周年短編 君がいたから
「はぁ〜……」
深い深い嘆息とともに執務机の上に上体を預けるのはヴィルヘルム。
普段の業務に加え宰相の仕事も請け負う彼は激務の最中、キリのいいところでひと息。
(早く元のマスター様に戻ってくれないかな……)
ずっと二人で歩んできた。
今だって両者の間には埋められない溝がある。
自分にされた仕打ちだって許していない。
好きか、嫌いかと問われれば。確実に後者。
だが、それでも。
共に手を取り合い、支え合い、ここまで作り上げた僕らには。
言いしれぬ『絆』があることを、知っている。
「……」
上体を起こしたヴィルヘルムがぼうっと思考停止する。
と、次の瞬間。
「オイ」
誰もいないはずの部屋に響く声に、弾かれた如く顔を上げると同時に眉を釣り上げた。
名を呼ぶことすら忌々しい――机越しに立つのは、マスターと対をなすクレイジー。
普段のような飄々とした雰囲気は消え、あるのは真剣な眼差し。
「『これ』は、どういうことだ」
クレイジーが指す言葉を瞬時に理解したヴィルヘルムは思わず視線を逸らしてしまうも。
「……知らないよ。大体僕より、お前のほうが分かるでしょ」
「分からねぇから聞いてンだよ」
舌を鳴らすクレイジーはいつになく気を悪くしている。
そこに、コンコンとノック音が。
「ヴィルヘルム君居る〜?」
こちらの返事を待たず戸を開け中を覗いてきたマスターは――瞠目するクレイジーの姿に「あっ!」と目を爛々と輝かせて。
「クレイジーだ〜! あはっ、雰囲気が全然違う〜」
「っ寄るンじゃねぇ‼︎」
とてとてと歩み寄るマスターを、腕を振るって拒絶。
びくりと肩を振るわせ足を止めたマスターは、あははと苦笑。
「ごめんね。……」
そのまま黙する男に、クレイジーは珍しく気まずそうな表情を浮かべ、自身の首筋を手で撫でる。
一連の流れを見守っていたヴィルヘルムは今一度嘆息し、「それで」と話の軸を戻す。
「何のご用ですか」
「あっ、えっとね、急ぎの資料を持ってきたんだけど……」
遠慮がちに話すマスターの手元には確かに資料が握られていた。
「中は見てないよ!」
「……いいですよもう。ありがとうございます」
諦めモードに入りつつ資料を受け取ったヴィルヘルムに、「うんっ!」と嬉しそうに笑う。
「じゃあぼく行くね!」
バイバイと手を振り執務室から去るマスターを、クレイジーは流し目で見送る。
「……誰なんだあいつは」