周年短編 君がいたから


「誰とも分からぬ人物に、『宰相』を任せられるというのでしょう。貴方はひとまず仕事場にはお近づきにならさぬよう」

 ――つい数分前。そう『真面目な仕事をしてみたい自分の望み⑩』を易々と打ち切られた“マスター”は肩を落としつつ、執務室から遠のくように城内を当てもなく歩いていた。
 『知っている』とはいえ、実際に歩くのは初めて。周囲の造形を眺めているだけでも子供心を擽る。

「あ、やっと見つけたマスター!」

 ふふ、と笑みをこぼしたマスターの背に投げかけられる言葉。
 振り返れば、マリオがこちらに向かって手を振っていた。

「こんなところにいたのか」
「マリオ、ぼくを探していたの?」

 駆け寄って来たマリオに首を傾げると、本人は「当たり前だ」と半目を浮かべる。

「今日の『大乱闘』は中止ってどういうことだよ」
「あっ……」

 即座にマスターは中止を告げたであろう人物――ヴィルヘルムの意思を察した。
 『大乱闘システム』を起動出来るのはマスターのみ。しかしながらそのマスターは、今は自分という『別人』にすり替わっている。そんな自分に大事なファイターを任せられない、という優しさが透けて見えた。
 突然中止を発表すれば、ヴィルヘルムに対する責任追及は免れないだろうに――。
 非常に頭が回る子だと、唯一の『例外者』に感心する。

「ごめんね、マリオ。ちょっとシステムに不具合があって、危ないからやめたんだ」
「ん? そうだったのか? 全く、そうならそうとヴィルも言ってくれればいいのに……」
「あはは……」

 拗ねるマリオに『誤魔化せて良かった』と苦笑する。
 “ぼくら”の力で記憶を書き換えられたファイターが、こうして普通に接してくれるのは今だけ。

「どうした?」

 今度はマリオのほうがマスターに首をかしげる。
 同じ過去を辿っても、やはり何処異なる彼ら。

「……ううん。なんでもない!」

 破顔したマスターに釣られ、マリオもそうかと笑う。

「んじゃ、ご飯食べに行こうぜ! みんなもう待ってんだからな」
「ええっそうなの⁉︎ 今すぐ行こう!」
「あ、ちょっ、廊下を走るな‼︎」
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