私たちが帰る場所

私たちが帰る場所


 むかしむかしのそのむかし。私達はひとつだった。
 六体の天使らを従え、全てのはじまりとおわりの最果てで。地上に暮らす人々を見守っていた――はずだったのに。
 気がつけば私はひとりで。霧に覆われた世界の中心にいた。
 自分の身に何が起こったのかは分からない。
 自我というのもあやふやなまま、私は私の役目を果たそうとして目の前の……。



 見目麗しき男はゆっくりと瞼を開く。
 暫し天井の一点を見つめていたが、布擦れの音を引き連れて体を起こす。
 窓から差し込む燦々と輝く祝福の光に目を細め、ぽつりと呟いた。

「……今のが、『夢』?」

 それまで虚ろであった男の目は瞬く間に輝きを放ち――布団を蹴り飛ばしては枕元にあった本を手繰り寄せ、白紙の頁に羽ペンで文字を連ねてゆく。
 他方。男の寝室前で眉を曲げているのはヴィルヘルム。

「マスター様、ヴィルヘルムです。入室許可をお願いいたします」

 コンコンと強めにノックしてみるも返答なし。
 どうしようと肩をすくめていたヴィルヘルムは、突如として肌を痺れさせる気配に慄き振り返る――。

「……うん。『夢』についての感想はこれまでとしよう」

 そんな事とは露知らず。『夢』について感じたことを記録し終えた部屋の主、マスターは満足げに頷く。

「おっと」

 片手でパタンと本を閉じ時計を見れば、朝食の時間が刻一刻と迫っている。そろそろ支度をしなければなるまい。
 両足をベッドから下ろしたマスターはそこでようやく、寝室の外に佇む気配に柳眉を逆立てる。

(ヴィルなら私に声をかけるはず。黙って待ち構えているはずがない)

 自身が気付かなかっただけ、とは微塵も考えず。
 物音立てずベッドから離れ扉へ。右手に嵌めた黒の手套しゅとうを伸ばしては弾く。
 左手でドアノブに触れ、瞑目。

「――!」

 一思いに扉と右腕を引き、不審な訪問者にパンチを一発。

「おっと」
「⁉︎」

 扉前にいた人物はマスターのパンチを華麗に躱し、そのまた後ろに佇んでいた――ヴィルヘルムの体に拳が沈む。
 ドーンッッ‼︎

「ヴィル⁉︎」

 容赦ない一発をまともに受け、派手に吹き飛ぶ少年の体。
 ホールの壁を抉り衝突したヴィルヘルムのもとに、血相を変えたマスターは急ぎ駆け寄る。

「王子サマ、死んだンじゃね?」
「そんなはずはない。ヴィルは私の――」

 背後から聞こえる足音に振り向き仰ぐ。
 こちらを見下ろすのは、自分と同じ白雪の如く清らかな髪で片目を覆い、左手に黒の手套を嵌める男。
 因縁の片割れ相手、クレイジーだった。
 何故ここにいるのか問いただそうとしたマスターのもとに、轟音を聞きつけ、兵士らがバタバタと雪崩の如く駆け込む。

「何事だ‼︎」

 先頭にいたマリオがホールの扉を蹴破り中へ。マスター、クレイジー、意識のないヴィルヘルムを順に見遣り、静かに問答を繰り返す。

「……本当に何事だ?」
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