Five Elemental Story

11話 光明覆いし闇魔の影

 ──『究極融合の書』が盗まれてから一夜明け……

 未だ、本の所在と犯人の特定には至っておらず、『英知の書庫』の管理人リベリアからも連絡はなかった。


「大丈夫かしら……リベリアさん……」

 朝食の席。不意にレベッカはぽつりと溢した。俯き気味の彼女を、隣に座るベルタは不安げに見つめ。

「……レベッカ。食べないと」

 せっかくアランが作ったのだから、とベルタに言われ、そうねと返してウィンナーにフォークをブスリ。

 向かい側に座るアランもどこか余所余所しく、ブレイドも今日ばかりは茶化すようなことはせず黙々と咀嚼している。

「アラン。それ取ってくれ」

 目線の先にあるのは醤油、塩胡椒、ウスターソース、塩。加えて本日のメインは目玉焼きだ。アランは迷わず醤油を手に取って渡す。

「醤油じゃなくて塩胡椒だっ」
「はあ? 目玉焼きには醤油だろ」
「自分の好み押し付けんな」
「……そこまで言うならかけてやる」
「あーっ!」

 朝から騒がしい、とベルタは目を細めて。

「……ふふっ」

 その隣で小さく笑うレベッカ。二人は言い争うのを止めると目を丸くした。

「ご、ごめんなさい。おかしくって」

 と、ウィンナーをパクリ。ブレイドはアランの胸元から、アランはブレイドの腕からそれぞれ手を離すと、朝食に手を付けた。

「……醤油もいけるな」
「だろ? 今度は塩胡椒かけて食べるかな」
「ベルタは塩派なのね」
「ああ。レベッカは?」
「ワタシは……ケチャップかな」

 そうケチャップを取りに席から離れる。

「火属性だからか?」
「関係ないだろ」





 ──場面は変わり、朝食後。支度を整え宿舎の外へ。

「戸締り完了っと」

 ドアノブを捻り、完全に閉まったのを確認。

「じゃあ、久しぶりに行くか。『ミラージュ・タワー』に」

 何日か振りとなる『ミラージュ・タワー』に向けて出発する。

 『英知の書庫』での一件以来、エレパッドを通じて職員と接触はしたが、直接塔には出向いていない。

「確か、アランがいろいろ話してたよな。なんて言われたんだ?」

 道中。歩きながらブレイドに訊かれ、アランは顎に触れながら「そうだなぁ」と思い返す。

「まず、誤解したのを謝られたな。そのあとにリベリアさんから事情を聞いたって言われて、特に処罰とかは無いから、体の調子が戻ったら来て下さいーって」

 あの後にそんなことが……。つか、軽っ。

 気づけば『ミラージュ・タワー』は目の前。四人揃っては初めて、塔内に足を踏み入れた。


「あ、あのっ、14小隊のみなさんっ」
「ウィプスさん! お久しぶりです」


 受付に移動する四人に駆け寄ってきたのは、初日にお世話となったウィプスだった。久方振りに会え、レベッカの表情が明るくなる。

「お久しぶりですっ。あ、あの、少し宜しいですか?」
「はい……?」

 疑問符を飛ばす一同に、ウィプスは周りを気にするように見渡した後、小声で。

「内密にお話したいことが……ついて来て下さい」

 まさかの呼び出し。

「説教か? 悪くなくね?」
「本の話かもしれないでしょ」

 ウィプスを先頭に広間を抜け、廊下に。その後ろでブレイドとレベッカはこそこそと。

 人通りが無くなると止まり、角に身を隠しながら最終チェック。今一度誰もいないことを確認すると、ウィプスは自身が持つエレパッドを起動させ、操作する。

「あ、あの……?」
「突然ですみません。皆さん宛に依頼が来ているのです」

 エレパッドに映し出された依頼受付票。第14小隊と名指しされた下の項目には……。

「白獅子王……!?」

 “光明の地”を管理し、大陸の最高権力者である“モルス”の一人。

「な、な、なんで私達に……!」
「直々に説教か? 説教だな?」
「い、いまからでも引き返す? ね?」
「み、皆さんお静かにっ」
「落ち着けってお前ら」

 三人の声量に慌てるウィプスに、呆れた様子のブレイド。

「なんとも思わないのか……!?」
「別に」

 つい最近までモルスを知らなかったのだから、興味ないのも無理はない。

 さらりと返すブレイドに、三人もようやく落ち着いて。

「と、取り乱してしまって申し訳ありません」
「突然の反応だと思いますっ……。それで、白獅子王様からの依頼内容について説明させていただきます」

 ウィプスはエレパッドに目を通しながら。

「カテゴリは救助。“光明の地”にて暴れているモンスターを止めてほしいとの事。詳しくは、“光明の地”到着時に説明するそうです。……今から向かっていただけますか?」
「今からって……ここから“光明の地”までは時間がかかるし、大体場所は何処だよ」
「心配には及びません。ここ『ミラージュ・タワー』には各大陸と繋がっている転送陣があります。そこから向かっていただければ……」

 ブレイドの態度も気にせず、丁寧に説明し、お願いしますと懇願するウィプス。依頼自体もスルーしていい内容ではないので、小さく頷き合うと。

「もちろんです。オレ達でよければその依頼、受けさせてください」
「ありがとうございますっ」

 頭を下げ、一同を転送陣がある部屋へと案内する。

「この陣の上に集まってください。近くまで転送します」

 四人が乗ったのを確認すると、ウィプスは陣を発動。光り輝く陣から光粒が溢れ出し──掻き乱れるように四人の姿は消えた。


〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜


 エレメンタル大陸、“光明の地”。

「……ここは?」

 一瞬で変わった景色。到着したのはいいものの、自分達が居る場所が何処か分からず。人に聞こうにも誰一人居らず。

「アラン分かる?」
「えーっと……ここは奥の方かな? 確かこの先には──」

「待ってたよ! 第14小隊くん達!」

 よく響く元気な声。一斉に振り返ると、可愛らしい見た目に神々しい光翼を持つ女の子が。

 自分達を待っていたということは関係者なのだろうが……モルス自体をよく知らないブレイドは首を傾げて。

「えっ、誰……」
「翼と万物を貫く角をチャームポイントに持つ光の精霊ルシオラとはこのボクのこと! よろしくねっ☆」
「間違えました帰ります」
「こらあああああっ!!」
「まてまて」

 90度に腰を折り曲げて退散しようとするブレイドを、すかさずアランが捕らえる。

 ルシオラは頬を膨らませながら、口を尖らせた。

「ひっどーい! ポーズまで決めたのに〜!」
「翼と角の説明違い過ぎねぇか?」
「ふむふむ。次からは変えてみようかな……ってちが〜う!」

 プンプンと怒るルシオラには申し訳ないが、その可愛さにレベッカとベルタの二人は、心の中で悶えていた。

「ルシオラ様はどうしてここへ?」

 ブレイドを解放したアランが訊ねる。様付けに、ルシオラは満足気に頷いた。

「うんうん。素直でよろしい。話は歩きながらしよっか、白獅子王様がお待ちだよ☆」

 四人の間をすり抜けて先へと進むルシオラの後を追う。

「ボクは白獅子王様の側近もしてるんだっ。だから、転送予定地でキミ達を待っていたというわけ」

 歩きながら辺りを見渡す。古びた歯車や機械製品が至る場所に落ちており、まるで一個の廃墟のよう。一人アランはこの道を知っており、

「あの、ルシオラ様。この先って……」
「……やっぱり知っているんだね、キミは」

 えっと声が洩れるも、ルシオラは気にも止めず話し始めた。

「この先にあるのは『五戦神の遺跡』。“五戦神”は知っているね? その五戦神が作ったとされる神殿、それが時代と共に朽ちていき、『五戦神の遺跡』と呼ばれる場所となった」
「なるほど……」
「……」

 それは知らなかった、と頷く三人。とは別に、ブレイドは何やら考えに耽っていたが、レベッカが発言するとすぐに気を取り直した。

「その……『五戦神の遺跡』でモンスターが暴れているのですか?」
「そっ。しかもただのモンスターじゃなくて、神殿を護る神聖な存在。あまり公にしたくないからないしょにしてもらったんだっ」

 神聖な存在が暴れていると知られたら、世間が困惑するのは必然。

「でも……一体どうして」

 問題はそこなのだ。ベルタの言葉に、ルシオラは困ったように溜め息を洩らして。

「それがわからないんだよね〜……急に暴れ始めたものだからまだ調査できてなくて……」

 原因は不明。調査も暴れたままでは出来ないだろう。

 今までの話で何となく話の筋は見えてきた。が、一つ気になるのは……。

「理由は分かったけどよ。どうして俺達なんだ?」
「あー、はじめは『闇黒騎士隊』に持ちかけたんだけど、ダブルブッキングしちゃってね。で、白獅子王様がキミ達に依頼を出すようにーって。ホラ、『英知の書庫』の事件もキミ達が解決したし、さらに究極進化もしてるから、うってつけだって思われたのかな? まあ……本はまだ見つかってないみたいだけど……」

 うっ、と息を詰まらせる。あの場にいた自分達にも少なからず非はあるのだ。


『ルシオラよ。ご苦労であったな』


 と、一同の前に現れたフードの人物。

「白獅子王様っ!」

 ルシオラは嬉しそうに名を呼ぶと、フードの人物──白獅子王も口元を緩ませた。

『して、汝らが第14小隊で間違いないな?』
「はっ、はい!」

 緊張しながら頷くと、白獅子王は小さく笑みを溢して。

『そこまで緊張することはない。今回依頼を出したのは我なのだからな』

 ルシオラは四人から離れると白獅子王の元へ。

『さて、早速だがあまり猶予はない。急ぐぞ』

 白獅子王の後を追うこと数分。遺跡の入り口に到着。入り口に張られた薄黄色の結界に、白獅子王は手を翳した。

『今から結界を解除する。解除後、皆で最奥地に向かい──レイザーウォールとオーカーを止める』
「あの、止めるってその……」
『心配する必要はない。叩いて殴って終わりだ』
「終わっちゃダメですよ!」

 アランの返しに、不適な笑みを浮かべて魔力を込める。

『では行くぞ!』
「さーいえっさー!」
「サーイエッサー!」
『うむ! 良い返事だ!』

 ガラスが砕け散る音と共に結界が解除。

 直後に放たれた一条の閃光を、紙一重で回避する。

『走れ皆の者! オーカーに狙撃されるぞ!』

 白獅子王に言われるまま、降り注ぐ魔弾の中を掻い潜る。

 高速で駆け抜けながら、ブレイドはベルタを呼んだ。

「ベルタ!」
「っ何だ!」
「あ、あのっ、アレだアレ! えーっと、なんたらアイス!」
「多分、【フライングアイスバーグ】か【グレイトアイスバーグ】のことね」

 レベッカの指摘にそれだ! と叫ぶ。そこでブレイドが何を言いたいのか察し、ベルタはエレメントの力を掌に集めて。

「【グレイトアイスバーグ】!」

 放たれる水のエレメント。エレメントが変化し、六人全員に小さな結界が形成された。これで仮に避けられなかったとしても、結界が代わりに受け止めてくれるはずだ。

 結果として動きが良くなり、誰一人として結界が破られることはなく奥へ。

「居たよ!」

 ビシッと人差し指を突きつけるルシオラ。その先には、二体のモンスターが待ち構えていた。

『やはり戻らぬままか……』

 レイザーウォールとオーカーの体に纏わり付く黒いオーラ。初めて見る四人も、その違和感に気づく。

「光……属性のはずなのに……」
「闇属性の力を感じるな」
『その通り。なぜこうなってしまったのか、皆目見当も付かん』

 話している間にも臨戦態勢を整えていて、各々武器を構える。

『ルシオラ。我らはレイザーウォールを』
「あいっ! 四人はあのマシンくんをお願いねっ」

 白獅子王とルシオラの二人は、四人から離脱してレイザーウォールの元に。

「オレ達はあのマシン……じゃなかった。オーカーを止めるぞ」
「物理で?」
「物理で!」

 結局は物理で解決となり、オーカーの元に駆け出す。

「早速使ってみるか! 究極の力!」
「……もっといい言い方ないの?」

 眩い光に包まれる四人の体。させるか、と彼らが動く前にオーカーは魔法陣を展開、光線を放つ。

 ……が。

「【バリアントグレイシア】!」

 呆気なく防がれた光線は、四方に飛び散り壁に被弾。穴を開けた程度だった。

 そこから飛び出す三つの影。内一つは目にも追えず速度でオーカーの足元に移動。

「ここだなッ……!」

 オーカーが反応するより速くブレイドは、前と後ろの脚部分を切断。バランスを崩したオーカーの下から脱出したのを反対側から確認。

「行くぞッ! 【ファイナルバースト】!」

 この地に宿る光と、自身に宿る火のエレメントを混ぜ合わせ、圧縮。チャージ完了後、“バーストキャノン”の砲口をオーカーに合わせて、発射。追い討ちをかけられ、床に倒れるオーカーの上空。

「【閃光剣・双】!」

 “閃光剣”を天高く掲げ、未だ体勢を整えられていないオーカーに向けて、光の衝撃波で十字に斬る。

 アランが着地したと同時に、オーカーの体から光が失われ、闇のオーラも消え去った。どうやら無事解放出来たようだ。

 一方は──……

『我が猛攻、受けきれるものなら受けきってみせよ! 【アーレア・ヤクタ・エスト】!』

 白獅子王のスキルが発動し、オーバーキルするほどの連続攻撃を受けレイザーウォールも気絶。闇のオーラが完全に消えると、白獅子王は膝をついて宥めるかのように毛並みをなぞる。

「……」

 突如として暴れ始めたレイザーウォールとオーカーを無事解放した中。アランは思考を巡らせていた。

「どうしたんだよアラン」
「おかしいと思ってな」
「何が……?」

 アランは機能停止したオーカーを一瞥。

「あの程度で倒れるはずがないだろ」

 始めにブレイドが足を切断、その後レベッカが強力な一撃を放ち、最後にアランがトドメを刺した。オーカー自身も、もともとダメージが蓄積されていた可能性もあるし、おかしくはないかと思われたが……少なくともアランの意見は違うらしい。

「神殿を護る神聖な存在だぞ? こんな手応えない相手じゃないだろ」
「まあ……確かに分かるけどよ。だから何だっていう話だ」

 アランは頭の中を整理すると、自信なさげに話し始めて。

「これは……オレの推測でしかすぎないんだがな。その……デビル、になっていたんじゃないか?」
「は?」
「オレのスキルには【対種族攻撃強化【デビル】】が宿ってる。オーカーにそれが効いていたような気がしたんだ」

 初めて聞く単語だったが、何となくデビルに大ダメージを与えることは理解した。

『今の話本当か?』

 二人の会話を聞いていたらしい白獅子王が訊ねる。アランは戸惑いながらも頷く。

「か、確証はありませんが……」
『……デビル化する現象など聞いたことは無い、が。本当だった場合、確証を得られるまで様子見している猶予はない。……視野に入れてみるべきだろう』

 白獅子王の言葉には一理ある。被害が広がってから対応するのでは遅いのだ。

「他にお手伝いすることはありますか?」
「そうだねー。とりあえずここの──」


 RRRRRR……


『あ、すまない。我のだ』

 神殿内に鳴り響く着信音。白獅子王は一言謝るとエレフォンを取り出して通話開始。

『どうした? ……こちらはなんとか。心配かけてすまなかった。ああ……』

 自然とその場にいる五人は耳を傾けていて。

『……分かった。聞いてみよう』

 と、白獅子王はエレフォンを耳から離し。

『いきなりですまない。実は他の地でも警戒するよう呼びかけているのだが……今夜、“森林の地”にもある神殿の警備についてもらえないだろうか? 今夜だけ誰もいないらしくてな……。引き受けてはもらえないか?』
「俺は別にいいけど……」

 珍しくブレイドがOKしたことに驚くも、特に断る理由もないので承諾。

『感謝する』
「あーあと、場所は俺が知ってるから迎えとかは要らない」
『……だそうだ。聞こえていたか? 緑狼王』

 またもやモルスからの依頼。“森林の地”を管理する緑狼王は、画面の向こうで返事した。

 ではな、と通話終了。

『我が仲間の依頼に応えてくれて感謝する。我が“森林の地”まで送ろう。夜まで時間はあるが……今から行くか?』

 三人の視線がブレイドに集まる。

「じゃあ……お願いします」
『うむ。では集まってくれ』

 ブレイドを中心に固まる四人。その足元に浮かび上がる陣は、徐々に光を強めていき。

『我の依頼は無事完了だ。デビル化のことも含め、こちらで調査を進める。……また宜しく頼む。気をつけてな』

 その言葉を最後に、再び四人の姿は掻き乱れるようにして消えた。

『……』

 その後をしばらく見つめていた白獅子王に、ルシオラは駆け寄った。

「あの子がアランくんですよね。白獅子王様が目をつけていると言う……」
『人聞きの悪いことを言うな。別に目をつけているわけではないのだからな』

 意味はあってると思うんですけど〜、とルシオラは首を傾げる。


『……驚くほど見違えたぞ。アラン。……ではルシオラ。我らは仕事に取り掛かるぞ』
「あいあいさー!」
『うむ。良い返事だ』

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