Five Elemental Story
15話 黒魔王と秘密の講義
──はじまりの地、???。
ここは亜空間と呼ばれる場所。陽の光、月の光の祝福を一切受けず、偽りの紅月が黒空に浮かぶ。
彼らが住む世界とは逆に、“地下世界”とも呼ばれるこの地。ここには、かつて大罪を犯した悪魔達が根城とする妖魔城が存在している。
城の一室に設けられた会議室にて。
U字型の白いテーブルに、等間隔で配置された七つの椅子。暗闇の中、テーブルにパッと光が当てられ、辺りがぼんやりと明るくなる。
「こうして顔を合わせるのも久しぶりだねぇ」
七つの大罪、“強欲”を司るマモン。
「また顔を合わせることになるとはな」
七つの大罪、“暴食”を司るベルゼブブ。
「Zzz……」
「おい起きろ! 来てそうそう寝るな!」
七つの大罪、“怠惰”を司るベルフェゴール。“憤怒”を司るサタン。
「うるさいわね。静かにしなさいよ」
七つの大罪、“嫉妬”を司るレヴィアタン。
「……」
七つの大罪、“傲慢”を司るルシファー。
「ウフフ、変わらないわね〜」
七つの大罪、“色欲”を司るアスモデウス。
時を経て、復活した七つの大罪を司る悪魔達。
彼らの目的は今も昔もただ一つ……『地上世界を支配すること』。
今度こそ実現するため、先陣を切ったのは──。
「まずは、ワ、タ、シ、から。行かせてもらうわね〜☆」
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
──はじまりの地、第14小隊の拠点でもある宿舎にて。
ピンポーン
「アレ? ここってインターホンあったのね」
「前にも同じやりとりをした気がする……」
一階の広間に集まり、本日の予定を確認していた五人の元に訪問者。誰だろう、とアランが扉を開けると。
『失礼。第14小隊の者で間違いないか』
そこにはフードを深く被り、顔を隠している男が立っていた。
「あっ、はい……」
アランは不審に思うことなく、緊張しながらも頷く。
『少し話がある。良いか』
「も、もちろんです。中へどうぞ」
一連の流れを見ていた四人のうち、レベッカは急いでお茶の準備に取りかかり、ベルタはブレイドとヴァニラの二人の席を移動させた。
アランに案内され、男は五人と向き合う形で着席。出されたお茶を一口、カップを戻した後に口を開いた。
『我はモルスの一人、“黒魔王”だ』
フード姿から察していた四人(ヴァニラを除く)は、どうしてここに? と疑問を抱く。
『我はここに、ヴァニラに話があって訪れた』
「わたしに……」
『緑狼王から話は聞いた。だが、処罰を下しに来たわけではない』
黒魔王は少しの沈黙後。
『……すまなかった』
突然、謝罪したのだ。
これにはヴァニラを含む五人全員が困惑。大量の疑問符が飛び交う。
『……数年前、我は幼子が“夕闇の地”を一人で放浪しているという報告を受けた』
紛れもなく、ヴァニラが“森林の地”から追い出された後の話。ブレイドは、密かに拳を握りしめた。
『すぐに赴いたが、そこに幼子の姿は無かった』
「……」
このときヴァニラは既にアッシュと出会っており、行動を共にしていたため、黒魔王が向かったときには姿を消していた。
『先日、緑狼王から「そのときの幼子ではないか」と言われ、謝罪に……。すぐに見つけることが出来ず、申し訳なかった』
だが、と黒魔王は続けて。
『人の認識は簡単に変わるものではない。これからも同じことが起こらないとは限らないだろう。我に出来ることは、被害を抑え続けることだ』
その言葉に、自分に何か出来ることはないか、とブレイドの心が動きはじめた。
『この話は以上だ。もう一つ、ヴァニラの採用試験についてだが』
「えっ……?」
『……聞いていないのか。彼の者は、こちらの手違いによって、受験者として試験を受けたのだ』
「そう……だったの?」
初耳、と驚く四人に、忘れていた様子のヴァニラ。
『試験自体は申し分ない結果だ。こちらから取り消すことはしない。本人が望むなら手続きを……と思ったが、その必要は無さそうだな』
「はい」
ハッキリと答えるヴァニラに、ホッと胸を撫で下ろした。
『話はこれで終わりだ。では失礼する』
「あっ……」
『……なんだ』
席から立ち上がる黒魔王を、ヴァニラが止める。
「聞きたいことが……」
『言ってみろ』
聞きたいことって何ぞや。黒魔王にしか聞けないことなのだろうか?
「“モルス”は苗字かなにかですか?」
……うわーー!!
『……は?』
どことなくトーンが落ちた黒魔王の声。
「ヴァニラ知らないのか? モルスのこと」
「バカッ、後で聞け!」
「うん」
「答えるなヴァニラーー!」
『……』
無言の圧力。
本人に聞いちゃダメだろ! と心の中で叫ぶも、当のヴァニラは小首を傾げている。
「……もしかして聞いちゃ駄目なやつだったか?」
「気づくの遅い」
ベルタは諦めたのか無表情。ブレイドはやっちまった、と頬を引きつらせて。
黒魔王はヴァニラに近づくと、その腕を掴み。
『借りていくぞ』
と、四人に告げ、ヴァニラを連れて宿舎を後に。
ポカーンとその背中を見つめていたが、やがてハッと意識を取り戻した。
「え……え? なにが起こったの今……」
「ヴァニラが連れていかれたな」
「平然としすぎだろお前」
「違うわ。あまりの出来事に意識が無の領域へ行ってしまったのよ……」
「大変だな……」
「連れていかれたのオマエの妹だけどな」
「……その内帰ってくる」
「オマエも精神やられてたのか……」
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
──はじまりの地、ミラージュ・タワー。
全部隊の本部でもある“蜃気楼の塔”。塔の上層部は関係者以外立ち入り禁止となっており、部隊に所属している冒険者ですら易々と入ることは出来ない。……が、モルスの連れというなら別。すんなりと入ることが出来た。
『入れ』
最上階の一角。闇属性の印が刻まれた扉を開け、黒魔王はヴァニラを自身の執務室へ招いた。
『これから、幾つか単語を挙げていく。知……っているなら、反応しろ。いいな』
知らなければ、と言いたかったが、知っている方が少ないだろうと判断。ヴァニラが頷いたのを確認すると、黒魔王は持ち運びサイズのホワイトボードを用意。
『では始める』
そして、数十分が経過……。
『以上が“モルス”についてだ。モルスは苗字でも名前でもない。理解したか』
あっれー?
「わかりました」
やれやれと黒魔王は息を吐く。
なぜ、モルスについての講義が始まったのかと言うと……早い話が、ヴァニラは黒魔王が挙げた単語を殆ど知らなかったのだ。話にならないと、黒魔王は急遽、講義を開くことに。
(彼の者が無知なのは、我にも責任はある……)
『ヴァニラよ。明後日 ここへ来い。すぐに用は済む』
そう伝え、半ば追い出すようにヴァニラを退室。扉越しに、ヴァニラの足音が遠くなったのを確認。椅子に腰掛ける。
コンコン
『……入れ』
「失礼しまーす」
溜め息混じりに入室を許可。ヴァニラと入れ違いでやって来たのは、黒魔王の側近ノクス。
「追加の資料でーす」
『そこに置いておけ』
黒魔王の眼前に積み上がる書類の山。一枚を手に取り、目を通し始める黒魔王を尻目に、ノクスは退室しようと扉に手を添える。
『待てノクス』
「仕事なら手伝いませんけど」
『最後まで聞け。……明後日 以降の予定に、二時間ほどまとまった時間が欲しい。調整してくれ』
「わかりました……?」
そのままノクスは退室。仕事場である下の階に向かいながら、自身と入れ違いで執務室から出て来た女の子の姿を思い浮かべる。
(さっきの子と関係があるのか……?)
「あっ! お帰りなさいヴァニラ!」
「ただいま」
「黒魔王様となにを話したんだ?」
「……モルスについてと、明後日に来いって」
「明後日?」
「あー……、ヴァニラ。帰って来てそうそう悪いんだが、ブレイドとベルタに帰って来たって言ってきてくれないか? 落ち込んでるから……」
「? わかった」
そして当日──。
「これは……?」
再びやって来た黒魔王の執務室。訪れたヴァニラに手渡されたのは、一枚のスケジュール表だった。
黒魔王は机に肘を立て、顎を組んだ手の上に置きつつ、ヴァニラを見据え。
『ヴァニラ。貴様には、その表に基づいて講義を受けてもらう』
「講義……?」
『そうだ。我が直々に指導する。表に書かれた日時にここまで来るように』
なんと、黒魔王自ら講義を開講すると言うのだ。
『話は終わりだ。ではな』
「おっ、お帰り。何て言われた?」
「講義するって」
「……は?」
「これスケジュール表」
「……『予定がある日は無理しないように』って、フォローも完璧かよ……。でも良かったな」
「うん」
「……なあ、アッシュからは何を学んだんだ?」
「お金の稼ぎ方と使い方と、お米一粒一粒に七人の神さまが住んでいるって」
「金銭教育と食育はバッチリかよ……」
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
黒魔王による講義が始まってからはや数日。
『……進み具合が分からないな。やはり最後に試験を行うべきか……』
ヴァニラの退室後。後片付けを済ませ、講義内容を再確認していた黒魔王の耳に、ノック音。
『入りたまえ』
「失礼しまーす」
いつも通り、ノクスが資料片手に入室。机の上に置き、退室──すると思えば、ノクスはじっと黒魔王を見つめていた。
『……何だ』
「いや……連日、女の子を部屋に招いて何をしているんですかねーっと思って」
『……』
流石に疑われるか……、下手に隠して言いふらされるのも面倒だ。
「講義……ですか?」
『ああ。……何だその顔は』
仕方なく話してみれば、ノクスは我に冷ややかな視線を向けていた。
「へぇ……へぇ〜?」
『言いたい事があるなら申せ』
「年頃の女の子に対して? 顔も名前も隠して肩苦しい講義を? アクア辺りが聞いたら引かれますよ」
『……』
黒魔王の心にクリティカルヒット!
『し、しかし……モルスとして、誓約を破るわけにはいかぬ』
黒魔王はギリギリで心を持ち直した!
「黒魔王様がそう仰られるのであればいいですけど」
他人事だと割り切っているのか、ノクスは気にしている様子は無く。頑張ってくださいねー、と一言告げ、ようやく退室した。
一人になった黒魔王は溜め息を一つ。
『……検討、してみるとしよう』
(『お世話になっているのだから、お礼ぐらい持っていった方がいい』とは言われたけど……これでいいかな……)
前日にそんな会話が繰り広げられていたとは露知らず。次の日、ヴァニラは手土産を持って執務室へ。
コンコン
『……、入りたまえ』
ワンテンポ遅れて、黒魔王の声が聞こえた。
ヴァニラは特段気にせず、ドアノブを捻り、中に……。
「……」
「……何か申せ」
ドアノブを握りしめたまま無言になるヴァニラ。それもそのはず。部屋に居たのは、見覚えのあるローブを羽織る男の姿。
「まちがえました帰ります」
「待て」
90度に腰を折り曲げて扉を閉めようとするヴァニラを、すかさず止める。
「我は黒魔王だ」
「……」
「……これでどうだ」
フードを被ると、ヴァニラは同一人物だと理解。
フードが無ければ分からないのかと少しショックを受けるも、流して。
「ノ……側近に言われてな。仕方なく我が姿を……何だ。我の顔に何か付いているのか」
「いえ。きれいだなと」
「きっ……? ……我は日の光が苦手なだけだ。決して綺麗などと言われる筋合いはあるまい」
「わたしも、月の光が好きです」
「我は月が好きだとは……いや良い、始めるぞ」
「はい、黒魔王様」
顔を晒しただけで、こんなに会話が続くものなのか……。
「あと、ケーキ買ってきたのですが、食べれますか?」
ケーキの箱を持ち上げ、小首を傾げる。
「……黒魔王、ではなく、“ジェダル”だ」
ジェダルは聞き取れるギリギリの声で名を名乗ると、ケーキの箱を受け取った。
「頂こう。貴様もどうだ?」
「……はい、ジェダル様」
「言っておくが、我の事は他言無用だからな」
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
──そして迎えた講義最終日。
「ヴァニラ。以前から予告していた通り、本日は最終試験を行う。準備は良いな」
「はい」
「では始め」
開始の合図と共に、ジェダルが作成したテスト用紙に文字を書き込んでゆく。ここまでしなくともと考えたが、実りあるものにしてほしいとテストを作成。側近のノクスからは「もはや講師」とまで言われていた。
見ているのもプレッシャーになると思い、ジェダルは窓から外の景色を眺める。
(最後……か。刻が過ぎ去るのは早いものだな……。悪くはなかった……)
「おわりました」
「確認はしたか」
「大丈夫です」
お願いします、と渡された用紙を受け取り、ペンで採点していく。
いよいよ終わりか、と感傷に浸っていたが──それは、人々の叫び声で掻き消された。
「ジェダル様、外で戦いが起きているようです。あれは……冒険者が冒険者を襲っている……?」
窓から外を見下ろし、状況を確認。塔の外では、何故か冒険者が同じ冒険者相手に剣を振るっていた。どうやら、冒険者は操られているらしく、術者らしき女の姿も見える。
「ヴァニラ。採点は後だ。我は下に向かう」
ジェダルはフードを深く被り、浮遊。地を滑るように下へと向かう。
「……ジェダル様」
「ウフフフフ。仲間同士で争う……とーってもイケナイことね。で・も、イケナイことをするのってキモチイイでしょう? もっと暴れていいのよ〜?」
「【イーオン・インペリウム 】!」
互いに剣を交える冒険者の間に突き刺さる剣。剣を中心に放たれた闇のエレメントにより、塔を攻撃していた冒険者は皆解放され、地に伏せる。
『動ける者は負傷者を中へ退避させろ。塔から一歩も出るな』
黒魔王の登場に誰もが驚くも、指示に従い、塔の中へ撤退。
『……久しいな、アスモデウスよ』
「お久しぶりね〜黒魔王様☆」
操っていた犯人である女──アスモデウスはふわふわと空中で脚を組み、妖艶な笑みを浮かべた。
『止めろ。虫唾が走る』
「つれないわねぇ〜」
『必要無かろう。貴様を今ここで、永き眠りへと誘ってやろう』
「いや〜んっ。いきなり夜のお誘いなんてダイタンね☆」
『……』
ジェダルは、異空間から身の丈ほどある剣の柄を握ると、アスモデウスに向けて光線を放つ。当然避けられるも、『これ以上話すことはない』と言いたげなジェダルの圧力に、アスモデウスも臨戦体勢に入った。
「えいっえいっ」
『その腑抜けた掛け声止めろ』
激しくぶつかり合う、魅惑の光 と呪殺の闇。人差し指を立て、閃光を放つアスモデウスに対し、ジェダルは使い魔を召喚し、魔眼から光線を放っては閃光を打ち消す。
「もうっ、少しは加減してくれたっていいじゃない!」
『貴様相手に加減する気は無い。黙って潰れろ』
「こわ〜いっ。でも、強気なところもス・テ・キ☆」
「【エンシェントマジック】」
「あっぶな〜い」
チッと小さく舌打ちする音が聞こえた気も……無くは無い。
「次はワタシねっ。【ラストチャーム】っ☆」
と、片目ウインク。(どういう原理かは不明だが)出てきた星を掴み、地上に居るジェダルに向けて投げる。星はクルクル回転しながら巨大化、ジェダル近くの地面にのめり込み大爆発──何とも可愛らしくない攻撃である。
ジェダルは杖代わりの剣を薙ぎ払い、自身の周囲のみを覆う結界を生成。大爆発からは免れたが、結界はボロボロに。爆発により発生した煙が視界を遮る中、背後に気配を感じ、剣を薙ぎ払う。
……だが、ジェダルの方が一手遅い。
「吹き飛んじゃえ〜☆」
「させない」
第三者の声。アスモデウスは攻撃を中断、横から振りかざされた刃を後ろに飛ぶことで避け、そのまま上昇。
「……オンナ?」
刃を構えていたのは、まだあどけなさが残る少女。
『ヴァニラ。何故ここへ来た』
「……部屋で待っていろとは言われてませんが」
確かにそうだけど!!
ジェダルは眉間に寄った皺に拳を当てて。
「『ヴァニラ』って言うのその子? ウフッ、カワイイお名前ね……☆」
「あなたは?」
「ワタシは七つの大罪“色欲”のアスモデウスよ〜。ヨ・ロ・シ・ク♡」
「……」
無表情。
「なによ〜、照れてくれてもいいじゃな〜い!」
『諦めろ』
「え〜?? じゃあ、トクベツに見せちゃ」
『ヴァニラ。アスモデウスは(あらゆる意味で)貴様の敵だ。滅多刺しにして良い。我が許可する』
「冗談よ〜。もう、照れちゃってカワイイんだ・か・らっ」
「彼女を食べるのですか?」
「えっ!? この子大丈夫? 言葉通じてる??」
『……諦めろ』
ヴァニラの登場には(あらゆる面で)驚いたが、ジェダルとの関係の良さ、利用しない手はない。
『来てしまったものは仕方ない。手を貸してもらうぞ』
「はい」
ウフフ……考えるだけでゾクゾクするわね……☆
アスモデウスは地上に降り立つと、刃を手に駆け抜けるヴァニラを迎え撃つ。
フフッ、と笑みをこぼすアスモデウスに違和感。
『ヴァニラ! 後退しろ!』
「ダ〜メっ」
ジェダルの叫び声に一瞬気を取られ、生じた隙に接近を許してしまう。アスモデウスはヴァニラの頭に手を伸ばすと、ガシッと掴み。
「アナタの体、ワタシにちょうだい」
次の瞬間、アスモデウスの体が粒子化。立ち尽くすヴァニラの体に入っていく。
アスモデウスの力、【悪魔憑依】だ。
多くの冒険者を操ったその力。まだ憑依出来る力が残っていたのかと、ジェダルはいつでも迎え撃てるよう構えて。
「きゃあ〜〜〜〜!?」
かと思えば、アスモデウスがヴァニラの体から転がり出てきた。思わぬ事態に拍子抜けしてしまう。
「アイタタ……も〜! なんなのよアナタ!」
「……?」
打った頭を摩りながら、アスモデウスはヴァニラに怒鳴りつける。一方でヴァニラは、訳が分からないと言いたげに小首を傾げて。
『……失敗、したのか』
「違うわよ! ワタシが悪いんじゃないわ! この子が自分の意思を持ってないのが悪いのよ!」
つまり、アスモデウスはヴァニラの精神に潜入し、ヴァニラが持つ意思を魅了して操ろうとしたのだが、その意思が余りにもなかったため、追い出された……らしい。
ともあれ、ヴァニラと戦うことは回避出来たので、ジェダルは安堵した。
「魅了 が効かないのなら仕方ないわ……直接倒してあ・げ・る☆」
人差し指で虚空をなぞり、閃光を生み出す。
「いっけ〜!」
片手を前方に突き出すと同時、数え切れない量の閃光がジェダルとヴァニラに襲いかかる。ジェダルはヴァニラの前に立つと、剣と魔術を駆使して弾く。しかし、先程とは比べものにならない猛攻に反撃が出来ない。
「ウフフ。手も足も出ないみたいね〜。これでト・ド・メ……☆ 【ラストサクリファイス】!」
放たれる一閃。刹那、二人が居た場所を大爆発が襲う。
勝利を確信したアスモデウスは、口元に手を添え嘲笑う……。
「……?」
異変を感じたのはその直後。体の中に違和感を抱き、手で触って確認するも判らず。
二人の姿を確認しようとも、煙が邪魔をする。
『嘲るな……』
ローブの至る箇所が焼け焦げたジェダルの姿が露わになると、アスモデウスは体に感じる異変の正体に気付く。
『ダメージ増幅の呪い』。
同時に、背後に感じる気配。ヴァニラのものだと気付いたときには、既に手遅れだった。
「【奇襲鋭刃】」
叫ぶ間も無く斬り裂かれる体。
今再びの封印に成功すると、ヴァニラは究極化を解いた。
「ジェダル様、大丈夫ですか?」
自身を守るために体を張ったジェダルの元に駆け寄る。ジェダルは剣を異空間に戻し、砂埃を叩くと、問題ないと返す。
『礼を言う』
「恩返しができたならよかったです」
『恩返しなど要らぬ。我が勝手にしたことだ。……良いか』
小さく頷いたヴァニラ。ジェダルはヴァニラの頭をひと撫で。すぐに恥ずかしくなり手を下ろした。
『で、では、すまないが、我は後処理をしなければならない。貴様はこのまま帰ると良い。面倒ごとになりそうなのでな。今日に限って我以外いないとは……。採点はまた……』
「ジェダル様」
『何だ。……メモ?』
ヴァニラから渡されたメモには数字が並んでいた。
「わたしのエレフォンの番号です。あとで連絡ください」
失礼します、とヴァニラはジェダルに背を向け歩き出す。
その後ろ姿を見つめながら、ジェダルはやれやれと言いたげに肩を竦めた。
『数日間、愉しめたぞ。ヴァニラよ』
──はじまりの地、???。
ここは亜空間と呼ばれる場所。陽の光、月の光の祝福を一切受けず、偽りの紅月が黒空に浮かぶ。
彼らが住む世界とは逆に、“地下世界”とも呼ばれるこの地。ここには、かつて大罪を犯した悪魔達が根城とする妖魔城が存在している。
城の一室に設けられた会議室にて。
U字型の白いテーブルに、等間隔で配置された七つの椅子。暗闇の中、テーブルにパッと光が当てられ、辺りがぼんやりと明るくなる。
「こうして顔を合わせるのも久しぶりだねぇ」
七つの大罪、“強欲”を司るマモン。
「また顔を合わせることになるとはな」
七つの大罪、“暴食”を司るベルゼブブ。
「Zzz……」
「おい起きろ! 来てそうそう寝るな!」
七つの大罪、“怠惰”を司るベルフェゴール。“憤怒”を司るサタン。
「うるさいわね。静かにしなさいよ」
七つの大罪、“嫉妬”を司るレヴィアタン。
「……」
七つの大罪、“傲慢”を司るルシファー。
「ウフフ、変わらないわね〜」
七つの大罪、“色欲”を司るアスモデウス。
時を経て、復活した七つの大罪を司る悪魔達。
彼らの目的は今も昔もただ一つ……『地上世界を支配すること』。
今度こそ実現するため、先陣を切ったのは──。
「まずは、ワ、タ、シ、から。行かせてもらうわね〜☆」
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
──はじまりの地、第14小隊の拠点でもある宿舎にて。
ピンポーン
「アレ? ここってインターホンあったのね」
「前にも同じやりとりをした気がする……」
一階の広間に集まり、本日の予定を確認していた五人の元に訪問者。誰だろう、とアランが扉を開けると。
『失礼。第14小隊の者で間違いないか』
そこにはフードを深く被り、顔を隠している男が立っていた。
「あっ、はい……」
アランは不審に思うことなく、緊張しながらも頷く。
『少し話がある。良いか』
「も、もちろんです。中へどうぞ」
一連の流れを見ていた四人のうち、レベッカは急いでお茶の準備に取りかかり、ベルタはブレイドとヴァニラの二人の席を移動させた。
アランに案内され、男は五人と向き合う形で着席。出されたお茶を一口、カップを戻した後に口を開いた。
『我はモルスの一人、“黒魔王”だ』
フード姿から察していた四人(ヴァニラを除く)は、どうしてここに? と疑問を抱く。
『我はここに、ヴァニラに話があって訪れた』
「わたしに……」
『緑狼王から話は聞いた。だが、処罰を下しに来たわけではない』
黒魔王は少しの沈黙後。
『……すまなかった』
突然、謝罪したのだ。
これにはヴァニラを含む五人全員が困惑。大量の疑問符が飛び交う。
『……数年前、我は幼子が“夕闇の地”を一人で放浪しているという報告を受けた』
紛れもなく、ヴァニラが“森林の地”から追い出された後の話。ブレイドは、密かに拳を握りしめた。
『すぐに赴いたが、そこに幼子の姿は無かった』
「……」
このときヴァニラは既にアッシュと出会っており、行動を共にしていたため、黒魔王が向かったときには姿を消していた。
『先日、緑狼王から「そのときの幼子ではないか」と言われ、謝罪に……。すぐに見つけることが出来ず、申し訳なかった』
だが、と黒魔王は続けて。
『人の認識は簡単に変わるものではない。これからも同じことが起こらないとは限らないだろう。我に出来ることは、被害を抑え続けることだ』
その言葉に、自分に何か出来ることはないか、とブレイドの心が動きはじめた。
『この話は以上だ。もう一つ、ヴァニラの採用試験についてだが』
「えっ……?」
『……聞いていないのか。彼の者は、こちらの手違いによって、受験者として試験を受けたのだ』
「そう……だったの?」
初耳、と驚く四人に、忘れていた様子のヴァニラ。
『試験自体は申し分ない結果だ。こちらから取り消すことはしない。本人が望むなら手続きを……と思ったが、その必要は無さそうだな』
「はい」
ハッキリと答えるヴァニラに、ホッと胸を撫で下ろした。
『話はこれで終わりだ。では失礼する』
「あっ……」
『……なんだ』
席から立ち上がる黒魔王を、ヴァニラが止める。
「聞きたいことが……」
『言ってみろ』
聞きたいことって何ぞや。黒魔王にしか聞けないことなのだろうか?
「“モルス”は苗字かなにかですか?」
……うわーー!!
『……は?』
どことなくトーンが落ちた黒魔王の声。
「ヴァニラ知らないのか? モルスのこと」
「バカッ、後で聞け!」
「うん」
「答えるなヴァニラーー!」
『……』
無言の圧力。
本人に聞いちゃダメだろ! と心の中で叫ぶも、当のヴァニラは小首を傾げている。
「……もしかして聞いちゃ駄目なやつだったか?」
「気づくの遅い」
ベルタは諦めたのか無表情。ブレイドはやっちまった、と頬を引きつらせて。
黒魔王はヴァニラに近づくと、その腕を掴み。
『借りていくぞ』
と、四人に告げ、ヴァニラを連れて宿舎を後に。
ポカーンとその背中を見つめていたが、やがてハッと意識を取り戻した。
「え……え? なにが起こったの今……」
「ヴァニラが連れていかれたな」
「平然としすぎだろお前」
「違うわ。あまりの出来事に意識が無の領域へ行ってしまったのよ……」
「大変だな……」
「連れていかれたのオマエの妹だけどな」
「……その内帰ってくる」
「オマエも精神やられてたのか……」
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
──はじまりの地、ミラージュ・タワー。
全部隊の本部でもある“蜃気楼の塔”。塔の上層部は関係者以外立ち入り禁止となっており、部隊に所属している冒険者ですら易々と入ることは出来ない。……が、モルスの連れというなら別。すんなりと入ることが出来た。
『入れ』
最上階の一角。闇属性の印が刻まれた扉を開け、黒魔王はヴァニラを自身の執務室へ招いた。
『これから、幾つか単語を挙げていく。知……っているなら、反応しろ。いいな』
知らなければ、と言いたかったが、知っている方が少ないだろうと判断。ヴァニラが頷いたのを確認すると、黒魔王は持ち運びサイズのホワイトボードを用意。
『では始める』
そして、数十分が経過……。
『以上が“モルス”についてだ。モルスは苗字でも名前でもない。理解したか』
あっれー?
「わかりました」
やれやれと黒魔王は息を吐く。
なぜ、モルスについての講義が始まったのかと言うと……早い話が、ヴァニラは黒魔王が挙げた単語を殆ど知らなかったのだ。話にならないと、黒魔王は急遽、講義を開くことに。
(彼の者が無知なのは、我にも責任はある……)
『ヴァニラよ。
そう伝え、半ば追い出すようにヴァニラを退室。扉越しに、ヴァニラの足音が遠くなったのを確認。椅子に腰掛ける。
コンコン
『……入れ』
「失礼しまーす」
溜め息混じりに入室を許可。ヴァニラと入れ違いでやって来たのは、黒魔王の側近ノクス。
「追加の資料でーす」
『そこに置いておけ』
黒魔王の眼前に積み上がる書類の山。一枚を手に取り、目を通し始める黒魔王を尻目に、ノクスは退室しようと扉に手を添える。
『待てノクス』
「仕事なら手伝いませんけど」
『最後まで聞け。……
「わかりました……?」
そのままノクスは退室。仕事場である下の階に向かいながら、自身と入れ違いで執務室から出て来た女の子の姿を思い浮かべる。
(さっきの子と関係があるのか……?)
「あっ! お帰りなさいヴァニラ!」
「ただいま」
「黒魔王様となにを話したんだ?」
「……モルスについてと、明後日に来いって」
「明後日?」
「あー……、ヴァニラ。帰って来てそうそう悪いんだが、ブレイドとベルタに帰って来たって言ってきてくれないか? 落ち込んでるから……」
「? わかった」
そして当日──。
「これは……?」
再びやって来た黒魔王の執務室。訪れたヴァニラに手渡されたのは、一枚のスケジュール表だった。
黒魔王は机に肘を立て、顎を組んだ手の上に置きつつ、ヴァニラを見据え。
『ヴァニラ。貴様には、その表に基づいて講義を受けてもらう』
「講義……?」
『そうだ。我が直々に指導する。表に書かれた日時にここまで来るように』
なんと、黒魔王自ら講義を開講すると言うのだ。
『話は終わりだ。ではな』
「おっ、お帰り。何て言われた?」
「講義するって」
「……は?」
「これスケジュール表」
「……『予定がある日は無理しないように』って、フォローも完璧かよ……。でも良かったな」
「うん」
「……なあ、アッシュからは何を学んだんだ?」
「お金の稼ぎ方と使い方と、お米一粒一粒に七人の神さまが住んでいるって」
「金銭教育と食育はバッチリかよ……」
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
黒魔王による講義が始まってからはや数日。
『……進み具合が分からないな。やはり最後に試験を行うべきか……』
ヴァニラの退室後。後片付けを済ませ、講義内容を再確認していた黒魔王の耳に、ノック音。
『入りたまえ』
「失礼しまーす」
いつも通り、ノクスが資料片手に入室。机の上に置き、退室──すると思えば、ノクスはじっと黒魔王を見つめていた。
『……何だ』
「いや……連日、女の子を部屋に招いて何をしているんですかねーっと思って」
『……』
流石に疑われるか……、下手に隠して言いふらされるのも面倒だ。
「講義……ですか?」
『ああ。……何だその顔は』
仕方なく話してみれば、ノクスは我に冷ややかな視線を向けていた。
「へぇ……へぇ〜?」
『言いたい事があるなら申せ』
「年頃の女の子に対して? 顔も名前も隠して肩苦しい講義を? アクア辺りが聞いたら引かれますよ」
『……』
黒魔王の心にクリティカルヒット!
『し、しかし……モルスとして、誓約を破るわけにはいかぬ』
黒魔王はギリギリで心を持ち直した!
「黒魔王様がそう仰られるのであればいいですけど」
他人事だと割り切っているのか、ノクスは気にしている様子は無く。頑張ってくださいねー、と一言告げ、ようやく退室した。
一人になった黒魔王は溜め息を一つ。
『……検討、してみるとしよう』
(『お世話になっているのだから、お礼ぐらい持っていった方がいい』とは言われたけど……これでいいかな……)
前日にそんな会話が繰り広げられていたとは露知らず。次の日、ヴァニラは手土産を持って執務室へ。
コンコン
『……、入りたまえ』
ワンテンポ遅れて、黒魔王の声が聞こえた。
ヴァニラは特段気にせず、ドアノブを捻り、中に……。
「……」
「……何か申せ」
ドアノブを握りしめたまま無言になるヴァニラ。それもそのはず。部屋に居たのは、見覚えのあるローブを羽織る男の姿。
「まちがえました帰ります」
「待て」
90度に腰を折り曲げて扉を閉めようとするヴァニラを、すかさず止める。
「我は黒魔王だ」
「……」
「……これでどうだ」
フードを被ると、ヴァニラは同一人物だと理解。
フードが無ければ分からないのかと少しショックを受けるも、流して。
「ノ……側近に言われてな。仕方なく我が姿を……何だ。我の顔に何か付いているのか」
「いえ。きれいだなと」
「きっ……? ……我は日の光が苦手なだけだ。決して綺麗などと言われる筋合いはあるまい」
「わたしも、月の光が好きです」
「我は月が好きだとは……いや良い、始めるぞ」
「はい、黒魔王様」
顔を晒しただけで、こんなに会話が続くものなのか……。
「あと、ケーキ買ってきたのですが、食べれますか?」
ケーキの箱を持ち上げ、小首を傾げる。
「……黒魔王、ではなく、“ジェダル”だ」
ジェダルは聞き取れるギリギリの声で名を名乗ると、ケーキの箱を受け取った。
「頂こう。貴様もどうだ?」
「……はい、ジェダル様」
「言っておくが、我の事は他言無用だからな」
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
──そして迎えた講義最終日。
「ヴァニラ。以前から予告していた通り、本日は最終試験を行う。準備は良いな」
「はい」
「では始め」
開始の合図と共に、ジェダルが作成したテスト用紙に文字を書き込んでゆく。ここまでしなくともと考えたが、実りあるものにしてほしいとテストを作成。側近のノクスからは「もはや講師」とまで言われていた。
見ているのもプレッシャーになると思い、ジェダルは窓から外の景色を眺める。
(最後……か。刻が過ぎ去るのは早いものだな……。悪くはなかった……)
「おわりました」
「確認はしたか」
「大丈夫です」
お願いします、と渡された用紙を受け取り、ペンで採点していく。
いよいよ終わりか、と感傷に浸っていたが──それは、人々の叫び声で掻き消された。
「ジェダル様、外で戦いが起きているようです。あれは……冒険者が冒険者を襲っている……?」
窓から外を見下ろし、状況を確認。塔の外では、何故か冒険者が同じ冒険者相手に剣を振るっていた。どうやら、冒険者は操られているらしく、術者らしき女の姿も見える。
「ヴァニラ。採点は後だ。我は下に向かう」
ジェダルはフードを深く被り、浮遊。地を滑るように下へと向かう。
「……ジェダル様」
「ウフフフフ。仲間同士で争う……とーってもイケナイことね。で・も、イケナイことをするのってキモチイイでしょう? もっと暴れていいのよ〜?」
「【イーオン・インペリウム 】!」
互いに剣を交える冒険者の間に突き刺さる剣。剣を中心に放たれた闇のエレメントにより、塔を攻撃していた冒険者は皆解放され、地に伏せる。
『動ける者は負傷者を中へ退避させろ。塔から一歩も出るな』
黒魔王の登場に誰もが驚くも、指示に従い、塔の中へ撤退。
『……久しいな、アスモデウスよ』
「お久しぶりね〜黒魔王様☆」
操っていた犯人である女──アスモデウスはふわふわと空中で脚を組み、妖艶な笑みを浮かべた。
『止めろ。虫唾が走る』
「つれないわねぇ〜」
『必要無かろう。貴様を今ここで、永き眠りへと誘ってやろう』
「いや〜んっ。いきなり夜のお誘いなんてダイタンね☆」
『……』
ジェダルは、異空間から身の丈ほどある剣の柄を握ると、アスモデウスに向けて光線を放つ。当然避けられるも、『これ以上話すことはない』と言いたげなジェダルの圧力に、アスモデウスも臨戦体勢に入った。
「えいっえいっ」
『その腑抜けた掛け声止めろ』
激しくぶつかり合う、魅惑の
「もうっ、少しは加減してくれたっていいじゃない!」
『貴様相手に加減する気は無い。黙って潰れろ』
「こわ〜いっ。でも、強気なところもス・テ・キ☆」
「【エンシェントマジック】」
「あっぶな〜い」
チッと小さく舌打ちする音が聞こえた気も……無くは無い。
「次はワタシねっ。【ラストチャーム】っ☆」
と、片目ウインク。(どういう原理かは不明だが)出てきた星を掴み、地上に居るジェダルに向けて投げる。星はクルクル回転しながら巨大化、ジェダル近くの地面にのめり込み大爆発──何とも可愛らしくない攻撃である。
ジェダルは杖代わりの剣を薙ぎ払い、自身の周囲のみを覆う結界を生成。大爆発からは免れたが、結界はボロボロに。爆発により発生した煙が視界を遮る中、背後に気配を感じ、剣を薙ぎ払う。
……だが、ジェダルの方が一手遅い。
「吹き飛んじゃえ〜☆」
「させない」
第三者の声。アスモデウスは攻撃を中断、横から振りかざされた刃を後ろに飛ぶことで避け、そのまま上昇。
「……オンナ?」
刃を構えていたのは、まだあどけなさが残る少女。
『ヴァニラ。何故ここへ来た』
「……部屋で待っていろとは言われてませんが」
確かにそうだけど!!
ジェダルは眉間に寄った皺に拳を当てて。
「『ヴァニラ』って言うのその子? ウフッ、カワイイお名前ね……☆」
「あなたは?」
「ワタシは七つの大罪“色欲”のアスモデウスよ〜。ヨ・ロ・シ・ク♡」
「……」
無表情。
「なによ〜、照れてくれてもいいじゃな〜い!」
『諦めろ』
「え〜?? じゃあ、トクベツに見せちゃ」
『ヴァニラ。アスモデウスは(あらゆる意味で)貴様の敵だ。滅多刺しにして良い。我が許可する』
「冗談よ〜。もう、照れちゃってカワイイんだ・か・らっ」
「彼女を食べるのですか?」
「えっ!? この子大丈夫? 言葉通じてる??」
『……諦めろ』
ヴァニラの登場には(あらゆる面で)驚いたが、ジェダルとの関係の良さ、利用しない手はない。
『来てしまったものは仕方ない。手を貸してもらうぞ』
「はい」
ウフフ……考えるだけでゾクゾクするわね……☆
アスモデウスは地上に降り立つと、刃を手に駆け抜けるヴァニラを迎え撃つ。
フフッ、と笑みをこぼすアスモデウスに違和感。
『ヴァニラ! 後退しろ!』
「ダ〜メっ」
ジェダルの叫び声に一瞬気を取られ、生じた隙に接近を許してしまう。アスモデウスはヴァニラの頭に手を伸ばすと、ガシッと掴み。
「アナタの体、ワタシにちょうだい」
次の瞬間、アスモデウスの体が粒子化。立ち尽くすヴァニラの体に入っていく。
アスモデウスの力、【悪魔憑依】だ。
多くの冒険者を操ったその力。まだ憑依出来る力が残っていたのかと、ジェダルはいつでも迎え撃てるよう構えて。
「きゃあ〜〜〜〜!?」
かと思えば、アスモデウスがヴァニラの体から転がり出てきた。思わぬ事態に拍子抜けしてしまう。
「アイタタ……も〜! なんなのよアナタ!」
「……?」
打った頭を摩りながら、アスモデウスはヴァニラに怒鳴りつける。一方でヴァニラは、訳が分からないと言いたげに小首を傾げて。
『……失敗、したのか』
「違うわよ! ワタシが悪いんじゃないわ! この子が自分の意思を持ってないのが悪いのよ!」
つまり、アスモデウスはヴァニラの精神に潜入し、ヴァニラが持つ意思を魅了して操ろうとしたのだが、その意思が余りにもなかったため、追い出された……らしい。
ともあれ、ヴァニラと戦うことは回避出来たので、ジェダルは安堵した。
「
人差し指で虚空をなぞり、閃光を生み出す。
「いっけ〜!」
片手を前方に突き出すと同時、数え切れない量の閃光がジェダルとヴァニラに襲いかかる。ジェダルはヴァニラの前に立つと、剣と魔術を駆使して弾く。しかし、先程とは比べものにならない猛攻に反撃が出来ない。
「ウフフ。手も足も出ないみたいね〜。これでト・ド・メ……☆ 【ラストサクリファイス】!」
放たれる一閃。刹那、二人が居た場所を大爆発が襲う。
勝利を確信したアスモデウスは、口元に手を添え嘲笑う……。
「……?」
異変を感じたのはその直後。体の中に違和感を抱き、手で触って確認するも判らず。
二人の姿を確認しようとも、煙が邪魔をする。
『嘲るな……』
ローブの至る箇所が焼け焦げたジェダルの姿が露わになると、アスモデウスは体に感じる異変の正体に気付く。
『ダメージ増幅の呪い』。
同時に、背後に感じる気配。ヴァニラのものだと気付いたときには、既に手遅れだった。
「【奇襲鋭刃】」
叫ぶ間も無く斬り裂かれる体。
今再びの封印に成功すると、ヴァニラは究極化を解いた。
「ジェダル様、大丈夫ですか?」
自身を守るために体を張ったジェダルの元に駆け寄る。ジェダルは剣を異空間に戻し、砂埃を叩くと、問題ないと返す。
『礼を言う』
「恩返しができたならよかったです」
『恩返しなど要らぬ。我が勝手にしたことだ。……良いか』
小さく頷いたヴァニラ。ジェダルはヴァニラの頭をひと撫で。すぐに恥ずかしくなり手を下ろした。
『で、では、すまないが、我は後処理をしなければならない。貴様はこのまま帰ると良い。面倒ごとになりそうなのでな。今日に限って我以外いないとは……。採点はまた……』
「ジェダル様」
『何だ。……メモ?』
ヴァニラから渡されたメモには数字が並んでいた。
「わたしのエレフォンの番号です。あとで連絡ください」
失礼します、とヴァニラはジェダルに背を向け歩き出す。
その後ろ姿を見つめながら、ジェダルはやれやれと言いたげに肩を竦めた。
『数日間、愉しめたぞ。ヴァニラよ』