Five Elemental Story

12話 すれ違う想い、邂逅の果て

 ──エレメンタル大陸、森林の地。

 人里離れた森の中。展開される光の魔法陣。そこから四人の男女が現れると、役目を終えた陣は光粒となって消えた。

「ねぇ、ブレイド。ここから遺跡にまでの道って分かるの?」
「分かる」

 ハッキリと答えるブレイド。レベッカは改めて辺りを見渡すが、同じ景色が続くばかりで違いが分からず……。

「今から行くのか?」
「いんや。まだ夜まで時間あるし、俺の家来いよ。すぐ近くだからよ」
「……」

 ブレイドを除く三人は互いに顔を見合わせると小さく頷き。

「……じゃあ」


〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜


 指で数えるほどの数分。

 入り組んだ森を進んだ先──ひっそりと佇む一軒の家が見えた。

「入れよ」

 扉の鍵を開け、中に入るブレイドに続いてぞろぞろ。内装は自然を生かしたデザインとなっており、意外にも綺麗だ。誰か同居人でもいるのか、と不思議に思いつつ、広間に。

「適当に休んでろ。誰も居ないから」
「えっ……じゃあ、どうして部屋きれいなんだ? オマエじゃないだろ?」
「俺だよ。“はじまりの地”に行く前に綺麗にしたんだよ」

 全く、と吐き捨てキッチンに向かうブレイドを見つめ、普段からこうだといいんだがな……とアランは思った。

「でもこの服は……女物だな」

 壁にかけられていた衣類を見つけ、ベルタがぽつり。刹那、三人の脳内を横切るとある光景。うっ、と口元を抑えて。

「ぶっ飛ばすぞお前ら」

 四つのマグカップを手に戻ってきたブレイドは当然の如く青筋を浮かばせ。

「それはミリアムのだ。あいつとは一緒に住んでるからな」

 苛つきながらもマグカップを机に置き、一つを手に取る。

「ええ!? 一緒に住んでるの!?」
「と言っても過去形だな。ミリアムは仕事が忙しいから滅多に帰って来なかったし、俺も帰ってこないしな」

 三人もマグカップを手に取り、内ベルタは顔を痙攣らせた。

「もしかしてブラックか?」
「そうだ。砂糖とミルクなら其処にある」

 すまないと一言。マグカップ片手にキッチンへ向かう。

「目に見えるところに出してないのね」
「俺はそんな飲まないし、ミリアムはブラック派だからな」
「へえー……」
「まあ、ミリアムの場合。砂糖やらなんやら入れるのがめんどくさいからって言う理由だけどな」
「あっ……なんとなく想像できる……」

 砂糖やミルクで甘くしたコーヒーを手にベルタも合流。珍しくベルタがいじられてる会話をよそに、アランは何気なく部屋の中を見渡していると。

「……?」

 目に入ったのはキャビネット。そこに飾られていた写真立てはうつ伏せに倒れていた。留守の間に倒れてしまったのだろうな、とアランは戻すべく写真立てに触れて。

 これは……。

 写真に映る数多の人々。大人達に囲まれるようにして笑顔を見せるのは──。


「アラン」


 不意に名前を呼ばれ、アランの肩が大きく跳ねる。反射的に振り返ったアランの手に写真立てを見つけ、ブレイドは目を細めた。

「……お前って。意外と不躾なんだな」

 悲しそうな表情。アランは意図的に伏せていたのだと今頃気づき、慌て始めて。

「あ、いや、その、倒れてると思って、その、」
「いいよ別に。怒ってねぇから」

 ブレイドはアランの隣に立つと、その手から写真立てを。

 そのまま写真を見つめるブレイドに、レベッカもベルタも何も言えず、沈黙が流れる。

「……この写真」

 静寂を破ったのはブレイド。少しだけ埃被っている写真立てを撫でながら。

「村の皆と撮ったんだ。小さい頃、ミリアムと……ヴァニラと一緒に」

 笑顔でカメラに映るブレイド。その隣には気恥ずかしそうにしながらはにかむ少女。

「村……?」

 この辺りに村などの集落は見えなかった。

 ブレイドは窓の外……森の先を見つめて。

「ここから離れた場所に村がある。そこで俺達は育ったんだ」

 そう言うと、再び写真立てに視線を落とし。

「……なあ、アラン。今が“そのとき”だと思う」


 ──今は話す気になれない。昨日会ったばかりの奴に話せるほど、この懸念きもちは軽くない──
 ──……悪かったよ。こんな風に言って。まあ……今はまだ話す気にはならないけど、いつかは話すよ。……言わなくちゃいけないときが来るだろうし──



「聞いてくれるか」

 視線を落とすブレイドの姿は、いつもの姿からでは想像出来ないほど小さく見えた。

「……ああ」

 ──そのときが来たら、ちゃんと受け止めるから──


〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜


 ──そうだといいな……。わたし、かみの毛へんな色だから……もしかしてちがうんじゃないかって思うの──
 ──“エレメントは生まれた大陸によって左右される”。って、おとな達も言ってた。おれ達は森林の地で生まれたんだ。木のエレメントだよ。もしも……木のエレメントじゃなかったとしても、だ。おれ達はずっと一緒さ──
 ──ずっと……? じゃあ、ゆびきりげんまんしよっ──
 ──ゆーびきりげんまーんうそついたらはりせんぼんのーばすっ、ゆびきった!──


 ──どうしてヴァニラと一緒に居させてくれないんだ!──
 ──いいかい、ブレイド。ヴァニラは僕等とは違うエレメントを持っていた。それは、この地に悪い影響を与えるんだ──
 ──わる、い……? ヴァニラが……?──
 ──違う、ヴァニラが悪いわけじゃないんだ。ただ、この地に対応しないエレメントを持つと、みんなにも、ヴァニラ自身にも悪い影響が出る。だから……。ダメだ! ブレイド!──
 ──はなせっ、はなせよぉ‼︎──


 ──ここで大人しくしてろ。落ち着いたらまた来るからな──
 ──いやだ! お願いだから妹を……ヴァニラを連れて行かないでくれ!──


 ──……ごめんなさい。わたし……こわくて……何も、できなかった……──
 ──……ミリアムのせいじゃない。……ミリアム。おれ……ろうやの中で、ずっと考えてたんだ──


 ──……強くなりたい。強くなって、ヴァニラを迎えに行きたい……! 約束したんだ、ヴァニラと……『ずっと一緒に居る』って。だから……強くなりたいっ……!──



〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜


「……」

 レベッカ、ベルタ、そしてアランも何も言わず……いや、何も言えなかった。

 写真立てをキャビネットに戻した音だけが、空間に響く。

「……夢を見たんだ」

 写真立てから手を話し、首から下げているネックレスを服越しに握りしめる。

「ヴァニラが、大きらいって俺を刺す夢」

 ブレイドは苦しげに目を閉じた。

「当たり前だよな。嫌われるのも当然だよな。こんな頼りない兄貴なんだからな」

 手が震える。

「そんなことにも……気づけないんだよ……」

 声が、震える。

「迎えになんて……」


「まさか行かないなんて言わないよな」


 アランは真っ直ぐな瞳でブレイドを捉え、拳を握りしめる。

「確かにブレイドの気持ちは受け止めたさ。けどな、オレは弱気な言葉まで受け止めるつもりはない!」

 弾かれるように顔を上げて。

「アイザックを見てみろ! アイツは闇属性のくせに“光明の地”を行き来したり、オレや師匠とも絡んでいたが、一切悪い影響とやらはなかった! そんなのはタダの口実にしかすぎないのは分かるだろ! 流されてどうする!?」

 アランはすうっと大きく息を吸い込み。

「いつものムカつくオマエはどこいった! もっと図々しく、堂々としてろ! そして証明しろ! 何もないってことを! それでこそブレイドだろうが!!」

 ぜぇ、ぜぇ、と息を弾ませるアラン。

「……怒ってるのか?」
「もういっぺん言ってやろうかあああぁああぁあ!!!」
「聞い、てました。大丈夫、です」

 仰け反りながら叫ぶアランに思わず敬語になる。

 膝に手を置き、激しく息を切らすアランの肩を、レベッカが叩いた。

「そうね……。アランの言う通りだと思う。ワタシ、ヴァニラと仲良くしたいわ。いろいろ話して、いろんな場所に行ってみたい」

 レベッカは胸に手を置きながら続けて。

「せっかく同じ部隊なのに、このまま揃わないなんてイヤだわ」
「そうだな」

 その隣に、ベルタも並んだ。

「たった一人の家族が居なくなるのは寂しい。同じではないが……きっとヴァニラだってそう思っているはずだ。……それに、ブレイドはこのまま会えなくていいのか?」

 ブレイドの様子にベルタは優しく微笑んで。

「そうだろう? なら答えは一つだ」
「……だな」


 ──始めは、無理やり受けさせられた試験だった。

 それが、いつしか心地よくなっていて。


「ヴァニラを、必ず迎えに行く……!」


 ……なあ、ヴァニラ。


「ふふっ、元に戻ったわね」
「図々しいぐらいがちょうどいいだろ」
「だな。アイツに弱気なんて似合わない」


 ここには、俺を励ましてくれる奴らがいる。

 きっと、お前も気にいるはずだ。

 早く会わせてやりたいよ。


 グオォォォォッッ!!


「な、なにっ」

 突如として耳を劈く唸り声と、地鳴りが発生する。

「今のどこからだ!?」
「遺跡の方からだ……!」

 パッと視線を交えて、家から飛び出す。

「まさかもう……!?」
「なんて手が早いんだ……!」

 ブレイドを筆頭に森の中を駆け抜ける。

 ベルタとアランが口々に。ブレイドはかつてないほどの悪い予感を感じていた。

 遂に遺跡入り口が見え、速度を落とさないまま中へ。

「あそこ! この前の!」

 レベッカが指差した先──倒れている二体のモンスターの前に立つのは、書庫を奇襲した黒衣の人物。

 四人は少し離れた場所で止まると、黒衣の人物が握る怪しげな薬を見つけて。

「まさか……あの薬が原因なのか……?」
「……みたいだな。まだ使っていないようだ」

 不幸中の幸い。警戒し、武器を構える四人。

 黒衣の人物は四人と向き合うと、なんと黒衣に手をかけて──外した。


「ぁ……」
 カラン──……


 床に転がる“影切丸”。ブレイドは目の前の人物に、目を大きく見開いていた。


「ヴァニラ……」


〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜


「え……?」

 黒衣の女はその黒衣を脱ぎ捨て、素顔を露わに。そして、ブレイドはその女を『ヴァニラ』と呼んだ。

 つまりそれは……書庫での出来事も、“光明の地”での出来事にも関わっているという話。

「……」

 静かに目を閉じたヴァニラを包み込む光。やがて晴れると、ヴァニラの姿は新しく生まれ変わっていた。『究極融合』の力に間違いない。

 あまりの出来事に理解が追いつけず、膠着する中。

「ヴァニラ……なのか……」

 そうブレイドが問いかけるも、ヴァニラは表情を一切変えない。それどころか、ひしひしと殺気が伝わって来る。

 もう一度ブレイドはヴァニラを呼ぶも。

「大きらい」

 ヴァニラはキッ、とブレイドを睨みつけながら。

「あの日、わたしを捨てたのはあなた」
「ッ……!?」

 その言葉に、ブレイドは違うと否定する。

「ヴァニラ! 聞いてくれ俺は……」
「聞きたくない!」

 悲痛な叫び声。ヴァニラは下唇を噛みしめ、薬瓶の蓋を取る。

「わたしは……あなたとこの“森林の地”、そして世界を許さないッ!!」

 薬瓶を口にし、一気に飲み干す。

「ヴァニラ!!」

 ブレイドが駆け寄るも黒いオーラに阻まれる。軽く吹き飛ばされたブレイドの体を、アランが支えて、視線をヴァニラに。

「ま……さか……」

 レベッカの声に応えるようにギラつく赤い瞳。


 そこにいたのは、自我を失った一人の“戦士”だった。

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