パルテナの鏡 - 機械仕掛けのレクイエム -

6章:反撃の兆し


「うんっ。これで応急処置はできたよ!」
「全身包帯だらけのミイラ男デスねぇ〜。イケてますよ〜」
「嬉しくないです。……ありがとう、ウィルド」
「どういたしまして」

 サリエルの応急処置を終えたウィルドは続けて、自身の傷の手当てを始める。慣れた手つきで傷薬を塗り包帯を巻くウィルドをよそに、サリエルはタナトスを見上げた。

「タナトス様。僕が離脱した後、ペルセポネ様の身に何があったのですか」

 冥府界で遭遇した、からくり兵に操られしペルセポネ――その瞳に困惑の色を滲ませるサリエルに、タナトスは笑みを添えて答える。

ペルセポネプリンセスを連れて退避していたときの話デスがねぇ……」


★☆


 『海底神殿』へ向かう途中――『からくり兵』の追手は自分達の行手を阻もうと攻撃を繰り出したが、所詮は冥府軍の下級兵。幹部であるタナトスやパンドーラは彼らを簡単に捻り、先を急ぐ。
 しかしながら。とある魔物――否。魔法生命体である『冥界ガーディアン』が登場したことにより、状況は一変。

「おかしいデスねぇ〜。ガーディアンは壊レチャッタ筈デス〜」
「ああんっもう! うっとおしいわね!」

 パンドーラはペルセポネを抱えたまま片腕を突き出し、ハート型の反射板を複数召喚。ガーディアンが放つ無数の砲撃を跳ね返す。
 だが、唯一の弱点であるコアはやはり隠され、パンドーラが舌を鳴らす中。タナトスは黙考する。

(ガーディアンがほぼ完璧に再生されていますね〜。これはもしや……)
「タナトスさまぁ!」
「ハイハイ、やりますデスよ。プリンセスは下がっていてくださいデス」
「っ分かりました!」

 砲撃の嵐の余波を受けながらも、ペルセポネがパンドーラから離れ自力で浮遊する。

「へん・しん!」

 とうっ! と掛け声と共に、紫色の煙に巻かれたタナトス。煙を掻き分けるように現れ出しは、人一人をすっぽり覆い隠せてしまいそうな大きさの両手。タナトスの変身能力のひとつだ。
 幾つもの砲撃やレーダーを受けながらも怯むことなく、両手となったタナトスは左右からガーディアンを抑え込む。続けて、剣を構えたパンドーラが動きを封じられしガーディアンのコアに切先を突き刺す。
 バチバチッと激しい閃光に照らされた見目麗しき顔が、不敵な笑みを湛え、より一層深く押し込む。

「パンドーラさん! タナトスさん!」

 離れているペルセポネの白き肌さえも痺れさせる威力。彼女が不安を募らせるのを背中に、パンドーラは空き手に爆弾を召喚。秒を待たず爆発し、ガーディアンを中心に黒煙が広がる。

「けほっ……お、お二人は……⁉︎」

 ペルセポネは咳き込みながらも爆発に巻き込まれたであろう二人の姿を探す。
 つい先刻別れたサリエルに続き――またも大切な人が離れてしまうのか――そんな心配は杞憂に終わる。

「!」

 晴れかけた煙の向こう――パンドーラと、元の姿へと戻ったタナトスの姿が見えた。多少なりとも傷痕はあれど、彼らにとっては擦り傷も同然。
 頬を綻ばせ、駆け寄ろうとしたその刹那――。


★★


「『混沌の遣い』と同等の能力を得たからくり兵によって、プリンセスの肉体と魂が分離してしまったのデス」

 すぐさまパンドーラが攻撃したことで魂だけは保護できたものの、肉体はそのまま何処へと連れて行かれてしまった。
 その後、タナトスはペルセポネの魂を護るため、天界――『エンジェランド』に佇むパルテナの神殿に転送した、との話を聞く。

「『混沌の遣い』……聞いた覚えがあります。確か、ハデス様でさえも扱いに苦難し、パルテナ様の肉体を支配した存在……だとか」
「それよりもサリエルくん。わたしにナニか、言いたいことがあるんじゃないデスか。ちゃーんと仕事をこなしたのは、サリエルくんだけデスよ」

 言外に。ペルセポネを護るという使命を果たせなかった自分達に、責めの言葉ひとつ理不尽にぶつけても怒らない――そうしたタナトスの思惑に、サリエルは「いいえ」と胸元を強く握りしめる。

「僕もウィルドがいなければ、《オルトロス》を回収するどころか……ペルセポネ様に、自分を殺させてしまうところでした。……責める資格はありません」

 小さく嘆息したタナトスは気持ちを切り替えるべく、話題を変えた。

「そうデスそうデス。この『人間』は誰デスか?」
「はじめましてタナトス様。ぼくはウィルド・マナルーン。しがない『人間』です!」
「地上に落ちた僕を保護してくれたのが、ウィルドです。……でもウィルド、どうして『冥府界』に?」
「あ。それはね……」

 ウィルドはサリエルを見送り、通行手形を拾ったあとから――サリエルと再会する直前までの出来事を話した。

「魔物がたくさんいたから隠れながら君の姿を探していた途中で、不思議な『兜』を見つけたんだ」
「『兜』? ……言われてみれば被ってたね」

 すぐ壊れたけど、と苦笑するウィルドに。タナトスは口元に大きな弧を描く。

「それは、ハデス様が気まぐれに造った『透明化の兜』デスねぇ」
「透明化……? あっ。だから被った後、誰にも認知されなくなったんだ! 僕すっっごく影が薄くなったのかと思ってました」
(気づいてなかったんだ……)
「運が良かったデスねぇ。――そのツキ、ぜひ貸してもらえたりしますぅ?」

 タナトスが言わんとしていることに気づいたサリエルは、「ちょっと待ってください」と眦を釣り上げる。

「ウィルドはただの『人間』ですよ! 冥府の問題に巻き込むわけには参りません!」
「デスけどね〜、外には敵がわんさかといて帰そうにもムリムリ〜でしてねぇ。サリエルくんがどうなってもいいっていうなら、話は別デスけど?」
「ぐっ……」

 言葉に詰まるサリエルはやがて嘆息し、ウィルドに向き直る。

「……ごめん。暫くは一緒にいてもらうよ」
「大丈夫! 正直怖いけど……僕にも出来る事を探すよ。君の力になりたいから」

 きっと彼は自分よりも弱い――それなのに、こんなにも心強く感じるのは何故だろう。

「……ありがとう。よろしくね」
「うんっ!」

 互いに握手を交わした二人を見下げ、タナトスは目をつぼめる。

堕天使サリエルくんとの出会い、『冥府界』を無傷で横断……兜の件といい、とんでもナイ幸運――いや、不幸をお持ちのようデ……。それにこのいや〜な気配……フォッフォッフォッ、面白くなってきましたねぇ)
「タナトス様……?」

 視線を浴びるウィルドが小首を傾げる。
 タナトスは「なんでもないデスよ」と普段通りに返せば、徐に天井を見つめた。
 なんだなんだと警戒する二人の視界が――僅かに揺れ動き――次には、青く艶やかな髪を靡かせるパンドーラが出現。

「パンドーラここに参上♡ タナトスさまぁ、無事『お連れ』しましたわ〜」
「さすが風の戦乙女と自称するだけありまスねぇ」
「自称した覚えはありませんことよ〜」

 ふわりと着地したパンドーラは、サリエルの姿を見るや否や距離を詰めて。

「あらあらぁ、サリエルくぅん。やっぱり生きてたのね。それなら姫様も大喜びよ♡」
「姫様……っ、まさか」

 一歩下がったパンドーラの手のひらから、ひとひらの蝶が舞い上がる。
 鱗粉を散らしサリエルの指先に止まった蝶――魂だけとなったペルセポネは、僅かに声を震わせて歓喜した。

『サリエル君……! 良かった……本当に良かった……‼︎』
「っ……ペルセポネ様……!」
『もう……会えないかと思って……でも……でもっ……!』
「ご心配をおかけしてしまいましたね……僕はここに。貴女様のお側にいます」

 サリエルもまた目を潤ませ、再会を喜ぶ。
 という光景を前に――誰よりも感涙にむせぶウィルドに、一同は何とも言い難い眼差しを向ける。

「良かったぁ〜……何だか分からないけど良かったねぇええ〜……」
『そ、そちらの方は……?』
「話せば長くなりまして……」
「気になるところだ・け・ど。時間が迫っているのよねぇ」

 間延びした口調であれど、パンドーラはいつになく気を引き締めている様子。
 サリエルも同様に目尻を逆立てており、何も理解していないのはペルセポネとウィルドのみ。

『時間とは……?』
「ペルセポネ様の魂に《オルトロス》――同時にあるこの地に、敵軍が総攻撃を仕掛けるのも時間の問題なのです」

 自分達がいる建物を囲うように、からくり兵らが放つ殺気にも似た気配が強まっている。こちらが動きを見せた瞬間、向こうも突撃してくるであろう。

「ですが、これは同時にチャンスでもある」
「そうデスねぇ〜。プリンセスの体を取り戻せる可能性がありますから」
「そうは言いますけどぉ、向こう味方コッチじゃぁ戦力差が激しいですよぉ? 何か策を考えませんと」
「……《エクリプス》さえあれば」

 ぽつりと溢したサリエルの言葉に、ペルセポネは『そういえば!』と声を上げる。

『サリエル君の武器なら、ディントス様からピット君が預かってたよ』
「ピットが……⁉︎ そうでしたか……分かりました」
「あら姫様。彼らといつ神器神のところに?」
『パンドーラさんが迎えに来る直前までです。……私の肉体にも遭遇して……『混沌の遣い』? を倒したらしいのですが、私の体はまだ操られていて……』
「「「‼︎」」」

 この発言に一同(ウィルドを除く)メンバーは驚愕を露わにした。無理もない。『混沌の遣い』を撃破すればペルセポネの肉体を取り戻せる――そう考えていたのは、ピット達だけでなく彼らも同じだ。

「なら一体どうすれば……!」
「あ、あの〜……発言しても?」

 そこに恐る恐る挙手しながらウィルドが発言の許可を求めた。サリエルが軽く頷くと、ウィルドはとある仮説を口にする。

「もしかしてだけど、あの『腕輪』が原因じゃない?」
「腕輪?」
「うん。ほら、両腕の手首についてるやつ。服の好みに比べたら随分ゴツいなぁって思ってたんだよね」
『……そうだ。わたし、あんな腕輪付けてた覚えない!』

 思い返した本人がそう断言するのだ。――壊してみる価値はあるかもしれない、と一行は打開への切り口を見つけた。

「腕輪を破壊するには、動きを止める必要があるけど……」
「プリンセスの肉体は『まだ人間』。脆い体に違いナイデスよ」
「それについても、僕。考えがあります!」

 ウィルドは神々の御前で――胸を張って告げる。

「僕と同じ『人間』なら、どうにかできるかも!」


5章:ディントス攻防戦
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