Five Elemental Story
13話 激闘!究極ヴァニラ
「わたしは……あなたとこの“森林の地”、そして世界を許さないッ!!」
エレメンタル大陸“森林の地”奥部。
緑狼王に依頼され、遺跡の警備についていた四人が出会ったのは……長年行方知らずのブレイドの妹、ヴァニラだった。
書庫の襲撃、突如として暴走するモンスター達。ヴァニラは、その全てに関与していた。
兄、ブレイド。森林の地。そして世界に対しての怒りを露わにしたヴァニラは、所持していたデビル化する薬を飲んだ。
『……』
本来の美しい瞳は鮮血の色へと変貌し、禍々しいオーラがヴァニラを包み込む。まるで獣のような目付きで睨みつけるヴァニラに、息を呑む。
刹那。荒れ狂う猛者の如く、ヴァニラは捨て身でブレイドに突撃。
「っ、邪魔だ!」
アランは茫然とするブレイドを突き飛ばし、究極進化。“閃光剣”を縦に構え、ヴァニラの“瞬影刃”を受け止める。
「ぐっ……!?」
遺跡内に響き渡る金属音。そのまま押し通そうとするヴァニラと鍔迫り合いになるも、女性とは思えない力の強さに顔が歪む。
押し合いは拮抗を保っていたが、やがてヴァニラは剣を弾き、一閃二閃と斬撃を繰り出す。
(重いッ!)
一撃一撃が鉛のように重く、そして速い。
自我を失ったヴァニラの頭には“防御”の二文字は存在せず、瞳に映る全てを破壊しようとする本能のみが残る。下手に攻撃すれば、ヴァニラは身が破滅しようとも殺しに来るだろう。
その事実が迷いを生み、動きを鈍らせる。
「──下がれアランッ!」
刃を弾き、後方へと退避するアラン。追いかけるヴァニラの前にベルタは立ち塞がると、究極進化。
「【ブリリアントグレイシア】!」
ベルタが形成した氷牢にヴァニラを閉じ込める。
「アラン! 怪我はない!?」
「ああ……なんとかな……」
レベッカに顔を向けず、正面を捉えたまま頷く。
「書庫のときみたいに光のエレメントでどうにか出来ない!?」
「それは出来ない! あのときは憑依だったから出来たけど今回は違う! 無理に使ったら体が保たない!」
次の瞬間──ビシッ!! と、氷牢に罅が走り抜け、砕け散る。氷塊が辺りに転がる中、ヴァニラは駆け出して。
一番近くに居たベルタはヴァニラの一撃を避け、続く二撃目も回避。三撃目にぶつかり合う刃、“バーストキャノン”を構え刃を受け止めたレベッカにターゲットを変え、連続斬撃。紙一重で躱すレベッカにアランとベルタがサポートする。
「……」
繰り広げられる凄まじい戦いを前に、ブレイドは座り込んだままだった。
……理解が追いつかない。
どうして皆、戦っているのだろう。
変わり果てた“たった一人の家族 ”。思考を置き去りにし、死闘に身を投じるその姿に。脚が、体が、鎖で雁字搦めにされたように動かない。
──地を滑る音。
弾かれたように意識を取り戻した。
戦局は劣勢。思うように力が出せない三人を、ヴァニラは一人で抑え込んでいた。
戦わなければ、と自分の中に居る誰かが叫ぶ。
“影切丸”の柄を握りしめる。……が、ブレイドはその手を離した。
死ぬかもしれない。
立ち上がるブレイドの手には、何一つとして握られていなかった。
在るのは──真っ直ぐとした覚悟。
自身に歩み寄るブレイドに、ヴァニラはどうしてか動きを止め。アランも、レベッカも、ベルタも、誰一人としてブレイドを制すことはなく。
ブレイドは、ヴァニラの前で足を止めた。
『──────────────ッッ!!』
まるで、止まっていた時が動き出すように。
雄叫びを上げ、刃を振りかぶるヴァニラ。
声より先に、走り出す仲間達。
ブレイドの視界が。ヴァニラの視界が。
赤黒く、染まった。
「ゔぁ、にら……おそく……なっ……ごめ……」
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
「ごめんなさい、ヴァニラ」
“識別の儀”直後。兄と引き離されたヴァニラを囲う大人達。
口々に放たれる謝罪の言葉。訳もわからず、恐怖を覚える。
「これ、少ないけど」
小さなポシェットに詰め込まれたお菓子。肩に掛けさせられ、男に持ち上げられる。
幼いヴァニラは“森林の地”から離れていることに気付くと、男に話しかけて。
「ね、ねぇ、どこにいくの?」
「……」
「ねぇってば!」
男の様子に焦りを覚え、離れようと暴れる。
「大人しくしろッ!」
「やだやだぁ! はなして! かえしてよ!」
「あの村におまえの居場所なんてねぇよ! おまえの兄貴はな、捨てたんだよおまえを!」
「えっ……?」
大人しくなるヴァニラに、男はほくそ笑みながら。
「追いかけて来ないのがその証拠だ」
失われる希望の光。
何も言わなくなったヴァニラを、男は行商人に引き渡し、“夕闇の地”へ置き去りにされた。
わたしを捨てたはずでしょう……?
どうして謝るの?
どうして刃を受け止めたの?
わからない……
わからないよ……!
ゆっくりと引き抜かれる刃。口から、傷口から、大量の血が堰を切ったように流れ出す。
崩れ落ちるブレイドの体。その瞳は、固く閉じたまま。
物音を立てて地に転がる“瞬影刃”。白い頬に指で、兄の赤い血の痕をつける。
自分がしてしまったことに、今更ながら気付いたのだ。
「あ……あぁ……」
──うぁああああああああああああああああああッッ!!
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
「ブレイド!」
と、アランは横たわるブレイドに駆け寄る。出血の多さに吐き気が襲いかかってくるも、気合いで押し殺し、生存確認。
(……生きてる。でもこのままじゃ出血多量で死ぬ。運ぶにもこの多さは……いや、迷ってる暇はない!)
考えを巡らせながら、アランはブレイドの衣類の一部を引きちぎり傷口を圧迫して止血。
「レベッカ! ベルタ!」
あまりの出来事に言葉を失う二人を呼ぶ。出来ることなら女性に見せたくはないが、そうも言っていられない。
アランを挟むようにレベッカが膝を付き、アランの隣にベルタが並ぶ。
「レベッカ。オレが『3、2、1』の合図で手を離したら、傷口を火で焼いてほしい。火で焼いたら、ベルタは傷口を凍らせてくれ! 貫通はしてないみたいだから一回で大丈夫だ」
「わ、分かった」
「行くぞ。……3、2、1!」
傷口から手を離すアラン、傷口を加減した火のエレメントで焼くレベッカ、傷口を調整した水のエレメントで凍らすベルタ。
完璧な連携だった。何とか止血でき、アランはブレイドの体を背負い、立ち上がる。
「とりあえず病院に急ぐぞ! 連絡取ってくれ!」
「分かった!」
体に気を遣いながら遺跡の外に向かって走るアランを、エレフォン片手にベルタが追う。
「ホラ、アナタも!」
「!?」
レベッカはヴァニラの腕を掴み、無理やり走らせる。
「っ……駄目だ! ここではうまく起動しない!」
「通信機は!?」
「そっちも駄目だ! 本部に繋がらない!」
「一旦ここから離れないとどうにもできないか……!」
遺跡の外まではもう少し。だが、いつ通信が回復するかは分からない。その間にもブレイドは……。
走り続ける一同。長いようで短い道のりを抜け、遺跡の外へ。
──アレは……人影?
抜けた先に見えたのは、此方に向かってくる二人の人物。向こうも気付いたようで、駆け足で此方に。
『どうしたのキミ達! 誰か怪我して……』
「重症なんです! 早く病院に……連絡出来る場所に!」
その言葉を聞き、二人組の片割れ──緑色のローブを身に纏う人物は、背後にいるもう一人の男に手を振り払い。
『アルボス! 今すぐ中央病院に行ってガブリエルに連絡を!』
「はっ!」
短く返し、展開した魔法陣の中に消えていく。
『キミ、その子をゆっくり寝かせてあげて。少しなら回復できるから』
「はっハイ」
目の前に立つ人物が誰なのか気付くも、アランは慎重にブレイドを地面に横たわらせた。
ローブの人物──モルスの一柱である緑狼王はブレイドの側に屈み、掌から淡い光を放ち、傷を癒していく。
治療が終わり、消えていく光。入れ違いで、中央病院に行っていたアルボスが戻って来た。
「緑狼王様! この先でガブリエル殿がお待ちです」
『ありがとう。キミ達もいっしょに来て』
緑狼王は立ち上がりながらブレイドを魔力で宙に浮かばせ、先に転送陣を潜る。アラン達三人と、ヴァニラ、最後にアルボスも入り、転送陣は収縮後に消滅した。
「……ヴァニラ」
その様子を、アッシュは遺跡の上から見下ろして。
「……お別れだな」
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
──エレメンタル大陸“はじまりの地”、中央病院。
カチッ。
「……」
カチッ。
「……」
規則正しい長針の音。静まり返る廊下に、よく響き渡る。
椅子に隣同士で座るレベッカとベルタ、壁に寄りかかりながら俯くアラン、そして。少し離れた場所にヴァニラ。その内、アランとヴァニラは黒のローブを羽織っていた。
四人の近くには集中治療室。扉の上には赤いランプが点灯し、治療中との文字が。
……やがて、音を立てて切れるランプ。集中治療室の扉が開き、中から緑狼王が現れる。
「緑狼王様……ブレイドは……」
『大丈夫。傷は治ったよ』
良かった、と胸を撫で下ろす。
『部屋に転送したから、ボクが案内するね』
「お願いします」
『この部屋だよ。覚えといてね』
如何にも特別な個室が並ぶエリアを進み、とある個室の前で緑狼王は扉を指でさししめす。
部屋の内側からアルボスが扉を開け、一同を中へ。少し歩いた先に、ブレイドは眠っていた。
「ガブリエル殿の話では、一週間ほど安静にしていれば問題は無いとのことです」
『ありがとう。あとでガブリエルにもお礼言わなきゃね』
「はい。では、私は外で待機しております」
と、緑狼王に一礼。踵を返し、病室の外に歩き出すアルボス。
『……ガブリエルが言ってたよ。応急処置がなかったら危なかったって』
「でもっ、緑狼王様が迅速に対応していただいたからで」
『それは当たり前だよ。依頼を出したから以前に、目の前でひどい怪我してるのにほっとけないよ。……もう少し遅かったら、キミ達と合流するのが遅かったら、間に合わなかったかもしれないけど』
一人、離れた場所に立っていたヴァニラはゆっくりとした足取りで、ブレイドが眠るベッドの側に。
「んん……」
ピクリと反応するブレイドの体。目を半分ほど開き、二、三度瞬きし、完全に目を開ける。
「あ……」
ブレイドは意識を取り戻し、横に顔を向ける。視界には仲間達、見知らぬローブ、そして。
「ヴァニラ……」
引き離された妹。
「泣いてるのか……?」
瞳から溢れ出す涙。拭おうともせず、ヴァニラはブレイドの顔を見つめていた。
「ごめん……なさいっ……」
「……」
「ごめんなさいっ……! わたしっ、わたし……ほんとうはっ……!」
ブレイドは片腕を伸ばし、ヴァニラの手を握りしめ、笑った。
「やっと……見つけた」
「っ……!」
「お帰り……ヴァニラ……!」
「ただいま……ただいま、お兄ちゃん……!」
涙を流しながらも笑い、二人は固く抱きしめ合った。
何年分の、温もりを感じながら。
兄妹の真の再会に、緑狼王と三人も感極まって涙を流す。止まる頃には全員の目が腫れており、お互いに笑い合った。
かくして、第14小隊は全員が出揃い、新たなスタートを切る。
……その裏で。大陸に潜む闇が、動き始めていた事を。
彼らはまだ、知らなかった。
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
はじまりの地、???。
暗闇。円柱の筒の中で、色とりどりの液体に浸されて眠る“なにか”。一つだけでは無く、幾つもの筒が横に何列も並ぶ。
不気味に浮かび上がる光を頼りに歩き、抜けた先。そこには液体が入ったビーカーやフラスコ、機械が多くあり、現在も稼働している。
その奥。白衣を纏う老人が、資料と睨めっこしていた。
「ヴィラン博士」
男──アッシュが老人の名を呼ぶと、ヴィラン博士は資料を手に振り返る。
「……お前さんか。何用じゃ、手早く頼む」
「博士から頂いた薬についてです」
そう答えると、ヴィラン博士は興味深そうに頷いた。
「ほう……? 使ったのか?」
「はい。ビーストとマシン、そしてヒューマンに」
「ヒューマンじゃと? “アレ”は人間には適さないと思っておったが……効果はいかほどに?」
「遠目からでしたが、身体能力の大幅な上昇、自我の喪失。感情によって解除されるようでした」
「なかなか興味深い……」
相槌を打ちながら、アッシュの報告を紙に書き留めていく。
「確か、渡したサンプルは三つじゃったな?」
「はい。一応、効果はこの紙にまとめました」
「……やはりお前さんに頼んで正解じゃった。で、わしに何を望む?」
アッシュが書いた資料に目を通しながら訊ねる。
「“ヒューマン”用の、薬を作っていただきたい」
ヴィラン博士は資料からアッシュに視線を移すと、薄笑いを浮かべた。
「分かった。お前さん用に調合してやろう。じゃが、この薬を作るには時間がかかる。また取りに来るといい」
「ありがとうございます」
ではこれで、と来た道を戻るアッシュ。
「そうそう」
足を止める。
「ヤツらが本格的に動き出すようじゃよ」
「……ヤツら?」
「凶悪な悪魔達 ……がな。」
「わたしは……あなたとこの“森林の地”、そして世界を許さないッ!!」
エレメンタル大陸“森林の地”奥部。
緑狼王に依頼され、遺跡の警備についていた四人が出会ったのは……長年行方知らずのブレイドの妹、ヴァニラだった。
書庫の襲撃、突如として暴走するモンスター達。ヴァニラは、その全てに関与していた。
兄、ブレイド。森林の地。そして世界に対しての怒りを露わにしたヴァニラは、所持していたデビル化する薬を飲んだ。
『……』
本来の美しい瞳は鮮血の色へと変貌し、禍々しいオーラがヴァニラを包み込む。まるで獣のような目付きで睨みつけるヴァニラに、息を呑む。
刹那。荒れ狂う猛者の如く、ヴァニラは捨て身でブレイドに突撃。
「っ、邪魔だ!」
アランは茫然とするブレイドを突き飛ばし、究極進化。“閃光剣”を縦に構え、ヴァニラの“瞬影刃”を受け止める。
「ぐっ……!?」
遺跡内に響き渡る金属音。そのまま押し通そうとするヴァニラと鍔迫り合いになるも、女性とは思えない力の強さに顔が歪む。
押し合いは拮抗を保っていたが、やがてヴァニラは剣を弾き、一閃二閃と斬撃を繰り出す。
(重いッ!)
一撃一撃が鉛のように重く、そして速い。
自我を失ったヴァニラの頭には“防御”の二文字は存在せず、瞳に映る全てを破壊しようとする本能のみが残る。下手に攻撃すれば、ヴァニラは身が破滅しようとも殺しに来るだろう。
その事実が迷いを生み、動きを鈍らせる。
「──下がれアランッ!」
刃を弾き、後方へと退避するアラン。追いかけるヴァニラの前にベルタは立ち塞がると、究極進化。
「【ブリリアントグレイシア】!」
ベルタが形成した氷牢にヴァニラを閉じ込める。
「アラン! 怪我はない!?」
「ああ……なんとかな……」
レベッカに顔を向けず、正面を捉えたまま頷く。
「書庫のときみたいに光のエレメントでどうにか出来ない!?」
「それは出来ない! あのときは憑依だったから出来たけど今回は違う! 無理に使ったら体が保たない!」
次の瞬間──ビシッ!! と、氷牢に罅が走り抜け、砕け散る。氷塊が辺りに転がる中、ヴァニラは駆け出して。
一番近くに居たベルタはヴァニラの一撃を避け、続く二撃目も回避。三撃目にぶつかり合う刃、“バーストキャノン”を構え刃を受け止めたレベッカにターゲットを変え、連続斬撃。紙一重で躱すレベッカにアランとベルタがサポートする。
「……」
繰り広げられる凄まじい戦いを前に、ブレイドは座り込んだままだった。
……理解が追いつかない。
どうして皆、戦っているのだろう。
変わり果てた“たった一人の
──地を滑る音。
弾かれたように意識を取り戻した。
戦局は劣勢。思うように力が出せない三人を、ヴァニラは一人で抑え込んでいた。
戦わなければ、と自分の中に居る誰かが叫ぶ。
“影切丸”の柄を握りしめる。……が、ブレイドはその手を離した。
死ぬかもしれない。
立ち上がるブレイドの手には、何一つとして握られていなかった。
在るのは──真っ直ぐとした覚悟。
自身に歩み寄るブレイドに、ヴァニラはどうしてか動きを止め。アランも、レベッカも、ベルタも、誰一人としてブレイドを制すことはなく。
ブレイドは、ヴァニラの前で足を止めた。
『──────────────ッッ!!』
まるで、止まっていた時が動き出すように。
雄叫びを上げ、刃を振りかぶるヴァニラ。
声より先に、走り出す仲間達。
ブレイドの視界が。ヴァニラの視界が。
赤黒く、染まった。
「ゔぁ、にら……おそく……なっ……ごめ……」
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
「ごめんなさい、ヴァニラ」
“識別の儀”直後。兄と引き離されたヴァニラを囲う大人達。
口々に放たれる謝罪の言葉。訳もわからず、恐怖を覚える。
「これ、少ないけど」
小さなポシェットに詰め込まれたお菓子。肩に掛けさせられ、男に持ち上げられる。
幼いヴァニラは“森林の地”から離れていることに気付くと、男に話しかけて。
「ね、ねぇ、どこにいくの?」
「……」
「ねぇってば!」
男の様子に焦りを覚え、離れようと暴れる。
「大人しくしろッ!」
「やだやだぁ! はなして! かえしてよ!」
「あの村におまえの居場所なんてねぇよ! おまえの兄貴はな、捨てたんだよおまえを!」
「えっ……?」
大人しくなるヴァニラに、男はほくそ笑みながら。
「追いかけて来ないのがその証拠だ」
失われる希望の光。
何も言わなくなったヴァニラを、男は行商人に引き渡し、“夕闇の地”へ置き去りにされた。
わたしを捨てたはずでしょう……?
どうして謝るの?
どうして刃を受け止めたの?
わからない……
わからないよ……!
ゆっくりと引き抜かれる刃。口から、傷口から、大量の血が堰を切ったように流れ出す。
崩れ落ちるブレイドの体。その瞳は、固く閉じたまま。
物音を立てて地に転がる“瞬影刃”。白い頬に指で、兄の赤い血の痕をつける。
自分がしてしまったことに、今更ながら気付いたのだ。
「あ……あぁ……」
──うぁああああああああああああああああああッッ!!
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
「ブレイド!」
と、アランは横たわるブレイドに駆け寄る。出血の多さに吐き気が襲いかかってくるも、気合いで押し殺し、生存確認。
(……生きてる。でもこのままじゃ出血多量で死ぬ。運ぶにもこの多さは……いや、迷ってる暇はない!)
考えを巡らせながら、アランはブレイドの衣類の一部を引きちぎり傷口を圧迫して止血。
「レベッカ! ベルタ!」
あまりの出来事に言葉を失う二人を呼ぶ。出来ることなら女性に見せたくはないが、そうも言っていられない。
アランを挟むようにレベッカが膝を付き、アランの隣にベルタが並ぶ。
「レベッカ。オレが『3、2、1』の合図で手を離したら、傷口を火で焼いてほしい。火で焼いたら、ベルタは傷口を凍らせてくれ! 貫通はしてないみたいだから一回で大丈夫だ」
「わ、分かった」
「行くぞ。……3、2、1!」
傷口から手を離すアラン、傷口を加減した火のエレメントで焼くレベッカ、傷口を調整した水のエレメントで凍らすベルタ。
完璧な連携だった。何とか止血でき、アランはブレイドの体を背負い、立ち上がる。
「とりあえず病院に急ぐぞ! 連絡取ってくれ!」
「分かった!」
体に気を遣いながら遺跡の外に向かって走るアランを、エレフォン片手にベルタが追う。
「ホラ、アナタも!」
「!?」
レベッカはヴァニラの腕を掴み、無理やり走らせる。
「っ……駄目だ! ここではうまく起動しない!」
「通信機は!?」
「そっちも駄目だ! 本部に繋がらない!」
「一旦ここから離れないとどうにもできないか……!」
遺跡の外まではもう少し。だが、いつ通信が回復するかは分からない。その間にもブレイドは……。
走り続ける一同。長いようで短い道のりを抜け、遺跡の外へ。
──アレは……人影?
抜けた先に見えたのは、此方に向かってくる二人の人物。向こうも気付いたようで、駆け足で此方に。
『どうしたのキミ達! 誰か怪我して……』
「重症なんです! 早く病院に……連絡出来る場所に!」
その言葉を聞き、二人組の片割れ──緑色のローブを身に纏う人物は、背後にいるもう一人の男に手を振り払い。
『アルボス! 今すぐ中央病院に行ってガブリエルに連絡を!』
「はっ!」
短く返し、展開した魔法陣の中に消えていく。
『キミ、その子をゆっくり寝かせてあげて。少しなら回復できるから』
「はっハイ」
目の前に立つ人物が誰なのか気付くも、アランは慎重にブレイドを地面に横たわらせた。
ローブの人物──モルスの一柱である緑狼王はブレイドの側に屈み、掌から淡い光を放ち、傷を癒していく。
治療が終わり、消えていく光。入れ違いで、中央病院に行っていたアルボスが戻って来た。
「緑狼王様! この先でガブリエル殿がお待ちです」
『ありがとう。キミ達もいっしょに来て』
緑狼王は立ち上がりながらブレイドを魔力で宙に浮かばせ、先に転送陣を潜る。アラン達三人と、ヴァニラ、最後にアルボスも入り、転送陣は収縮後に消滅した。
「……ヴァニラ」
その様子を、アッシュは遺跡の上から見下ろして。
「……お別れだな」
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
──エレメンタル大陸“はじまりの地”、中央病院。
カチッ。
「……」
カチッ。
「……」
規則正しい長針の音。静まり返る廊下に、よく響き渡る。
椅子に隣同士で座るレベッカとベルタ、壁に寄りかかりながら俯くアラン、そして。少し離れた場所にヴァニラ。その内、アランとヴァニラは黒のローブを羽織っていた。
四人の近くには集中治療室。扉の上には赤いランプが点灯し、治療中との文字が。
……やがて、音を立てて切れるランプ。集中治療室の扉が開き、中から緑狼王が現れる。
「緑狼王様……ブレイドは……」
『大丈夫。傷は治ったよ』
良かった、と胸を撫で下ろす。
『部屋に転送したから、ボクが案内するね』
「お願いします」
『この部屋だよ。覚えといてね』
如何にも特別な個室が並ぶエリアを進み、とある個室の前で緑狼王は扉を指でさししめす。
部屋の内側からアルボスが扉を開け、一同を中へ。少し歩いた先に、ブレイドは眠っていた。
「ガブリエル殿の話では、一週間ほど安静にしていれば問題は無いとのことです」
『ありがとう。あとでガブリエルにもお礼言わなきゃね』
「はい。では、私は外で待機しております」
と、緑狼王に一礼。踵を返し、病室の外に歩き出すアルボス。
『……ガブリエルが言ってたよ。応急処置がなかったら危なかったって』
「でもっ、緑狼王様が迅速に対応していただいたからで」
『それは当たり前だよ。依頼を出したから以前に、目の前でひどい怪我してるのにほっとけないよ。……もう少し遅かったら、キミ達と合流するのが遅かったら、間に合わなかったかもしれないけど』
一人、離れた場所に立っていたヴァニラはゆっくりとした足取りで、ブレイドが眠るベッドの側に。
「んん……」
ピクリと反応するブレイドの体。目を半分ほど開き、二、三度瞬きし、完全に目を開ける。
「あ……」
ブレイドは意識を取り戻し、横に顔を向ける。視界には仲間達、見知らぬローブ、そして。
「ヴァニラ……」
引き離された妹。
「泣いてるのか……?」
瞳から溢れ出す涙。拭おうともせず、ヴァニラはブレイドの顔を見つめていた。
「ごめん……なさいっ……」
「……」
「ごめんなさいっ……! わたしっ、わたし……ほんとうはっ……!」
ブレイドは片腕を伸ばし、ヴァニラの手を握りしめ、笑った。
「やっと……見つけた」
「っ……!」
「お帰り……ヴァニラ……!」
「ただいま……ただいま、お兄ちゃん……!」
涙を流しながらも笑い、二人は固く抱きしめ合った。
何年分の、温もりを感じながら。
兄妹の真の再会に、緑狼王と三人も感極まって涙を流す。止まる頃には全員の目が腫れており、お互いに笑い合った。
かくして、第14小隊は全員が出揃い、新たなスタートを切る。
……その裏で。大陸に潜む闇が、動き始めていた事を。
彼らはまだ、知らなかった。
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
はじまりの地、???。
暗闇。円柱の筒の中で、色とりどりの液体に浸されて眠る“なにか”。一つだけでは無く、幾つもの筒が横に何列も並ぶ。
不気味に浮かび上がる光を頼りに歩き、抜けた先。そこには液体が入ったビーカーやフラスコ、機械が多くあり、現在も稼働している。
その奥。白衣を纏う老人が、資料と睨めっこしていた。
「ヴィラン博士」
男──アッシュが老人の名を呼ぶと、ヴィラン博士は資料を手に振り返る。
「……お前さんか。何用じゃ、手早く頼む」
「博士から頂いた薬についてです」
そう答えると、ヴィラン博士は興味深そうに頷いた。
「ほう……? 使ったのか?」
「はい。ビーストとマシン、そしてヒューマンに」
「ヒューマンじゃと? “アレ”は人間には適さないと思っておったが……効果はいかほどに?」
「遠目からでしたが、身体能力の大幅な上昇、自我の喪失。感情によって解除されるようでした」
「なかなか興味深い……」
相槌を打ちながら、アッシュの報告を紙に書き留めていく。
「確か、渡したサンプルは三つじゃったな?」
「はい。一応、効果はこの紙にまとめました」
「……やはりお前さんに頼んで正解じゃった。で、わしに何を望む?」
アッシュが書いた資料に目を通しながら訊ねる。
「“ヒューマン”用の、薬を作っていただきたい」
ヴィラン博士は資料からアッシュに視線を移すと、薄笑いを浮かべた。
「分かった。お前さん用に調合してやろう。じゃが、この薬を作るには時間がかかる。また取りに来るといい」
「ありがとうございます」
ではこれで、と来た道を戻るアッシュ。
「そうそう」
足を止める。
「ヤツらが本格的に動き出すようじゃよ」
「……ヤツら?」
「