Five Elemental Story

14話 再び動き出す刻

 ──はじまりの地、『英知の書庫』。

「……」
「……」

 じっ、と視線を交えるのはヴァニラとリベリアの二人。二人から一歩離れたところでは、レベッカ、ベルタ、アランの三人がことの成り行きを見守っている。

 今日、ここに足を運んだのは、リベリアに謝罪する為。『究極融合の書』を奪ったこと、今はもう一人の男──アッシュが持っていることを伝え、改めて謝罪したのだった。

 あの日、あの時。ブレイドとの再会で。自分が何をしてしまっていたか、それに気付いたからこそ、ヴァニラはリベリアの前に。

 リベリアは瞼を下ろすと、ヴァニラから背を向ける。

「……本はなくとも手順さえ覚えていれば、『究極融合』は可能です。しかし、あの書は『英知の書庫』にとって大切なもの。私達の未来に、必要不可欠なものです。……ですので、必ず書を取り返して下さい。それが、貴女に対する罰です」

 ホッと見守っていた三人は胸を撫で下ろし。

「……ありがとうございます」
「私も人の事は言えませんから。……それより、ブレイドさんのご容態は?」
「安定してます。今日退院です」
「そうですか。私からの話は以上ですので、早く会いに行ってあげて下さい」

 リベリアは再び振り返ると、優しく微笑んだ。

 ヴァニラは困惑しながらも頷き、他の三人と共にリベリアと別れた。

「あっ」
「どうしたレベッカ?」

 『英知の書庫』の表口。足を止めたレベッカに、ベルタが声をかける。

「ごめんなさい、少しだけ待っててもらえる?」
「わかった」
「ありがとうっ」

 早歩きで踵を返し、書庫に戻っていく。

 レベッカは三人を残したまま、もう一度リベリアが居た部屋に戻って来た。

「……レベッカさん? どうかしましたか?」

 扉近くに佇むレベッカに、資料片手に目を丸くするリベリア。

「あの……少しだけいいですか?」
「構いませんよ」

 レベッカは遠慮がちに部屋の中へ。リベリアの元に歩み寄る。

「実はその……お願いがありまして……」
「……お願い?」
「はい。あのですね……」





「あ、戻って来た」

 ──数分後。戻って来たレベッカと合流。

「ありがとう、待っててくれて」
「大丈夫だ。それじゃあ、ブレイドを迎えに行くか」

 本日、めでたく退院となったブレイドを迎えに、書庫から離れた場所にある『中央病院』へ歩き出す。

「……それにしても、リベリアさんが本を取り返すだけで良い、とは意外だったな」
「さっき言っていたけど、本部からも連絡があったそうよ。リベリアさんも怒られなかったようだし」
「もしかしてレベッカ、そのために戻ったのか……?」
「そうじゃないわ。リベリアさんの連絡先知りたくて聞きに行ったのよ」
「……え?」
「教えてもらえたから、後で連絡するつもりよ」
「……凄いな」

「……」

 三人の会話に耳を傾けながら、ヴァニラは目の前に聳える病院を見つめていた。


〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜


 ──はじまりの地、『中央病院』前。

(……でけぇなこの花)

 今しがた、病院から出て来たのはブレイド。その手には、顔よりも大きい花束を抱えて。

「ブレイド!」

 聞き慣れた声が聞こえ、花束で埋もれた顔をヒョイっと横に。今到着したばかりなのか、少し離れた場所から仲間達が走って来ていた。

「良かった……入れ違いにならなくて」
「その花束は誰からだ?」
「緑狼王から」
「デカイな……。花束買わなくて正解だったな」

 自然な流れで話し始める四人を、ヴァニラは少し離れた場所から眺めていて。

「ヴァニラ」
「……!」

 不意に話しかけられ、ヴァニラは肩を跳ね上がらせた。

「あっ……いや、その……」

 そのまま口籠るブレイドに、疑問符を浮かべる。

「あ、あー、そういえばブレイド、退院したら体動かしたいって言ってたよなー?」
「え? お前いきなり何言って」
「言ってたよな??」

 はいと言え、と笑顔で圧力をかけられ、ブレイドは訳も分からないまま数回頷く。

「せっかくだし、ヴァニラに街を案内してきたらどう?」
「だな。体も動かせるし一石二鳥」
「ホラ、花束はオレが持ってるから」

 レベッカの提案にベルタもアランも乗り、強制的に花束を回収され、背中をグイグイと押される。

「この前三人で街に買い物に行ったんじゃないのかよ!」
「最低限のお店しか行ってないわよ」
「男ならつべこべ言わず従え!」
「ハァ!?」
「いいから行って来い!!」

 仕方ねぇな、とブレイドは溜め息を洩らすと、ヴァニラに「行くぞ」と声を掛け、歩き出し。ヴァニラもブレイドの後ろをちょこちょこ。

 二人の姿が見えなくなったと同時に、三人は止まっていた息を一斉に吐き出して。

「どうして素直にあの男は従わないんだ……!」
「紙一重だったよな……」
「上手くいくといいけど……」





 場面変わって、人々で賑わう街中。

「前回は何処に行ったんだ?」

 前回──13.5話にて、エレフォンや必要最低限な物を買いに、ヴァニラはレベッカとベルタと共に街へ来ていた。

「……洋服屋と、ドラッグストアと、携帯ショップ……ぐらい?」
「確かに最低限の店だな」

 ブレイドは顎に手を添えて、うーん、と長考。

「……よし。彼処に行くか!」
「どこ?」
「こっちだ」

 と、ヴァニラの手を掴む。

「人多いから、はぐれないようにな」

 先導して歩き出すブレイドの、大きくなった背中を見つめて。

「……うん」


〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜


「結構長い時間遊んだな」

 公園のベンチに座りながら、背中を伸ばすブレイド。

 隣に座るヴァニラの傍には、大量のお菓子が入った袋が。その中身は全て、ブレイドが案内したゲームセンターにて獲得したものだった。

「にしても。ヴァニラ、結構器用だよな。ほぼ一発で取れてたし」
「……ブレイドは苦手なの?」
「センス無いみたいでなー。アランと行ったときも全然取れな……ってかあれは、アランが取りすぎて景品無くなったな」
「そう。……」
「……」

 訪れる沈黙。ブレイドはふと思い出し、時間を確認すると。

「もうお昼か。何か食べるか?」
「食べたい」
「じゃあ、買ってくるな。ちょっと此処で待っててくれ!」
「わかった」

 走り去るブレイド。一人残されたヴァニラは特に何をするわけでもなく、噴水に視線を向ける。

「……」


 ──だがな、もしヴァニラが違う道を歩むときは……止めはしない。好きにするといい──


 ……アッシュ。

 わたしと一緒に居てくれた大切な人。

 父のように、師のように、厳しくも優しく、わたしに居場所をくれた。

 アッシュの教えが全てだと思ってた。それが正しい道だと。けど今は……。

 ……この気持ちはなんて言えばいい? わからない……。

 アッシュ、もう一度あなたに会えたらわかる気がするの。

 ねぇ……どこに居るの? 師匠……。


 ヴァニラの心に、大きな変化が訪れていた。

 正しい道だと信じていたことが、誰かを傷つけていた。ブレイドが、自分を“見捨てた”と勘違いしていたように、あまりにも自分は受け入れ過ぎていた。抗うことも、疑うことも、自分自身の意思を持たないまま、何年間も過ごしていた。

 そのことに、遅れて自分は気づいたのだと、ここ数日ヴァニラは考えていた。

「……」

 他に考えることもなく、実の兄との接し方も分からない。

 ぼんやりと噴水を眺めながら、ヴァニラは無意識のうちに拳を握りしめていた。

「あのー、すみません」
「……?」

 そんなヴァニラの顔を覗き込むように、見たこともないスーツ姿の男が話しかけてきた。当然、ヴァニラは誰? と疑問を抱く。

「いきなりですみません。わたくし、雑誌モデルのマネージャーをやっておりまして」
「……」
「とっても素敵な美人さんを見つけてしまい、スカウトせずにはいられず」
「……」
「どうです? これを機に芸能界デビューしてみては」
「……」
「……」

 無表情(これがデフォルト)のヴァニラに、スーツ姿の男の顔に、焦りが見え始める。

「あ、えーとですね、決して怪しい者ではないので!」
「……」

 スーツ姿の男はヴァニラの隣に座りながら、話を続けて。

(……座りたかったのかな。譲ってあげるべきだった?)

 ヴァニラはスーツ姿の男の話を左から右に流しながら、呑気にも(そもそもモデルが分からない)そう思っていたヴァニラの元に。

「こ、この条件でご満足いただけないなら他に……え?」

 後頭部に感じる硬い感触。それが手だと理解した直後、ミシミシと骨が軋み、激痛が走る。

「いだだだだだだだ」
「其処、俺の席」

 すみませんでした! とスーツ姿の男は一目散に逃げ出した。

「……何だあいつ」
「わからない」
「ま、いっか。ハンバーガー買ってきたんだ。食おうぜ」
「ハンバーガー?」
「まずは食べてみろ。美味しいからな」

 はい、と包み紙に包まれた丸くて柔らかいものを、掌に置かれる。隣に座るブレイドの動作を真似て、包み紙を開き、ガブリと噛み付く。

「久しぶりに食うジャンクフードは美味いな……! 病院食はしばらく勘弁だな。どうだ、ヴァニラ。美味いか?」

 超失礼な独り言を漏らしつつ、ブレイドはヴァニラに感想を求める。ヴァニラはもぐもぐと咀嚼後、ごくんと飲み込んで。

「おいしい……」
「なら良かったぜ。ジュースもあるから、飲んでいいぞ」
「ありがとう」

 ちゅー、と音を立ててジュースを飲むヴァニラに、ブレイドは少し躊躇いながらも訊ねる。

「あ、あのな、ヴァニラ」
「……?」
「“アッシュ”って……どんな奴だったんだ?」

 悩みに悩んだ末、あまり触れてはいけないと分かっていても、ブレイドはアッシュの話題を出した。

 ヴァニラは、視線をブレイドから青い空に向けると、ぽつりぽつりと話し始める。

「アッシュとは……“夕闇の地”に捨てられた直後に会ったの。『行くところがないなら一緒に来い』って言われて……どうしたらいいかわからないまま、アッシュに縋った。……アッシュは、生きる上で必要なことを教えてくれた。戦い方も、全て。……わたしを見捨てないでくれた。わたしの居場所で、わたしが……居ていい場所だった……」

 哀しそうに目を細めるヴァニラ。

 ブレイドは荒々しく後頭部を掻き毟ると、くしゃっと髪を掴んで。

「……俺は、アッシュあいつがやっていることは気に食わない。けど、ヴァニラを守ってくれたことは感謝してる。……守ってくれたことだけな」

 目を丸くし、自身を見つめるヴァニラと目を合わせて。

「……これからどうしたい」
「……」
「教えてくれ、ヴァニラ」

 ヴァニラは一度瞼を下ろし、わからないと返した後。でも、と続ける。

「みんなと一緒に居たい」
「ヴァニラ……」
「一緒に過ごしたら、アッシュとどう向き合えばいいかわかると思うの」

 ブレイドは頬を緩めると。

「……その答えに安心した」
「どうして?」
「だって、またヴァニラと離れることになるんじゃないかって考えてたから」

 ヴァニラも釣られて口角を上げると。

「アッシュの側に居たい気持ちはある。けれど……どこに居るかわからないから」
「そうか……。あっ、そうだ。実は渡したい物があるんだ」

 ブレイドは忘れてたと、鞄をゴソゴソ。小さな紙袋を取り出すと、ヴァニラに渡した。

「さっき、戻って来るの遅かっただろ? これを買いに寄り道してたんだ。悪いな」
「ううん、そこまで待ってない。……開けていい?」
「もちろん」

 ヴァニラはハンバーガーが一旦膝の上に置くと、紙袋を丁寧に開封。中に入っていたのは……アメジストが使われたネックレスだった。

「きれい……」
「……気に入ってもらえたか?」
「うん。……とてもすてき」

 お世辞などではなく、素直に喜んでくれているヴァニラに、ブレイドは照れ臭そうに頬を掻いた。

「似合う?」
「思った通り似合うぞ」
「よかった」

 ヴァニラは微笑んだ後、ブレイドの首元をじっ、と見つめ始めて。

「……」
「ヴァニラ?」
「……目、閉じて」
「何で?」
「いいから」

 困惑しながらも素直に目を閉じる。次の瞬間、首元に感じるヴァニラの手の熱。

 少しして手が離れると、開けていいよと言われ、目を開ける。

「それ……俺のペンダント?」

 ヴァニラの手にあったのは、いつでも聞けるようにと常備していた、ヴァニラの写真入りのロケットペンダント。

「外してどうするんだ」
「捨てるの」
「……え?」

 ヴァニラ選手、構えなしでペンダントを投げまし──早っ!

 目にも留まらぬ速さでゴミ箱にイン。回収しようにも、その前に業者にゴミ箱ごと回収されてしまった。

「えっ、ヴァニラ……え? あれがなんだか知っていたのか?」
「わたしの写真」
「知った上で捨てたのかよ! 呪われたらどうするんだ!」

 気にするのはそこではない筈だ。

 ヴァニラは「大丈夫。呪われても回避してみせる」と答えた後。

「わたしはここに居る。だから、必要ない」

 ブレイドは呆気に取られ、参ったなと笑い。

「そうだな……!」

 此処一番の笑顔を浮かべたのであった。


「あ、ハンバーガー食べないと。安心したら腹が減った」
「ごちそうさま」
「早っ。食べるの早」
「お金幾らだった? 返すね」
「……頼むから見栄を張らせてくれ」
「? ……わかった」

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