Five Elemental Story

13話 激闘!究極ヴァニラ


「わたしは……あなたとこの“森林の地”、そして世界を許さないッ!!」


 エレメンタル大陸“森林の地”奥部。

 緑狼王に依頼され、遺跡の警備についていた四人が出会ったのは……長年行方知らずのブレイドの妹、ヴァニラだった。

 書庫の襲撃、突如として暴走するモンスター達。ヴァニラは、その全てに関与していた。

 兄、ブレイド。森林の地。そして世界に対しての怒りを露わにしたヴァニラは、所持していたデビル化する薬を飲んだ。


『……』


 本来の美しい瞳は鮮血の色へと変貌し、禍々しいオーラがヴァニラを包み込む。まるで獣のような目付きで睨みつけるヴァニラに、息を呑む。

 刹那。荒れ狂う猛者の如く、ヴァニラは捨て身でブレイドに突撃。

「っ、邪魔だ!」

 アランは茫然とするブレイドを突き飛ばし、究極進化。“閃光剣”を縦に構え、ヴァニラの“瞬影刃”を受け止める。

「ぐっ……!?」

 遺跡内に響き渡る金属音。そのまま押し通そうとするヴァニラと鍔迫り合いになるも、女性とは思えない力の強さに顔が歪む。

 押し合いは拮抗を保っていたが、やがてヴァニラは剣を弾き、一閃二閃と斬撃を繰り出す。

(重いッ!)

 一撃一撃が鉛のように重く、そして速い。

 自我を失ったヴァニラの頭には“防御”の二文字は存在せず、瞳に映る全てを破壊しようとする本能のみが残る。下手に攻撃すれば、ヴァニラは身が破滅しようとも殺しに来るだろう。

 その事実が迷いを生み、動きを鈍らせる。

「──下がれアランッ!」

 刃を弾き、後方へと退避するアラン。追いかけるヴァニラの前にベルタは立ち塞がると、究極進化。

「【ブリリアントグレイシア】!」

 ベルタが形成した氷牢にヴァニラを閉じ込める。

「アラン! 怪我はない!?」
「ああ……なんとかな……」

 レベッカに顔を向けず、正面を捉えたまま頷く。

「書庫のときみたいに光のエレメントでどうにか出来ない!?」
「それは出来ない! あのときは憑依だったから出来たけど今回は違う! 無理に使ったら体が保たない!」

 次の瞬間──ビシッ!! と、氷牢に罅が走り抜け、砕け散る。氷塊が辺りに転がる中、ヴァニラは駆け出して。

 一番近くに居たベルタはヴァニラの一撃を避け、続く二撃目も回避。三撃目にぶつかり合う刃、“バーストキャノン”を構え刃を受け止めたレベッカにターゲットを変え、連続斬撃。紙一重で躱すレベッカにアランとベルタがサポートする。


「……」


 繰り広げられる凄まじい戦いを前に、ブレイドは座り込んだままだった。

 ……理解が追いつかない。

 どうして皆、戦っているのだろう。

 変わり果てた“たった一人の家族”。思考を置き去りにし、死闘に身を投じるその姿に。脚が、体が、鎖で雁字搦めにされたように動かない。


 ──地を滑る音。


 弾かれたように意識を取り戻した。

 戦局は劣勢。思うように力が出せない三人を、ヴァニラは一人で抑え込んでいた。


 戦わなければ、と自分の中に居る誰かが叫ぶ。


 “影切丸”の柄を握りしめる。……が、ブレイドはその手を離した。


 死ぬかもしれない。


 立ち上がるブレイドの手には、何一つとして握られていなかった。

 在るのは──真っ直ぐとした覚悟。

 自身に歩み寄るブレイドに、ヴァニラはどうしてか動きを止め。アランも、レベッカも、ベルタも、誰一人としてブレイドを制すことはなく。

 ブレイドは、ヴァニラの前で足を止めた。




『──────────────ッッ!!』




 まるで、止まっていた時が動き出すように。


 雄叫びを上げ、刃を振りかぶるヴァニラ。

 声より先に、走り出す仲間達。


 ブレイドの視界が。ヴァニラの視界が。

 赤黒く、染まった。



「ゔぁ、にら……おそく……なっ……ごめ……」



〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜


「ごめんなさい、ヴァニラ」

 “識別の儀”直後。兄と引き離されたヴァニラを囲う大人達。

 口々に放たれる謝罪の言葉。訳もわからず、恐怖を覚える。

「これ、少ないけど」

 小さなポシェットに詰め込まれたお菓子。肩に掛けさせられ、男に持ち上げられる。

 幼いヴァニラは“森林の地”から離れていることに気付くと、男に話しかけて。

「ね、ねぇ、どこにいくの?」
「……」
「ねぇってば!」

 男の様子に焦りを覚え、離れようと暴れる。

「大人しくしろッ!」
「やだやだぁ! はなして! かえしてよ!」
「あの村におまえの居場所なんてねぇよ! おまえの兄貴はな、捨てたんだよおまえを!」
「えっ……?」

 大人しくなるヴァニラに、男はほくそ笑みながら。

「追いかけて来ないのがその証拠だ」

 失われる希望の光。

 何も言わなくなったヴァニラを、男は行商人に引き渡し、“夕闇の地”へ置き去りにされた。





 わたしを捨てたはずでしょう……?

 どうして謝るの?

 どうして刃を受け止めたの?

 わからない……

 わからないよ……!


 ゆっくりと引き抜かれる刃。口から、傷口から、大量の血が堰を切ったように流れ出す。

 崩れ落ちるブレイドの体。その瞳は、固く閉じたまま。

 物音を立てて地に転がる“瞬影刃”。白い頬に指で、兄の赤い血の痕をつける。

 自分がしてしまったことに、今更ながら気付いたのだ。

「あ……あぁ……」



 ──うぁああああああああああああああああああッッ!!



〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜


「ブレイド!」

 と、アランは横たわるブレイドに駆け寄る。出血の多さに吐き気が襲いかかってくるも、気合いで押し殺し、生存確認。

(……生きてる。でもこのままじゃ出血多量で死ぬ。運ぶにもこの多さは……いや、迷ってる暇はない!)

 考えを巡らせながら、アランはブレイドの衣類の一部を引きちぎり傷口を圧迫して止血。

「レベッカ! ベルタ!」

 あまりの出来事に言葉を失う二人を呼ぶ。出来ることなら女性に見せたくはないが、そうも言っていられない。

 アランを挟むようにレベッカが膝を付き、アランの隣にベルタが並ぶ。

「レベッカ。オレが『3、2、1』の合図で手を離したら、傷口を火で焼いてほしい。火で焼いたら、ベルタは傷口を凍らせてくれ! 貫通はしてないみたいだから一回で大丈夫だ」
「わ、分かった」
「行くぞ。……3、2、1!」

 傷口から手を離すアラン、傷口を加減した火のエレメントで焼くレベッカ、傷口を調整した水のエレメントで凍らすベルタ。

 完璧な連携だった。何とか止血でき、アランはブレイドの体を背負い、立ち上がる。

「とりあえず病院に急ぐぞ! 連絡取ってくれ!」
「分かった!」

 体に気を遣いながら遺跡の外に向かって走るアランを、エレフォン片手にベルタが追う。

「ホラ、アナタも!」
「!?」

 レベッカはヴァニラの腕を掴み、無理やり走らせる。

「っ……駄目だ! ここではうまく起動しない!」
「通信機は!?」
「そっちも駄目だ! 本部に繋がらない!」
「一旦ここから離れないとどうにもできないか……!」

 遺跡の外まではもう少し。だが、いつ通信が回復するかは分からない。その間にもブレイドは……。

 走り続ける一同。長いようで短い道のりを抜け、遺跡の外へ。

 ──アレは……人影?

 抜けた先に見えたのは、此方に向かってくる二人の人物。向こうも気付いたようで、駆け足で此方に。

『どうしたのキミ達! 誰か怪我して……』
「重症なんです! 早く病院に……連絡出来る場所に!」

 その言葉を聞き、二人組の片割れ──緑色のローブを身に纏う人物は、背後にいるもう一人の男に手を振り払い。

『アルボス! 今すぐ中央病院に行ってガブリエルに連絡を!』
「はっ!」

 短く返し、展開した魔法陣の中に消えていく。

『キミ、その子をゆっくり寝かせてあげて。少しなら回復できるから』
「はっハイ」

 目の前に立つ人物が誰なのか気付くも、アランは慎重にブレイドを地面に横たわらせた。

 ローブの人物──モルスの一柱である緑狼王はブレイドの側に屈み、掌から淡い光を放ち、傷を癒していく。

 治療が終わり、消えていく光。入れ違いで、中央病院に行っていたアルボスが戻って来た。

「緑狼王様! この先でガブリエル殿がお待ちです」
『ありがとう。キミ達もいっしょに来て』

 緑狼王は立ち上がりながらブレイドを魔力で宙に浮かばせ、先に転送陣を潜る。アラン達三人と、ヴァニラ、最後にアルボスも入り、転送陣は収縮後に消滅した。

「……ヴァニラ」

 その様子を、アッシュは遺跡の上から見下ろして。


「……お別れだな」


〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜


 ──エレメンタル大陸“はじまりの地”、中央病院。


 カチッ。

「……」

 カチッ。

「……」

 規則正しい長針の音。静まり返る廊下に、よく響き渡る。

 椅子に隣同士で座るレベッカとベルタ、壁に寄りかかりながら俯くアラン、そして。少し離れた場所にヴァニラ。その内、アランとヴァニラは黒のローブを羽織っていた。

 四人の近くには集中治療室。扉の上には赤いランプが点灯し、治療中との文字が。


 ……やがて、音を立てて切れるランプ。集中治療室の扉が開き、中から緑狼王が現れる。



「緑狼王様……ブレイドは……」
『大丈夫。傷は治ったよ』

 良かった、と胸を撫で下ろす。

『部屋に転送したから、ボクが案内するね』
「お願いします」





『この部屋だよ。覚えといてね』

 如何にも特別な個室が並ぶエリアを進み、とある個室の前で緑狼王は扉を指でさししめす。

 部屋の内側からアルボスが扉を開け、一同を中へ。少し歩いた先に、ブレイドは眠っていた。

「ガブリエル殿の話では、一週間ほど安静にしていれば問題は無いとのことです」
『ありがとう。あとでガブリエルにもお礼言わなきゃね』
「はい。では、私は外で待機しております」

 と、緑狼王に一礼。踵を返し、病室の外に歩き出すアルボス。

『……ガブリエルが言ってたよ。応急処置がなかったら危なかったって』
「でもっ、緑狼王様が迅速に対応していただいたからで」
『それは当たり前だよ。依頼を出したから以前に、目の前でひどい怪我してるのにほっとけないよ。……もう少し遅かったら、キミ達と合流するのが遅かったら、間に合わなかったかもしれないけど』

 一人、離れた場所に立っていたヴァニラはゆっくりとした足取りで、ブレイドが眠るベッドの側に。

「んん……」

 ピクリと反応するブレイドの体。目を半分ほど開き、二、三度瞬きし、完全に目を開ける。

「あ……」

 ブレイドは意識を取り戻し、横に顔を向ける。視界には仲間達、見知らぬローブ、そして。

「ヴァニラ……」

 引き離された妹。

「泣いてるのか……?」

 瞳から溢れ出す涙。拭おうともせず、ヴァニラはブレイドの顔を見つめていた。

「ごめん……なさいっ……」
「……」
「ごめんなさいっ……! わたしっ、わたし……ほんとうはっ……!」

 ブレイドは片腕を伸ばし、ヴァニラの手を握りしめ、笑った。


「やっと……見つけた」
「っ……!」
「お帰り……ヴァニラ……!」
「ただいま……ただいま、お兄ちゃん……!」


 涙を流しながらも笑い、二人は固く抱きしめ合った。

 何年分の、温もりを感じながら。


 兄妹の真の再会に、緑狼王と三人も感極まって涙を流す。止まる頃には全員の目が腫れており、お互いに笑い合った。

 かくして、第14小隊は全員が出揃い、新たなスタートを切る。


 ……その裏で。大陸に潜む闇が、動き始めていた事を。

 彼らはまだ、知らなかった。


〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜


 はじまりの地、???。


 暗闇。円柱の筒の中で、色とりどりの液体に浸されて眠る“なにか”。一つだけでは無く、幾つもの筒が横に何列も並ぶ。

 不気味に浮かび上がる光を頼りに歩き、抜けた先。そこには液体が入ったビーカーやフラスコ、機械が多くあり、現在も稼働している。

 その奥。白衣を纏う老人が、資料と睨めっこしていた。

「ヴィラン博士」

 男──アッシュが老人の名を呼ぶと、ヴィラン博士は資料を手に振り返る。

「……お前さんか。何用じゃ、手早く頼む」
「博士から頂いた薬についてです」

 そう答えると、ヴィラン博士は興味深そうに頷いた。

「ほう……? 使ったのか?」
「はい。ビーストとマシン、そしてヒューマンに」
「ヒューマンじゃと? “アレ”は人間には適さないと思っておったが……効果はいかほどに?」
「遠目からでしたが、身体能力の大幅な上昇、自我の喪失。感情によって解除されるようでした」
「なかなか興味深い……」

 相槌を打ちながら、アッシュの報告を紙に書き留めていく。

「確か、渡したサンプルは三つじゃったな?」
「はい。一応、効果はこの紙にまとめました」
「……やはりお前さんに頼んで正解じゃった。で、わしに何を望む?」

 アッシュが書いた資料に目を通しながら訊ねる。

「“ヒューマン”用の、薬を作っていただきたい」

 ヴィラン博士は資料からアッシュに視線を移すと、薄笑いを浮かべた。

「分かった。お前さん用に調合してやろう。じゃが、この薬を作るには時間がかかる。また取りに来るといい」
「ありがとうございます」

 ではこれで、と来た道を戻るアッシュ。

「そうそう」

 足を止める。

「ヤツらが本格的に動き出すようじゃよ」
「……ヤツら?」


凶悪な悪魔達我が同胞達……がな。」

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