パルテナの鏡 - 機械仕掛けのレクイエム -
9章:機械仕掛けのレクイエム
東雲 色の空が陽の訪れを知らせる明朝、誰もが地上の絶景に目を奪われる。これから赴く地では決してお目にかかれない光景に、誰もがまたこの景色を双眸に移さんと息巻く。
そんな中、魔王城の一角に招集された彼らは、瞼を閉じ眠りにつくペルセポネの『本体』と傍らを浮遊する黒い蝶の『魂』の融合を見守っていた。昨晩の疲れも忘れ魅入る彼らの視線を受けつつ、自身の額に翅を休めたペルセポネはそのまま光粒となって体の中へ。数秒も経たずに、ぴくりと指先を揺らしては長い睫毛を震わせた。
「ペルセポネ様……!」
「サリ……エル……君」
最も彼女の身を案じていたサリエルが身を乗り出すと、ペルセポネの双眸はハッキリと彼の姿を映した。力なく名前を呟く彼女に、サリエルは感極まりながらも「はいっ……!」と頷く。
艶やかな髪を揺らしながら上体を起こしたペルセポネは、自身の手のひらを握っては開きを繰り返し動作確認。それを見たウィルドは自身が製薬した眠り薬の後遺症はほぼないと判断。上手くいって良かったと胸を撫で下ろす。
『ペルセポネ。体のほうはどうですか?』
「まだ少し違和感が残りますが、問題ありません」
『やはり肉体があるのが一番のよう』
パルテナとナチュレが揃って笑みを湛えている様子が目に浮かぶ。ピットとブラックピットもペルセポネの復活に、反応に大差はありながらも嬉しそうだ。
そこに、コンコンとノックを鳴らし扉から顔を覗かせたのは魔神タナトス。主君の様子を見に来たのかと思いきや、どうやら別件らしい。
「プリンセス。集められるだけ集めておきましたデスよ」
「ありがとうございます」
タナトス以外の面子が疑問符を浮かべる中、ペルセポネは微笑を口元に。
「皆様もどうかエントランスホールにお集まりください。私は少し寄り道してから向かいます」
彼女の言葉を訝しみながらも、ピット達四人は指示通りエントランスホールへと向かう。見送るや否やベッドから足を下ろしたペルセポネは身支度を整え、彼らとは反対側の道へと進んだ。
「うわぁ……」
『まさしく魑魅魍魎 ……いや、百鬼夜行かも?』
エントランスホールに足を踏み入れたサリエルとタナトスを除く三人は、眼前の景色に悪寒が走る。
視界いっぱいを埋め尽くすのは、モノアイやミックを始めとした下っ端魔物やガニュメデなど中型魔物の類い。開かれた扉の先では、中に入れなかったホエールといった大型魔物が周囲をゆったりと浮遊しているのが確認出来る。
彼らが宿敵であるピットやブラックピットを前に大人しいのは、ひとえに幹部であるサリエルとタナトスの二人が待機を命じているからだ。これだけの数を相手取るのは、さすがの二人でも苦戦を強いられるであろう。協力しといて良かった。
そうしているうちに、ホールで待機している魔物達が声なき声を上げる。彼らの主君である女神、ペルセポネが神弓《オルトロス》片手に靴音を響かせながら悠然と現れたからだ。その姿に、彼女を見守ってきたピット達は“見違えたようだ”と意見を揃える。もう、あのオドオドとしていたか弱き少女の面影はない。【冥府軍】総指揮官として凛とした雰囲気を纏う彼女は、この場に集いし全員に向けてゆっくりと言葉を発した。
「皆さん、私の言葉に耳を傾けていただきありがとうございます。出撃を前に、どうか私の話を聞いてください」
静寂に転がる鈴の音のような声に、神も天使も魔物も人間も関係なく、耳を傾ける。
「今回のことはひとえに私の力不足にあります。その上で、もう一度力を借りることをお許しください。
光溢れる地のため、自然豊かな地のため、どんな屈強にも負けない地のため、そして、死せる魂が辿り着く地のために」
手にした《オルトロス》がペルセポネの手から離れ、くるくると旋回しながら宙に舞う。
そうして一定の高さで留まれば、純白の輝きに紫の光が収束するかの如く集う。紫色の光はやがて全体を包む。
「我が名は冥王ペルセポネ! 冥府の地を統べる女神! 我が名に連ねる者達よ、死せる者の安息の地を取り返す! 此度の戦いの勝利をもって──この怨嗟を断ち切る‼︎」
声を張り上げたペルセポネに合わせ、《オルトロス》の光が弾かれる。
しかしそこに在ったのは神弓ではなく──大鎌とカンテラで構成された《冥導杖レクイエム》。変化した杖の柄を手にしたペルセポネは、軽く振るってその存在を見せつけた。
彼女の演説に【冥府軍】の魔物達は雄叫びともとれる奇声を上げ、彼らの肌を痺れさせる。彼らの士気の高まりにあてられたのか、ピットとブラックピットの双眸にも炎が宿る。
『おーおー、賑わっておるのぉ』
『サリエル。この演説はアナタが?』
パルテナの問いにサリエルは首を横に振って否定。
「僕は何も関わっておりません。でなければ、このような景色を目の当たりにすることはなかったでしょう」
そう憂いを帯びた瞳でペルセポネの背中を見つめた。
パルテナは『ふふっ、そうですか』と何処となく機嫌が良さげに返答。女神の矜持を示した場面に立ち会えたのが嬉しかったのだろうか。
「サリエル君」
余韻に浸るのもほどほどに。目線だけで訴えてきたペルセポネに、サリエルは軽く頷く。
「これより、突入準備を開始する! 総員配置につけ!」
幹部の命を受け、魔物達は一斉にエントランスホールの扉から外へ。
対するピット達は魔王城のバルコニーへと向かい、各々の獲物を構える。
「総員──出撃‼︎」
黒白の天使は女神の奇跡で、冥王と堕天使と魔神は浮遊で、人間は箒に跨り、魔王城を出立した。
★☆☆
「戦いに発展する前に、今回の作戦についてご説明します」
魔物達を先行に上空を飛行中、サリエルは冥府城で待ち構えるヘパイストス討伐ミッションの概要について説明を始めた。
「まず僕らが出撃する前に、先鋒部隊……パンドーラ様率いる一部の【冥府軍】らが冥府界の道を切り拓いてくれています」
「だから姿が見えなかったんだ……」
得心いったように呟くピットの言葉を軽く流し、作戦概要説明を続ける。
「僕達後続部隊はパンドーラ様と合流後、とりわけここにいるメンバーは冥府界に突入次第、元凶であるヘパイストス様がいるであろう王座の間に向かいます。【からくり兵】の対処はパンドーラ様とタナトス様にお任せします」
「ハイハイ」
億劫げなタナトスの態度にそれでいいのかと半目を向ける。だがそれが却って緊迫していた空気を弛緩させる結果となり、力んでいた肩の力が少しだけ抜ける。
「っ……」
特に冥府の女神であるペルセポネは杖を固く握り締め表情が強張っていたため、隣を並行するとんがり帽子を被ったウィルドが不安げに顔を覗き込む。
「大丈夫?」
「あっ、うん、大丈夫……ありがとう」
固くはあるものの微笑みで返されたウィルドは、小さく笑みをこぼした。
「ところでウィルド、その箒はどうしたの?」
サリエルは数分前に「移動手段については心配要らない」と言われてから今の今まで疑問に思っていたことを尋ねる。
ウィルドはエメラルドの宝石が輝く箒──《エメラルドブルーム》を一瞥。質問に答えた。
「これは家の倉庫で眠ってたのを引っ張り出したんだよ。パルテナ様が精霊に力を借りれば空を飛べるかも知れないって仰ってくれてね、試してみたんだ」
『たしかに風の精霊の力が働いておる。そなたらの翼より優秀かもしれぬな』
「がーん」
そんな軽口を交わし合っていた彼らは、不意に気を引き締める。
先行する魔物達が【からくり兵】と交戦を開始したからだ。
「やっぱり抑えきれなかったか……」
「ボク達も加勢する?」
ピットの申し出をサリエルは断腸の思いで却下。
「到着する前に二人の奇跡が切れるのは不味い。彼らには悪いけど、このまま直行する」
一行に道を切り開くが如く、【からくり兵】との戦いに準じる魔物達。目の前で自軍の兵士が消滅してしまうのを目の当たりにしながらも、ペルセポネは前だけを見据えた。
パルテナとナチュレが速度を上げ、他の四人もそれに合わせる。ようやく見えてきた冥府界の入り口に、一行の視界は眩い光に包まれた。
吹き荒むのは死の息吹。運ぶのは死の雪冷。緋色に染まる空、照らされるのは死の大地。
「……帰ってきた」
光が晴れた頃、飛び込んできた景色にペルセポネは安堵にも似た嘆息をこぼす。しかしそんな情緒を邪魔するが如く、【からくり兵】がわんさかとこちらに向かってきていた。
「タナトス様! パンドーラ様! ここはお願いします!」
「はぁい♡」
「仕方ないデスねぇ」
【冥府軍】の魔物を引き連れて見参したパンドーラと、タナトスが【からくり兵】の群れに飛び込む。彼らが足止めしてくれているうちに──サリエルを先頭に、一行は冥府城を目指す。
『しかしサリエル。城内にも【からくり兵】はいるようですよ? ヘパイストス戦を前にヤラレチャッタ、なんてことになりかねませんか?』
すでに城内の様子を把握しているパルテナの力に脱帽しつつも。サリエルはそれについて妙案を提示。
「理解しております。ですので、裏ルートからヘパイストス様の元まで参ります」
「裏ルート?」
「とりあえず僕についてきて。……あそこに着地します」
追尾しようとする【からくり兵】を振り切るように速度を上げ、サリエルの指示のもと冥府城の一角に着地。
(……アレ? 前にもこんなことがあったような?)
類似した出来事を想起しようとピットは思案を巡らせるも、「行くぞ」とブラックピットに声を掛けられればそこまで。もう歩き出している仲間達の最後尾に並ぶ。
「っお下がりくださいペルセポネ様!」
「貫け!」
と、気迫のこもった顔つきでペルセポネを下がらせたサリエルは、遭遇したからくり兵・ボックンキャノンと遭遇。タコ壷からミサイルを発射される前にペルセポネと入れ違いに飛び出したブラックピットが《ブラピの狙杖》で機械を破壊。これを皮切りにからくり兵・ボックン一味が彼らの行手を阻む。
「ピット!」
「合点承知!」
前衛に躍り出たサリエルとピットが、からくり兵・ボックンとからくり兵・ボックンズムを対処。からくり兵・ボックンキャノンとからくり兵・ボックンメイジはブラックピットが対処しているが、多勢に無勢で押されている。
ブラックピットの傍らで待機していたペルセポネは意を決し、杖に神力を蓄える。
「二人とも屈んで!」
飛来した声にピットとサリエルは咄嗟に身を屈み、彼らの頭上を青い炎を纏し半円状の斬撃が通過。斬撃はボックン一味をからくり兵たらしめる機械を軒並み破壊。解放されたボックン一味は、女神との再会を喜んだ。
「い、今のがペルセポネの力……?」
「《オルトロス》の影響もあるだろうけど、そうだね」
戯れもほどほどに。他の【冥府軍】達と合流するように指示を下したのち、彼らは進軍を再開。
「あっ……ここって!」
そうして辿り着いた扉を前に、ピットはようやく思い出す。
「サリエルの仕事部屋だ!」
以前、ペルセポネの挨拶にと冥府城を訪れた際に案内された部屋がここ、サリエルの執務室。扉を開ければやはりといった具合に書類の山が至るところで積まれているうえに、【からくり兵】の襲撃によるものか床に書類が散乱していた。
「良かった。何も手をつけられていないようだ」
サリエルのほっとした様子に、どうしてと言わんばかりに視線が集中する。
「この執務室は、僕がいつでもペルセポネ様の元に参上できるようにいろんな場所へと続く隠し通路があるんだ」
『なるほどの、それで大ボスのもとまで一直線というわけじゃな』
「はい。これで無駄な体力を消費せず迎えます」
サリエルが執務机に置かれた用途不明の謎石像を引けば、ガコンッという音が響く。どこに扉があるのかと一同が周囲を見渡す中、サリエルは机の下を指して。
「ここから隠し通路に行けるよ」
まさかの場所に若干肩を落とす者もいるところで。サリエルが飛び込んだのを機に、ピット達も追従する。
★★☆
「【ᛘ 】!」
ウィルドが手にする長杖《マギアロッド》の先端が淡く光ると同時、隠し通路の入り口が固い土で塞がれた。
『ぐぬ……もう精霊を使いこなしておるとは……』
何やら悔しがるナチュレをよそに、すごいすごい! とピットははしゃぐ。
「パルテナ様の【奇跡】みたいだね!」
「【奇跡】って?」
「神様方が使う魔法みたいなものだよ」
地下通路を先行するサリエルが答えると、最後尾のウィルドは興味が湧いたようで。
「例えばどんな【奇跡】があるんですか?」
「ボク達を空に飛ばせてくれる【飛翔の奇跡】とか!」
「え?」
これにウィルドは驚きを露わにする。なぜなら……。
「天使様って自力で飛べなかったの?」
「「ぐはぁっ!」」
「え、黒天使様も……⁇」
見えない攻撃に心臓を撃ち抜かれた約二名。サリエルは微苦笑を浮かべ、ペルセポネはどう声をかけようか悩む始末。
『仕方ありませんね……。ピットのそれは生まれつきだから』
『ブラックピットも初めは飛べていたんだがのぉ』
「そうなのですね……」
女神の会話にペルセポネが悲しげに目を伏せる一方、ウィルドは目を丸くする。
「じゃあハンデがある中で地上を守ってくれてたってことですか?」
「そう……言えなくもないけど」
「凄い! 飛べないからって傍観せず、人間の為に戦ってくれてたなんて! 改めてありがとうございます!」
曇りなき瞳を爛々と輝かせるウィルドの言葉に、先程までの落ち込みようはどこへやら。ぱあっと破顔したピットは最後尾のウィルドのもとへ駆け寄り、その両手を取った。
「飛べないことを感謝されたのは初めてだよ!」
「そ、それは良かったです」
「あ、敬語は使わなくていいよ。ボクのことも、名前で呼んでよ!」
「うん、わかった!」
『単純よのぉ、パルテナ』
『まあそこがピットのいいところですから』
「ブラピはブラピでいいからね!」
「巻き込むな‼︎」
最終決戦前とは思えない雰囲気にペルセポネは思わず、小さく吹き出してしまう。ハッと意識を戻せば、こちらを見ていたサリエルが優しく微笑んでおり羞恥心に頬を赤らめる。
そうして進軍すること数分。地下通路に明らかな異変を発見。
「通路が瓦礫で塞がってる……?」
重なる岩石を前に、察しがいい女神達は『気を引き締めなさい』と通告。
『この上こそ、王座の間。目標地点です』
『準備はいいかの?』
ピットは《パルテナの神弓》を、ブラックピットは《ブラピの狙杖》を、サリエルは《銃槍バイデント》を、ペルセポネは《冥導杖レクイエム》を、ウィルドは《マギアロッド》を。
各々構え、呼吸を整える。
「突入する」
サリエルは地上への扉を豪快に蹴り飛ばすと、すぐさま王座の間の床に着地。臨戦体勢を整えている間にも、ピットを始めとする一同が登場。サリエルとペルセポネを除いた一同はその変わり果てた姿に一驚 する。
「こ、この人形がヘパイストスだって⁉︎」
『俄には信じがたい話なのじゃ……』
『ですが、人形から放たれるエネルギーはまさしく神々のもの。ディントス様のお話にあった通り、ヘパイストスの魂が宿る人形で間違いないでしょう』
神々のイメージとはかなりかけ離れた姿にピットとナチュレが口々に感想を述べ、冷静にパルテナが事実だと認める。
繋がれた系によって不揃いな顔を持ち上げられ、ガラス玉の瞳で五人の姿を捉えたヘパイストスはケタケタと哄笑を上げれば──神器、巨塔よりも遥かに大きい腕が振り上げられ彼ら目掛けて振り落とされた。これを合図にヘパイストスとの戦いの火蓋は切られた。
『高エネルギー反応キャッチ! 動力源である魂は人形の心臓部に内属されているようです』
『しかし周りの装甲を剥がさんことにはどうにもならん。まずは腕から切り落としてやるのじゃ!』
「「「了解!」」」
『流石神器神の弟子といったところでしょうか、体の至るところに銃口が仕込まれています。被弾に注意なさい』
ヘパイストスに下半身はなく、逃げ回れる心配はない。剛腕による攻撃は恐ろしいものだが巨体な分動きは鈍く、しっかりと見極めれば対処可能だ。
「僕がヘパイストス様の視界を妨げている間に二人は攻撃をお願い」
「わかったよ、サリエル!」
自身の飛行能力を活かしてヘパイストスの目玉に攻撃を加える。お返しとばかりに額から大量の弾丸がサリエルに降りかかるが、ひらりひらりと躱しつつ注意を引きつける。その間、ピットとブラックピットは左右それぞれの腕に射撃で攻撃を与え、じわじわと弱らせていく。
「ウィルド君!」
天使三人の戦いを一歩後ろから見据えていたペルセポネはウィルドを呼び、思わず見入っていた彼の意識は現実に引き戻される。
「お願い! 私を頭上まで連れて行って! あの系を切ることが出来れば、動きは止まると思うの!」
「っ……分かった! 【ᚫ 】!」
風の精霊を召喚したウィルドは箒に跨り、宙を浮く。差し出された手のひらを掴んだペルセポネはその後ろに跨り、弾丸飛び交う中を紙一重で飛行する。
ピット達が引き付けてくれているおかげか、弾丸は軽く躱せる程度。ウィルドは頭上へと到着すると、ペルセポネの名を呼んだ。
「お願い!」
「うんっ!」
すれ違いざまに振るったペルセポネの鎌が糸を捉え、ぷつんっと弾け飛ぶ。同時に、ピットが相手をしていた右腕が床に落ちたかと思えばそのまま動かなくなり、最後の抵抗とばかりに弾丸だけが発射されるも。動きを封じられ方向が定まらない中では避けるのも容易く、ピットは安全地帯を走り抜け、肩と腕の間を神弓で攻撃。胴体から切り落とす。
「やったぁ! ……うわっ⁉︎」
その様子を空中から見下ろしていたウィルドは歓喜の声をあげるが、すぐに銃弾が頬を掠め冷や汗を垂らす。それを皮切りに空中にいる彼らが厄介だと感じたのか、サリエルに向けられていた弾雨が二人に降り注ぐ。──それを。
『『「【反射板の奇跡】!」』』
三女神による長方形の障壁が阻み、反射された弾が全てヘパイストスへ返される。この攻撃がトドメとなり、ブラックピットが相手にしていた左腕も胴体から切り落とされ、沈黙。バチバチと火花散る胴体は脆くなり、あとは胸を覆う装甲だけだ。
『ブラックピット!』
『ピット!』
『『転送!』』
パルテナとナチュレの声が重なり、彼らの頭上からとある神器が転送される。
ピットとブラックピットは神弓と狙杖を返還し、“それ”を腕に装着しながら走り抜ける。目指すは胸元。地を蹴り、高く跳躍し、腕を引き──裂帛の声とともに打ちつける。
「ダッシュアッパー!」
「デンショッカー!」
二人の剛腕による重い一撃は大打撃を与え、固い装甲が剥がれ落ちる。
現れたのは幾つものチューブで繋がれたヘパイストスの魂。着地したサリエルが銃口をチューブへと向け、目に見えぬ速さで全てを撃ち抜き、魂を解放。
『今です! ペルセポネ!』
「はいっ!」
ギリギリまで距離を詰めたウィルドの箒から飛び降り、手にした鎌をヘパイストスの魂に深く深くめり込ませる。
──瞬間、青白い光が王座の間を包み込んだ。
冥府城の周囲で【からくり兵】との交戦中。突如として【からくり兵】に装着された機械が軒並み破壊。解放された【冥府軍】の魔物達は自分達におかれた状況を理解出来ず、辺りをキョロキョロと見渡す。
その様子にタナトスとパンドーラは攻撃を中止。城の内部から洩れる青白い光を静かに見守る。
ガラガラと音を立てて崩れ落ちる、機械を愛し、恋焦がれた神の末路。
手にした鎌の先端が深く食い込む魂から、ピシッ、と亀裂が走る。それは、輪廻転生も叶わない魂の“完全消滅”を意味していた。
まるで涙を流すかのように滴る光粒に、冥府の女神は声高らかに歌う。
ようやく終わりを迎えられる魂に捧げよう。
“機械仕掛けのレクイエム”を。
小さく、ほんの僅かに、彼の人形の指先が天へ還るように向けられては力尽きた。
こうしてヘパイストスの魂は消滅した。
勝利のファンファーレはなく、王座の間には少女の啜り泣く声だけが響く──……。
★★★
事件解決から数日後──。
冥府城、王座の間は珍しく賑わいを見せていた。それもここを拠点とする【冥府軍】以外にも、【パルテナ軍】や【自然軍】、はたまた無所属の者まで集い、垣根を越えて談笑を交わしていた。
「いよいよですね、パルテナ様!」
「はい。なんとか間に合って良かったです」
「一時はどうなるかと思ったのじゃ」
「フン、良い勉強になっただろうよ」
最前列に並ぶ天使と女神の四人の口元は緩んでおり、これから行われる儀式を今か今かと待ち侘びている。
「どうやら間に合ったみたいじゃな」
「ディントス様」
立派な髭を摩りながら登場した神器神は、どことなくしんみりとした様子だった。無理もない。弟子であったヘパイストスの魂は破壊され、二度と言葉を交わすことも叶わないからだ。それでもここへ赴いたのは、彼なりのせめてもの感謝なのであろう。
「カロン様! こちらですよ〜」
「……」
「おやおや、カロンじゃないデスか〜。珍しいデスねぇ」
「あはっ、相変わらずむ、く、ち〜」
「……五月蝿い」
渡し守のカロンに運んでもらったらしいウィルドも到着。そうして役者が出揃ったところで、いよいよ儀式──ペルセポネが“正式”に冥府の主として認められる女神の儀が執り行われた。
「綺麗……」
一同の前に現れた少女の服装は普段と異なり、【パルテナ軍】から賜った冠を、【自然軍】から賜ったマントをはためかせ、ゆっくりと一歩ずつ歩む。彼女の後ろには《冥導杖レクイエム》を手にするサリエルの姿が。
ある場所で歩を止めたペルセポネの前に、サリエルが杖を掲げたまま跪く。
美しい所作で杖を手にしたペルセポネは頭上に大きく掲げ、一回転。柄を握り、石突きを地面に平行に立て、閉じていた瞼を開いた。
「今これより、我が女神ペルセポネは冥府界に君臨する。死せる者の魂の安寧の地となるべく、この身を捧げる」
少女──否、ひとりの女神が冥府界に君臨した瞬間。祝福するように、この場に集いし者が盛大な拍手を響かせたのだった。
儀式が終われば、ペルセポネやサリエルを交え、再び王座の間は活気に満たされた。
ペルセポネの成長を喜ぶ者、サリエルの努力を労る者。様々な会話が交わされる中、進み出たウィルドはとある袋を差し出した。
「地上界のもので申し訳ないけど……お花の種。なるべく生命力が高いものを選んだよ」
「お花の種……」
「……冥府の女神様。僕が死ぬ前に、この世界にお花畑を作っておいてよ」
それは紛れもなく『人間』の願いで、大切な友人のささやかな応援。
「……分かった。頑張るね」
「うん」
そうして遠ざかっていくウィルドの背を見送ると、ペルセポネは傍らに佇むサリエルに視線を向ける。
「サリエル君。これからもよろしくね」
「はい、もちろん。僕は冥王ペルセポネ様の使い、堕天使サリエルですから」
柔和な表情を前にペルセポネは少しだけ視線を逸らして──耳元で囁く。
“大好きだよ、サリエル君”
「ペルセポネ〜!」
「あっ、うん!」
ピットに呼ばれたペルセポネがぱたぱたと駆けて行く。
ひとり残されたサリエルは、まだ吐息の熱が残る耳を抑え──らしくもなく顔を真っ赤にした。
どこまでも続く空は何色だろう。
きっと、どんな色だって飛んでいける。
素敵な翼でも、機械仕掛けの翼でも。
そこに『心』があるのなら。
Fin.
そんな中、魔王城の一角に招集された彼らは、瞼を閉じ眠りにつくペルセポネの『本体』と傍らを浮遊する黒い蝶の『魂』の融合を見守っていた。昨晩の疲れも忘れ魅入る彼らの視線を受けつつ、自身の額に翅を休めたペルセポネはそのまま光粒となって体の中へ。数秒も経たずに、ぴくりと指先を揺らしては長い睫毛を震わせた。
「ペルセポネ様……!」
「サリ……エル……君」
最も彼女の身を案じていたサリエルが身を乗り出すと、ペルセポネの双眸はハッキリと彼の姿を映した。力なく名前を呟く彼女に、サリエルは感極まりながらも「はいっ……!」と頷く。
艶やかな髪を揺らしながら上体を起こしたペルセポネは、自身の手のひらを握っては開きを繰り返し動作確認。それを見たウィルドは自身が製薬した眠り薬の後遺症はほぼないと判断。上手くいって良かったと胸を撫で下ろす。
『ペルセポネ。体のほうはどうですか?』
「まだ少し違和感が残りますが、問題ありません」
『やはり肉体があるのが一番のよう』
パルテナとナチュレが揃って笑みを湛えている様子が目に浮かぶ。ピットとブラックピットもペルセポネの復活に、反応に大差はありながらも嬉しそうだ。
そこに、コンコンとノックを鳴らし扉から顔を覗かせたのは魔神タナトス。主君の様子を見に来たのかと思いきや、どうやら別件らしい。
「プリンセス。集められるだけ集めておきましたデスよ」
「ありがとうございます」
タナトス以外の面子が疑問符を浮かべる中、ペルセポネは微笑を口元に。
「皆様もどうかエントランスホールにお集まりください。私は少し寄り道してから向かいます」
彼女の言葉を訝しみながらも、ピット達四人は指示通りエントランスホールへと向かう。見送るや否やベッドから足を下ろしたペルセポネは身支度を整え、彼らとは反対側の道へと進んだ。
「うわぁ……」
『まさしく
エントランスホールに足を踏み入れたサリエルとタナトスを除く三人は、眼前の景色に悪寒が走る。
視界いっぱいを埋め尽くすのは、モノアイやミックを始めとした下っ端魔物やガニュメデなど中型魔物の類い。開かれた扉の先では、中に入れなかったホエールといった大型魔物が周囲をゆったりと浮遊しているのが確認出来る。
彼らが宿敵であるピットやブラックピットを前に大人しいのは、ひとえに幹部であるサリエルとタナトスの二人が待機を命じているからだ。これだけの数を相手取るのは、さすがの二人でも苦戦を強いられるであろう。協力しといて良かった。
そうしているうちに、ホールで待機している魔物達が声なき声を上げる。彼らの主君である女神、ペルセポネが神弓《オルトロス》片手に靴音を響かせながら悠然と現れたからだ。その姿に、彼女を見守ってきたピット達は“見違えたようだ”と意見を揃える。もう、あのオドオドとしていたか弱き少女の面影はない。【冥府軍】総指揮官として凛とした雰囲気を纏う彼女は、この場に集いし全員に向けてゆっくりと言葉を発した。
「皆さん、私の言葉に耳を傾けていただきありがとうございます。出撃を前に、どうか私の話を聞いてください」
静寂に転がる鈴の音のような声に、神も天使も魔物も人間も関係なく、耳を傾ける。
「今回のことはひとえに私の力不足にあります。その上で、もう一度力を借りることをお許しください。
光溢れる地のため、自然豊かな地のため、どんな屈強にも負けない地のため、そして、死せる魂が辿り着く地のために」
手にした《オルトロス》がペルセポネの手から離れ、くるくると旋回しながら宙に舞う。
そうして一定の高さで留まれば、純白の輝きに紫の光が収束するかの如く集う。紫色の光はやがて全体を包む。
「我が名は冥王ペルセポネ! 冥府の地を統べる女神! 我が名に連ねる者達よ、死せる者の安息の地を取り返す! 此度の戦いの勝利をもって──この怨嗟を断ち切る‼︎」
声を張り上げたペルセポネに合わせ、《オルトロス》の光が弾かれる。
しかしそこに在ったのは神弓ではなく──大鎌とカンテラで構成された《冥導杖レクイエム》。変化した杖の柄を手にしたペルセポネは、軽く振るってその存在を見せつけた。
彼女の演説に【冥府軍】の魔物達は雄叫びともとれる奇声を上げ、彼らの肌を痺れさせる。彼らの士気の高まりにあてられたのか、ピットとブラックピットの双眸にも炎が宿る。
『おーおー、賑わっておるのぉ』
『サリエル。この演説はアナタが?』
パルテナの問いにサリエルは首を横に振って否定。
「僕は何も関わっておりません。でなければ、このような景色を目の当たりにすることはなかったでしょう」
そう憂いを帯びた瞳でペルセポネの背中を見つめた。
パルテナは『ふふっ、そうですか』と何処となく機嫌が良さげに返答。女神の矜持を示した場面に立ち会えたのが嬉しかったのだろうか。
「サリエル君」
余韻に浸るのもほどほどに。目線だけで訴えてきたペルセポネに、サリエルは軽く頷く。
「これより、突入準備を開始する! 総員配置につけ!」
幹部の命を受け、魔物達は一斉にエントランスホールの扉から外へ。
対するピット達は魔王城のバルコニーへと向かい、各々の獲物を構える。
「総員──出撃‼︎」
黒白の天使は女神の奇跡で、冥王と堕天使と魔神は浮遊で、人間は箒に跨り、魔王城を出立した。
「戦いに発展する前に、今回の作戦についてご説明します」
魔物達を先行に上空を飛行中、サリエルは冥府城で待ち構えるヘパイストス討伐ミッションの概要について説明を始めた。
「まず僕らが出撃する前に、先鋒部隊……パンドーラ様率いる一部の【冥府軍】らが冥府界の道を切り拓いてくれています」
「だから姿が見えなかったんだ……」
得心いったように呟くピットの言葉を軽く流し、作戦概要説明を続ける。
「僕達後続部隊はパンドーラ様と合流後、とりわけここにいるメンバーは冥府界に突入次第、元凶であるヘパイストス様がいるであろう王座の間に向かいます。【からくり兵】の対処はパンドーラ様とタナトス様にお任せします」
「ハイハイ」
億劫げなタナトスの態度にそれでいいのかと半目を向ける。だがそれが却って緊迫していた空気を弛緩させる結果となり、力んでいた肩の力が少しだけ抜ける。
「っ……」
特に冥府の女神であるペルセポネは杖を固く握り締め表情が強張っていたため、隣を並行するとんがり帽子を被ったウィルドが不安げに顔を覗き込む。
「大丈夫?」
「あっ、うん、大丈夫……ありがとう」
固くはあるものの微笑みで返されたウィルドは、小さく笑みをこぼした。
「ところでウィルド、その箒はどうしたの?」
サリエルは数分前に「移動手段については心配要らない」と言われてから今の今まで疑問に思っていたことを尋ねる。
ウィルドはエメラルドの宝石が輝く箒──《エメラルドブルーム》を一瞥。質問に答えた。
「これは家の倉庫で眠ってたのを引っ張り出したんだよ。パルテナ様が精霊に力を借りれば空を飛べるかも知れないって仰ってくれてね、試してみたんだ」
『たしかに風の精霊の力が働いておる。そなたらの翼より優秀かもしれぬな』
「がーん」
そんな軽口を交わし合っていた彼らは、不意に気を引き締める。
先行する魔物達が【からくり兵】と交戦を開始したからだ。
「やっぱり抑えきれなかったか……」
「ボク達も加勢する?」
ピットの申し出をサリエルは断腸の思いで却下。
「到着する前に二人の奇跡が切れるのは不味い。彼らには悪いけど、このまま直行する」
一行に道を切り開くが如く、【からくり兵】との戦いに準じる魔物達。目の前で自軍の兵士が消滅してしまうのを目の当たりにしながらも、ペルセポネは前だけを見据えた。
パルテナとナチュレが速度を上げ、他の四人もそれに合わせる。ようやく見えてきた冥府界の入り口に、一行の視界は眩い光に包まれた。
吹き荒むのは死の息吹。運ぶのは死の雪冷。緋色に染まる空、照らされるのは死の大地。
「……帰ってきた」
光が晴れた頃、飛び込んできた景色にペルセポネは安堵にも似た嘆息をこぼす。しかしそんな情緒を邪魔するが如く、【からくり兵】がわんさかとこちらに向かってきていた。
「タナトス様! パンドーラ様! ここはお願いします!」
「はぁい♡」
「仕方ないデスねぇ」
【冥府軍】の魔物を引き連れて見参したパンドーラと、タナトスが【からくり兵】の群れに飛び込む。彼らが足止めしてくれているうちに──サリエルを先頭に、一行は冥府城を目指す。
『しかしサリエル。城内にも【からくり兵】はいるようですよ? ヘパイストス戦を前にヤラレチャッタ、なんてことになりかねませんか?』
すでに城内の様子を把握しているパルテナの力に脱帽しつつも。サリエルはそれについて妙案を提示。
「理解しております。ですので、裏ルートからヘパイストス様の元まで参ります」
「裏ルート?」
「とりあえず僕についてきて。……あそこに着地します」
追尾しようとする【からくり兵】を振り切るように速度を上げ、サリエルの指示のもと冥府城の一角に着地。
(……アレ? 前にもこんなことがあったような?)
類似した出来事を想起しようとピットは思案を巡らせるも、「行くぞ」とブラックピットに声を掛けられればそこまで。もう歩き出している仲間達の最後尾に並ぶ。
「っお下がりくださいペルセポネ様!」
「貫け!」
と、気迫のこもった顔つきでペルセポネを下がらせたサリエルは、遭遇したからくり兵・ボックンキャノンと遭遇。タコ壷からミサイルを発射される前にペルセポネと入れ違いに飛び出したブラックピットが《ブラピの狙杖》で機械を破壊。これを皮切りにからくり兵・ボックン一味が彼らの行手を阻む。
「ピット!」
「合点承知!」
前衛に躍り出たサリエルとピットが、からくり兵・ボックンとからくり兵・ボックンズムを対処。からくり兵・ボックンキャノンとからくり兵・ボックンメイジはブラックピットが対処しているが、多勢に無勢で押されている。
ブラックピットの傍らで待機していたペルセポネは意を決し、杖に神力を蓄える。
「二人とも屈んで!」
飛来した声にピットとサリエルは咄嗟に身を屈み、彼らの頭上を青い炎を纏し半円状の斬撃が通過。斬撃はボックン一味をからくり兵たらしめる機械を軒並み破壊。解放されたボックン一味は、女神との再会を喜んだ。
「い、今のがペルセポネの力……?」
「《オルトロス》の影響もあるだろうけど、そうだね」
戯れもほどほどに。他の【冥府軍】達と合流するように指示を下したのち、彼らは進軍を再開。
「あっ……ここって!」
そうして辿り着いた扉を前に、ピットはようやく思い出す。
「サリエルの仕事部屋だ!」
以前、ペルセポネの挨拶にと冥府城を訪れた際に案内された部屋がここ、サリエルの執務室。扉を開ければやはりといった具合に書類の山が至るところで積まれているうえに、【からくり兵】の襲撃によるものか床に書類が散乱していた。
「良かった。何も手をつけられていないようだ」
サリエルのほっとした様子に、どうしてと言わんばかりに視線が集中する。
「この執務室は、僕がいつでもペルセポネ様の元に参上できるようにいろんな場所へと続く隠し通路があるんだ」
『なるほどの、それで大ボスのもとまで一直線というわけじゃな』
「はい。これで無駄な体力を消費せず迎えます」
サリエルが執務机に置かれた用途不明の謎石像を引けば、ガコンッという音が響く。どこに扉があるのかと一同が周囲を見渡す中、サリエルは机の下を指して。
「ここから隠し通路に行けるよ」
まさかの場所に若干肩を落とす者もいるところで。サリエルが飛び込んだのを機に、ピット達も追従する。
「【
ウィルドが手にする長杖《マギアロッド》の先端が淡く光ると同時、隠し通路の入り口が固い土で塞がれた。
『ぐぬ……もう精霊を使いこなしておるとは……』
何やら悔しがるナチュレをよそに、すごいすごい! とピットははしゃぐ。
「パルテナ様の【奇跡】みたいだね!」
「【奇跡】って?」
「神様方が使う魔法みたいなものだよ」
地下通路を先行するサリエルが答えると、最後尾のウィルドは興味が湧いたようで。
「例えばどんな【奇跡】があるんですか?」
「ボク達を空に飛ばせてくれる【飛翔の奇跡】とか!」
「え?」
これにウィルドは驚きを露わにする。なぜなら……。
「天使様って自力で飛べなかったの?」
「「ぐはぁっ!」」
「え、黒天使様も……⁇」
見えない攻撃に心臓を撃ち抜かれた約二名。サリエルは微苦笑を浮かべ、ペルセポネはどう声をかけようか悩む始末。
『仕方ありませんね……。ピットのそれは生まれつきだから』
『ブラックピットも初めは飛べていたんだがのぉ』
「そうなのですね……」
女神の会話にペルセポネが悲しげに目を伏せる一方、ウィルドは目を丸くする。
「じゃあハンデがある中で地上を守ってくれてたってことですか?」
「そう……言えなくもないけど」
「凄い! 飛べないからって傍観せず、人間の為に戦ってくれてたなんて! 改めてありがとうございます!」
曇りなき瞳を爛々と輝かせるウィルドの言葉に、先程までの落ち込みようはどこへやら。ぱあっと破顔したピットは最後尾のウィルドのもとへ駆け寄り、その両手を取った。
「飛べないことを感謝されたのは初めてだよ!」
「そ、それは良かったです」
「あ、敬語は使わなくていいよ。ボクのことも、名前で呼んでよ!」
「うん、わかった!」
『単純よのぉ、パルテナ』
『まあそこがピットのいいところですから』
「ブラピはブラピでいいからね!」
「巻き込むな‼︎」
最終決戦前とは思えない雰囲気にペルセポネは思わず、小さく吹き出してしまう。ハッと意識を戻せば、こちらを見ていたサリエルが優しく微笑んでおり羞恥心に頬を赤らめる。
そうして進軍すること数分。地下通路に明らかな異変を発見。
「通路が瓦礫で塞がってる……?」
重なる岩石を前に、察しがいい女神達は『気を引き締めなさい』と通告。
『この上こそ、王座の間。目標地点です』
『準備はいいかの?』
ピットは《パルテナの神弓》を、ブラックピットは《ブラピの狙杖》を、サリエルは《銃槍バイデント》を、ペルセポネは《冥導杖レクイエム》を、ウィルドは《マギアロッド》を。
各々構え、呼吸を整える。
「突入する」
サリエルは地上への扉を豪快に蹴り飛ばすと、すぐさま王座の間の床に着地。臨戦体勢を整えている間にも、ピットを始めとする一同が登場。サリエルとペルセポネを除いた一同はその変わり果てた姿に
「こ、この人形がヘパイストスだって⁉︎」
『俄には信じがたい話なのじゃ……』
『ですが、人形から放たれるエネルギーはまさしく神々のもの。ディントス様のお話にあった通り、ヘパイストスの魂が宿る人形で間違いないでしょう』
神々のイメージとはかなりかけ離れた姿にピットとナチュレが口々に感想を述べ、冷静にパルテナが事実だと認める。
繋がれた系によって不揃いな顔を持ち上げられ、ガラス玉の瞳で五人の姿を捉えたヘパイストスはケタケタと哄笑を上げれば──神器、巨塔よりも遥かに大きい腕が振り上げられ彼ら目掛けて振り落とされた。これを合図にヘパイストスとの戦いの火蓋は切られた。
『高エネルギー反応キャッチ! 動力源である魂は人形の心臓部に内属されているようです』
『しかし周りの装甲を剥がさんことにはどうにもならん。まずは腕から切り落としてやるのじゃ!』
「「「了解!」」」
『流石神器神の弟子といったところでしょうか、体の至るところに銃口が仕込まれています。被弾に注意なさい』
ヘパイストスに下半身はなく、逃げ回れる心配はない。剛腕による攻撃は恐ろしいものだが巨体な分動きは鈍く、しっかりと見極めれば対処可能だ。
「僕がヘパイストス様の視界を妨げている間に二人は攻撃をお願い」
「わかったよ、サリエル!」
自身の飛行能力を活かしてヘパイストスの目玉に攻撃を加える。お返しとばかりに額から大量の弾丸がサリエルに降りかかるが、ひらりひらりと躱しつつ注意を引きつける。その間、ピットとブラックピットは左右それぞれの腕に射撃で攻撃を与え、じわじわと弱らせていく。
「ウィルド君!」
天使三人の戦いを一歩後ろから見据えていたペルセポネはウィルドを呼び、思わず見入っていた彼の意識は現実に引き戻される。
「お願い! 私を頭上まで連れて行って! あの系を切ることが出来れば、動きは止まると思うの!」
「っ……分かった! 【
風の精霊を召喚したウィルドは箒に跨り、宙を浮く。差し出された手のひらを掴んだペルセポネはその後ろに跨り、弾丸飛び交う中を紙一重で飛行する。
ピット達が引き付けてくれているおかげか、弾丸は軽く躱せる程度。ウィルドは頭上へと到着すると、ペルセポネの名を呼んだ。
「お願い!」
「うんっ!」
すれ違いざまに振るったペルセポネの鎌が糸を捉え、ぷつんっと弾け飛ぶ。同時に、ピットが相手をしていた右腕が床に落ちたかと思えばそのまま動かなくなり、最後の抵抗とばかりに弾丸だけが発射されるも。動きを封じられ方向が定まらない中では避けるのも容易く、ピットは安全地帯を走り抜け、肩と腕の間を神弓で攻撃。胴体から切り落とす。
「やったぁ! ……うわっ⁉︎」
その様子を空中から見下ろしていたウィルドは歓喜の声をあげるが、すぐに銃弾が頬を掠め冷や汗を垂らす。それを皮切りに空中にいる彼らが厄介だと感じたのか、サリエルに向けられていた弾雨が二人に降り注ぐ。──それを。
『『「【反射板の奇跡】!」』』
三女神による長方形の障壁が阻み、反射された弾が全てヘパイストスへ返される。この攻撃がトドメとなり、ブラックピットが相手にしていた左腕も胴体から切り落とされ、沈黙。バチバチと火花散る胴体は脆くなり、あとは胸を覆う装甲だけだ。
『ブラックピット!』
『ピット!』
『『転送!』』
パルテナとナチュレの声が重なり、彼らの頭上からとある神器が転送される。
ピットとブラックピットは神弓と狙杖を返還し、“それ”を腕に装着しながら走り抜ける。目指すは胸元。地を蹴り、高く跳躍し、腕を引き──裂帛の声とともに打ちつける。
「ダッシュアッパー!」
「デンショッカー!」
二人の剛腕による重い一撃は大打撃を与え、固い装甲が剥がれ落ちる。
現れたのは幾つものチューブで繋がれたヘパイストスの魂。着地したサリエルが銃口をチューブへと向け、目に見えぬ速さで全てを撃ち抜き、魂を解放。
『今です! ペルセポネ!』
「はいっ!」
ギリギリまで距離を詰めたウィルドの箒から飛び降り、手にした鎌をヘパイストスの魂に深く深くめり込ませる。
──瞬間、青白い光が王座の間を包み込んだ。
冥府城の周囲で【からくり兵】との交戦中。突如として【からくり兵】に装着された機械が軒並み破壊。解放された【冥府軍】の魔物達は自分達におかれた状況を理解出来ず、辺りをキョロキョロと見渡す。
その様子にタナトスとパンドーラは攻撃を中止。城の内部から洩れる青白い光を静かに見守る。
ガラガラと音を立てて崩れ落ちる、機械を愛し、恋焦がれた神の末路。
手にした鎌の先端が深く食い込む魂から、ピシッ、と亀裂が走る。それは、輪廻転生も叶わない魂の“完全消滅”を意味していた。
まるで涙を流すかのように滴る光粒に、冥府の女神は声高らかに歌う。
ようやく終わりを迎えられる魂に捧げよう。
“機械仕掛けのレクイエム”を。
小さく、ほんの僅かに、彼の人形の指先が天へ還るように向けられては力尽きた。
こうしてヘパイストスの魂は消滅した。
勝利のファンファーレはなく、王座の間には少女の啜り泣く声だけが響く──……。
事件解決から数日後──。
冥府城、王座の間は珍しく賑わいを見せていた。それもここを拠点とする【冥府軍】以外にも、【パルテナ軍】や【自然軍】、はたまた無所属の者まで集い、垣根を越えて談笑を交わしていた。
「いよいよですね、パルテナ様!」
「はい。なんとか間に合って良かったです」
「一時はどうなるかと思ったのじゃ」
「フン、良い勉強になっただろうよ」
最前列に並ぶ天使と女神の四人の口元は緩んでおり、これから行われる儀式を今か今かと待ち侘びている。
「どうやら間に合ったみたいじゃな」
「ディントス様」
立派な髭を摩りながら登場した神器神は、どことなくしんみりとした様子だった。無理もない。弟子であったヘパイストスの魂は破壊され、二度と言葉を交わすことも叶わないからだ。それでもここへ赴いたのは、彼なりのせめてもの感謝なのであろう。
「カロン様! こちらですよ〜」
「……」
「おやおや、カロンじゃないデスか〜。珍しいデスねぇ」
「あはっ、相変わらずむ、く、ち〜」
「……五月蝿い」
渡し守のカロンに運んでもらったらしいウィルドも到着。そうして役者が出揃ったところで、いよいよ儀式──ペルセポネが“正式”に冥府の主として認められる女神の儀が執り行われた。
「綺麗……」
一同の前に現れた少女の服装は普段と異なり、【パルテナ軍】から賜った冠を、【自然軍】から賜ったマントをはためかせ、ゆっくりと一歩ずつ歩む。彼女の後ろには《冥導杖レクイエム》を手にするサリエルの姿が。
ある場所で歩を止めたペルセポネの前に、サリエルが杖を掲げたまま跪く。
美しい所作で杖を手にしたペルセポネは頭上に大きく掲げ、一回転。柄を握り、石突きを地面に平行に立て、閉じていた瞼を開いた。
「今これより、我が女神ペルセポネは冥府界に君臨する。死せる者の魂の安寧の地となるべく、この身を捧げる」
少女──否、ひとりの女神が冥府界に君臨した瞬間。祝福するように、この場に集いし者が盛大な拍手を響かせたのだった。
儀式が終われば、ペルセポネやサリエルを交え、再び王座の間は活気に満たされた。
ペルセポネの成長を喜ぶ者、サリエルの努力を労る者。様々な会話が交わされる中、進み出たウィルドはとある袋を差し出した。
「地上界のもので申し訳ないけど……お花の種。なるべく生命力が高いものを選んだよ」
「お花の種……」
「……冥府の女神様。僕が死ぬ前に、この世界にお花畑を作っておいてよ」
それは紛れもなく『人間』の願いで、大切な友人のささやかな応援。
「……分かった。頑張るね」
「うん」
そうして遠ざかっていくウィルドの背を見送ると、ペルセポネは傍らに佇むサリエルに視線を向ける。
「サリエル君。これからもよろしくね」
「はい、もちろん。僕は冥王ペルセポネ様の使い、堕天使サリエルですから」
柔和な表情を前にペルセポネは少しだけ視線を逸らして──耳元で囁く。
“大好きだよ、サリエル君”
「ペルセポネ〜!」
「あっ、うん!」
ピットに呼ばれたペルセポネがぱたぱたと駆けて行く。
ひとり残されたサリエルは、まだ吐息の熱が残る耳を抑え──らしくもなく顔を真っ赤にした。
どこまでも続く空は何色だろう。
きっと、どんな色だって飛んでいける。
素敵な翼でも、機械仕掛けの翼でも。
そこに『心』があるのなら。
Fin.