SSまとめ・2

あらすじ

第1部最終話にて新しく拠点が建て替えられることとなったアラン達『戦神の勇者隊』。工事期間中、一時退去を余儀なくされた四人はモルスの計らいで『ミラージュ・タワー』の上層階で寝泊まりすることに。

これは、ブレイドが居なくなってしまった彼ら四人の休日を綴った第1.5部への前日談である。


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Case ヴァニラ


──エレメンタル大陸、???。

月光に淡く照らされる月見草。永遠なる夜が続く『ムーンナイトプリズン』では、今日も今日とて『戦神の勇者隊』が鍛錬を続けていた。

きっかけは、鍛錬の合間に設けた休憩時間のこと。

「あんた、休憩するたびにそれ食べてるわね」

管理人であるカスピエルが、体を休めていたヴァニラに声を掛けながら近づく。因みにヴァニラが食べていたのはエレブロックと呼ばれる携帯栄養食。全部で五種類あり、各エレメントを手軽に補給出来ると有名だ。

そのことをカスピエルに説明すると、なるほどねと頷く。

「カスピエルは食べなくても平気なの?」
「あたしはこの世界から補給するような感じね。栄養も勝手に取れるから」

ふーんとヴァニラは相槌を打つと。

「でも食べるの楽しいよ。美味しい食べ物いっぱいあるし。……そうだ、今度食べに行こうよ。一緒に」



それから数日後──……

がやがやと賑わう繁華街。そこに、ヴァニラの姿はあった。

「うん。似合ってるよ」

今しがた出て来たのは服屋。話しかけられた女性は服を気にするように見つめながら。

「なかなか外の服も悪くないじゃない。このあたしにぴったりな服ね」

その女性はなんとカスピエルだった。天使の象徴である羽を畳み、あくまで一般人らしく。

「羽、消してよかったの?」
「目立つのよ。欲望に駆られた下衆達の相手はしたくないわ」
「外に出たことがあるの?」
「指で数えられるぐらいわね。長居したことはないけど」

ほら早くとヴァニラを急かす。彼女も彼女なりに楽しんでいるようで安堵する。

「まずはあそこから」

と、ヴァニラが指した先に見えるのはクレープ屋。買って来たクレープの一つをカスピエルを差し出す。

「はい、どうぞ。甘くておいしいよ」

そう言いながらクレープをパクリ。カスピエルもヴァニラを手本としてクレープ(イチゴホイップ)にかぶりついた。

「どう?」
「なかなか悪くないわね」
「おいしいってこと?」

美味しいと訊かれても自分では理解が出来ない。口に含んでなにかを摂取する行動を取ったことがないからだ。が、それでも不快感は感じないので、これが“美味しい”ということなのだろうか。

「多分そうね」

と、もう一口。楽しんでくれている様子のカスピエルに、自然と笑みが溢れる。

「次はあっち」
「ええ」

「次はこっち」
「ええ」

「あっちこっち」
「あっちこっちってなによ」

側から見ると妹の買い物に付き合う姉のような……。実際にカスピエルの方が歳上ではあるのだが。

怒涛の勢いであらゆる店を回っていると、いつの間にか黄昏時に。明日も朝早くから仕事があるヴァニラは、『ミラージュ・タワー』へ戻ることに。

「今日は楽しかったわ。また付き合ってちょうだい」
「うん。また遊びに行こうね」

カスピエルはにこりと笑いかけ、ヴァニラの横を通り過ぎる。ふわりと香る花の匂い。振り返ると、居るはずの人の姿は無かった。

「……本当に楽しかった」


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Case ベルタ


──エレメンタル大陸、“水凍の地”。

永久に溶けることのない氷で成り立つ極寒の地。天高く聳える氷山の麓に、並ぶ二つの影。

「兄さん、ここで間違いないようです」

依頼書に目を向けながら、ベルタは隣に立つ兄バラバスに声を掛ける。本日の休日を利用して、ベルタはバラバスと以前に約束していたモンスター討伐を決行した。

「頂上に住み着くサファイアドラゴンを鎮静化させるのが目的だったな」
「はい。このまま暴れ続けていたら氷山が崩れてしまう可能性があり、周囲に被害が出てしまいかねないとのことです」

なるほど、とバラバスは小さく頷く。

「行くぞ」
「はい!」



「兄さん、あの……一ついいですか?」
「なんだ」

頂上に続く険しい道を、バラバス、ベルタの順に進む。前を歩く兄の背に、ベルタは抱いていた疑問を投げた。

「ヴリージオンの姿が見えないのですが、どうしたのですか?」

バラバスの愛竜であるヴリージオンを今日はまだ見かけていない。“はじまりの地”と“水凍の地”の狭間で待ち合わせた際、珍しくバラバスは一人だったのだ。

「……今更だな」
「てっきり後で合流するものだと思っていたので……」

しかし現れる気配が無かったため、こうして訊ねてみたわけだ。

「本来ならヴリージオンも共に来る予定ではあったが、疲れているようだったからな。休ませた」
「そうでしたか……良くなってくれるといいですね」
「ああ」

ザクザクと氷の上を歩く音だけが響く。特にこれといった障害に足止めされることなく、彼らは氷山の中腹にまでやってきた。

「……変ですね。モンスターの姿が見えません」
「頂上で暴れているのが原因だな。崩れるのを恐れて逃げ出したのだろう」

急ぐぞ、と一言。遅れてベルタも返事し、後に続く。

『オオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』

サファイアドラゴンと思われる雄叫びが氷山を震撼させる。

(もう少し軽めの依頼にしておけば良かったかな……)

自身が思った以上に気の抜けない依頼に、少し後悔しながら先へ進む。頂上へ近づくにつれ、周りの景色が荒々しいものへ変化する。そのおかげか、頂上に居付くサファイアドラゴンの姿を間近で捉えることが出来た。二人は近くにあった大きな氷塊に身を潜め、影から様子を伺う。

「荒れているな。行動パターンが読みにくい」
「そうですね。でもここまで暴れている理由は一体……」

その時、何かを見つけたバラバスは目を細めた。

「ベルタ。足元の近くに子供のドラゴンが居る」
「はい、見えました。怪我……しているようですね」
「他のモンスターに襲われたのだろう。それで怒っているのか……」

バラバスは小さく息を洩らすと。

「ベルタ」
「は、はいっ」
「お前が指示を出せ」

思わず素っ頓狂な声を出してしまう。

「……鳩が豆鉄砲を食ったような顔をするな。笑ってしまうだろ」
「わらっ……? いやいやいやいや、私より兄さんの方が……」
「私はお前の指示に従う」

ベルタは苦悶に満ちた表情を浮かべながらも、分かりましたと頷く。

「では……」





「指示通りにお願いします」
「分かった。くれぐれも刺激しないようにな」
「はい」

指示を伝えると、ベルタは身を低くしたまま移動開始。辺りの氷塊を利用し、子供ドラゴンの背後に回ると小さな氷を空に投げた。それこそがバラバスとの間に決めた合図。双方共に武器を構え、氷塊の影から飛び出すと。

「【グレイトアイスバーグ】!」
「【アイスバーグクラッシュ】」

サファイアドラゴンの前後方から強力な氷が襲い、一つの檻となって内部に閉じ込める。その隙にベルタは子供ドラゴンに近づき、傷口に手を翳す。

「……よし。これで治った筈……」

ほっとしたも束の間。氷の檻が内側から壊される。

ベルタはすぐさま“アブソリュートグレイシス”を縦に構え、防御体勢に。サファイアドラゴンは大きな口を開けて突進。噛み付く直前、合間に入ったのはバラバスだった。

バラバスは斧でサファイアドラゴンを怯ませると、ベルタを脇に抱えてその場を離脱。全速力で退避するも、強固な尾が振り落とされる。横に飛び退いた所までは良かったのだが、その先は──。

「……?」

宙。

重力に従い落ちてゆく二人。山と付いているだけあって、頂上から地上までの距離は計り知れない。

「に、に、兄さん! あの!」
「武器をしまえ今すぐ」

バラバスの脇に抱えられたままのベルタは戸惑いつつも斧をしまう。徐々に近づく地面を恐れ、目を強く瞑る。

次の瞬間。
体が下から掬い上げられる感覚。

落ちてゆく感覚は消え、穏やかな風が頬を撫でゆく。ゆっくりと目を開けると、休んでいたはずのヴリージオンが二人を背中に乗せて空を駆けていた。

「どうしてここへ……」

そう呟いたのはベルタではなくバラバス。

「もう平気なのか?」

少しして「そうか」と微笑む。不思議に思ったベルタは、背中越しに問いかけた。

「兄さんが呼んだわけでは無かったのですね」
「当たり前だ。そんな事が出来るならとっくにしている」
「た、確かに……ではどうやって着地をしようとしていたのですか?」
「……」
「なにか言って下さいよ!」

言いたくないような方法だったのか……? 何はともあれ助かったので良しとしよう。

「あの、『ミラージュ・タワー』の近くまで行けますか? 依頼の報告をしたくて……これで収まるとは思いますが一応……」
「ああ。外で待っている」
「ありがとうございます!」

長年の夢を叶えられたベルタは満足気に笑ったのだった。

……だが。

(やっぱり軽めにすれば良かったな……)

そう思わずにはいられなかった様子でもあった。


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Case アラン


『ミラージュ・タワー』上層階。

関係者以外立ち入り禁止エリアに並ぶ色とりどりの扉。そのうちの一つ、光属性のマークが刻まれた扉の部屋から、男と女の話し声が聞こえる。

「これはどこに置けばいいですか?」

光のモルス、“白獅子王”の執務室。……と、連結している書庫にて。『戦神の勇者隊』リーダーのアランは積み上がった本を手にしたまま、小柄な女性(女の子と表記した方が正しいかもしれないが)に訊ねる。

「それはね〜……その辺に置いといてくれる?」
「わかりました」

本を抜いた棚を綺麗に拭きながら、白獅子王の側近であり“光の精霊”のルシオラが指示を出す。


本日は休日なのだが、他の三人とは違い特段用が無かったアランに、ルシオラがならばと書庫の掃除に誘ったのだ。アランも嫌な顔一つせず、こうして手伝っている。


「もうそろそろアルタリア様もお仕事終わって来るはずだから、そしたら一旦休憩にしよっか」
「はい」

白獅子王ことアルタリアは、休日である今日も朝から仕事をこなしている。しかし休日だからかそれ程量は無く、午前中で全て終わるそうだ。聞けばモルスは交代で休日も仕事をしているらしい。

ルシオラから聞いたその話を今一度思い出す。

「……そういえば先ほど、アルタリア様方は交代で休日も仕事をしていると仰ってましたよね」
「うん」
「でも交代ってことはちゃんとした休日もあるかと思うんですけど……オレ、アルタリア様と休日にお会いしたことないなと」

ルシオラはあー、と声を洩らして。

「アルタリア様は朝から晩まで寝てるからね。下手したら翌日の朝までぐっすりだよ」
「食事とか大丈夫なんですか」
「え、そこ? それはその……ビーストだからね、大丈夫だよ」

するすると梯子から身を下ろすと、まるで携帯に着信が届いたかのようにルシオラの身体が振動する。

「!?」
「あ、アルタリア様からだ。テレパシーなんて珍しい……ちょっと待っててね」
「は、ハイ」

呆然とするアランを他所に、ルシオラは片手を耳に添えて瞼を下ろす。

(どうしましたかアルタリア様〜? ……ふんふん。えっ、今からですか!? わわわわかりました〜!)

ルシオラはあたふたと酷く慌てながらアランに振り返る。

「アランくん、アランくん! 今から執務室となりにお客さんを連れてくるってアルタリア様が! しかもキミの!」
「オレのですか!?」

一体誰なんだろうと思考を巡らすも、ルシオラが「考えてる場合じゃないよ!」と叫ぶ。

執務室となりに置きっぱなしの本! 片付けないと!」

書庫を円滑に掃除するため、幾つかの本を執務室に移動させていたのだ。身内であればいいが、身内の可能性は限りなく低い。それこそお客様の目に汚く映ってしまったなら……。執務室に続く扉を急いでくぐる。

「アランくんはそこにいて! ボクが投げ込むから!」
「ハイ! ……え?」
「いっくよ〜☆」



コンコンとノック音が聞こえる。

『入るぞ』

ドアノブを捻り、そう入って来たのはアルタリア。が、フードを深く被ったモルススタイル。

『急にすまないな。アラン、汝の知り合いだと言う人を連れて来たぞ』

何とか間に合ったと密かに肩の力を抜く。誰だろうと目を丸くするアランの前に現れたのは、クリーム色の短髪が愛らしい女性。

「ヒカリさん……?」

女性は嬉しそうに目を細めて笑った。

「久しぶり、アラン君」





「大会優勝おめでとう。これ……私からのお祝い」
「ありがとう。キレイな花束だね」
「喜んでもらえたなら良かったっ」

知り合いにしては距離が近いようにも感じる二人。フードの下でじっと見つめるアルタリアとは違い、ルシオラはキラキラと目を輝かせて。

「もしかしてもしかしてっ! テレビによく出ているアイドルの……!」
「は、はい。ヒカリです」

少し照れ気味に答えるヒカリに、ルシオラはおお〜っと声を上げる。

『アラン。紹介してくれないか?』
「わかりました。彼女はヒカリさん。オレと同じ士官学校の卒業生で、同級生です。それでこちらが……」
『白獅子王だ。アランの上司をやっている』

沈黙。

(ちょっ……ちょっとアルタリア様! 圧、圧がすごいですよ! もう少し抑えてください!)
(いやしかし……仲良さげなのだが……)
(そりゃあアランくんにだって女友達の一人や二人ぐらいいてもおかしくないですよ)
(うむ……)

アラン、ヒカリ、双方共にポカーン。

アルタリアはわざとらしく咳払いを一つ。

『失礼した。で、彼女は我の側近であるルシオラだ』
「よろしくね☆」

いつの間にかアルタリアに変わっているのはさておき。ハッと意識を戻したヒカリはペコリと頭を下げる。

「それにしてもヒカリさん。よくここがわかったね」
「拠点がある場所に行ったら工事してて……聞いたらここにいるって教えて貰えたの」
「そうだったのか……わざわざごめんね」
「ううん。どうしてもお祝いしたかったから全然だよ。すごいね、部隊のリーダーだなんて」
「え、いやその……」

成り行きでなったとは口が裂けても言えない。

「アラン君、いい方向に変わってて少し寂しかったけど……その髪飾り見てたらなんだか安心したんだ。私も頑張らなきゃって、思っちゃった」
「……うん。お互い、頑張ろうな!」

ヒカリは一瞬だけ驚いたが、すぐに満面の笑みを浮かべた。

「あっ、私そろそろ会場に戻らなきゃ」
「忙しいのに来てくれてありがとう。久しぶりに話せてよかったよ。この花束、大事にするね」
「私の方こそだよ。白獅子王様、ルシオラさん、お忙しいところお邪魔いたしました」
「ぜ〜んぜんだよ! お仕事頑張ってね〜」
「はいっ」

『……ヒカリよ』

急に名前を呼ばれ、肩を大きく跳ね上がらせる。

「は、はいっ」
『会場というと「E.P.タワー」だな? 近くまで転送しよう』
「あ、ありがとうございますっ!」

アルタリアが指を鳴らすと、ヒカリの足元に魔法陣が浮かび上がる。キラキラと舞う光粒に見惚れていると、陣より外の景色がぼやける。

より一層光が強まる中、手を振るアランに手を振り返した。





ヒカリと別れたあと、アルタリアはフードを外した。

「アルタリア様、ありがとうございます」
「うむ。……してアランよ。彼女とはその……仲が良かったのか?」

アランは花束を抱えたまま、はいと頷いて。

「まだ士官学校に通っていた頃、ヒカリさんに“塩”クッキーを貰ったことがあって……それからはたびたび話すようになったんです」
「……塩クッキー?」

聞き慣れない単語に眉を顰める。対してアランは明るい表情で続きを。

「ハイ。クッキーは普段食べないのですが、そのクッキーはオレにとって美味しくて……あっ」

明るい表情から一転。アランはしまったと言いたげに目を見開く。

「ルシオラ様! オレちょっと書庫に行ってきます!」

と、近くに花束を優しく置いて書庫へと駆け込む。一体何があったのか……。

しかしそんなアランの行動より、先程の言葉を聞いて固まる二人。やがて互いに顔を見合わせると。

「……アルタリア様。さっきのクッキーって……」
「砂糖と塩を間違えたという王道パターンだな……」

ですよねー、とルシオラは哀れんだような眼差しを書庫に続く扉に向ける。

「アラン君、本人に『あの塩クッキーすごくおいしかった』って言ってないですよね」
「おそらくは……だが笑顔で言ってそうで怖いな」

ルシオラは相槌を打ち、それにしてもと疑問をアルタリアに投げかけた。

「アルタリア様がヒカリ君を転送してあげるなんて思わなかったですよ。もしかして髪飾りの話が出たか」
「ルシオラ。頼んでいた書庫の掃除は終わったのか?」
「露骨に話を逸らしますね」

アルタリアはルシオラからの視線から逃げるようにそっぽを向く。と、視界にヒカリがアランに渡した花束が入る。

「これは……」
「ん? どうしましたか〜?」

ひょいっとアルタリアの背中から覗き込む。アルタリアが手にしていたのは、花束と一緒にあったメッセージカード。

「なになに? 『良かったら連絡ください』って……これ、ヒカリ君のエレフォンの番号じゃないですか! 近々スクープされそうな気配がしま……」
「……」
「黙りまーす……」

アルタリアは何事もなかったかのように、カードを花束の中へ戻すと。

「アラン!」
「うわっ!?」

勢いよく書庫の扉を開け、アランを書庫から連れ出す。

「ど……どうしましたか……?」
「……アランよ」

アルタリアは一度深呼吸して、言い放つ。

「……休憩しないか」
「わ、わかりました……」

直後、耐えきれず吹き出したルシオラにアルタリアが怒ったのは言うまでもない。


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Case レベッカ


──エレメンタル大陸、“はじまりの地”。

『英知の書庫』。
エレメンタル大陸で生まれた物語や資料が集まる大図書館。ドーム型の屋根が特徴な見た目からは想像出来ぬような広さの内部に、本棚がずらりと並ぶ。

その地下。関係者のみ立ち入ることが出来る本を管理する部屋に、書庫ではあまり見掛けない少女と管理人の姿が。

「よっ、と……。リベリアさん、この本達はここに置いておけばいいですかー?」

自身の腰以上もの高さに積み上げられた本の山を、軽々と運ぶのはレベッカ。近くではメモ帳と羽根ペンを手に記録するリベリアもおり、はいと返事をする。

「ありがとうございます。それで部屋に運ぶ本は全てですので」
「わかりました。あとはこの本を種類別に分ければいいですよね?」
「はい。すみませんが、宜しくお願いします」

眉尻を下げるリベリアに、レベッカは気にしないで下さいと笑みを浮かべる。

「こうして本のタイトルを眺めていると、自分が知らないものばかりでワクワクします。1度『あっ、コレ面白そう!』って思ってもまたすぐに『コレも面白そう!』って、ループしちゃいますね」
「その気持ちとても良く分かります。結局どれから読み始めたらいいか分からなくなって、また繰り返す」
「でもリベリアさんなら、書庫にある本をほとんど読破していそうですけど……」
「表に出ているものは大抵……。ですが、このように保管されている本は一読出来ていないものが多いですね。まだ全体の半分にも届いていないです」

総冊で幾本に及ぶのだろう……。一生かかっても全てを読むことは出来なさそうだ。

時折談笑を挟みつつ、レベッカがジャンル別に分けた本をリベリアが記録していく。

「『風の裁定者』はファンタジーっと……ぶつぶつ」

「リベリアさん、この本ってどの種類に入りますか?」
「どの本ですか?」

これですと一冊の本を見せる。リベリアはペンを動かしていた手を止め、タイトルを確認。

「歴史のような……ファンタジーのような……」
「この本は別にしておいていただけますか? 他大陸のものですので」

他大陸と聞き、レベッカは興味深そうに本を見つめる。

「エレメンタル大陸以外の本もあるんですね」
「豊富とは言い難いですが、有名な書物ならありますよ。その本は、かの地に伝わる四宝について書かれているのです」
「四宝かぁ……表に出たら、借りて読んでみたいです」
「ぜひ。とても興味深い内容ですので」

と、リベリアはどこか悪戯みを帯びた笑顔を見せた。



「そろそろ休憩しましょうか」と、二人は陽の光が照らす地上へ。リベリアぐらいしか使わないという個室に案内される。

「個室というより……部屋みたいですね。リベリアさんの」

部屋にあったのはなんと暖炉。近くにはロッキングチェアと暖かそうなブランケットも。暖炉に火を灯し、ロッキングチェアに座りながら本を読む姿が目に浮かぶ。

「言われてみればそうですね……家に帰るのが億劫になって、ここで眠る日もありますし」

どうぞとカップに注がれた紅茶がレベッカの前に差し出される。

「ありがとうございます。そういえば、リベリアさんの家ってどの辺りですか?」
「書庫の裏手ですよ」
「思っていたよりも近い……。今度遊びに行ってもいいですか……?」
「それは構いませんが……面白くも何ともありませんよ?」
「リベリアさんが住んでいる家を見たいんです!」

所々強調しながら答えるレベッカに、少しだけ照れ臭そうに笑う。レベッカも釣られるように笑っていたが、はたと口を閉ざす。

「……どうしましたか?」

突然沈黙したレベッカに対し、リベリアは優しく声を掛ける。レベッカはカップを置くと、その……と俯きがちに答えた。

「リベリアさんのところに、ブレイドからの連絡ってありましたか……?」
「いえ……ありませんね」

聞いていた話によると、レベッカ達四人とブレイドは互いに連絡を取らない手筈になっているらしい。詳しい事はリベリアも知らないが、何となく予想は出来る。

「……そうですよね。すみません」
「皆さんとは、ブレイドさんのお話はされないのですか?」
「あまり……。別に話しちゃいけないわけではないのですが、口にすると雰囲気が重くなるのをみんなわかっていて……」

連絡の一つや二つあったなら不安にならないのだろうが。リベリアは紅茶を一口。

「案外元気にやっていそうですけどね。このような場合、こちらが心配していても当の本人は我関せず、といった事が多いですから」

たしかに、とレベッカは苦笑。

「今ごろどこでなにをしてるんだか」





「? 今……。

……気のせいか。日が沈む前に寝床を決めねぇと」


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Case ????


──エレメンタル大陸、“森林の地”。

木々が生い茂るこの地にも平等に日が昇る。草花は光の栄養を摂り始め、森で暮らす動物達も動き回る朝。

「ふああああ……っ」

森の中で仮眠を取っていた一人の男が、盛大に欠伸を洩らした。

男は覚束ない足取りで近くを流れる川に向かい、バシャバシャと顔を洗っては喉を潤す。持って来ていたタオルで水分を取ると軽く腹を満たし、パパッと着替えを済ませる。

最後に朱色のストールを首に巻いて、男──ブレイドは朝日差し込む森の中を歩き始めた。

(この先を進めば“夕闇の地”か……。初めに行ったのは“光明の地”だし、一周した事になるんだな)

己の目的の為に旅に出たブレイド。行く先々で見聞を広め、全てではないが差別を産んだ誤解を解き続けている。

“はじまりの地”を出発してから何日が過ぎたのか。仲間達や妹は元気にしているのだろうか。途中までは彼と一緒だったが、一人となった今。話し相手の大切さをとても大きく感じている。

ブレイドはいやいやと首を振り、湧き出た感情を無理やり掻き消した。

(“夕闇の地”は手強そうだからな。気をつけねぇと……てか、最初に行けば良かったなここに。……ん?)

何かに気付いたブレイドは足を止め、広げていた地図とは全く関係ない方向を見遣る。

「……何だ」

地図をしまい、迷わず草むらに足を踏み込む。放置され伸びた草を掻き分け進んだ先……拓けた場所に辿り着いたブレイドは目を丸くした。

「狼?」

そこに居たのは強靭な歯を剥き出しにしてこちらを威嚇する狼らしき生き物。足元には立派な鎖が巻かれており、近くに見える装置から伸びている。

(罠に掛かったのか)

恐らくこの狼は誰かにとって障害だったのだろう。罠に引っかかるのも自業自得。気にすることは無いとその場から立ち去ろうとするも。

「……」

ふと脳裏を過ぎるかの人物。ブレイドは長考の末、“影切丸”を鞘から引き抜き狼に近づく。

『グルルルル……』

スパッと目にも留まらぬ速度で切れる鎖。

が、次の瞬間。

『ガァッ!!』

自由になった狼は、目の前のブレイドに襲い掛かる。あまりの近さに反応出来ず、ブレイドは腹に突進を喰らい、仰向けに倒れた所を伸し掛かられる。

(……もしかしてこいつ……俺を食うつもりか?)

正解と言わんばかりに、狼は大きく口を開けた。ブレイドは即座に刀の切先を狼に向けて構えたが、突如として口を閉じ、何故かブレイドのにおいを嗅ぎ始めた。

……そして数秒後。

「!?」

ゴロンと甘えるように転がった。

(な……何だこれ……懐かれてんのか? さっきまで食おうとしてたのに? ……変な奴)

はぁ、と溜め息を洩らして狼ごと上半身を起こす。もう行こうと歩き始めたブレイドの後を、狼も謎に付いて来た。

「……」
『……』
「……あっ! あんな所に干し肉が!」
『ワウッ!?』

(今だ!)

意識が逸れた途端に全速力で逃走を図る。がしかし、気付いた狼がブレイドの背中に向かってタックル。結果盛大に地面を滑ることに。

『ワフッワフッ』
「こっちは遊んでんじゃねぇんだけど……。ああもう触んな」

キツく当たるも懲りた様子は無く。まるで犬かのように尻尾を揺らす(犬科ではあるが)。

「てかお前、随分と人懐っこいな。誰かに飼われてたのか?」

クゥーンと寂しげに声を上げる。こんな奴をペットにするとかどんな奴だよ、と若干引きながらもブレイドは。

「じゃあ……飼い主を見つけるまで一緒に来るか?」

野放しにしておくのも危険だ。何かの役に立ってくれるかもしれないと考え、そう誘う。すると賢い狼は嬉しそうに擦り寄ってきた。

「調子良い奴め……まぁいい。でもお前、何ていう名前なんだ? 答えられても分かんねぇけど」

お前お前では何かと不便。名前を付けてあげようと悩むブレイドだったが、凶暴な狼からある名前が浮かび上がる。

「……フェンリル」

どこかで目にした凶狼の名前。こいつにぴったりじゃないか。

フェンリルと呼ばれた狼は答えるように短く吠えた。

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