周年短編 君がいたから


 世界に、夜の帳が下りる。
 宵闇に映える白のコートを翻しつつ、マスターは城上層部に鎮座する鐘楼しょうろうから城下町に灯る灯りに目を細めた。

(ああ……あっという間だったな)

 瞼を瞑れば浮かび上がる一日の思い出。
 たった一日、されど一日。
 彼らと過ごした時間は、これからも記憶として残るだろう。
 ――誰の記憶からも消え去った自分とは違う道を。

「……あの、」

 遠慮がちに放たれた声に耳を傾けようと振り返る。
 そこには、今し方仕事を終えたヴィルヘルムが佇んでいた。
 分かっていたかのように「どうしたの?」と笑うマスターに眉を曲げつつ、問いに答える。

「貴方はどうして『この世界』へ?」

 穏やかな風が、髪を揺らしては戻る。
 口元が隠れた男の表情はどこか神秘的で。惑わされてはならないと警戒心を強める少年に、小さく微笑む。

「もう一度、会いたかったんだ。ぼくはここにいるよ、って伝えたかった」

 理解不能な文字の羅列に、当然の如くヴィルヘルムは不思議がるばかり。
 かぶりを振って「いいんだよ」と目尻を落としたマスターから――溢れ出す光の粒。

「もうじき『ぼく』の意識は終わる。すぐに君が知る“マスター”に戻るよ」

 胸元に手を添えて告げたマスターの表情は一転、寂しげで。ヴィルヘルムは握り拳を作ると同時、脚を一歩前に踏み出した。

「覚えてます。僕は貴方を忘れません」
「!」

 体が消えかかる中、瞠目したマスターは今日一番に破顔。

「うんっ。ありがとうヴィルヘルム君!」

 秒を待たず光粒となる体。
 次の瞬間、人の体に『再構築』されれば。それは自分が最もよく知る“マスター”の姿。

「ヴィル、ただいま」

 伸ばしかけた手を引っ込めたヴィルヘルムは、身なりを正して片笑む。

「お帰りなさいませ。マスター様」
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