スマブラ 掌編

宰相マスターの一日


 マスター・アッシュ・ドロワット。
 病で療養中の国王の代理として国の政務を執る彼は、王国を立て直すべく奔走する身でありながら、機械技師として『大乱闘システム』を始めとする画期的な技術を生み出した。
 その後は『大乱闘システム』を管理しつつ、各部署の署長から流される仕事に勤しみながら毎日を過ごしている。
 今日はそんな彼の一日を見てみよう。


☆★☆


 午前8時。
 少しだけお寝坊さんな彼は大体この時間に『マスター様』と、部屋の外に待機するヴィルヘルムの声によって起こされる。
 ぱちりと目を開けたマスターは、寝衣のまま扉を開け、ヴィルヘルムを入室させる。

「おはようございます、マスター様。……今日も素晴らしい寝癖ですね」
「そうだろうか?」

 諦めたように嘆息するヴィルヘルムによって鏡台の前に座らされ、櫛で艶やかな白雪の如く真っ白な髪を整えられる。
 慣れた手つきで一本締めをすれば、ヴィルヘルムは席を離れ、マスターは寝衣から制服へと袖を通す。

「さて、行こうかヴィル」
「はい」

 外套を翻し颯爽と部屋を退室した彼らが向かうは食堂。
 すでにファイター達で賑わっている食堂の出入り口で、ヴィルヘルムはカービィに呼ばれていった。
 残されたマスターは朝食を選ぶと、空いていた適当な席に座る。

「おはようマスター」
「隣いいかな?」
「もちろん」

 声を掛けたのはクロムとルフレの二人。快く答えれば、二人もまた笑顔で腰掛ける。

「今日はたしか君達の試合があったね」
「ああ。久しぶりにルフレとチーム戦をやるんだ」
「昨日から策も練っているんですよ」
「それは実に楽しみだな」
「それでクロムさっきの話なんだけど──」
「マスター、おはよう」
「ああ。おはよう」

 ゆく人ゆく人に挨拶がてら小話を挟む。
 こういった時間は何物にも変えられない実に充実した時間だ。今日も一日働きますか、と活力を得る。



 午前9時半。
 食堂から直に執務室へと向かうマスター。
 席につけば立ち所、各部署からの報告書などが並べられていく。ヴィルヘルムが『大乱闘』の下準備を行なっている間、マスターは卓上作業を進めていく。
 終われど終われど減らない仕事の量。全知全能──否、“特殊な力”を行使しないのは彼なりの楽しみがそこにあるからだ。
 今もほら、少しばかり微笑んでいるのが分かるだろうか?



 午前11時前。
 ここからは機械技師としての仕事に移る。
 『スタジアム』へと移動したマスターは、『大乱闘システム』の起動及び調整に入る。手慣れた手つきでタイピングを決めるその姿に憧れの面を抱く者も数知れず。傍らではマネージャーのヴィルヘルムが、午前の部の試合に参加するファイターを連れてきていた。

「ポータルの準備出来ました」
「よし。では予定通りに開催する」

 一分一秒迷うことなく起動キーを叩く。
 湧き上がる歓声。熱気はこちらにまで伝わり、その場にいるスタッフでさえ心を踊らせる。
 ──それはこの私でさえも、だ。



 午後12時。
 今日の『大乱闘』は午後の部がないため、ファイター達と共に食堂で食事をとる。ちなみに午後の部があるときは『スタジアム』内で昼食をとり、そのままシステム起動を行う。

「よお、マスター。お疲れさん」
「リンク。君もお疲れ様。さっきの大乱闘は惜しかったね」

 もう食事を終えたリンクはマスターの言葉に苦笑をもらしつつ頬をかく。
 午前の部の『大乱闘』は、ルフレ&クロムVSリンク&ゼルダ。白星をあげたのはルフレ&クロムチームだったが。なかなかに接戦であったのは間違いない。

「意識しないようにはしていたんだが……“ウチ”の姫様と違うから、うっかり守り切ろうとして……」
「そうであったな。次は勝てるように応援しよう」
「ああ。……で、マスター。デザートはどうだ?」

 リンクがすっと差し出したのは色鮮やかなフルーツの盛り付けが美しいケーキだった。

「ついさっき頼まれて作ったんだ。午後も仕事があるんだろ? 頑張れよ」
「ああ、ありがとう。美味しく頂くよ」

 にっと破顔したリンクはその場を立ち去り、マスターは主食を食べ終えたあとフルーツケーキに手を伸ばす。
 フルーツの酸味とケーキの甘さが贅沢な一品だった。



 午後13時。
 再び執務室に舞い戻ったマスターは黙々と作業に転ずる。
 午後は午前よりも捌く仕事量が多い。一枚一枚目を通しては澱みなく羽ペンを走らせて判を押す。これを夕方まで繰り返す。
 このとき肝心なのは、集中力を切らしてはいけない──のだが。

「よォ、宰相さん。遊びに来てやったぜ」

 あらゆる文字の羅列がマスターの脳裏を光の速さで横切る。それはどれも突如として現れた自身に似た人物──クレイジーハンドに対する罵詈雑言。
 無視を決め込み再開すれば、男は「オイオイ」と肩をすくめて。

「せっかく来てやったのにンだその反応」
「……大方、ヴィルをからかいに来ただけだろう。こちらに来ると厄介だ。何処かへ行ってくれ」

 目もくれず答えればクレイジーは判目を浮かべる。つまんないとでも思っているのだろう。それならば早く立ち去ってほしいとマスターは嘆息した。
 そのとき、コンコンと鳴り響くノック音。
 マスターが止める間もなく入室した──ヴィルヘルムは驚愕を露わに。

「ここで会ったが600年目!」
「ちょっと待てヴィル──」
「【サザンクロス】‼︎」

 圧倒的な光に包まれた執務室の窓から黒煙が上がる。



 午後20時。

「大変申し訳ありませんマスター様……!」
「仕方あるまい」

 焼き尽くされた仕事を各部署に要請し直し、やり直してから早数時間。
 ようやく片付けたマスターは謝罪を繰り返すヴィルヘルムに苦笑を浮かべざるおえない。元の原因はどこかへと立ち去ってしまったし、怒るに怒れないのだ。

「以後気をつけます……」
「……ああ」

 無理だろうなという言葉は飲み込んだ。既に2回以上は起きている。
 とぼとぼと歩く後ろ姿を見送りながら、マスターは嘆息混じりに自室へと帰る。


 だが不思議なものだ。
 こんな“なんてことのない日々”が楽しいと思うなんて。


 夜空に浮かぶ月に目を細め、マスターは今日も明日の訪れを待つ。
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