スマブラ 掌編

それはのちに『桜餅笑事』と呼ばれるのであった


 いつもと変わらぬ日常のワンシーンで、あなたも心当たりがあるのではないだろうか。
 朝の起床時間を少しだけ早めてみたり。
 髪のセットを少しだけ変えてみたり。
 遠回りして向かってみたり。
 そんな、いつもとは『少しだけ』違う行動をしようと思うのは。
 なにも私達だけではないようです。


「それでねー」
「へぇー、凄いなそれ」
「面白いね」

 アルス王城の一角。ネス、トゥーン、リュカの三人は横一列に並び、談笑を交わしつつ廊下を歩いていた。

「うわっ」

 曲がり角を超えた直後、一番内側にいたネスは小さな衝撃に仰反る。

「な、なに?」
「カービィじゃん。何してんの?」

 と、真ん中のトゥーンは後頭部に両手を添えた体勢で首を傾げた。
 衝突した勢いで緩く転がっていたカービィは、その声に体を起こす。

「あのね、メタナイト見なかった?」
「メタナイトさん? 見てないよ」

 カービィと目線を合わせるように屈みながらリュカは答え、そして尋ねる。

「急ぎの用事?」
「ううん。メタナイトなら知ってるかなって思ったけど、みんなでもいいや」

 でも、ってなんだと言いたげな視線はスルー。

「カラースプレー知らない?」

 三人は互いに顔を見合わせる。それからすぐに眉を顰めた。

「部屋の模様替えでもするの?」
「ぼくの色を変えるの!」
「……カラースプレーで?」
「もちろん!」

 疑問が尽きない中、リュカは二人にそっと耳打ち。

「カービィの世界ではそれが当たり前なのかも」
「ぼく達でいうオシャレってこと……?」
「特にカービィって服らしきもん着てないしな」

 もう一度カービィへと視線を向ければ、きらきらとした眼差しが返ってくる。

「……なんか可哀想じゃね?」

 トゥーンの言葉に同意する。

「ぼく達でカービィをかわいく? カッコよく? とにかくしてあげようよ」
「そうだね。きっとカービィも喜ぶよ」
「よしっ。そうと決まれば……」

 指を鳴らしたトゥーンはひょいっとカービィを持ち上げる。

「なになにー? なにするのー?」

 カービィは困惑する様子もなく、無邪気に楽しんでいる。

「ネス! リュカ! 行くぞ!」
「行こ行こ〜!」
「待ってよ〜」


 ■


 カービィを連れた一行は、ドレッシングルームと呼ばれる『衣装部屋』へと向かう。城に関するあらゆる衣服が揃い、王族のみが着用を許された正装は勿論、使用人らの制服も保管されている。
 ここならカービィに似合う服も――サイズ的に小物程度だろうが――あるはずだと考えた三人だったが、部屋を警備する兵士に止められてしまう。

「中に入ったらダメなの?」
「申し訳ございません。許可なく立ち入ることは許されておりませんので」
「「え〜」」

 声を揃えるネスとトゥーンに、リュカは声をひそめて。

「多分、ヴィルヘルムさんの許可があればいいんだよ」
「それかマスターだな」

 幸運なことに彼ら【乱闘部隊】を補佐するのは城のトップに位置する人物達。マネージャーでありながら光の賢主でもあるヴィルヘルムか、宰相のマスターが言葉を添えればいとも簡単に開けてくれるだろう。
 が。一つだけ、問題がある。

「お仕事中だけど連絡とれるかな?」

 日中。ヴィルヘルムは外部との応対で城内部を歩き回り、マスターは各部署から送られる資料に目を通すので忙しい。こんなくだらないことで時間を割かせてしまっていいのだろうか。
 う〜んと悩む三人(カービィは退屈なのか寝てしまった)の姿に、扉の番をしていた兵士は微笑んだ。

「少しの時間なら中に入ってもいいですよ」
「えっ本当⁉︎」
「こちらからご連絡しておきますので。ただし、邪魔にならないようにしてくださいね」
「分かりました。ありがとうございます」

 兵士に扉を開けてもらい、彼らは部屋の中へと足を踏み入れる。三人とも『衣装部屋』の内部を見るのは初めて。吹き抜けの部屋一面にずらりと衣装が並ぶ光景に圧倒された。

「すげ〜……」
「これだけあれば見つかりそうだね!」

 トゥーンは口を半開きにして天を仰ぎ、ネスは嬉々として落ち着きなく周囲を見渡す。

「でもどこになにがあるか……」
「あらこんにちは。なにかお探しですか?」

 リュカが眉を八の字にしていると、近くで作業をしていたメイドが声を掛けてくれた。
 三人もしっかりと挨拶すると、代表してネスが答える。

「ぼく達、カービィに似合いそうな服を探してここに来ました」

 メイドはトゥーンの頭を寝床にすやすやと眠っているカービィを見遣り、なるほどと頷く。

「子供服で宜しければ、向こうにありますよ」
「子供服着れるかな?」
「試してみようぜ」

 彼らは謝辞を述べると、子供服があるというエリアに向かう。
 そこは小さな物置のようなスペースであり、ハンガーではなく木箱にまとめて収納されている。

「手分けして開けてみよう」

 ネスとリュカ、そしてカービィを床に置いたトゥーンは各々木箱の蓋を開け、中を物色し始めた。


 ――同時刻。偶然にも、ヴィルヘルムは『衣装部屋』近くの廊下を歩いていた。

(次は20分後に警備隊との会議か……場所は近いし、少しだけ余裕があるかな)
「ヴィルヘルム様!」

 腕時計で時刻を確認していたヴィルヘルムはその声に顔を上げる。

「ご公務中に突然申し訳ございません」

 呼び止めたのは――先程ネス達と話していた――『衣装部屋』を警護する兵士だった。

「お疲れ様です。どうされましたか」
「実は先程、【乱闘部隊】の方々がこちらに……」

 兵士からあらかたの事情を説明されたヴィルヘルムは、「分かりました」と一言。

「報告はのちほど、僕の方からしておきます。ご要望を聞いていただきありがとうございます」

 ヴィルヘルムの会釈に、兵士は敬礼で応える。

「立ち寄られますか?」

 数秒間の思案を経て、頷く。

「じゃあ……少しだけ」


「そっちはどうだー?」
「なかなか見つからないよ〜」

 トゥーンの問いかけに、リュカは両手に服を掲げながら返答する。
 彼らはカービィの服探しに難儀していた。これがまた、なかなか見つからないのである。

「……あっ!」

 突然声を上げたネスに、リュカは盛大に肩を跳ね上がらせた。

「お、驚かさないでよ……」
「ごめんごめん」
「で、『あっ』ってなんだよ?」

 ネスはニヤけながら、未だ爆睡中のカービィのもとへ。なにやらごそごそと手を動かしているが、トゥーンとリュカからは死角となっており確認出来ない。

「何してるの?」
「あ、ヴィル」

 そこにヴィルヘルムが現れ、二人は経緯を説明すべく口を開くも。

「一発芸しまーす!」

 元気な声に引かれ、一同の視線はネスに集まる。
 なんだなんだと困惑する彼らの前に、ネスが差し出したのは――。

「桜餅!」

 葉の着ぐるみを着せ、桜餅に見立てたカービィだった。
 呆気に取られていたが、すぐにトゥーンは呆れ顔となる。

「いやいやそれはないって」
「カービィも可哀想だよ。寝てるけど」
「だって飽きたんだもん」
「だからってなぁ……ヴィル?」

 ヴィルヘルムに『異変』が起きていた。
 俯いたまま肩を震わせる彼に、『怒らせた』のかと青ざめる子供らであったが。

「――ふふ」

 それは、盛大な勘違いだと知る。

「あっははははははははははは‼︎」
『⁉︎』

 お腹を抱えて盛大に哄笑するヴィルヘルムの姿は、普段の凛とした佇まいからはかけ離れたもので。皆一様に言葉を失った。
 その笑い声は『衣装部屋』全体に行き届き、彼らもまたヴィルヘルムの意外な姿に作業の手が止まる。
 最終的に――30分間笑い続け、その後腹痛に苦しめられたヴィルヘルムは、予定された会議を欠席することとなり、予定が大幅に狂ってしまうこととなる。
 戦犯であるネスはマリオにじっくりとお説教され、ヴィルヘルムは『桜餅』という単語に過敏に反応するようになってしまった……。

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