Five Elemental Story
14話 再び動き出す刻
──はじまりの地、『英知の書庫』。
「……」
「……」
じっ、と視線を交えるのはヴァニラとリベリアの二人。二人から一歩離れたところでは、レベッカ、ベルタ、アランの三人がことの成り行きを見守っている。
今日、ここに足を運んだのは、リベリアに謝罪する為。『究極融合の書』を奪ったこと、今はもう一人の男──アッシュが持っていることを伝え、改めて謝罪したのだった。
あの日、あの時。ブレイドとの再会で。自分が何をしてしまっていたか、それに気付いたからこそ、ヴァニラはリベリアの前に。
リベリアは瞼を下ろすと、ヴァニラから背を向ける。
「……本はなくとも手順さえ覚えていれば、『究極融合』は可能です。しかし、あの書は『英知の書庫』にとって大切なもの。私達の未来に、必要不可欠なものです。……ですので、必ず書を取り返して下さい。それが、貴女に対する罰です」
ホッと見守っていた三人は胸を撫で下ろし。
「……ありがとうございます」
「私も人の事は言えませんから。……それより、ブレイドさんのご容態は?」
「安定してます。今日退院です」
「そうですか。私からの話は以上ですので、早く会いに行ってあげて下さい」
リベリアは再び振り返ると、優しく微笑んだ。
ヴァニラは困惑しながらも頷き、他の三人と共にリベリアと別れた。
「あっ」
「どうしたレベッカ?」
『英知の書庫』の表口。足を止めたレベッカに、ベルタが声をかける。
「ごめんなさい、少しだけ待っててもらえる?」
「わかった」
「ありがとうっ」
早歩きで踵を返し、書庫に戻っていく。
レベッカは三人を残したまま、もう一度リベリアが居た部屋に戻って来た。
「……レベッカさん? どうかしましたか?」
扉近くに佇むレベッカに、資料片手に目を丸くするリベリア。
「あの……少しだけいいですか?」
「構いませんよ」
レベッカは遠慮がちに部屋の中へ。リベリアの元に歩み寄る。
「実はその……お願いがありまして……」
「……お願い?」
「はい。あのですね……」
「あ、戻って来た」
──数分後。戻って来たレベッカと合流。
「ありがとう、待っててくれて」
「大丈夫だ。それじゃあ、ブレイドを迎えに行くか」
本日、めでたく退院となったブレイドを迎えに、書庫から離れた場所にある『中央病院』へ歩き出す。
「……それにしても、リベリアさんが本を取り返すだけで良い、とは意外だったな」
「さっき言っていたけど、本部からも連絡があったそうよ。リベリアさんも怒られなかったようだし」
「もしかしてレベッカ、そのために戻ったのか……?」
「そうじゃないわ。リベリアさんの連絡先知りたくて聞きに行ったのよ」
「……え?」
「教えてもらえたから、後で連絡するつもりよ」
「……凄いな」
「……」
三人の会話に耳を傾けながら、ヴァニラは目の前に聳える病院を見つめていた。
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
──はじまりの地、『中央病院』前。
(……でけぇなこの花)
今しがた、病院から出て来たのはブレイド。その手には、顔よりも大きい花束を抱えて。
「ブレイド!」
聞き慣れた声が聞こえ、花束で埋もれた顔をヒョイっと横に。今到着したばかりなのか、少し離れた場所から仲間達が走って来ていた。
「良かった……入れ違いにならなくて」
「その花束は誰からだ?」
「緑狼王から」
「デカイな……。花束買わなくて正解だったな」
自然な流れで話し始める四人を、ヴァニラは少し離れた場所から眺めていて。
「ヴァニラ」
「……!」
不意に話しかけられ、ヴァニラは肩を跳ね上がらせた。
「あっ……いや、その……」
そのまま口籠るブレイドに、疑問符を浮かべる。
「あ、あー、そういえばブレイド、退院したら体動かしたいって言ってたよなー?」
「え? お前いきなり何言って」
「言ってたよな??」
はいと言え、と笑顔で圧力をかけられ、ブレイドは訳も分からないまま数回頷く。
「せっかくだし、ヴァニラに街を案内してきたらどう?」
「だな。体も動かせるし一石二鳥」
「ホラ、花束はオレが持ってるから」
レベッカの提案にベルタもアランも乗り、強制的に花束を回収され、背中をグイグイと押される。
「この前三人で街に買い物に行ったんじゃないのかよ!」
「最低限のお店しか行ってないわよ」
「男ならつべこべ言わず従え!」
「ハァ!?」
「いいから行って来い!!」
仕方ねぇな、とブレイドは溜め息を洩らすと、ヴァニラに「行くぞ」と声を掛け、歩き出し。ヴァニラもブレイドの後ろをちょこちょこ。
二人の姿が見えなくなったと同時に、三人は止まっていた息を一斉に吐き出して。
「どうして素直にあの男は従わないんだ……!」
「紙一重だったよな……」
「上手くいくといいけど……」
場面変わって、人々で賑わう街中。
「前回は何処に行ったんだ?」
前回──13.5話にて、エレフォンや必要最低限な物を買いに、ヴァニラはレベッカとベルタと共に街へ来ていた。
「……洋服屋と、ドラッグストアと、携帯ショップ……ぐらい?」
「確かに最低限の店だな」
ブレイドは顎に手を添えて、うーん、と長考。
「……よし。彼処に行くか!」
「どこ?」
「こっちだ」
と、ヴァニラの手を掴む。
「人多いから、はぐれないようにな」
先導して歩き出すブレイドの、大きくなった背中を見つめて。
「……うん」
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
「結構長い時間遊んだな」
公園のベンチに座りながら、背中を伸ばすブレイド。
隣に座るヴァニラの傍には、大量のお菓子が入った袋が。その中身は全て、ブレイドが案内したゲームセンターにて獲得したものだった。
「にしても。ヴァニラ、結構器用だよな。ほぼ一発で取れてたし」
「……ブレイドは苦手なの?」
「センス無いみたいでなー。アランと行ったときも全然取れな……ってかあれは、アランが取りすぎて景品無くなったな」
「そう。……」
「……」
訪れる沈黙。ブレイドはふと思い出し、時間を確認すると。
「もうお昼か。何か食べるか?」
「食べたい」
「じゃあ、買ってくるな。ちょっと此処で待っててくれ!」
「わかった」
走り去るブレイド。一人残されたヴァニラは特に何をするわけでもなく、噴水に視線を向ける。
「……」
──だがな、もしヴァニラが違う道を歩むときは……止めはしない。好きにするといい──
……アッシュ。
わたしと一緒に居てくれた大切な人。
父のように、師のように、厳しくも優しく、わたしに居場所をくれた。
アッシュの教えが全てだと思ってた。それが正しい道だと。けど今は……。
……この気持ちはなんて言えばいい? わからない……。
アッシュ、もう一度あなたに会えたらわかる気がするの。
ねぇ……どこに居るの? 師匠……。
ヴァニラの心に、大きな変化が訪れていた。
正しい道だと信じていたことが、誰かを傷つけていた。ブレイドが、自分を“見捨てた”と勘違いしていたように、あまりにも自分は受け入れ過ぎていた。抗うことも、疑うことも、自分自身の意思を持たないまま、何年間も過ごしていた。
そのことに、遅れて自分は気づいたのだと、ここ数日ヴァニラは考えていた。
「……」
他に考えることもなく、実の兄との接し方も分からない。
ぼんやりと噴水を眺めながら、ヴァニラは無意識のうちに拳を握りしめていた。
「あのー、すみません」
「……?」
そんなヴァニラの顔を覗き込むように、見たこともないスーツ姿の男が話しかけてきた。当然、ヴァニラは誰? と疑問を抱く。
「いきなりですみません。わたくし、雑誌モデルのマネージャーをやっておりまして」
「……」
「とっても素敵な美人さんを見つけてしまい、スカウトせずにはいられず」
「……」
「どうです? これを機に芸能界デビューしてみては」
「……」
「……」
無表情(これがデフォルト)のヴァニラに、スーツ姿の男の顔に、焦りが見え始める。
「あ、えーとですね、決して怪しい者ではないので!」
「……」
スーツ姿の男はヴァニラの隣に座りながら、話を続けて。
(……座りたかったのかな。譲ってあげるべきだった?)
ヴァニラはスーツ姿の男の話を左から右に流しながら、呑気にも(そもそもモデルが分からない)そう思っていたヴァニラの元に。
「こ、この条件でご満足いただけないなら他に……え?」
後頭部に感じる硬い感触。それが手だと理解した直後、ミシミシと骨が軋み、激痛が走る。
「いだだだだだだだ」
「其処、俺の席」
すみませんでした! とスーツ姿の男は一目散に逃げ出した。
「……何だあいつ」
「わからない」
「ま、いっか。ハンバーガー買ってきたんだ。食おうぜ」
「ハンバーガー?」
「まずは食べてみろ。美味しいからな」
はい、と包み紙に包まれた丸くて柔らかいものを、掌に置かれる。隣に座るブレイドの動作を真似て、包み紙を開き、ガブリと噛み付く。
「久しぶりに食うジャンクフードは美味いな……! 病院食はしばらく勘弁だな。どうだ、ヴァニラ。美味いか?」
超失礼な独り言を漏らしつつ、ブレイドはヴァニラに感想を求める。ヴァニラはもぐもぐと咀嚼後、ごくんと飲み込んで。
「おいしい……」
「なら良かったぜ。ジュースもあるから、飲んでいいぞ」
「ありがとう」
ちゅー、と音を立ててジュースを飲むヴァニラに、ブレイドは少し躊躇いながらも訊ねる。
「あ、あのな、ヴァニラ」
「……?」
「“アッシュ”って……どんな奴だったんだ?」
悩みに悩んだ末、あまり触れてはいけないと分かっていても、ブレイドはアッシュの話題を出した。
ヴァニラは、視線をブレイドから青い空に向けると、ぽつりぽつりと話し始める。
「アッシュとは……“夕闇の地”に捨てられた直後に会ったの。『行くところがないなら一緒に来い』って言われて……どうしたらいいかわからないまま、アッシュに縋った。……アッシュは、生きる上で必要なことを教えてくれた。戦い方も、全て。……わたしを見捨てないでくれた。わたしの居場所で、わたしが……居ていい場所だった……」
哀しそうに目を細めるヴァニラ。
ブレイドは荒々しく後頭部を掻き毟ると、くしゃっと髪を掴んで。
「……俺は、アッシュ がやっていることは気に食わない。けど、ヴァニラを守ってくれたことは感謝してる。……守ってくれたことだけな」
目を丸くし、自身を見つめるヴァニラと目を合わせて。
「……これからどうしたい」
「……」
「教えてくれ、ヴァニラ」
ヴァニラは一度瞼を下ろし、わからないと返した後。でも、と続ける。
「みんなと一緒に居たい」
「ヴァニラ……」
「一緒に過ごしたら、アッシュとどう向き合えばいいかわかると思うの」
ブレイドは頬を緩めると。
「……その答えに安心した」
「どうして?」
「だって、またヴァニラと離れることになるんじゃないかって考えてたから」
ヴァニラも釣られて口角を上げると。
「アッシュの側に居たい気持ちはある。けれど……どこに居るかわからないから」
「そうか……。あっ、そうだ。実は渡したい物があるんだ」
ブレイドは忘れてたと、鞄をゴソゴソ。小さな紙袋を取り出すと、ヴァニラに渡した。
「さっき、戻って来るの遅かっただろ? これを買いに寄り道してたんだ。悪いな」
「ううん、そこまで待ってない。……開けていい?」
「もちろん」
ヴァニラはハンバーガーが一旦膝の上に置くと、紙袋を丁寧に開封。中に入っていたのは……アメジストが使われたネックレスだった。
「きれい……」
「……気に入ってもらえたか?」
「うん。……とてもすてき」
お世辞などではなく、素直に喜んでくれているヴァニラに、ブレイドは照れ臭そうに頬を掻いた。
「似合う?」
「思った通り似合うぞ」
「よかった」
ヴァニラは微笑んだ後、ブレイドの首元をじっ、と見つめ始めて。
「……」
「ヴァニラ?」
「……目、閉じて」
「何で?」
「いいから」
困惑しながらも素直に目を閉じる。次の瞬間、首元に感じるヴァニラの手の熱。
少しして手が離れると、開けていいよと言われ、目を開ける。
「それ……俺のペンダント?」
ヴァニラの手にあったのは、いつでも聞けるようにと常備していた、ヴァニラの写真入りのロケットペンダント。
「外してどうするんだ」
「捨てるの」
「……え?」
ヴァニラ選手、構えなしでペンダントを投げまし──早っ!
目にも留まらぬ速さでゴミ箱にイン。回収しようにも、その前に業者にゴミ箱ごと回収されてしまった。
「えっ、ヴァニラ……え? あれがなんだか知っていたのか?」
「わたしの写真」
「知った上で捨てたのかよ! 呪われたらどうするんだ!」
気にするのはそこではない筈だ。
ヴァニラは「大丈夫。呪われても回避してみせる」と答えた後。
「わたしはここに居る。だから、必要ない」
ブレイドは呆気に取られ、参ったなと笑い。
「そうだな……!」
此処一番の笑顔を浮かべたのであった。
「あ、ハンバーガー食べないと。安心したら腹が減った」
「ごちそうさま」
「早っ。食べるの早」
「お金幾らだった? 返すね」
「……頼むから見栄を張らせてくれ」
「? ……わかった」
──はじまりの地、『英知の書庫』。
「……」
「……」
じっ、と視線を交えるのはヴァニラとリベリアの二人。二人から一歩離れたところでは、レベッカ、ベルタ、アランの三人がことの成り行きを見守っている。
今日、ここに足を運んだのは、リベリアに謝罪する為。『究極融合の書』を奪ったこと、今はもう一人の男──アッシュが持っていることを伝え、改めて謝罪したのだった。
あの日、あの時。ブレイドとの再会で。自分が何をしてしまっていたか、それに気付いたからこそ、ヴァニラはリベリアの前に。
リベリアは瞼を下ろすと、ヴァニラから背を向ける。
「……本はなくとも手順さえ覚えていれば、『究極融合』は可能です。しかし、あの書は『英知の書庫』にとって大切なもの。私達の未来に、必要不可欠なものです。……ですので、必ず書を取り返して下さい。それが、貴女に対する罰です」
ホッと見守っていた三人は胸を撫で下ろし。
「……ありがとうございます」
「私も人の事は言えませんから。……それより、ブレイドさんのご容態は?」
「安定してます。今日退院です」
「そうですか。私からの話は以上ですので、早く会いに行ってあげて下さい」
リベリアは再び振り返ると、優しく微笑んだ。
ヴァニラは困惑しながらも頷き、他の三人と共にリベリアと別れた。
「あっ」
「どうしたレベッカ?」
『英知の書庫』の表口。足を止めたレベッカに、ベルタが声をかける。
「ごめんなさい、少しだけ待っててもらえる?」
「わかった」
「ありがとうっ」
早歩きで踵を返し、書庫に戻っていく。
レベッカは三人を残したまま、もう一度リベリアが居た部屋に戻って来た。
「……レベッカさん? どうかしましたか?」
扉近くに佇むレベッカに、資料片手に目を丸くするリベリア。
「あの……少しだけいいですか?」
「構いませんよ」
レベッカは遠慮がちに部屋の中へ。リベリアの元に歩み寄る。
「実はその……お願いがありまして……」
「……お願い?」
「はい。あのですね……」
「あ、戻って来た」
──数分後。戻って来たレベッカと合流。
「ありがとう、待っててくれて」
「大丈夫だ。それじゃあ、ブレイドを迎えに行くか」
本日、めでたく退院となったブレイドを迎えに、書庫から離れた場所にある『中央病院』へ歩き出す。
「……それにしても、リベリアさんが本を取り返すだけで良い、とは意外だったな」
「さっき言っていたけど、本部からも連絡があったそうよ。リベリアさんも怒られなかったようだし」
「もしかしてレベッカ、そのために戻ったのか……?」
「そうじゃないわ。リベリアさんの連絡先知りたくて聞きに行ったのよ」
「……え?」
「教えてもらえたから、後で連絡するつもりよ」
「……凄いな」
「……」
三人の会話に耳を傾けながら、ヴァニラは目の前に聳える病院を見つめていた。
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
──はじまりの地、『中央病院』前。
(……でけぇなこの花)
今しがた、病院から出て来たのはブレイド。その手には、顔よりも大きい花束を抱えて。
「ブレイド!」
聞き慣れた声が聞こえ、花束で埋もれた顔をヒョイっと横に。今到着したばかりなのか、少し離れた場所から仲間達が走って来ていた。
「良かった……入れ違いにならなくて」
「その花束は誰からだ?」
「緑狼王から」
「デカイな……。花束買わなくて正解だったな」
自然な流れで話し始める四人を、ヴァニラは少し離れた場所から眺めていて。
「ヴァニラ」
「……!」
不意に話しかけられ、ヴァニラは肩を跳ね上がらせた。
「あっ……いや、その……」
そのまま口籠るブレイドに、疑問符を浮かべる。
「あ、あー、そういえばブレイド、退院したら体動かしたいって言ってたよなー?」
「え? お前いきなり何言って」
「言ってたよな??」
はいと言え、と笑顔で圧力をかけられ、ブレイドは訳も分からないまま数回頷く。
「せっかくだし、ヴァニラに街を案内してきたらどう?」
「だな。体も動かせるし一石二鳥」
「ホラ、花束はオレが持ってるから」
レベッカの提案にベルタもアランも乗り、強制的に花束を回収され、背中をグイグイと押される。
「この前三人で街に買い物に行ったんじゃないのかよ!」
「最低限のお店しか行ってないわよ」
「男ならつべこべ言わず従え!」
「ハァ!?」
「いいから行って来い!!」
仕方ねぇな、とブレイドは溜め息を洩らすと、ヴァニラに「行くぞ」と声を掛け、歩き出し。ヴァニラもブレイドの後ろをちょこちょこ。
二人の姿が見えなくなったと同時に、三人は止まっていた息を一斉に吐き出して。
「どうして素直にあの男は従わないんだ……!」
「紙一重だったよな……」
「上手くいくといいけど……」
場面変わって、人々で賑わう街中。
「前回は何処に行ったんだ?」
前回──13.5話にて、エレフォンや必要最低限な物を買いに、ヴァニラはレベッカとベルタと共に街へ来ていた。
「……洋服屋と、ドラッグストアと、携帯ショップ……ぐらい?」
「確かに最低限の店だな」
ブレイドは顎に手を添えて、うーん、と長考。
「……よし。彼処に行くか!」
「どこ?」
「こっちだ」
と、ヴァニラの手を掴む。
「人多いから、はぐれないようにな」
先導して歩き出すブレイドの、大きくなった背中を見つめて。
「……うん」
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
「結構長い時間遊んだな」
公園のベンチに座りながら、背中を伸ばすブレイド。
隣に座るヴァニラの傍には、大量のお菓子が入った袋が。その中身は全て、ブレイドが案内したゲームセンターにて獲得したものだった。
「にしても。ヴァニラ、結構器用だよな。ほぼ一発で取れてたし」
「……ブレイドは苦手なの?」
「センス無いみたいでなー。アランと行ったときも全然取れな……ってかあれは、アランが取りすぎて景品無くなったな」
「そう。……」
「……」
訪れる沈黙。ブレイドはふと思い出し、時間を確認すると。
「もうお昼か。何か食べるか?」
「食べたい」
「じゃあ、買ってくるな。ちょっと此処で待っててくれ!」
「わかった」
走り去るブレイド。一人残されたヴァニラは特に何をするわけでもなく、噴水に視線を向ける。
「……」
──だがな、もしヴァニラが違う道を歩むときは……止めはしない。好きにするといい──
……アッシュ。
わたしと一緒に居てくれた大切な人。
父のように、師のように、厳しくも優しく、わたしに居場所をくれた。
アッシュの教えが全てだと思ってた。それが正しい道だと。けど今は……。
……この気持ちはなんて言えばいい? わからない……。
アッシュ、もう一度あなたに会えたらわかる気がするの。
ねぇ……どこに居るの? 師匠……。
ヴァニラの心に、大きな変化が訪れていた。
正しい道だと信じていたことが、誰かを傷つけていた。ブレイドが、自分を“見捨てた”と勘違いしていたように、あまりにも自分は受け入れ過ぎていた。抗うことも、疑うことも、自分自身の意思を持たないまま、何年間も過ごしていた。
そのことに、遅れて自分は気づいたのだと、ここ数日ヴァニラは考えていた。
「……」
他に考えることもなく、実の兄との接し方も分からない。
ぼんやりと噴水を眺めながら、ヴァニラは無意識のうちに拳を握りしめていた。
「あのー、すみません」
「……?」
そんなヴァニラの顔を覗き込むように、見たこともないスーツ姿の男が話しかけてきた。当然、ヴァニラは誰? と疑問を抱く。
「いきなりですみません。わたくし、雑誌モデルのマネージャーをやっておりまして」
「……」
「とっても素敵な美人さんを見つけてしまい、スカウトせずにはいられず」
「……」
「どうです? これを機に芸能界デビューしてみては」
「……」
「……」
無表情(これがデフォルト)のヴァニラに、スーツ姿の男の顔に、焦りが見え始める。
「あ、えーとですね、決して怪しい者ではないので!」
「……」
スーツ姿の男はヴァニラの隣に座りながら、話を続けて。
(……座りたかったのかな。譲ってあげるべきだった?)
ヴァニラはスーツ姿の男の話を左から右に流しながら、呑気にも(そもそもモデルが分からない)そう思っていたヴァニラの元に。
「こ、この条件でご満足いただけないなら他に……え?」
後頭部に感じる硬い感触。それが手だと理解した直後、ミシミシと骨が軋み、激痛が走る。
「いだだだだだだだ」
「其処、俺の席」
すみませんでした! とスーツ姿の男は一目散に逃げ出した。
「……何だあいつ」
「わからない」
「ま、いっか。ハンバーガー買ってきたんだ。食おうぜ」
「ハンバーガー?」
「まずは食べてみろ。美味しいからな」
はい、と包み紙に包まれた丸くて柔らかいものを、掌に置かれる。隣に座るブレイドの動作を真似て、包み紙を開き、ガブリと噛み付く。
「久しぶりに食うジャンクフードは美味いな……! 病院食はしばらく勘弁だな。どうだ、ヴァニラ。美味いか?」
超失礼な独り言を漏らしつつ、ブレイドはヴァニラに感想を求める。ヴァニラはもぐもぐと咀嚼後、ごくんと飲み込んで。
「おいしい……」
「なら良かったぜ。ジュースもあるから、飲んでいいぞ」
「ありがとう」
ちゅー、と音を立ててジュースを飲むヴァニラに、ブレイドは少し躊躇いながらも訊ねる。
「あ、あのな、ヴァニラ」
「……?」
「“アッシュ”って……どんな奴だったんだ?」
悩みに悩んだ末、あまり触れてはいけないと分かっていても、ブレイドはアッシュの話題を出した。
ヴァニラは、視線をブレイドから青い空に向けると、ぽつりぽつりと話し始める。
「アッシュとは……“夕闇の地”に捨てられた直後に会ったの。『行くところがないなら一緒に来い』って言われて……どうしたらいいかわからないまま、アッシュに縋った。……アッシュは、生きる上で必要なことを教えてくれた。戦い方も、全て。……わたしを見捨てないでくれた。わたしの居場所で、わたしが……居ていい場所だった……」
哀しそうに目を細めるヴァニラ。
ブレイドは荒々しく後頭部を掻き毟ると、くしゃっと髪を掴んで。
「……俺は、
目を丸くし、自身を見つめるヴァニラと目を合わせて。
「……これからどうしたい」
「……」
「教えてくれ、ヴァニラ」
ヴァニラは一度瞼を下ろし、わからないと返した後。でも、と続ける。
「みんなと一緒に居たい」
「ヴァニラ……」
「一緒に過ごしたら、アッシュとどう向き合えばいいかわかると思うの」
ブレイドは頬を緩めると。
「……その答えに安心した」
「どうして?」
「だって、またヴァニラと離れることになるんじゃないかって考えてたから」
ヴァニラも釣られて口角を上げると。
「アッシュの側に居たい気持ちはある。けれど……どこに居るかわからないから」
「そうか……。あっ、そうだ。実は渡したい物があるんだ」
ブレイドは忘れてたと、鞄をゴソゴソ。小さな紙袋を取り出すと、ヴァニラに渡した。
「さっき、戻って来るの遅かっただろ? これを買いに寄り道してたんだ。悪いな」
「ううん、そこまで待ってない。……開けていい?」
「もちろん」
ヴァニラはハンバーガーが一旦膝の上に置くと、紙袋を丁寧に開封。中に入っていたのは……アメジストが使われたネックレスだった。
「きれい……」
「……気に入ってもらえたか?」
「うん。……とてもすてき」
お世辞などではなく、素直に喜んでくれているヴァニラに、ブレイドは照れ臭そうに頬を掻いた。
「似合う?」
「思った通り似合うぞ」
「よかった」
ヴァニラは微笑んだ後、ブレイドの首元をじっ、と見つめ始めて。
「……」
「ヴァニラ?」
「……目、閉じて」
「何で?」
「いいから」
困惑しながらも素直に目を閉じる。次の瞬間、首元に感じるヴァニラの手の熱。
少しして手が離れると、開けていいよと言われ、目を開ける。
「それ……俺のペンダント?」
ヴァニラの手にあったのは、いつでも聞けるようにと常備していた、ヴァニラの写真入りのロケットペンダント。
「外してどうするんだ」
「捨てるの」
「……え?」
ヴァニラ選手、構えなしでペンダントを投げまし──早っ!
目にも留まらぬ速さでゴミ箱にイン。回収しようにも、その前に業者にゴミ箱ごと回収されてしまった。
「えっ、ヴァニラ……え? あれがなんだか知っていたのか?」
「わたしの写真」
「知った上で捨てたのかよ! 呪われたらどうするんだ!」
気にするのはそこではない筈だ。
ヴァニラは「大丈夫。呪われても回避してみせる」と答えた後。
「わたしはここに居る。だから、必要ない」
ブレイドは呆気に取られ、参ったなと笑い。
「そうだな……!」
此処一番の笑顔を浮かべたのであった。
「あ、ハンバーガー食べないと。安心したら腹が減った」
「ごちそうさま」
「早っ。食べるの早」
「お金幾らだった? 返すね」
「……頼むから見栄を張らせてくれ」
「? ……わかった」