スマブラ 掌編

マネージャーヴィルヘルムの一日
※第一部(初代〜DX編)をご一読の上、お楽しみください。


 ヴィルヘルム・クロイツ。
 『大乱闘』の運営を管理する『乱闘部署』の部長であり、【乱闘部隊】のマネージャーとして日々ファイター達と交流する傍ら、『アルスハイル王国』に謳われる六属性の使い手の頂点──【六大賢主】のひとり、【光の賢主】として王国ひいては『具現化』されたエリアの秩序を守る存在。
 今日はそんな彼の一日を見てみよう。



☆★☆



「……ってわけで、【乱闘部隊】リーダーとしてマネージャーであるオマエのスケジュールを把握するためにも一日密着させてもらう‼︎」
「うん、もう夜なんだけどね」



 午後20時半。
 マリオが意気揚々と食指を突き立てた先では、自室のテーブルいっぱいに広がる『大乱闘』や各部署の資料を確認しながら話半分に聞いているヴィルヘルムの姿が。
 それもそのはず。一日密着と宣言してはいるものの、あと数時間もすれば日付が変わる。ヴィルヘルムの仕事も、現在進行中の確認作業が終われば晴れて終業。あとはシャワーを浴びて眠るだけなのだ。
 流石のマリオも「そんなことは分かってる」と肩をすくめた。

「密着するのは明日からだ! 今日はボクも寝る」
「分かったよ。じゃあ明日の朝、7時から……」
「違うだろヴィル」

 マリオの否定に作業の手を止めたヴィルヘルムが、訝しげに彼を見上げる。

「オマエ、毎日地下にある秘密の部屋でトレーニングしてるだろ。それも『含めて』の一日密着だ」

 強調された言葉に少年の眉間に縦皺が寄る。特殊な入口から入ることができる地下のトレーニングルームで毎日鍛錬しているのを知っているのは、マリオや宰相のマスターといったごく僅かな存在。
 何故ならヴィルヘルムは滅多なことがなければ『戦わない』。ファイター同士で戦闘に発展するほどの喧嘩が勃発しようと、ファイターから手合わせの申し出があろうと。原則手を出さないのが『乱闘部署』の規則。……という名の彼自身の頑なな意志。自分が戦うのは宿敵を倒すためだけにあり、そんな醜い矜持を彼らにぶつけたくないというのが彼の本音だ。
 分かったよ、と諦めたように嘆息したヴィルヘルムにマリオは拳を握る。

「でもひとつ聞いていい?」
「なんだ」
「“それ”は何?」

 “それ”と称された──布団と枕を両腕で抱えるマリオはちゃっかり寝巻き姿。

「今日は一緒に寝る! オマエが何時なんじに起きてるか知らないからな。一緒に寝てたら分かるだろ」
「……朝は大体3時半に起きてるけど」
「へぇ、3時半……えっ、3時半⁉︎」

 マリオは反射的に壁掛け時計を見る。時刻は21時に迫りつつあるも、未だヴィルヘルムの仕事の手は止まりそうにない。

「ちゃんと寝てるのか⁉︎」
「21時には仕事を切り上げてるよ」
「いやそうじゃなくてだな……!」
「大丈夫だって。22時には寝るようにしてるから」

 それでも6時間を下回る睡眠時間にマリオは焦ったく後頭部を掻きむしるも、長い付き合いゆえに分かってしまう。『これでも』休んでいるほうなのだ、と。

「……よし、これでいいかな」
「お。終わったんだな」
「うん。シャワー浴びてくるから、先にベッドで寝てていいよ」
「使っていいのか?」
「もちろん」
「分かった。オマエもちゃんとベッドで寝るんだぞ」
「分かってるよ」

 苦笑を浮かべるヴィルヘルムにしっかりと言いつけ、マリオはベッドルームへ。きちんと整えらメイキングされている真っ白なシーツに躊躇なく潜り込んだマリオは明日の密着に備え、時折寝言を呟きながら眠りにつくのであった。



 翌日、午前3時半。
 《スマデバイス》のアラームを即座に切ったヴィルヘルムは、眠気でまなこが半分しか開いていない中。隣で眠るマリオを見遣る。彼はアラーム音に気付かなかったようで、気持ち良さげな寝顔ですやすやと夢の中を冒険中だ。ヴィルヘルムは数秒程度、回らない思考を強制的に動かして『起こすべきか否か』を考えた末、『起こさない』選択に舵を切る。ベッドから静かに足を床に下ろし、まずは洗面台へ。顔を洗い、歯を磨き、再び寝室に戻っては普段着──ではなく、練習着に袖を通して部屋を後にする。



 午前4時。
 秘密の入り口から地下に設立された自分専用の『トレーニングルーム』で鍛錬を開始。基本ここでは、光杖《ルミナス・クロス》を用いた肉体強化を行う。魔力を放出してしまうと、それを基にこの場所を特定されてしまう恐れがあるからだ。
 頑丈な素材の木材で作られたクロス状の置物に、長杖の叩き込みを30分。その後は置物を敵に見立てて、打撃や脚撃といった肉弾戦を30分ほど行い、合わせて約一時間ほど鍛錬を行う。



 午前5時。
 『トレーニングルーム』から自室に戻ったヴィルヘルムはシャワールームで軽く汗を流し、髪をしっかりと乾かしてから普段着のジャケットに袖を通す。洗面台の鏡で確認しながら髪の毛に櫛を通していると、バンッ! と勢いよく洗面所の扉が開かれた。

「ヴィル!」
「おはよう、マリオ」
「おは……じゃなくて! どうして起こしてくれなかったんだ!」

 まるで予想通りと言わんばかりにいわおの如く動じないヴィルヘルムは腕を動かしたまま、叫ぶマリオに平然と答える。

「朝礼前には起こそうとは思ってたよ」
「ボクはオマエが朝起きるところから同行しようとしていたんだ!」
「でも無理に生活リズムを崩すのは体調不良の原因になる。マリオは明日『大乱闘』の試合があるし、リーダーとしての責務もあるから……ね?」

 その言葉に溜飲が下がったのか、マリオも平静を通り越して己の立ち振る舞いが恥ずかしくなり、「そ、そうか……」と言葉に詰まる。

「それじゃあ、マリオも支度してくれる? このあと、プリンス・クロムと約束があるんだ。その前に教会に寄りたいからさ」



 午前5時50分。
 上層階の5階から、下層部の半地下に鎮座する『教会』に足を運ぶ。
 ヴィルヘルムの手伝いもあり、素早く身支度を整えたマリオが教会の椅子に腰をかけて見守る傍ら。少年は──普段はジャケットの内側に提げている──十字架ロザリオを手に跪き、祈祷を捧げる。
 祈りに呼応してか、どこか聖なる雰囲気に満ちる教会に自然と背筋が伸びる。数分間祈祷を捧げたのち、彼らは教会を後にした。



 午前6時。
 教会からそのまま2階の『食堂』に移動する。朝食の時間まであと一時間半ということもあり、厨房では慌ただしくコックらが動き回る他方。食堂には静かな空気が流れていた。

「うん? 来てくれたか。朝早くからすまないな」

 人影ひとつない食堂の一角に座るクロムの言葉に、ヴィルヘルムは会釈で返す。

「マリオも一緒だったのか」
「ああ。今日一日ヴィルの様子を見るためにな。……あー、席を外したほうがいいか?」
「いや、大丈夫だ。内緒話でもないからな」

 気遣うマリオに、クロムは快活に笑って答えた。「なら遠慮なく」と同席することにした彼らの会話が終わったとみると、ヴィルヘルムは話を切り出した。

「それで、プリンス・クロム。ファルシオンの調子が悪いというのは?」

 クロムは軽く頷きを返し、テーブルに置いた彼の愛剣《封剣ファルシオン》に目を向ける。

「剣の素振りや乱闘の時に、どうにも違和感を感じていてな。武器屋に修理に出そうかどうか悩んでいるんだ」
「触れても構いませんか?」
「ああ」

 肩に提げていた鞄を置き、中からシルクの布を取り出したヴィルヘルムが丁寧にファルシオンを手に取る。鋭い眼差しであらゆる角度から剣を観察する彼の傍ら、マリオは「そういえば」とクロムに疑問を投げかけた。

「確か、マルスが使う剣も同じファルシオンなんだよな。でもどうして形が違うんだ?」
「刀身だけは俺達の世界に伝わる神竜王ナーガの牙から作られたものだ。これは数千年経とうと刃こぼれひとつしなかったが……、持ち手やつばの部分は人間が作ったものだからな。時とともに痛み、その都度補修されていったんだ」
「それでマルスの子孫のオマエやルキナのファルシオンは形が違うんだなぁ〜」
「……その、持ち手や鍔がどうやら摩耗しているようですね」

 ファルシオンを再びテーブルに戻したヴィルヘルムの見解に、「やはりか……」とクロムは眉根を寄せる。

「僕が修理することも可能ですが、長い目で見れば武器屋の職人に修理してもらうのが一番だと思います。その間の乱闘スケジュールはこちらで調整いたしますので」
「お前が言うなら今日にでも修理に出しに行こう。だが、不思議なんだ。手入れも毎日しているのにどうして……」

 顎に手を添え、考え耽るクロムに。ヴィルヘルムは憶測を口にする。

「恐らく、クロム様の戦い方とファルシオンの相性が問題なのではないでしょうか」
「何?」
「ファルシオンの刀身はしなやかで細く、軽い。それに反して、クロム様は剣に込める力量がマルス様やルキナ様に比べると桁違いです。よって、刀身に影響はなくとも持ち手や鍔に負荷がかかっているのではないのでしょうか」

 その憶測にクロムは瞠目。合点が入ったように頷く。

「その説はありえるな……! 武器屋の職人にも話しておこう」
「それがいいと思います」
「ありがとな、ヴィル」
「お力になれたのであれば幸いです」

 丁寧に腰を折るヴィルヘルムに手を挙げて謝辞を述べたクロムと食堂で別れ、二人は次なる目的地へと向かう。
 因みにこの一時間の過ごし方は日によって異なり、早起きのファイター達と交流することが多いらしい。



 午前7時前。
 一階分上の中層部3階にある『『乱闘部署』室』へ入室。手荷物を自分のデスクに置いたヴィルヘルムは、流れるように《スマパッド》を用いて作業を開始。(勝手に)部室に常備されたコーヒーを飲んでいると、コンコンと扉がノックされる。

「失礼します。おはようございます、ヴィル様」
「おはよう、エレナ」

 王城に勤める『乱闘部署』所属兼【乱闘部隊】第二マネージャーであるエレナが出勤。制服を身に纏う彼女は入室するや否や、マリオがいることに目をぱちくりさせた。

「マリオさん、こちらにいらっしゃるとは珍しいですね。何かご要望など?」

 小首をかしげるエレナに、うんやと首を横に振る。

「今日一日ヴィルの行動を見学しているんだ」
「なるほど……」
「エレナも来たことだし、『乱闘部署』の朝礼を始めるよ」
「はいっ」

 エレナもまた自分の《スマパッド》を手に、二人は軽く打ち合わせを行う。

「──というわけで、プリンス・クロムの乱闘は暫くお休みになる。スケジュールの調整は僕のほうでしておくから、後で共有するね」
「はい」
「今日の『大乱闘』は午前と午後の2回。それぞれ僕が担当するから、エレナは雑務とファイター達との交流をお願い。特にハルトマンワークスカンパニー様へのお返事が今日までだから忘れずに」
「承知いたしました」

 淡々と業務内容を告げるヴィルヘルムに、エレナも惑うことなく順応している(因みにマリオはこの間、せっかくのコーヒーが冷めてしまうぐらいにはボーっと聞き流していた)。
 約15分程度の朝礼を終えると、彼らは一緒に食堂へと向かう。



 午前7時半。
 下層部2階食堂。一時間半前に訪れたときとは打って変わり、食堂はたくさんのファイターで溢れていた。
 ヴィルヘルムに椅子に座るよう促されたマリオは、空いている適当な場所に着席。それを見届けたヴィルヘルムは隣に並ぶエレナとアイコンタクトを交わし、耳に装着したインカムの電源をオン。

「『皆様、おはようございます』」

 手元の《エレパッド》に視線を落としつつ、【乱闘部隊】に向けて朝礼を行う。

「『本日の『大乱闘』についてのご連絡です。一部目は、午前10時45分より開始されます。試合形態は『チーム戦』。ネス・リュカペアとトゥーン・むらびとペアとなります』
『二部目は、午後15時半より開始。試合形態は『個人戦』。パルテナ、ベヨネッタの二名。各試合の出場者は、30分前には控え室へお集まりください』」

「頑張ろうね、リュカ!」
「う、うん……!」
「こっちだって負けないんだからな!」
「(うんうん)」
「女神様と戦えるだなんて、光栄だわ」
「ふふふ、お手柔らかにお願いしますね?」

 名指しされたファイターの反応を見ながら、にこやかにヴィルヘルムは朝礼を終える。
 エレナと軽く話を交わし、彼女が朝食を取りに傍から離れるのと入れ替えでマリオが近づく。

「お疲れ、ヴィル。んで次は……」
「まず、マリオは朝ごはん食べて。僕はマスター様を起こしに行くから」

 ──ヴィルヘルムを始めとする全ての部署を管轄下に置く、宰相マスターは朝に弱い。現に今の朝礼時にも、あの目立つ白髪の男の姿はなかった。
 マリオが『ついていく』と口にするより先に、グーッと彼の胃袋が空腹を主張した。腹部を摩り、苦笑するマリオ。そんな彼を宥めるように、ヴィルヘルムは「大丈夫だよ」と朗らかに笑う。

「マスター様の支度も手伝わないといけないから、少し時間がかかるんだ。8時ぐらいには食堂に戻ってくるから、そのときにまた合流しよう」
「分かった」

 返事をした側から朝食の受け取り口に走る子供のような彼を傍目に、ヴィルヘルムは上層部まで階段を昇る。



 午前8時。
 マスターを叩き起こし、髪やら服やらの身支度を整えてあげたヴィルヘルムが彼を連れて食堂に戻ってきた。

「おはようさん、マスター」
「ああ。おはよう、マリオ。話はヴィルから聞いているよ」

 食堂の出入口に背を凭れて待っていたマリオに、マスターは軽く手を挙げて応える。

「この子のスケジュールは分刻みだからね。目が回らないことを祈っているよ」
「何を言ってるんだよ」
「そうですマスター様、あまり脅さないでくださいませ。それではまた後ほど。行こう、マリオ」

 否定はしないんだな、と半目を浮かべつつ。マリオはヴィルヘルムについていく。
 しかし彼は、心のどこかでマスターの忠告を軽く受け止めていた。
 この時間を境に──お昼休憩まで心も体も休まる暇がないことを、マリオは知らなかった──……。


☆★☆
(以前公開したお話と大方リンクしているため、ダイジェストでお送りします)



 午前8時10分。
 下層部1階の『各部署室』にて、各部署に所属する職員らに朝の挨拶。
 昨日さくじつ提出され、自室に持ち帰り確認した資料の深掘りなどを行う。



 午前8時半。
 2階の食堂に隣接する『厨房』に移動。今日一日の試合に出場するファイターの飲み物を確保。『ポータルルーム』を経由して『スタジアム』に移動後、ファイター達が試合時間まで待機する控え室の整備。先程用意した飲み物も控え室専用の冷蔵庫に移し替える。



 午前9時。
 『大乱闘システム』を管理する【システム部署】の職員に挨拶と、現時点で異常がないかをチェック。この時に、試合内容と参戦者情報に齟齬そごが発生していないかも確認。



 午前9時20分。
 『大乱闘』公式のSNSに本日の試合情報を投稿。



 午前9時半。
 スタジアムの『観客席』に赴き、不審物がないかを確認(因みにこの時、さすがに居た堪れなくなったマリオが「手伝う」と声を掛けるも、「……ファイアフラワーは危険物?」「え、アイテムだろ」「大丈夫。手は足りてる」とヴィルヘルムに遠慮されていた)。
 異常がなければそのまま『エントランス』で作業をする職員達に声をかけ、観戦チケットを手に会場入りする一般人の誘導や案内方法を打ち合わせを行う。開場時間を迎え、観戦席に人が埋まり出したのを見届ける。



 午前10時15分。
 控え室へと戻り、『大乱闘』午前の部に出場するファイターが揃っているか確認。既に全員揃っていたため、ヴィルヘルムは早々に今回のルール説明を行う。

「本日は5分間で撃墜数が多いチームが勝利となります。アイテムはスマッシュボールのみ、ステージは『トモダチコレクション』」
「……というか、マリオどうしたの?」

 控え室の隅に配置した椅子に腰掛け、こうべを垂れたまま微動だにしないマリオを見つめ、スルーできないと言わんばかりにネスが事情を求めた。
 ヴィルヘルムはちらりとマリオを見遣るも、出場者四人に視線を戻す。

「それでは皆様、『システム制御室』までご移動のほど、お願いします」
「えっ無視??」

 午前10時35分。出場するファイター(と、マリオも)を連れて、控え室からシステム制御室に移動。



 午前10時45分。
 『大乱闘』午前の部、試合開始。



 午前11時。
 試合終了後、【システム部署】から試合のリプライデータ受取。



 午前11時5分。
 ステージから帰還したファイターの出迎え。『ポータルルーム』への道中離脱し、控え室の掃除。



 午前11時半。
 『アルス王城』へ帰還。3階の『乱闘部署』部室にて、リプライ動画から数枚切り抜き、公式SNSに投稿。



 午後12時。
 こうしてヴィルヘルムはようやく午前業務を終え、一時間の休憩時間を迎えるのだ。

「──ハッ! ぼ、ボクは何を……?」
「あ、戻ってきた」

 失いかけていた自我を取り戻したマリオに向けて、ヴィルヘルムは壁掛け時計を指で指し示す。

「もうお昼になったから、ご飯食べて来なよ」
「そんな時間だったのか⁉︎ それにいつの間にか城へ帰ってきてるし……」
「……マリオには少しハードだったね。午後の『大乱闘』も似たような作業だし、マリオは休んでて」

 痛いところを突かれたマリオは素直に「……そうする」と点頭。ヴィルヘルムに勧められるがままに、足取り重く食堂へ向かうのだった。



「マリオ、今日は少し遅かったわね」
「あー……ちょっと、ヴィルの付き添いをしていたんだ」

 お昼ご飯のパスタを手に、ピーチの隣に座る。そう苦々しく返せば、彼女はハート型の前髪を揺らして「そうだったのね」と微笑んだ。

「彼、どんな感じ?」
「これでもかってぐらい予定がびっしりだったよ」
「そうなのね。じゃあ──
午後のお茶会の準備も、忙しいスケジュールの合間にやってくれていたのかしら」
「……え?」

 くるくるとパスタを絡めていたフォークの手が思わず止まる。

「ピーチ、あの、そのお茶会って次はいつなんだ?」
「今日この後だけれど」

 カチャンとフォークがプレートの中に金属音を鳴らして落ちる。それを気にも留めず、マリオは食堂を飛び出した。

「ちょっとマリオ! ……何かあったのかしら?」
「ねえねえ、ピーチ。このパスタ食べていい??」

 そこにちょうど現れたカービィがマリオのパスタを見つめ、許可を求めてきた。ピーチは僅かに戸惑ったが、「いいわよ」と頷き返す。



 午後13時。
 『アルス王城』中庭。純白のテーブルクロスが眩しいロングテーブルに、ピーチやデイジーに仕えるキノピオ達がせっせと椅子を並べていく。
 椅子を並べたら次はテーブルセッティング。ああでもないこうでもないと話しながら、テーブルフラワーを飾り、プレート・ナイフ・フォークのカトラリー類、そしてティーカップを脚立を使いつつインチ単位で置いていくキノピオ達の群れの中に──あの少年の姿はあった。

(ヴィルのやつ、やっぱり居た……)

 そこには手袋を装備し、定規片手にテーブルナプキンをプレートの上に設置しているヴィルヘルムの姿が。鋭い眼光に、マリオは声を掛けるのを躊躇する。

「──……、ふうっ」
「お疲れ様です! ヴィルヘルム様!」

 約一時間かけて全員分のテーブルナプキンを畳み終える。肩の力を抜いたヴィルヘルムの周りを、数人のキノピオが囲んだ。

「ありがとうございます。あ、今日用意した茶葉は大きめなので、抽出時間は4〜5分ほどに調整してください」
「分かりました!」
「それでは僕はこの辺りで失礼します」

 手持ちの懐中時計で時刻を確認したヴィルヘルムが足早に中庭をあとにする。
 物陰に身を潜めていたマリオはヴィルヘルムの足音が遠のくと、姿を現した。時間的に、午後の部の『大乱闘』の準備に向かったのだろう。本当に彼は時間に追われている。

「あれ、マリオさん。そんなところで何をしているんですか?」
「オマエは……」



☆★☆



 午後14時15分から16時15分の二時間は、午前と同じ作業の繰り返しとなる。
 中層部3階の『乱闘部署』室にて、今し方公式SNSに切り抜きを投稿したヴィルヘルムはそのまま《スマパッド》を操作。ファイター専用ツールアプリ『スマブロ』を開き、今日一日の『大乱闘』のリプライと試合結果を配信しては、翌日の『大乱闘』出場者をリマインドする。



 午後17時。
 下層部1階各部署室に赴き、各部署から上がった報告書や依頼書などを受け取る。そうして各部署の職員達は退社し、ヴィルヘルムはそのまま縦に積まれた書類一枚一枚に目を通し、承認するか否かを判断し始めた。

(目立ったトラブルはないけど、決議を決める内容が多いなぁ……。今日は食堂には寄らずに、早めにマスター様へ報告書を渡して、『大乱闘』関連は部屋で確認しよう)

 普段なら午後19時頃に食堂へと向かい、ファイター達と卓を共にするのだが。今日に限ってはそれも難しいようだ。
 静寂に満ちる空間は茜色に染まってゆき、やがて夜の帳が下りる。
 部屋には紙を捲る音とハンコを押す音だけが響き、城の一角だというのに物寂しい雰囲気を──想起しながら、各部署室近くの回廊で彼のことを話すのはマリオと、ヴィルヘルムの信友のレイ。



 午後18時半。
 窓の縁に体を預けるレイと対面に、マリオも壁に背を凭れる。

「働きすぎなのは仕方がないことなんですよ。今のヴィルには、脳内が仕事のことでいっぱいのほうがいい」
「それは……クレイジーの話か?」

 暫し言葉を詰まらせたレイだったが、やがて深く頷きを返す。

「だがなぁ……それこそボク達が王国に来た頃は敵だったさ。でも今はアイツ、『邪神』って呼ばれるような悪いことしてるか? それでもヴィルは……」
「許さないと思いますよ。未来永劫」

 そうだよな、と瞼を伏せるマリオ。レイは天を仰ぎ、続けた。

「ヴィルもきっと気付いてる。王国は滅亡する運命だったって」
「……」
「だけど、そんな“運命”の二文字で片付けられてしまったら。死んでいった者達があまりにも報われない」

 ──だから自分だけは、『彼』を憎み続ける。

「マリオさんだってもう知ってるはずですよ。ヴィルが難儀な性格してるってこと」

 目線を合わせ片笑むレイに、マリオは帽子の鍔を目深く下げたまま「……そうだな」と頷いたのだった。


「それに正直『邪神』より、ラフェルト脳内お花畑蝶々のほうが扱いづらい」


「うんうん、分かる分かる〜。フェルのほうが……ぎゃああああああああああ⁉︎⁉︎」
「廊下に響くよ」

 違和感なく会話に参入してきたヴィルヘルムの姿にレイが肩を震わせる。その絶叫にギョッと驚いたマリオはズレた帽子を被り直す。
 当の本人は──聞こえていたであろう先程の会話も見て見ぬふりをして──マリオと視線を合わせ、告げる。

「マリオ、もうすぐで夕食の時間になるよ。僕のほうはあと、マスター様に報告書を提出して自分の部屋に戻るだけだから、僕の密着はここまででいいかな?」
「あ、ああ……お疲れ様、ヴィル」
「うん、マリオもね。明日の『大乱闘』も楽しみにしてる」

 じゃあね、と手を振ってもう片方の手でレイを掴みつつ、ヴィルヘルムの姿は宵闇の中へと消えていく。
 マリオはその背中を見つめ、ぽつりと呟いた。


「……結局、忙しいってことしか分からなかったな」
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