第1部短編集


 RRRRR……

「う、うーん……?」

 朝日に照らされた空間の中。
 小さなベッドの上に出来た白い塊がもぞもぞと動き、にゅっと腕が飛び出す。
 そのまま何かを探すようにベッドの上を這っていたが、やがて音が鳴り響く携帯をガシッと掴んでは塊の中に引き寄せた。
 ……と、同時に鳴り止む音。そのまま動かなくなる塊だったが、次の瞬間。

「おわあああぁああぁぁあああ⁉︎⁉︎⁉︎」

 白い塊……布団の中から叫び声を上げる少年が現れる。もうすでに二度寝した後だったようだ。
 やばいやばいと連呼しながら少年は慌ただしく部屋を駆け回る。焦るあまり、水の勢いを間違えたり着ようとしていた服を落としたりと時間ロスが発生してしまっている。

「昨日のうちに準備しとけばいいのに……僕の馬鹿ーッ‼︎」

 叫び散らしても時間は待ってくれない。
 少年はトランクケースを引っ張り出すと、乱暴に敷き詰めていく。

「ぁああ……絶対みんな着いてる……大変だぁ大変だぁあああ‼︎」

 どうやら、誰かと待ち合わせしているようだ。
 その相手からであろう電話の通知も、彼の耳には入っていなかった。



「……出ないなぁ」

 そう呟いてはピッと通話を切る。これで何度目になるだろうか。
 潮風の匂いが鼻をくすぐる……ここは、大陸の中でも一番と評される港。
 近くには大きな客船が停泊しており、大勢の客達が乗り込んでいるのが見える。
 寝坊した少年の友人は、未だ少年が自宅にいるなんて思ってもいないことだろう。少年が電話に出ないことに、近くにいた少女が時刻を確認しながら「もう時間だよね……」と不安げに呟いた。

「まさか……! まだ家にいるとかは無いよね⁉︎」
「きっと移動中だから出れないだけだよ。この時間帯は混んでそうだしね」

 そのまさかである。

 少女は「そ、そうよね」と幾らか落ち着くと、二人の耳に聞き慣れた声で「おーい!」と呼びかける声が聞こえてきた。

「ラディウスー! リヴー!」
「ヘレンにエル! どう? レイいた?」

 金髪に空色の瞳を持つ少年少女に、少女リヴは寝坊した少年レイについて訊ねるも、二人は揃って首を横に振った。

「俺達が行った改札からは出て来なかったんだ。人も多いし、見逃したかと思って戻って来たんだが……」
「オレ達の所には来てないよ。電話も繋がらないし……」

 ラディウスが携帯を胸に持っていきながら答える。エルも後頭部を掻きながら溜息を一つ。

「あっ、他のみんなも戻って来たよ」

 ヘレンに言われ、三人の視線が合わさる。
 男女四人がこちらへと近づいてくるも、皆表情は晴れたものでは無かった。

「僕もルイス達も、レイを見ていないんだ」
「一応、ランテの知り合いにも聞いてみたのだけれど……」
「誰も見てないって言われてしまったよ。見つけたら連絡をくれるとは言われたけど……」
「連絡も無いんでしょ? 寝坊でもしたんじゃない?」

 ソール、アリア、ランテ、ルイスが口々に話す。
 最後のルイスの言葉が、いよいよ現実的となって来たようだ。

「はは……ま、まさかそんなこと……こんな大事な日に寝坊するなんて……」
「……あ!」

 ラディウスは勢いよく耳に携帯を当てると「もしもしっ⁉︎」と食い気味に口にする。ラディウスの周りを男性陣が囲み、レイの言葉を聞こうとした。

『ご、ごめんラディウス……!』
「謝らなくていいよ。今何処?」
『それが……』

 静寂が訪れるも、次の瞬間にはラディウスの「えーッ⁉︎」によって打ち砕かれた。

「まっ、まだ家⁉︎」

 そのまさかであった。

 嘘でしょうと落胆する者、やったなと呆れる者が半々。

『とっ、とりあえず今から出るからー‼︎』

 プツン、ツーツー。

 通話が強制終了し、ラディウスがどうしようと顔を上げる。

「レイの家からここまで電車で二時間……まあ、無理だね」
「車で来るとしても……無理だな」
「ルイスもエルもそんなこと言ったら……ほらー! ラディウスがこの世の終わりって言う顔になっちゃったじゃない!」
「どんな顔だよ」
「出航まで後一時間半……その前にいかりは上げられるから一時間ぐらいしか無いね。ランテならどうにか出来なそうかい?」
「そうしたいのは山々なんだけど……流石に僕の権限だけで遅らせるのは出来ないんだ」
「そっか……あっ、いっそのこと騒ぎでも起こしてみたらどうかな?」
「どちらかと言えば中止になる可能性の方が高くなるからやめようね」

 あーでもないこーでもないと対策を練る中。ランテが「良いこと思いついた」と片目を閉じた。

「え、本当⁉︎ ランテの権限で船を止めてくれるの⁉︎」
「うん、違うよ。そうじゃなくて、ルイスとエルの二人に迎えに行って貰えばいい」

 名指しされ、ルイスは露骨に顔を歪めた。

「ほら……ルイスのペットの……」
「ペットじゃない。僕以外乗せたくないんだけど」
「まあまあ、そう言わずに。ラディウスのためだと思って、さ?」
「……ルイス。」

 お願いと真っ直ぐな視線をラディウスから向けられ、ぐぬぬと唸りながらもしぶしぶ承諾。

「エル、さっさと迎えに行くよ」
「お、おう……」

「ラディウスには甘いんだから……」
「間に合うかな……レイが行く大陸って、数年に一回ぐらいしか船が出てないんだよね? 今回逃しちゃったら……」
「間に合うのを祈るしかないよ……」



「どぉぉりやぁぁあああッ‼︎」

 ぱんぱんに膨らんだトランクケースを引きながら歩道を目にも留まらぬ速さで駆け抜ける。
 道ゆく人々が驚き、少年レイに自然と道を譲る。
 しかし、そんなレイに譲らない物が現れた。

「くっ……こんなタイミングで赤になるなんてぇ……!」

 信号機である。

 もちろん信号機に罪はない。だが、ここの信号機は沢山ある上に遅いと有名なのだ。
 早く早くと待ち構える。どれだけ急いでも間に合わないのは確定なのだが、もしもに賭けているのだ。
 そんなレイの片腕が掴まれる。

「へぇ?」

 素っ頓狂な声を上げるレイの体が、一瞬にして消えた。
 突然の怪現象に周囲の人々が騒めく。少年はいずこに……。
 実はレイは居なくなったわけではなく、ただ透明化しただけだった。

「レイ! 乗れ!」

 透明化の魔法を唱え、レイの腕を掴んだエルの手を借り、空を飛ぶ竜の背中に乗り込む。

「出せ、ルイス」
「はいはい。これタクシーじゃないんだけど」

 人体に影響が出ない速度で港へと飛び去る。
 竜の背中にしがみつきながら、レイは二人の名を呼んだ。

「ルイス、エル、来てくれたの……?」
「こんな日に寝坊するなんて阿保か。ラディウスが心配してたぞ」
「うう……何も言えない……」
「もう金輪際こんなことしないからね。次は知らないよ」
「うん。ありがとう」

 僅か数分後。レイ達は港近くまで辿り着き、人がいない場所でエルが透明化を解除。ラディウス達の元へ急いだ。



「レイ! 良かったぁ、間に合って……」
「ご、ごめんなさい……迷惑かけて……」

 ううんとラディウスの表情が安堵へと変わる。間に合って良かったと詰まっていた息を吐き出す。

「荷物は?」
「ここに!」
「適当に詰め込みすぎじゃない。忘れ物はない?」
「あ、あるかもしれないけど……でも大丈夫! 商売道具と身分証明書はあるから!」
「大丈夫じゃない気もするけど」
「足りなかったら向こうで調達するよ」
「あると良いけどね」
「うー……そんなこと言わないでよー」

 そうして言葉を交わしていると、乗組員から急いでと呼びかけられる。レイは一度船に顔を向けると「そろそろ行かなくちゃ」と哀愁に満ちた瞳を伏せた。

「……レイ」

 今にも泣きそうなレイに、ラディウスが声をかける。

「連絡……待ってるから。いつでもしてね」
「うん……」
「帰ってきたら、ルイスが淹れてくれるコーヒーでも飲んで……お話聞かせてね」
「うん……ラディウスも、みんなも……喫茶店に仕事に、忙しいかもしれないけど……応援してるからっ……」
「……レイも。自分の正体、見つけ出してね。レイが何であろうと……オレは、レイの大親友だから……!」

 遂にレイの瞳から涙が溢れ出す。ラディウスもまた目尻に涙を溜めると、二人は固く熱い抱擁を交わした。
 少しして名残惜しくも離れたレイに、アリアが話しかける。

「レイ。向こうに着いたら、五戦神を探して」
「五戦神……」
「昔、話を小耳に挟んだことがあるの。私も詳しくは知らないのだけれど彼らなら……」
「ありがとう。何も情報が無かったから助かるよ」

 溢れ出た涙を乱暴に拭うと、レイはトランクケースを手に船へと向かう。
 乗客を乗せた船のいかりが上がり、汽笛が辺りに鳴り響く。
 大勢の見送り人が客船に乗った家族や友人達に手を振り、それに応えるように手を振ったり紙テープを投げたりと別れを惜しむ。
 レイも船上からラディウス達の姿を見つけると、勢いよく手を振った。
 船が港から離れて行く。ラディウスは一人、一同から離れると港のぎりぎりに立ち、これから旅に出る大親友に向かって、大声で叫んだ。

「レイー! いつものアレお願いー!」

 レイも大陸から離れつつある客船の端に立つと、大陸に残る大親友に向けてカメラを構えると。

「スクープッ‼︎」

 パシャリ。

 ラディウスの姿をカメラに納め、ニカッと笑った。



 向かう先にあるのは光か闇か。
 彼が知るのは己の真実。
 新たな仲間との出会いは凶か吉か。
 今ここに、結末エピローグから序章プロローグへと、始まりを告げた──。

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