スマブラ 掌編
邪神???の一日
※第一部(初代〜DX編)をご一読の上、お楽しみください。
クレイジー・H ・ゴーシェ。
最高神の左手から生まれ落ち、ここ『アルスハイル王国』の前身である『クロイツ王国』を壊滅させ、世界中が《虚空の霧》に覆われた原因となった邪神。
少し前、王国に具現化されたファイター達【乱闘部隊】とそのマネージャーヴィルヘルムによって封印されたものの。その後半端ながらも復活を果たし、片割れのマスターやヴィルヘルムにちょっかいをかける日々を過ごす。
今日はそんな彼の一日を見てみよう。
☆★☆
午前10時。
「ふあああ……そろそろ起きるとするかぁ……」
彼の寝床は毎日移動する。今日は王国の辺境地で夜を越したようだ。シーツ代わりに敷いた落ち葉が背中からひらひらと舞い降りる。
硬くなった体をほぐすように腕を回し、よいしょと立ち上がれば大きく背を反らす。
王城で政務に勤しむマスターとは異なり、風来坊の彼の日々は自由奔放。本日もゆく宛もなくふらりと歩き始めた。
午前11時。
「そらぁ‼︎」
華麗に決まる脚撃が魔物をボールの如く二、三回地面を跳ねて大岩に叩きつける。ひび割れた岩に背を預けた魔物は破れた皮から臓器が飛び出しており、溢れ出る血がすでに絶命したことを物語っていた。
「あっありがとうございますっ」
クレイジーの傍らで足をすくみ動きを取れずにいた少女は、情景と畏怖の念を滲ませて軽く会釈する。彼女が襲われていたところを気まぐれに助けてやったのだ。
「あの、お名前をお伺いしても……」
「名乗れるようなやつじゃねーよ、オレは」
ローブのポケットに手を突っ込みながらその場を立ち去っていく彼の姿に、少女はありもしない感情を抱きそうになる。……やめておいたほうが身のためだぞ、少女よ。
午後13時。
活気で賑わう城下町に足を運んだクレイジー。行き交う人々を街角の屋根上から見下ろしつつ、昼食代わりの林檎を啜る。
食事を必要としないとはいえ、どうにも小腹が空く感覚が拭えない。甘くて酸味のある味を堪能していた彼のもとに。
「こんなところで何してるの?」
「ア? ……なンだ、オマエか」
瓦屋根に座るクレイジーの隣に並んだのは、【六大賢主】のひとり、ラフェルト。何かと波長が合う彼らは衝突することなく、比較的穏やかに会話することができた。
「見ての通り食事中だ。ンなことより、オマエは?」
「城に向かう途中」
「ン、珍しいな。オマエがテレポートを使わないとは」
「徒歩で向かうのも悪くないなと思ってね」
それじゃあね、と去り際の言葉を最後に。ラフェルトは王城への路を急ぐ。暫し眺めていたクレイジーはふいに口元を三日月型に歪ませて、林檎を丸呑み。
「暫くぶりにからかいに言ってやるかナァ」
午後14時近く。
警備の目を掻い潜りアルス城に不法侵入したクレイジーは、堂々とした足取りで城内の回廊を歩く。
「げ。」
「ひっ」
曲がり角。鉢合わせた二人の男。ひとりは苦々しく顔を歪め、もうひとりは怯えた目付きでクレイジーを見つめる。
愉快気に笑みを浮かべた彼に、勇壮たる男がもうひとりを庇うようにクレイジーと対峙。
「よお、マスターのおもちゃ。元気そうだな」
「そいつはどうも。で、目的はなんだ」
「“王子さん”はどこだ?」
その問いに男は目の色を変え、すぐさま臨戦体勢を縫う。
「知ってても教えらんねぇな!」
と、飛んできた紅く揺らめく炎を纏った鉄拳を難なく躱し、すかさず男の腕を掴んでは回廊の外に放り投げる。
「兄さん!」
男はただ放り投げられただけ。攻撃されたわけではない。軽く受け身を取っては体勢を整え、自身を兄と呼んだ弟と肩を並べる。
「せいぜいオレを楽しませてくれよォ?」
遅れて回廊の外──小さな庭の地面に足を下ろしたクレイジーは不敵な笑みを貼り付けて双子の兄弟に襲いかかった。
「クレイジーハンド‼︎」
小さな庭いっぱいに轟く喝破。それを放った少年──ヴィルヘルムは、颯爽と二人の男を背に庇うようにしてクレイジーと相対する。
男達──マリオとルイージは、赤子の手をひねるが如くクレイジーに蹂躙されており、体の節々からは赤き液体が確認出来る。長杖を構え、魔法円を展開したヴィルヘルムは自身の魔法ですぐさま治癒。二人は残ってしまった痛みだけは耐え忍び、足に鞭を入れ立ち上がった。
「待ちくたびれたぜ王子サマよォ」
「僕には用はない。今すぐ立ち去れ」
「いいじゃねぇか少しぐらい。頭が硬てーな」
トントン、と頭を指先で突いたクレイジーの動作に、彼に対する殺意を理性で無理やり押さえ込んでいたヴィルヘルムが容易く『ぷっつん』する。
「──殺してやるッッ‼︎‼︎」
普段感情的にならない彼が殺意を剥き出しにし、空気さえも震わせる。
ははっ、と楽しげに笑みをこぼしたクレイジーが発走すると同時に地を蹴る。衝突する強大な力は、マリオとルイージの肌を痺れさせた。
「何事だ⁉︎」
「マスター!」
颯爽と駆けつけた宰相マスターは飛び込んできた景色に瞠目する。眉を顰め、ヴィルヘルムとクレイジーが激しく撃ち合うのを尻目にマリオとルイージに視線を向ける。
「二人とも怪我はないか」
「ヴィルのおかげでなんとかな」
「それよりもマスター……ど、どうしよう……」
思案する。二人が危惧するように、このままではこの庭だけの被害では済まない。かと言ってヴィルヘルムはあの通り理性が切れているし、対するクレイジーも死闘を愉しんでいる。二人を止めようと時間を割けば割くほど、何も知らない無関係の人々を集めてしまう結果となろう。
「もっとだ! もっともっと来い! テメェの醜い矜持を全部ぶつけてきやがれ‼︎」
「うるさい! うるさいうるさいうるさいうるさい‼︎」
ひとつ、またひとつ。外れる制御の楔。
憎悪も怒りも痛みも迷いも手の届かぬほど遠くに。
視界の端に散る血潮が自分のものだとは理解せず、頻りに笑う悪魔を前に心に渦巻く炎が沸る。
「──そこまでにしよう」
瞬間。思考が、場が凍りつく。
二人の合間にぬらりと踏み入れた少年が、ヴィルヘルムの長杖を、クレイジーの拳を。それぞれ『片手』だけで完璧に停止させる。
静寂が彼らの間に鎮座し、双方共に邪魔立てをした少年──ラフェルトを睥睨した。
「イイとこを邪魔すンじゃねェよ」
「そこを退け、ラフェルト」
予想通り飛び交う罵倒に半眼を浮かべ、やれやれと言いたげに肩をすくめる。
「城を壊すなって僕に言ったのはヴィルでしょ? それなのに君は許されるの?」
「っ、それは……」
「喧嘩なら他所でやりなよ」
ラフェルトの正論に平静さを取り戻したヴィルヘルムは杖を下ろし、戦意喪失と判断したクレイジーも昂った気持ちを鎮める。
「また会いに来るぜェ」
ひらひらと手を振り軽い踏み込みで城壁を飛び越えたクレイジーに、誰もが(ラフェルトを除き)口をへの字に曲げた。
「さぁて、次は何するか」
びゅうびゅうと吹き抜ける風に煽られながら、クレイジーは次なる娯楽を追い求めるのだった。
※第一部(初代〜DX編)をご一読の上、お楽しみください。
クレイジー・
最高神の左手から生まれ落ち、ここ『アルスハイル王国』の前身である『クロイツ王国』を壊滅させ、世界中が《虚空の霧》に覆われた原因となった邪神。
少し前、王国に具現化されたファイター達【乱闘部隊】とそのマネージャーヴィルヘルムによって封印されたものの。その後半端ながらも復活を果たし、片割れのマスターやヴィルヘルムにちょっかいをかける日々を過ごす。
今日はそんな彼の一日を見てみよう。
午前10時。
「ふあああ……そろそろ起きるとするかぁ……」
彼の寝床は毎日移動する。今日は王国の辺境地で夜を越したようだ。シーツ代わりに敷いた落ち葉が背中からひらひらと舞い降りる。
硬くなった体をほぐすように腕を回し、よいしょと立ち上がれば大きく背を反らす。
王城で政務に勤しむマスターとは異なり、風来坊の彼の日々は自由奔放。本日もゆく宛もなくふらりと歩き始めた。
午前11時。
「そらぁ‼︎」
華麗に決まる脚撃が魔物をボールの如く二、三回地面を跳ねて大岩に叩きつける。ひび割れた岩に背を預けた魔物は破れた皮から臓器が飛び出しており、溢れ出る血がすでに絶命したことを物語っていた。
「あっありがとうございますっ」
クレイジーの傍らで足をすくみ動きを取れずにいた少女は、情景と畏怖の念を滲ませて軽く会釈する。彼女が襲われていたところを気まぐれに助けてやったのだ。
「あの、お名前をお伺いしても……」
「名乗れるようなやつじゃねーよ、オレは」
ローブのポケットに手を突っ込みながらその場を立ち去っていく彼の姿に、少女はありもしない感情を抱きそうになる。……やめておいたほうが身のためだぞ、少女よ。
午後13時。
活気で賑わう城下町に足を運んだクレイジー。行き交う人々を街角の屋根上から見下ろしつつ、昼食代わりの林檎を啜る。
食事を必要としないとはいえ、どうにも小腹が空く感覚が拭えない。甘くて酸味のある味を堪能していた彼のもとに。
「こんなところで何してるの?」
「ア? ……なンだ、オマエか」
瓦屋根に座るクレイジーの隣に並んだのは、【六大賢主】のひとり、ラフェルト。何かと波長が合う彼らは衝突することなく、比較的穏やかに会話することができた。
「見ての通り食事中だ。ンなことより、オマエは?」
「城に向かう途中」
「ン、珍しいな。オマエがテレポートを使わないとは」
「徒歩で向かうのも悪くないなと思ってね」
それじゃあね、と去り際の言葉を最後に。ラフェルトは王城への路を急ぐ。暫し眺めていたクレイジーはふいに口元を三日月型に歪ませて、林檎を丸呑み。
「暫くぶりにからかいに言ってやるかナァ」
午後14時近く。
警備の目を掻い潜りアルス城に不法侵入したクレイジーは、堂々とした足取りで城内の回廊を歩く。
「げ。」
「ひっ」
曲がり角。鉢合わせた二人の男。ひとりは苦々しく顔を歪め、もうひとりは怯えた目付きでクレイジーを見つめる。
愉快気に笑みを浮かべた彼に、勇壮たる男がもうひとりを庇うようにクレイジーと対峙。
「よお、マスターのおもちゃ。元気そうだな」
「そいつはどうも。で、目的はなんだ」
「“王子さん”はどこだ?」
その問いに男は目の色を変え、すぐさま臨戦体勢を縫う。
「知ってても教えらんねぇな!」
と、飛んできた紅く揺らめく炎を纏った鉄拳を難なく躱し、すかさず男の腕を掴んでは回廊の外に放り投げる。
「兄さん!」
男はただ放り投げられただけ。攻撃されたわけではない。軽く受け身を取っては体勢を整え、自身を兄と呼んだ弟と肩を並べる。
「せいぜいオレを楽しませてくれよォ?」
遅れて回廊の外──小さな庭の地面に足を下ろしたクレイジーは不敵な笑みを貼り付けて双子の兄弟に襲いかかった。
「クレイジーハンド‼︎」
小さな庭いっぱいに轟く喝破。それを放った少年──ヴィルヘルムは、颯爽と二人の男を背に庇うようにしてクレイジーと相対する。
男達──マリオとルイージは、赤子の手をひねるが如くクレイジーに蹂躙されており、体の節々からは赤き液体が確認出来る。長杖を構え、魔法円を展開したヴィルヘルムは自身の魔法ですぐさま治癒。二人は残ってしまった痛みだけは耐え忍び、足に鞭を入れ立ち上がった。
「待ちくたびれたぜ王子サマよォ」
「僕には用はない。今すぐ立ち去れ」
「いいじゃねぇか少しぐらい。頭が硬てーな」
トントン、と頭を指先で突いたクレイジーの動作に、彼に対する殺意を理性で無理やり押さえ込んでいたヴィルヘルムが容易く『ぷっつん』する。
「──殺してやるッッ‼︎‼︎」
普段感情的にならない彼が殺意を剥き出しにし、空気さえも震わせる。
ははっ、と楽しげに笑みをこぼしたクレイジーが発走すると同時に地を蹴る。衝突する強大な力は、マリオとルイージの肌を痺れさせた。
「何事だ⁉︎」
「マスター!」
颯爽と駆けつけた宰相マスターは飛び込んできた景色に瞠目する。眉を顰め、ヴィルヘルムとクレイジーが激しく撃ち合うのを尻目にマリオとルイージに視線を向ける。
「二人とも怪我はないか」
「ヴィルのおかげでなんとかな」
「それよりもマスター……ど、どうしよう……」
思案する。二人が危惧するように、このままではこの庭だけの被害では済まない。かと言ってヴィルヘルムはあの通り理性が切れているし、対するクレイジーも死闘を愉しんでいる。二人を止めようと時間を割けば割くほど、何も知らない無関係の人々を集めてしまう結果となろう。
「もっとだ! もっともっと来い! テメェの醜い矜持を全部ぶつけてきやがれ‼︎」
「うるさい! うるさいうるさいうるさいうるさい‼︎」
ひとつ、またひとつ。外れる制御の楔。
憎悪も怒りも痛みも迷いも手の届かぬほど遠くに。
視界の端に散る血潮が自分のものだとは理解せず、頻りに笑う悪魔を前に心に渦巻く炎が沸る。
「──そこまでにしよう」
瞬間。思考が、場が凍りつく。
二人の合間にぬらりと踏み入れた少年が、ヴィルヘルムの長杖を、クレイジーの拳を。それぞれ『片手』だけで完璧に停止させる。
静寂が彼らの間に鎮座し、双方共に邪魔立てをした少年──ラフェルトを睥睨した。
「イイとこを邪魔すンじゃねェよ」
「そこを退け、ラフェルト」
予想通り飛び交う罵倒に半眼を浮かべ、やれやれと言いたげに肩をすくめる。
「城を壊すなって僕に言ったのはヴィルでしょ? それなのに君は許されるの?」
「っ、それは……」
「喧嘩なら他所でやりなよ」
ラフェルトの正論に平静さを取り戻したヴィルヘルムは杖を下ろし、戦意喪失と判断したクレイジーも昂った気持ちを鎮める。
「また会いに来るぜェ」
ひらひらと手を振り軽い踏み込みで城壁を飛び越えたクレイジーに、誰もが(ラフェルトを除き)口をへの字に曲げた。
「さぁて、次は何するか」
びゅうびゅうと吹き抜ける風に煽られながら、クレイジーは次なる娯楽を追い求めるのだった。
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