パルテナの鏡 - 機械仕掛けのレクイエム -

5章:ディントス攻防戦


「ピット出撃します!」

 ゲートを飛び出した先、暁にも黄昏にも捉えられる空の絶景を他所に――魑魅魍魎ちみもうりょうの類いが空中戦を繰り広げる。片や、『からくり兵』の軍団。片や、冥府軍、自然軍、パルテナ軍、オーラム軍が入り交わる混成軍団。だが、彼らは本物ではなくニセモノ。精巧に造られた“彼の者”の兵隊である。
 パルテナによる【飛翔の奇跡】でピットは混戦の中を潜り抜け、先程とは一転暗闇が続く宇宙空間を進む。

『ごめんなさいね、ゲートの場所が悪かったかも。ピット、大丈夫ですか?』
「なんのなんの! 擦り傷ひとつありませんよ!」

 くるりと回転して見せれば、『まあ』と笑みを浮かべるパルテナの姿が思い浮かぶ。

『さて、ピット。本題に移りますよ。ここの光景に見覚えはありませんか?』

 自称「10歩までなら覚えていられる」ピットでも、ちゃんと覚えていた。

「ハイ! 神器神、ディントスの住処ですね!」
『お見事!』
「ハデスの時は大変お世話になったなぁ」

 神器神ディントス。
 ピットやブラックピットが使用する神弓や狙杖といった神器の製作者であり、前述のハデス討伐の際も『真・三種の神器』という絶大な威力を誇る破壊装置――もとい最終兵器を製作した男神。6年前のダムドを浄化した『神弓オルトロス』の製作者も彼だ。

「『からくり兵』はディントスも襲っているのでしょうか」

 ディントスによる“三つの試練”を乗り越えたピットは、『からくり兵』と対峙していた軍団がディントス作であると知っている。

『そのようです。狙いは分かりませんが……』

「どうせ神器神の力が欲しいだけだろ」

「ブラピ! やっほー!」
「だ、か、ら、ブラピって呼ぶなッ‼︎」

 ピットに合流したブラックピットが怒りのままに振り下ろした豪腕を危なげなく避ける。

『元気が有り余っておるのう』
『子供は風の子といいますしね』
「「子供扱いしないで下さい/するな!」」

 見事に揃ったところで。パルテナは大きく脱線してしまった話を戻す。

『話を戻しますと、今回向かってもらうのは神器神ディントスが構える工房です。その理由は……ペルセポネ、貴女から話したほうがいいでしょう』

 突然名指しされたペルセポネは『は、はいっ』と小さな蝶の体で返事した。ペルセポネは今、パルテナと共にピット達の様子を見守っている。

『えっと……少し前に、サリエル君が“エクリプス”をディントス様に預けたって言っていたの。……もしかしたら来ているんじゃないかって……』
『なるほどの……それでわざわざこんなところまで飛ばしたのじゃな?』

 ナチュレがそう返せば、パルテナは『ええ』と肯定。しかし、ピットとブラックピットはいまいち理解が及ばず。

「……アテがあってオレを飛ばしたんじゃないのか」
『ないわ。わらわはただ、パルテナがピットを出撃させたと聞いておぬしを向かわせたまでよ』
「どうりでボクが知らないわけだ……」
『知らせることでもないと思ったのです。ちょっと行って帰ってくるつもり……“でした”』

 パルテナの言葉に「どういうことですか?」とピットは聞き返そうとするが。眼前の光景に目を釣り上げる。

「空中ドームが……!」

 ディントスの住処である空中ドームを中心に、激しい攻防戦が繰り広げられている。

『中にいるディントス様と通信が繋がりません!』
『兵士どもの戦いに巻き込まれないように移動するぞ!』
「「了解ッ!」」

 合間を縫うように加速し、2人の天使はディントスの工房へ突撃する。


★☆☆☆


「ディントス!」
『おお小間使いよ! いいところに来おった!』

 工房の広場とも呼べる円型のフィールド上に着地した2人の耳にディントスの通信が届く。ディントスはまだ無事なようだ。

「どこにいるんだ⁉︎」
『赤エリアの先じゃ! 兵士どもがわんさか……湧……いて……』
『……ディントス様? ディントス様!』
『そ……と……こ……バイ……を守……』

 ディントスとの通信がノイズ混じりのものとなり、最後はブツリと途切れてしまう。からくり兵に追い込まれて赤エリアに逃げ込んだのだとしたら。

『急ぐのです! ピット!』
「ハイッ! ……っと、うおっ⁉︎」

 爆発音と共に激しい揺れが工房全体を襲う。上空を見れば大きく穴が空いており、そこからからくり兵が続々と工房に攻め入ってきた。

『挟撃か……これはちとマズイな』
「ピット。先に行け」
「ブラピ⁉︎」

 豪腕デンショッカーを構えたブラックピットは、正面を見据えたまま顎でエリア入り口を指す。

「勘違いするなよ。オマエに見せ場をくれてやる気はさらさらない」
『つまり、「お前の背中は俺が守る!」的な展開ですね?』
「断じてないね! 絶対だ!」
「ありがとうブラピ! 先に行って待ってるよ‼︎」

 軽快に階段を上がる足音が遠ざかっていく。
 独断で敵の足止めをすることを決めたブラックピットに、上司のナチュレは『しょうがないのう』とため息をひとつ。

『ここはひとつ、戦士を派遣してやろうぞ』
「援軍なんて必要ない。オレひとりで充分だ!」
『バカめ! この数をひとりで相手取るなど無茶もほどがある‼︎』

 からくり兵・コメトをぶっ飛ばしたブラックピットは、際限なく湧き出てくる敵兵に眉をひそめる。

『よいかブラックピット。そなたは今、野良の天使ではない。“自然軍幹部”のブラックピットじゃ。軍に所属する限り、全てを背負う必要も、背負わせる気もない!』
「ナチュレ……」
『こう見えてもわらわは、ブラックピットとしてのそなたの実力を買っておる。ゆえに言わせてもらう、この数をひとりで相手取るのは無謀に過ぎぬと。……理解したな?』
「……ああ」
『うむ。ならば出撃じゃ! 「静寂のアロン」!』

 ナチュレの掛け声に合わせ参上したのは、高貴な佇まいの執事を彷彿とさせる――自然軍幹部、アロン。

「ご下命賜りました、ナチュレ様。必ずやご期待にお応えしてみせましょう」
『アロンよ。状況は理解しておるな』
「ええ、モチロンでございますとも。ならば取るべき手段は一つ。暗くな〜る暗くな〜る」
『……そんな掛け声じゃったかのう』

 アロンの得意技【サイレントベール】により、広間全体が闇に覆われた。

「それではブラックピット様。わたくしはこれにて」

 恭しく会釈をしたアロンは闇の中へと消える。誰よりも【サイレントベール】を理解しているアロンのことだ。闇に惑うからくり兵を奇襲するつもりなのだろう。

『この場はアロンに任せるが良かろう。ブラックピットよ、おぬしには別の任務を与えようぞ』
「ピットに合流しないのか?」
『あとからでも間に合うじゃろ』
「……わかった。なにをすればいい?」


★★☆☆


『ブラックピット君大丈夫……ですよね?』
『大丈夫でしょう。ナチュレもついていますから』

 ペルセポネとパルテナの会話を耳に、ピットはいかにもな扉に突撃する。初見時は不死鳥フェニックス(の偽物)が待ち構えていた扉の先は、とても広い無機質な空間となっており――そこではディントスの他に、可憐な少女がひとり。

「ペルセポネ!」
『こちらに来ていたのですね』
『っ……』

 ピットの叫びに、魂無きペルセポネの肉体が振り返る。その手には何も握られておらず、代わりに傍を飛行していたのは。さそりのような見た目をした――忘れもしない、『混沌の遣い』を模したからくり兵。

「あれは混沌の遣い……⁉︎」
『機械で作られた偽物のようですが、本物同様魂を奪う能力があるようです。恐らく、ペルセポネの魂も……』
「今度はディントスの魂まで奪うつもりか! 絶対にさせるもんか!」

 豪腕ダッシュアッパーを構えたピットに、ペルセポネも戦闘態勢を取る。すぐさま、からくり兵・混沌の遣いもペルセポネの背中に隠れた。

『気をつけてください、ピット。ペルセポネの肉体には攻撃しないように!』
「ハイッ! 目標は混沌の遣い!」
『その通りです。混沌の遣いさえ倒せれば、肉体を解放できるはずですよ』
「もうすぐだからねペルセポネ!」
『うん……』


 光纏し不思議な文字の弾が次々とピットに襲いかかる。ピットは冷静に文字と文字との隙間に移動し、着実にペルセポネの肉体と距離を詰める。

「小間使いよ、後ろじゃ!」
「えっ」

 ディントスの声に背後を振り返れば、回避したはずの文字が戻ってきた。慌てるあまり可笑しなポーズで回避するピットに、さらなる追撃が襲う。

『ピット君!』
「てやぁっ‼︎」

 しかしながらピットもやられるばかりではない。即座に腕を引き、ダッシュアッパーで弾き飛ばす。弾かれた文字の弾は上空へと飛んでいったのが運の尽き。

「あっ……」
「バカもーんッッ‼︎」

 あろうことか弾は天上に被弾。衝撃で天上の一部が崩壊。瓦礫となってディントスとペルセポネに降り注ぐ。
 どこぞのオヤジさんのような台詞を叫ぶディントスはスレスレで回避。ペルセポネは自身の周りにドーム型の障壁を展開し、防御したが。

『……! 混沌の遣いが……!』

 障壁から弾かれたからくり兵・混沌の遣いに瓦礫のひとつがヒット。バチバチと火花を散らしながら、フラフラと右へ左へとおぼつかない飛行を繰り返していた。パルテナの言葉にピットも好機だと走り出すも、瓦礫に足を取られて進めない。

『急いでピット!』

 焦燥に駆られながらもピットは、からくり兵・混沌の遣いと距離を詰めるも、からくり兵・混沌の遣いがペルセポネのもとに戻ろうとしていた。合流してしまえばまたペルセポネの肉体を盾にしてしまうだろう。ピットが先か、からくり兵・混沌の遣いが早いか。それとも――。


『今じゃ撃て!』
「貫け!」


 ピットの後方――空間の扉より声が響く。佇んでいたのは、豪腕とは別の神器を構えたブラックピット。
 振り返るよりも早くピットの脇を銃弾が通り過ぎ、からくり兵・混沌の遣いを撃ち抜いた。
 被弾したからくり兵・混沌の遣いは爆発音と共に消滅。

『ブラックピット君!』

 安心したようなペルセポネの声に、ブラックピットは「フン」とだけ返す。

「これでペルセポネの体も……」

 助かった、とピットがペルセポネに伸ばした手は――空を切る。

『! 離れてくださいピット!』
「うわぁ⁉︎」

 パルテナが異変に気づくも遅く、ピットの体は大きく吹き飛ばされた。咄嗟にブラックピットが着地点に滑り込み、ピットを助けるが。ペルセポネの姿は消えていた。

「な、なんで……! 混沌の遣いは倒したのに……?」
『……少し状況を整理しましょう。ディントス様、お怪我はありませんか?』
「女神ごときに心配されるほど柔くないわい」
『それは良かったです。ではディントス様、暫しの間お付き合い願えますか?』
「分かっておる。広間に戻るぞ」


★★★☆


 一行は赤エリアの空間から、広間へと移動した。あれだけ蔓延っていた兵士の姿はなく、広間に残っていたのは静寂のアロンのみだった。

「おやおや皆様お揃いで。ご無事で何よりのこと」
『アロン。からくり兵どもは撤退したのか?』
「そのようでございます。念の為周囲を確認いたしましたが、敵影ひとつありませんでした」
「ひとまず退しりぞけられたようじゃな。礼ぐらいは言っておくかの」

 ディントスは自身の背丈もある金槌で軽く地面を叩くと、どこからともなく石の台座が現れた。台座に近づいたディントスはその上で浮遊、ごろんと横たわる。アロンもまた空中で脚を組み。完全にリラックスしている両名にオイオイと半目を向ける。

『では、まずはペルセポネから整理しましょう』
「変ですよね? 混沌の遣いもどきは倒したのに解放されないなんて……」
『……ペルセポネの体を支配していたのは混沌の遣いではなかったということでしょう。魂を奪ったのは間違いないでしょうけど……』
『謎は深まるばかりじゃのう』
『ええ。ですがディントス様、貴方には“心当たり”があるのではないですか?』

 皆の視線が一斉にディントスへ集中する。
 ディントスは動じることなく、ゆっくりと瞑目しては開いて。

「……その理由は?」
『私がディントス様のもとへピットを遣わせたのは、ペルセポネの使いサリエルの情報を知るためであり、長居するつもりはありませんでした』


 ――知らせることでもないと思ったのです。ちょっと行って帰ってくるつもり……“でした”。


 パルテナの言葉が脳裏に過ぎる。その続きが語られようとしていると察し、ピットとブラックピットは真剣に耳を傾ける。

『ですが、ディントス様がからくり兵と交戦中であると知り、目的を変更しました。私の奇跡で加速したピット達は無事に内部に到着。……違和感を感じたのはその時です。からくり兵はピット達を攻撃しませんでした。追いつける速さであったのに』
「言われてみれば……」
「初めの時は問答無用で襲いかかってきたのに」

 それは『からくり兵』と名づける前、ピットが初めて遭遇した際。からくり兵はピットを襲った。

『……わらわの神殿を襲撃した時よりかも、統率が取れていたのじゃ』
『ええ。あの者達の狙いは間違いなくディントス様。しかし、疑問が一つあります。どうしてディントス様を狙ったのか。私には力を欲する以外にも、“別の何か”があるように思えるのです。でなければ、あのように高性な機械を造れる者が、神器神の力を狙う意図が分かりません』

 最後にパルテナは、改めてディントスに問いかける。

『ディントス様、お答え願います。冥府界を襲い、女神の体を支配し、神の奇跡まで弾くことを可能とした機械を造れる人物に。心当たりがあるのでは?』
「……」

 ディントスは黙していた。話すか話さぬべきか、悩んでいるようにも見えた。
 やがて長い沈黙を経て、ディントスは点頭しながら口を開く。

「……ワシは長い間、“ヤツ”のことを禁忌として記憶の隅に追いやっておった。ワシもまだ若かったからのう。ヤツと同じ夢を追いかけそうになったんじゃ」

 台座から降りたディントスはピット達に背を向け、思い起こす。己が“禁忌”として扱った、ある神のことを。

「ヤツの名は――『ヘパイストス』。ワシの一番弟子じゃった」
『……どうかお聞かせください』
「もう隠し通せるものでもなかろう。話してやる」


★★★★


「『ヘパイストス』は生粋の職人でな、才があった。明るい性格ではなかったが真面目でのう。ひたむきに武器と向き合っておった」

 語るディントスの声音は穏やかなものだった。弟子だった『ヘパイストス』に対する想いが伝わってくる。

「じゃが、ヤツは生まれながら己の容姿を醜いものと思っておった。ゆえに、完璧な存在である物に憧れたんじゃ。……それが歪んだのはいつじゃったかのう。ヤツは自分が完璧であることを強く望み、“機械仕掛けの神”を作り出してしまったんじゃ」
『“機械仕掛けの神”……? それって、お話の技法ですよね……?』

 ペルセポネがまだ人間として暮らしていた頃。お話のどんでん返しとして用いられる言葉だと、本で読んだことがあった。

「そうじゃ。それをヤツはえらく気に入っての。機械仕掛けの神を造り、自身の魂を宿そうとしたのじゃ。己の肉体を捨ててのう」
『そ、そんなことが本当に……⁉︎』

 驚愕の声を上げるナチュレに、ディントスは軽く首を横に振る。

「いんや、失敗したんじゃよ。ヤツの魂は物言わぬ機械の体と融合はしたが、それだけじゃ。生きたまま動けぬ存在となってしまった。……ワシはそんなヤツを、機械もろとも破壊した」

 「それが、ワシが知っている『ヘパイストス』のことじゃよ」とディントスは話を締め括る。
 衝撃的な内容に、ピットも、パルテナも、そして一番の被害者であるペルセポネも。一様に閉口した。
 ディントスは彼らに振り返ると、苦しげに眉をひそめて。

「……新しき冥府の女神よ。ワシが頼めたことではないが、どうかお願いじゃ。ヤツの魂を、在るべき場所に還しておくれ」
『わた、しが……』
「そうじゃ。お主にしか、出来ぬことじゃろう」
『……‼︎』

 ペルセポネは言葉を詰まらせ、パルテナの隣その場から飛び去ってしまう。引き止めようとした手を伸ばしたパルテナはその手を胸元に置き、ビジョンに向き直る。

『……我が軍も出来る限り強力いたします。いいですね、ピット』
「やってやりますとも!」
『アロン、ブラックピットよ。これより自然軍はい、た、し、か、た、な、く、パルテナ軍及び冥府軍と共同戦線を張る! 心得よ!』
「畏まりましたナチュレ様」
「ちゃっちゃと片付けてやるぜ」

 彼らの言葉に、ディントスは満足げに目を細めた。

『ディントス様。もう一つお聞きしたいことが』
「なんじゃ」
『「神弓オルトロス」の所在地です』
『おおっ、そうじゃ! ペルセポネはオルトロスを持っていなかったからの』
「すぐには分からん。じゃが少し時間をくれ、調べてみるからのう」

 ブラックピットが遭遇した時とは異なり、先のペルセポネは『神弓オルトロス』を武器としていなかった。もしかしたらサリエルが奪還したのかもしれない――と一縷いちるの望みをかける。

「あと……」
「ま〜だあるのか」
「コレ、どうしたらいい?」

 と、ブラックピットが手に持つ神器を軽く掲げた。それはナチュレの指示で別行動していた際、からくり兵に持ち去られるところを奪取したものである。げんなりしていたディントスは思い出したかのように目を開く。

「調整は終わったからの、本人に渡しといておくれ」
「というと……コレがサリエルの新しい神器なのか?」
「その通りじゃ! その名も『銃槍バイデント』!」

 二叉の槍先の中心に銃口が伸びている――槍と銃、二つの機能を持つ神器『銃槍バイデント』。中央には紫色の蝶が形どられている。

「エクリプスの機能はそのままに、近接戦闘にも長けておる自信作じゃ」
「おおっ! カッコいい!」
『そなたのものではなかろう』
『責任を持って、サリエルにお届けします』
「任せたぞ。じゃぁ、ワシはオルトロスを探してくるかのう」
『私達も帰りましょうか』
『うむ。まとめて回収するぞ』


 帰還して早々。ピットとパルテナのもとに、イカロス兵が飛び込んで来た。

「パルテナ様! ピット隊長! このような書き置きが……」
「書き置き? 一体誰の?」

 イカロスから渡された紙には差出人の名前はなく。ただ一筆、『姫様を迎えに来たわ』としたためられているだけ。

「姫様って?」
「……ペルセポネのことでしょう。彼女は今どこに?」
「分かりません。総力を挙げて捜索しておりますが……」
「パルテナ様のお側にいたのでは?」

 パルテナは「いいえ」と目を伏せ、ディントスの言葉を聞いて飛び出してしまったのだと答える。

「彼女にとって、ディントス様のお願いは負担でしょう。……ですので、止めはしませんでした。神殿から出ることもないと思っていましたので……」
「そうでしたか……。とにかく、ボクも探してきます! 心配ですから!」

 その後、ピットも捜索に加わるが。蝶となったペルセポネを見つけることは出来なかった……。


4章:名もなき奇跡 6章:反撃の兆し
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