Five Elemental Story

10話 究極融合編【後編】

 ふぅー、と息を吐きながら肩の力を抜く。

「まさかミリアムと一緒に来るとは……」

 森林の地を模した究極融合の試練空間。今しがた未来の自分との勝負を制したブレイドは、軽く刀を振ってから鞘へ。

「にしても時間かかり過ぎたな。早く戻らねぇと『オマエ時間かかり過ぎだろバーカ』とか何とか言われそうだな。こっちは探索してたから遅れたっつうのに」

 ブレイド曰く『扉の後ろとか見ていたら遅くなった』らしい。断じて迷子ではない。断じて。

「ん……?」

 来た道を戻り、扉から外へ──がしかし、そこにあった筈の扉は何処にも見当たらず。地平線が続くだけ。

 ブレイドは首を傾げると。

「場所変わったんかなぁ……」

 何処か他人事のように呟くと、扉を目指してまたもや探索を始めた。


〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜


 ──同時刻。『英知の書庫』地下。


「っ……」

 消滅した扉の“跡”を見つめながら、顔を歪める。

 扉の先にいるはずのブレイドは一体どうなってしまったのか……、最悪の想像が脳裏にチラつき青ざめる。

「アランさん。本を」

 リベリアに呼ばれ、それまで硬直していたアランは『究極融合の書』を手に駆け寄り、リベリアに手渡す。

「今ならもう一度だけ扉を復元できます」
「……!」
「まだブレイドさんの陣は消えていません。今すぐに儀式を再開すれば、一時的に扉を復元する事が可能です」

 ですが、とリベリアは黒衣を纏う二人を見据えて。

「儀式の間、私は手を動かすことすらままならなくなり、本を守れなくなります。その隙を、彼らが狙わないわけありません。御三方には、私が儀式をしている間、援護していただきたいのです」
「もちろんです」

 アラン、レベッカ、ベルタの力強い返事が重なる。リベリアは小さく頷くと、本を片手に魔力を集中させる。

「レベッカ。片手剣は使えるか?」
「す、少しなら……」
「少しでもいい。いつもの武器じゃなくてコッチで戦って。火のエレメントは危ないから」

 そうアランがレベッカに差し出したのは“閃光剣”。片手剣だが重量がある“閃光剣”は、女性が扱うのは難しい。しかし、“バーストキャノン”という持ち運び可能な砲台(言い換えれば重い)を振り回すレベッカなら扱えると判断。“閃光剣”を預け、自身は光のエレメントで生成した剣を握りしめる。

 二人組の黒衣の人物達が纏う雰囲気も変わり、双方睨み合いが続く。


 今ここに、『究極融合の書』を巡る争いが開幕した──。


 始めに、背丈が高い人物が真っ直ぐに儀式中のリベリアへと向かい、アランが応戦。その上を比較的小柄な人物が跳躍、頭上からの攻撃をベルタが防ぐ。

 斧を横に構え、刃を受け止めたベルタ。その一瞬で生まれた隙に、レベッカが横から剣を振りかざすも呆気なく回避される。キラリ、と怪しげに光る相手の武器。反射的に構えたレベッカの剣と、目にも留まらぬ速さで斬りつけた刃が甲高い音を立ててぶつかる。衝撃で後方に吹き飛ばされ、体勢を崩すレベッカに追い討ち。カァンッ! と刃がぶつかったのは地面に刺さった“閃光剣”。本体──レベッカの姿は空中にあり、覇気と共に跳び蹴り。避けられるも、レベッカは剣を引き抜き構えて。

 レベッカに視線を向けたまま、背後から忍び寄る二つの氷柱を砕く。少し離れた場所では、ベルタがリベリアを護りながら此方に手を翳していた。

 相手は特に動揺した様子は無く、続けて指を鳴らしては一人、二人と分身する。計三人一気に襲われるも、一人はベルタの氷で、一人は掌に収縮した火で撃破し、本物の薙ぎ払いを後方に下がって回避。すぐに低く跳び、鳩尾目掛けて回し蹴り。

「ハァアッ!!」

 見事命中。呻き声を洩らしながら大きく後ろへ。腹部を抑えながら激痛に耐える相手の様子を見ることなく、レベッカは再び接近する。


 自分達がすべきことは相手を“倒す”ことでは無く、儀式を成功に導くこと。その為には──。


『接近戦で足止めする、か。なかなかいい判断じゃないか』

 アランと剣を交えながら、黒衣の男は話しかける。アランは頷きもせず、真剣な表情で剣を振るう。体力を削るのは得策では無い、気を抜いたら命諸共狩られる……そう感じさせられるほどの相手だった。

『腕も立つ。良い師と巡り合ったようだな』

 なにを話しているんだ、とアランの心情を読み取り、男はすかさず答える。

『私も彼女の師であるからな。どうしても気になってしまう』

 彼女? もう一人は女なのか。

 フワッと頬を撫でる風。刹那、男が持つ剣から黒風が発生。風を纏った一撃はアランのすぐ側を床を削りながら駆け抜けていき、壁に激突した後消滅。ああ、今ので何冊の本が破れてしまったのだろうか。

 この惨劇を見たらリベリアはどう思うだろうか……。一振り、二振り、三振りと攻撃を躱しつつ反撃。いっそう剣戟が激しさを増す中、男は小さく笑みを溢すと。

『──だが、まだまだ青いな。質に対して経験が追いついていない』

 と、男はアランの防御体勢を崩し、高く跳躍。近くにある本棚を蹴り、倒す。本棚の近くには体勢を崩され、動きが鈍るアランが。


 男が放った言葉の意味を理解する。“誘い込まれたこと”に今更ながら気付いた。


「アラン!」

 ズドォン……!

 バランスを崩され、倒れる本棚の下敷きとなったアランの名を叫ぶ。積み上がった本の隙間から光が薄らと見え、無事だというのは分かったが、今すぐに脱出は出来そうにないようだ。

 二対二。加えてこちらには護るべき者と、エレメントの力が使えないレベッカもいる。不利に近いが、レベッカのおかげで一人は手負いだ。

 レベッカと視線を交えて、ベルタは斧を構え直した。


〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜


「あの……」

冗談抜きで扉ないんですけど。

「えっ……マジ? 扉ない?」

 一方、こちらは扉の中に閉じ込められたブレイド。扉を探し始めてから数分、漸く自身に置かれた状況を理解した様子。

「何で? まだ終わってないってこと? いやでも本は手に入れたし……何で?」

 おーい、リベリアさーん、と呼んでみるも返事は勿論なく。手にした本を上下にブンブン、ポカポカと叩いてみるも反応なし。

 フッと崩れ落ち、両手両膝を付いて項垂れる。

「閉じ込められた……!」

 どうにかして此処から出ないと……妹を、ヴァニラを見つけるまではまだ……!



「大きらい」



 空間に響く声にハッ、と息を呑む。ゆっくりとした動作で立ち上がり、振り返ると。

「だ、……れだ……」
『……』

 佇んでいたのは“自分自身”。だが、数分前に戦った究極ブレイド自分ではない。

 見たこともない装飾、知らない刀と剣、全身に纏わり付く黒いオーラ。

 そして……左右で違う瞳の色。

 無意識のうちに半歩後退していたブレイドだったが、相手が刀と剣を構えては自身も刀を鞘から引き抜く。


 彼は一体何者で何処から来たのか、扉が消えたのと理由があるのか、

 一つだけ判明しているのは、確かな殺意を持っているということ。


「くそっ……」

 苛立ちと共に吐き捨てたと同時、相手が攻撃を仕掛けて来た。

 二刀流に馴染みがないというわけではない。幼馴染であり一流の戦士でもあるミリアムは二刀流だし手合わせしたことは何度もある。確かに手数は多いが、捌き切れないというわけでは……。

 鳴り響くことを知らない戦闘音。拮抗を崩したのは相手からで、ブレイドの刀を軽く弾き、剣をしまい一刀のみを構える。あのままでは上手くパワーが乗せられず、決め手にならないと考えたのだろうか。

 ブレイドは相手が動くより速く、地を踏むと。

「【夢幻残影剣】!」

 すれ違い様に相手を斬り付ける。がしかし、気配を感じてその場から跳躍。その間、僅か一秒にも満たなかったが、ブレイドが“居た”場所には巨大なクレーターが出来ていた。

 背筋が凍る。明らかに自分が出せる威力では無いと、煙が上がる光景を見ながら着地。相手を見据えるも、傷一つ見当たらず。


 どうしたらいい? このままじゃやられるだけだ。何か考えないと……!

 仮に勝てたとして……俺は無事にここから出られるのか……?

 勝てたとして……倒せたとして……


 無事に出られる保証は何処にも無いのに?


 ほんの少し迷っただけだった。それが致命的だった。

「ぁ……」

 掠れた声が口から洩れる。目の前には、こちらを見下ろす二色の瞳。


 ──試練で敗北しても死ぬことはありません。ですが、死にも“似た”痛みに襲われます。その痛みに、過去打ちのめされる戦士達も少なくなかったそうです。──


 脳裏に蘇るリベリアの言葉。直後、肩から腹にかけて切り裂かれた部分から、激痛がブレイドの体を襲う。

 痛みに耐えきれず両膝を付き、激しく肩を上下させて酸素を求める。そんなブレイドの鼻先に突き付けられる刀。そのままゆっくりと距離を離す。次は突きか……。

 徐々に重くなっていく瞼。受け入れるように閉じて──





「出来るわけねぇだろ!!」





 腹の底から叫び、数センチで届く筈だった刀を素手で止める。血こそは出ないが、激痛に顔を歪ませながらも離そうとしない。

「“こんなの”っ……ヴァニラの苦しみに比べたら易いもんだ!」

 無理やり刀を横にずらすと、相手の顎目掛けて頭突き。怯んだ隙に、回し蹴りを喰らわせ後方へ蹴り飛ばす。

「痛ってー……」

 反撃はしたものの、伴う痛みがあまりにも強すぎる……。早く決着をつけなければ自分の体がもたない。

 次だ、次の一撃で……。

 落とした“影切丸”をもう一度手に取る。より強い風の気配を察し違和感を感じるも、何処か優しい風に身を任せ。


「【ティエラ・ラファーガ】」


 キンッ、と鞘に収まる刀。決着はついた。

「あっ……」

 現れたのは見覚えのある扉。ガラガラと崩れていく空間に一人佇む相手に「おい」と呼びかける。

「お前……」

 その人は小さく笑うと、ブレイドに振り向いて。

『俺は“影”でしかない。この世界とは別の場所に居るお前の』
「別の場所……?」
『ああ。だが、気にするな。扉をくぐれば、お前はここで起きたことを忘れる』

 扉の向こうから懐かしい声がブレイドの名を叫ぶ。時間がない──ブレイドは後ろ髪を引かれながら扉へと走る。


『最後に教えてやる。俺の名前は──』


 その言葉を最後に、空間と扉は完全に消滅した。


〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜


 ブレイドが新たな敵と遭遇エンカウントした頃。

「【ダブルアタック】!」

 ベルタが作り出した二つの氷柱を、軽い身のこなしで避ける黒衣の男。そのまま速度を落とさず、剣を片手に狙うはリベリア。ベルタは身の丈以上にある斧(つまり滅茶苦茶重い)の柄を両手で握り、近づけさせないよう振るう。

 一方、レベッカは慣れない剣で戦っているというのに、黒衣の女と対等に戦えている。殆ど体術で補っているようだが。

 男、ベルタと距離を置き、剣に再び黒風を纏わせて突撃。ベルタは意識を集中させ、強力な一撃を放つ姿勢を取る。

『っ!?』

 グイッと男の動きが突如として止まる。見れば男の腕には、これでもかと巻き付いた鎖が。その隙を見逃すわけがなく、自身の周りに集うエレメントを一気に放つ──。

「【グレイトアイスバーグ】!」

『っ師匠!』
「あっちょっと!」

 悲痛な叫び声。レベッカが止める間も無く黒衣の女は駆け出すと、今にも氷で埋め尽くされそうな男の鎖を切り、掻っ攫う。

「居ない……」

 部屋の一部に出来た氷塊を見つめながらぽつり。辺りを見渡すも二人の姿は無く、逃げられたか……、と詰まっていた息を吐いた。

「ベルタはそこにいてっ」

 一声かけ、レベッカは未だに身動きが取れないアランの元へ。その間にベルタは氷塊を水のエレメントに戻す。

「よいしょっと」

 倒れていた本棚を立たせ、本を退かしていく。その最中、身動きが取れるようになったのか本の山からアランが現れた。激しく息を切らしている様子から、窒息寸前だったようだ。

「だ、大丈夫?」
「ああ……二人は? 怪我はない……?」
「この通り」

 胸に手を置いて無傷だと証明すれば、アランは良かったと笑みを浮かべて。

「彼らは?」
「居なくなったみたい。あ、さっきの技凄かったわね。アレも光のエレメントで作ったの?」

 アランを本の山から引っ張り出しながら、レベッカは感心したように訊ねた。さっきの技、とは黒衣の男の腕に絡み付いた鎖のことだ。アランが埋もれた方から伸びていたのと、光のエレメントを感じたことからそう判断したレベッカだったが、どうやら間違ってはいないようだ。

「ああ。といっても、小さい剣を繋げただけだけど……。ノーマークだったからうまくいったな」

 ありがとう、とレベッカに言い、リベリアの方に視線を向ける。

「ブレイドのやつ、大丈夫なのか……」
「ふふ、心配なのね」
「当たり前だろ。たとえレベッカでもベルタでも、それは変わらない」

 そうハッキリと告げるアランの横顔を見ながら、レベッカはそう、と小さく呟いた。

「レベッカ! アラン! 本が光を……!」

 焦るベルタに呼ばれ、急いで駆け寄る。確かに、リベリアが持つ本から光が溢れており、その光景に目を奪われる。

 より一層強く、大量の光が空間に放たれると──。


「どわっ!!」


 情けない声に落下音。一同から少し離れた場所、正確にはブレイドが入っていった扉があった場所から聞こえ、一斉に顔を向ける。

 そこには、痛てて、とのっそり体を起こすブレイドが、無事帰還していた。

「ブレイド!」
「お、おう……ただいま……」
「なにが『ただいま』だ! 心配かけさせやがって!」
「こっちは大変だったんだぞ」
「とにかく無事でよかった」

 アランに怒鳴られ、ベルタにため息をつかれ、レベッカに微笑まれる。

 何が何だか分からないが、戻って来れたのだと安心して。

「……?」

 何か、あったような気がする……。

 その疑問は、『究極融合の書』を手に歩み寄るリベリアに話しかけられ、消え去った。

「無事に帰って来れたようで良かったです」
「一体何があったんだ? 見たところ俺だけだったみたいだが……」
「実は……」

 ブレイドが試練を受けている最中、謎の二人組に奇襲され、ブレイドが入っていった扉が消えてしまったと説明を受ける。

「其奴らは?」
「ここにはもういない。退散したようだ」

 そうか、と立ち上がり服に付いた汚れを叩いて落とす。

「でもどうして遅かったの? 迷子?」
「違ぇし。ちょっと探索してただけだし」
「するな。早よ行け。」

 ここで、それまで静観していたリベリアは異空間から三冊の本を取り出すと、ブレイド以外の三人の前に。忘れてはいけないことを忘れてしまいそうだった。

「では皆さん。最後の仕上げに入ります」

 四人、それぞれ本を手にしたのを確認。リベリアは『究極融合の書』の表紙に触れ、次に手を前方に翳すと、四人の本が一人でに開き、現れた光が四人の体を包み込む──。

「究極融合、成功です」

 にこり、と微笑むリベリア。光の中から現れたのは、今までより装備も力もレベルアップした四人の姿。

「すごい……」
「ああ……今までとは全く違う」

 掌を開いたり握ったり、服のデザインを確認したり、自分の姿を一通り確認する。

「あ、あの、これって……」
「戦う意志が無くなれば戻りますよ」
「あっほんとだ」

 パッ、と瞬時に元の姿へ戻る。なかなか便利な力だな、と頷く。そうでしょうそうでしょう、とリベリアはどこか得意げ。

「この『究極融合の書』があれば……」

 と、リベリアが見せたのは雑誌。

「あっマジネガ」

 ワンテンポ遅れてリベリアは自身が手にしている本に目を向けた。それは“ただ”の本に過ぎず。

 嘘でしょう? とブレイド以外の三人もぽかーん。


「きゅ、『究極融合の書』が……無くなってます!!」

「……えー!?」


〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜


 ──エレメンタル大陸、???。


「……終わったか」

 闇夜に煌めく金色の翼は力無く地に堕ち。目の前に立つ黒衣の男は、剣を鞘に納めると懐から小瓶を。金鳥に近づき、瓶の中身を垂らす。最後の一滴まで余さず掛ければ、黒いオーラが全身へと広がる。隣で機能を停止する機械にも、同じような黒いオーラが渦巻いていて。

 黒衣の男──アッシュは、その様子を何も言わずに見つめていた。

「アッシュ」
「……ヴァニラか」

 黒衣の女、ヴァニラは一冊の本を手にとてとてと駆け寄って。終わった、と一言告げて本をアッシュに。

 その本は、リベリアが持っていた『究極融合の書』に間違いなく。

 アッシュは本を受け取り、もう片方の手をヴァニラの頭に優しく置き。

「痛くないか? 休んでいていいんだぞ」

 そう訊けばヴァニラは首を横に振り、治った傷を見せて大丈夫とアピール。

「少しでもアッシュと一緒にいたい」
「ははは、そう言ってくれるのは嬉しいものだな」

 ヴァニラの頭から手を下ろし。

「だがな、もしヴァニラが違う道を歩むときは……止めはしない。好きにするといい」
「ううん。アッシュと一緒にいる」

 ぎゅー、とアッシュの腰に手を回し抱きつくヴァニラ。アッシュも、ヴァニラの後頭部に手を添えては優しく引き寄せて、にこり。


 その背後では、黒いオーラに巻かれながら、怪しげに目を光らせる金鳥と機械が、今か今かと待ち構えていた。

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