私たちが帰る場所


「すまないな、フォックス。付き添いを頼んでしまって」

 「君も忙しいだろうに」と眉を八の字に曲げるマスターに。狐の男、フォックスは「なんのなんの」と手をひらひら。

「にしても驚いたな。マスターがヴィルをぶっとばすだなんて」
「……面目ない」
「責めてるわけじゃないさ。マスターでも間違えることがあるってことが意外なだけだ」

 隣を歩くフォックスの言葉に目尻を落とす。

「そうでもない。私は始めから、間違ってばかりだ」

 マスターの表情に陰りが窺え、フォックスは空返事で軽く流した。

「それはそうと、マスターはヴィルの仕事を任されたんだろ? 俺みたいな付き添いがいなくたって、一人で熟せそうな気もするが」

 誰よりも長くヴィルヘルムを知っている上に、上司である彼が仕事を把握していない……なんてことはないだろう。
 フォックスは自分が付き添う必要性を見出せていなかったが、マスターは緩やかに首を横に振る。

「ヴィルの仕事内容は把握しているが、実際にやってみたことはないんだ。間違っていないか些か不安でね」
「ほうほう、なるほど……だから俺に確認しててほしいんだな」
「その通り。少しばかり長丁場になりそうだが、最後までよろしく頼むよ」
「りょーかい。お代はあとでキッチリ戴くな」
「はは、お手柔らかに」

 マスターとフォックスの賑やかな会話が回廊に響く一方――マスターが普段利用する執務室に押しやられたクレイジーは、眉間に深い縦皺を刻む。

「ンで、オマエはどーしている?」

 執務机に肘をつきぴくりぴくりとこめかみを動かす不機嫌なクレイジーの傍に佇む艶麗な女神、パルテナは「ごめんなさい」とうわべだけの謝罪を述べた。

「見ていてほしいと頼まれたものですから」
「ンな監視されなくたってちゃんとやるっての」
「あらまぁ。素直なのですね」
「逃げたとか何とか言われンのもめんどくせーの」

 パルテナは得心いったように片笑み、クレイジーはお行儀悪く両脚を机の上に乗せる。

「失礼しまー……す⁉︎」
「お構いなく〜」

 運悪く訪れた役人の女は、厳つい顔つきのクレイジーに肩を跳ね上がらせる。思わず後ずさる女性にすかさずパルテナが笑みを見せ、どうぞとクレイジーを手のひらで示す。

「し、資料を、ごごごご確認いただだだ」
「……チッ」
「ひぃっ」

 前に立てたのはいいものの、あまりの凄みに固まる女性から資料の束を奪い取る。
 執務室は静寂に満ち、紙を捲る音が溶けては消えてゆく。
 暫くしてクレイジーは女性に資料の束を投げ返し、机に頬杖をつく。

「あ、あの、」
「5ページ目の、上から15行目から26行目」
「え?」

 ちらりと女性を見遣るクレイジーの目は、いつにも増して真剣で。

「他に比べて文言が甘い。訂正出直してこい」
「わっ分かりました!」

 パタパタと走り去って行く女性を注意することなく見送り、パルテナはくすくすと笑みをこぼす。

「不満だったら変えていいンだぜ」
「いいえ、全く。誠に残念ながら、報告する機会はありそうにないですね」

 嫌味とも取れる言葉に。クレイジーは鼻で笑い、次なる訪問者の足音に耳を澄ませるのであった。
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