に、二時間ほどまとまった時間が欲しい。調整してくれ』
「わかりました……?」

 そのままノクスは退室。仕事場である下の階に向かいながら、自身と入れ違いで執務室から出て来た女の子の姿を思い浮かべる。

(さっきの子と関係があるのか……?)



「あっ! お帰りなさいヴァニラ!」
「ただいま」
「黒魔王様となにを話したんだ?」
「……モルスについてと、明後日に来いって」
「明後日?」
「あー……、ヴァニラ。帰って来てそうそう悪いんだが、ブレイドとベルタに帰って来たって言ってきてくれないか? 落ち込んでるから……」
「? わかった」



 そして当日──。

「これは……?」

 再びやって来た黒魔王の執務室。訪れたヴァニラに手渡されたのは、一枚のスケジュール表だった。

 黒魔王は机に肘を立て、顎を組んだ手の上に置きつつ、ヴァニラを見据え。

『ヴァニラ。貴様には、その表に基づいて講義を受けてもらう』
「講義……?」
『そうだ。我が直々に指導する。表に書かれた日時にここまで来るように』

 なんと、黒魔王自ら講義を開講すると言うのだ。

『話は終わりだ。ではな』



「おっ、お帰り。何て言われた?」
「講義するって」
「……は?」
「これスケジュール表」
「……『予定がある日は無理しないように』って、フォローも完璧かよ……。でも良かったな」
「うん」
「……なあ、アッシュからは何を学んだんだ?」
「お金の稼ぎ方と使い方と、お米一粒一粒に七人の神さまが住んでいるって」
「金銭教育と食育はバッチリかよ……」


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 黒魔王による講義が始まってからはや数日。

『……進み具合が分からないな。やはり最後に試験を行うべきか……』

 ヴァニラの退室後。後片付けを済ませ、講義内容を再確認していた黒魔王の耳に、ノック音。

『入りたまえ』
「失礼しまーす」

 いつも通り、ノクスが資料片手に入室。机の上に置き、退室──すると思えば、ノクスはじっと黒魔王を見つめていた。

『……何だ』
「いや……連日、女の子を部屋に招いて何をしているんですかねーっと思って」
『……』

 流石に疑われるか……、下手に隠して言いふらされるのも面倒だ。

「講義……ですか?」
『ああ。……何だその顔は』

 仕方なく話してみれば、ノクスは我に冷ややかな視線を向けていた。

「へぇ……へぇ〜?」
『言いたい事があるなら申せ』
「年頃の女の子に対して? 顔も名前も隠して肩苦しい講義を? アクア辺りが聞いたら引かれますよ」
『……』

 黒魔王の心にクリティカルヒット!

『し、しかし……モルスとして、誓約を破るわけにはいかぬ』

 黒魔王はギリギリで心を持ち直した!

「黒魔王様がそう仰られるのであればいいですけど」

 他人事だと割り切っているのか、ノクスは気にしている様子は無く。頑張ってくださいねー、と一言告げ、ようやく退室した。

 一人になった黒魔王は溜め息を一つ。

『……検討、してみるとしよう』





(『お世話になっているのだから、お礼ぐらい持っていった方がいい』とは言われたけど……これでいいかな……)

 前日にそんな会話が繰り広げられていたとは露知らず。次の日、ヴァニラは手土産を持って執務室へ。

 コンコン
『……、入りたまえ』

 ワンテンポ遅れて、黒魔王の声が聞こえた。

 ヴァニラは特段気にせず、ドアノブを捻り、中に……。

「……」
「……何か申せ」

 ドアノブを握りしめたまま無言になるヴァニラ。それもそのはず。部屋に居たのは、見覚えのあるローブを羽織る男の姿。

「まちがえました帰ります」
「待て」

 90度に腰を折り曲げて扉を閉めようとするヴァニラを、すかさず止める。

「我は黒魔王だ」
「……」
「……これでどうだ」

 フードを被ると、ヴァニラは同一人物だと理解。

 フードが無ければ分からないのかと少しショックを受けるも、流して。

「ノ……側近に言われてな。仕方なく我が姿を……何だ。我の顔に何か付いているのか」
「いえ。きれいだなと」
「きっ……? ……我は日の光が苦手なだけだ。決して綺麗などと言われる筋合いはあるまい」
「わたしも、月の光が好きです」
「我は月が好きだとは……いや良い、始めるぞ」
「はい、黒魔王様」

 顔を晒しただけで、こんなに会話が続くものなのか……。

「あと、ケーキ買ってきたのですが、食べれますか?」

 ケーキの箱を持ち上げ、小首を傾げる。

「……黒魔王、ではなく、“ジェダル”だ」

 ジェダルは聞き取れるギリギリの声で名を名乗ると、ケーキの箱を受け取った。

「頂こう。貴様もどうだ?」
「……はい、ジェダル様」
「言っておくが、我の事は他言無用だからな」


〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜


 ──そして迎えた講義最終日。

「ヴァニラ。以前から予告していた通り、本日は最終試験を行う。準備は良いな」
「はい」
「では始め」

 開始の合図と共に、ジェダルが作成したテスト用紙に文字を書き込んでゆく。ここまでしなくともと考えたが、実りあるものにしてほしいとテストを作成。側近のノクスからは「もはや講師」とまで言われていた。

 見ているのもプレッシャーになると思い、ジェダルは窓から外の景色を眺める。

(最後……か。刻が過ぎ去るのは早いものだな……。悪くはなかった……)

「おわりました」
「確認はしたか」
「大丈夫です」

 お願いします、と渡された用紙を受け取り、ペンで採点していく。

 いよいよ終わりか、と感傷に浸っていたが──それは、人々の叫び声で掻き消された。

「ジェダル様、外で戦いが起きているようです。あれは……冒険者が冒険者を襲っている……?」

 窓から外を見下ろし、状況を確認。塔の外では、何故か冒険者が同じ冒険者相手に剣を振るっていた。どうやら、冒険者は操られているらしく、術者らしき女の姿も見える。

「ヴァニラ。採点は後だ。我は下に向かう」

 ジェダルはフードを深く被り、浮遊。地を滑るように下へと向かう。

「……ジェダル様」





「ウフフフフ。仲間同士で争う……とーってもイケナイことね。で・も、イケナイことをするのってキモチイイでしょう? もっと暴れていいのよ〜?」
「【イーオン・インペリウム 】!」

 互いに剣を交える冒険者の間に突き刺さる剣。剣を中心に放たれた闇のエレメントにより、塔を攻撃していた冒険者は皆解放され、地に伏せる。

『動ける者は負傷者を中へ退避させろ。塔から一歩も出るな』

 黒魔王の登場に誰もが驚くも、指示に従い、塔の中へ撤退。

『……久しいな、アスモデウスよ』
「お久しぶりね〜黒魔王様☆」

 操っていた犯人である女──アスモデウスはふわふわと空中で脚を組み、妖艶な笑みを浮かべた。

『止めろ。虫唾が走る』
「つれないわねぇ〜」
『必要無かろう。貴様を今ここで、永き眠りへと誘ってやろう』
「いや〜んっ。いきなり夜のお誘いなんてダイタンね☆」
『……』

 ジェダルは、異空間から身の丈ほどある剣の柄を握ると、アスモデウスに向けて光線を放つ。当然避けられるも、『これ以上話すことはない』と言いたげなジェダルの圧力に、アスモデウスも臨戦体勢に入った。

「えいっえいっ」
『その腑抜けた掛け声止めろ』

 激しくぶつかり合う、魅惑のチャームと呪殺の闇。人差し指を立て、閃光を放つアスモデウスに対し、ジェダルは使い魔を召喚し、魔眼から光線を放っては閃光を打ち消す。

「もうっ、少しは加減してくれたっていいじゃない!」
『貴様相手に加減する気は無い。黙って潰れろ』
「こわ〜いっ。でも、強気なところもス・テ・キ☆」
「【エンシェントマジック】」
「あっぶな〜い」

 チッと小さく舌打ちする音が聞こえた気も……無くは無い。

「次はワタシねっ。【ラストチャーム】っ☆」

 と、片目ウインク。(どういう原理かは不明だが)出てきた星を掴み、地上に居るジェダルに向けて投げる。星はクルクル回転しながら巨大化、ジェダル近くの地面にのめり込み大爆発──何とも可愛らしくない攻撃である。

 ジェダルは杖代わりの剣を薙ぎ払い、自身の周囲のみを覆う結界を生成。大爆発からは免れたが、結界はボロボロに。爆発により発生した煙が視界を遮る中、背後に気配を感じ、剣を薙ぎ払う。

 ……だが、ジェダルの方が一手遅い。

「吹き飛んじゃえ〜☆」
「させない」

 第三者の声。アスモデウスは攻撃を中断、横から振りかざされた刃を後ろに飛ぶことで避け、そのまま上昇。

「……オンナ?」

 刃を構えていたのは、まだあどけなさが残る少女。

『ヴァニラ。何故ここへ来た』
「……部屋で待っていろとは言われてませんが」

 確かにそうだけど!!

 ジェダルは眉間に寄った皺に拳を当てて。

「『ヴァニラ』って言うのその子? ウフッ、カワイイお名前ね……☆」
「あなたは?」
「ワタシは七つの大罪“色欲”のアスモデウスよ〜。ヨ・ロ・シ・ク♡」
「……」

 無表情。

「なによ〜、照れてくれてもいいじゃな〜い!」
『諦めろ』
「え〜?? じゃあ、トクベツに見せちゃ」
『ヴァニラ。アスモデウスは(あらゆる意味で)貴様の敵だ。滅多刺しにして良い。我が許可する』
「冗談よ〜。もう、照れちゃってカワイイんだ・か・らっ」
「彼女を食べるのですか?」
「えっ!? この子大丈夫? 言葉通じてる??」
『……諦めろ』

 ヴァニラの登場には(あらゆる面で)驚いたが、ジェダルとの関係の良さ、利用しない手はない。

『来てしまったものは仕方ない。手を貸してもらうぞ』
「はい」

 ウフフ……考えるだけでゾクゾクするわね……☆

 アスモデウスは地上に降り立つと、刃を手に駆け抜けるヴァニラを迎え撃つ。

 フフッ、と笑みをこぼすアスモデウスに違和感。

『ヴァニラ! 後退しろ!』
「ダ〜メっ」

 ジェダルの叫び声に一瞬気を取られ、生じた隙に接近を許してしまう。アスモデウスはヴァニラの頭に手を伸ばすと、ガシッと掴み。

「アナタの体、ワタシにちょうだい」

 次の瞬間、アスモデウスの体が粒子化。立ち尽くすヴァニラの体に入っていく。

 アスモデウスの力、【悪魔憑依】だ。

 多くの冒険者を操ったその力。まだ憑依出来る力が残っていたのかと、ジェダルはいつでも迎え撃てるよう構えて。

「きゃあ〜〜〜〜!?」

 かと思えば、アスモデウスがヴァニラの体から転がり出てきた。思わぬ事態に拍子抜けしてしまう。

「アイタタ……も〜! なんなのよアナタ!」
「……?」

 打った頭を摩りながら、アスモデウスはヴァニラに怒鳴りつける。一方でヴァニラは、訳が分からないと言いたげに小首を傾げて。

『……失敗、したのか』
「違うわよ! ワタシが悪いんじゃないわ! この子が自分の意思を持ってないのが悪いのよ!」

 つまり、アスモデウスはヴァニラの精神に潜入し、ヴァニラが持つ意思を魅了して操ろうとしたのだが、その意思が余りにもなかったため、追い出された……らしい。

 ともあれ、ヴァニラと戦うことは回避出来たので、ジェダルは安堵した。

魅了チャームが効かないのなら仕方ないわ……直接倒してあ・げ・る☆」

 人差し指で虚空をなぞり、閃光を生み出す。

「いっけ〜!」

 片手を前方に突き出すと同時、数え切れない量の閃光がジェダルとヴァニラに襲いかかる。ジェダルはヴァニラの前に立つと、剣と魔術を駆使して弾く。しかし、先程とは比べものにならない猛攻に反撃が出来ない。

「ウフフ。手も足も出ないみたいね〜。これでト・ド・メ……☆ 【ラストサクリファイス】!」

 放たれる一閃。刹那、二人が居た場所を大爆発が襲う。

 勝利を確信したアスモデウスは、口元に手を添え嘲笑う……。

「……?」

 異変を感じたのはその直後。体の中に違和感を抱き、手で触って確認するも判らず。

 二人の姿を確認しようとも、煙が邪魔をする。

『嘲るな……』

 ローブの至る箇所が焼け焦げたジェダルの姿が露わになると、アスモデウスは体に感じる異変の正体に気付く。

 『ダメージ増幅の呪い』。

 同時に、背後に感じる気配。ヴァニラのものだと気付いたときには、既に手遅れだった。


「【奇襲鋭刃】」


 叫ぶ間も無く斬り裂かれる体。

 今再びの封印に成功すると、ヴァニラは究極化を解いた。

「ジェダル様、大丈夫ですか?」

 自身を守るために体を張ったジェダルの元に駆け寄る。ジェダルは剣を異空間に戻し、砂埃を叩くと、問題ないと返す。

『礼を言う』
「恩返しができたならよかったです」
『恩返しなど要らぬ。我が勝手にしたことだ。……良いか』

 小さく頷いたヴァニラ。ジェダルはヴァニラの頭をひと撫で。すぐに恥ずかしくなり手を下ろした。

『で、では、すまないが、我は後処理をしなければならない。貴様はこのまま帰ると良い。面倒ごとになりそうなのでな。今日に限って我以外いないとは……。採点はまた……』
「ジェダル様」
『何だ。……メモ?』

 ヴァニラから渡されたメモには数字が並んでいた。

「わたしのエレフォンの番号です。あとで連絡ください」

 失礼します、とヴァニラはジェダルに背を向け歩き出す。

 その後ろ姿を見つめながら、ジェダルはやれやれと言いたげに肩を竦めた。


『数日間、愉しめたぞ。ヴァニラよ』

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