パルテナの鏡 - 機械仕掛けのレクイエム -
7章:冥府の姫と厄災の目
静まり返る城の上空。マントをはためかせる堕天使は、眼帯の下に隠されし瞳ともども。空一面を埋め尽くす敵の大群を前に目を細める。
「……全ての準備は整った」
聖なる光を発する弓の弦を肩に掛け、頭を飾る月桂樹に軽く触れた。
「これより【冥府軍】は、ペルセポネ様奪還作戦を開始する。総員、配置につけ!」
堕天使の号令を合図に、城のいたるところから音が生じ始める。
敵の大群――虚な瞳の少女を筆頭とした【からくり兵】らも敵の動きに合わせ、進軍を開始。
冥府の女神を巡る戦いの火蓋が今、切られたのだった――。
★☆☆☆
『ピット、急いで!』
「はいっ‼︎ おっとっと!」
バタバタと回廊を駆け抜け、転びかけながらも門 を翔び立つ。
女神の加護を賜りし白き翼が優雅に羽ばたき、空中散歩と洒落込みたい――ところではあるが。
「【からくり兵】と【冥府軍】が戦ってる⁉︎」
『ええ、そうなのです』
ピットが放り出された先は戦場のど真ん中。『ミニアーマー』を装着され【冥府軍】を裏切った【からくり兵】――かつての仲間同士が争っているという混沌とした光景を尻目に、パルテナはピットを目的地まで一気に飛ばしている様子。
風圧を耐え忍びつつ、ピットは「パルテナさまぁ!」と主君に尋ねる。
「ボクは今どこに向かっているのでしょうか⁉︎」
『……かつてピットが浄化した、魔王ガイナスの居城です』
「ああ、マグナに出会った場所ですね!」
それは、因縁の女神メデューサが復活した時代。
何隊もの部隊を全滅させた魔王を討伐すべく、険しい崖山を(【飛翔の奇跡】で)乗り越え、城内で知り合った人間の傭兵マグナと共同戦線を張った敵地。
治める魔王が討伐された現在では使われなくなったと思っていたが。
『どうやらそこを起点に、【からくり兵】と【冥府軍】が衝突しているようです。そして……』
「そ、そして?」
ごくりと生唾を飲み込むピットに、パルテナは務めて冷静に告げる。
『【冥府軍】の司令官は――あの、『サリエル』なのです』
「……!」
みるみるとピットの双眸が見開かれていく。
「それはほんとうですか! パルテナ様!」
『はい、間違いありません』
友人の無事を知り、自然と潤む視界。
腕で乱雑に涙を拭うピットに、パルテナは報告を続ける。
『他にもタナトスやパンドーラ、ペルセポネの気配も感じます。……【冥府軍】に味方するかどうかはさておき、まずはサリエルのもとへ向かいなさい』
「承知しました!」
不穏な展開を予感させるような灰色の空に向け、《パルテナの神弓》を高く掲げる。
ルート上に立ち塞がる【からくり兵】を浄化しつつ、聳え立つ険しい渓谷を潜り抜け――懐かしき魔王城を視界にとらえた。
『っ、見つけました! 二時の方角、城壁の上!』
パルテナの言葉通りにそちらへと目を向ければ。ほんの僅かな数で組まれた小隊とともに、見覚えのあるいや〜な狙杖片手に奮闘するサリエルの姿が。
「パルテナ様! 『アレ』、お願いします!」
『分かっていますよ。転送!』
ピットの頭上に清らかな光が差し込み、何かが天界より送られてくる。
それは神器神ディントスによって造られたサリエル専用の神器《銃槍バイデント》。
バッチリ受け取ったピットはパルテナのコントロールのもと、サリエルと合流した。
「サリエル!」
★★☆☆
「ピット⁉︎」
【からくり兵】と交戦中であったサリエルは、突如として飛来した友の声に瞠目し見上げる。
サリエルの周囲を囲む敵を蹴散らし難なく着地したピットは、安心したように破顔した。
「無事で良かったよ、サリエル! 心配したんだぞ!」
「心配かけてごめんね。……ありがとう」
微笑んだサリエルだったが、「それはそうと」と面持ちを変える。
「ピットはどうしてここへ?」
「それは――」
『私から説明しましょう、サリエル』
「パルテナ様」
黒の月桂樹を通して響く女神の声に耳を傾ける。
『ピットをこちらに派遣したのは、サリエル、アナタの無事を確かめることの他に。魂のほうのペルセポネの行方を把握するためです。彼女は無事なのですね』
「はい、勿論。今は安全な場所でお待ちいただいております」
密かにホッと安堵するピットに笑みを返す。
『それならば良かったです。サリエル、アナタには聞きたいことが山ほどありますが、今は戦闘に集中するといたしましょう。ピット、例のものを』
「ハイッ! パルテナ様!」
ピットは一歩前へ進み出て、《銃槍バイデント》をサリエルに差し出す。
「ディントスから渡してほしいって頼まれたんだ。渡せて良かった!」
サリエルはピットと《銃槍バイデント》を交互に見遣り、力強く頷く。
「ありがとう。きっと使いこなしてみせる」
神器を受け取ったサリエルは、この手に戻ってきた相棒の重みを噛み締め、眦を釣り上げる。
「!」
それと同時。彼らから離れた位置に、ペルセポネの肉体がふわりと着地。言いしれぬ眼差しをこちらに向ける彼女に、ピットは眉を顰め、サリエルは決意を秘めた瞳を向けた。
「総員、撤退しろ。ここは僕が引き受ける」
背後に控えた冥府軍の魔物達は散り散りとなってその場を離れ、サリエルは斜め後ろに立つピットにも背中越しに告げる。
「ピット。ペルセポネ様のことは僕に任せて」
「っでもサリエル」
「これは僕達【冥府軍】の問題。自分の失敗は、自分で取り返す」
それにね、とサリエルはピットに笑ってみせた。
「僕は『彼』の作戦を信じてるから。絶対にペルセポネ様の体を取り戻すよ」
銃槍を軽く振るっては構えるサリエルが不敵に笑う。
【冥府軍】幹部としての気迫を前に。ピットは頷き、後退する。
「【冥府軍】幹部、ペルセポネが使いサリエル。いざ、参る!」
★★★☆
地を滑るかの如く身を低く屈め発走したサリエルを前にペルセポネは右手を翳す。手のひらに生み出されしは摩訶不思議な文字を模したエネルギー弾。凝縮したエネルギー弾を次々と放つも、右へ左へと回避され接近を許してしまう。
自身と同じ高さを誇る槍であろうと軽々と扱い、振りかぶられた銃槍の穂先を、ペルセポネは予備動作なしで展開したシールドで防ぐ。甲高い音と火花を散らし銃槍を弾かれたサリエルは、近距離からのエネルギー弾を銃槍で受け止めるも高い威力に地面を滑らせて後退させられる。
間髪入れず発射されたエネルギー弾を、今度は槍を縦に構え、穂先に搭載された銃口から弾――《エクリプス》の名残――で相殺した。弾と弾のぶつかり合いで生じた閃光で視界が遮られるがもろともせず。サリエルは再び疾走し、エネルギー弾を穂先で弾きつつペルセポネの接近を試みる。
「サリエル、新しい神器を早速使いこなしてますね!」
『え、ええ……』
決して邪魔にならぬ位置で戦いを見守るピットは、心ここに在らずといったパルテナの反応に不思議がる。
「っ⁉︎」
その時、足場もとい城全体が甚だしい揺れに襲われた。
続けて、ドォン! という発射音が連続で鳴り響き、城の周りが赤い炎で彩られる。
「い、今のは【冥府軍】の攻撃ですか⁉︎」
『どうやらそのようです。先程の砲撃で、【からくり兵】の大半が撃破されました』
「【冥府軍】にしてはどデカい爆発でしたね」
『ええ。……やはり、何かがおかしいですね』
考えさせられるような女神の言葉に訝しむピット。
そんな彼らの耳朶に――ペルセポネの肉体と交戦中のサリエルの号令が鋭く飛来した。
「パルテナ様! ピットを高く飛ばしてください‼︎」
と、サリエルは銃口を城壁の一部へと向け弾を発射。それはペルセポネから大きく外れた場所であり、誤発かと思われたが。僅かに響くジリジリっとした音に女神は全てを察す。
『――いけない! 【グライダージャンプの奇跡】!』
自身の意思関係なく女神の奇跡によって跳躍したピットは、轟音を立てながら崩れゆく足場に瞠目する。
ピットが立っていた場所も瞬く間に瓦礫となって崩れ落ち、サリエルとペルセポネも崩壊に巻き込まれる。
「サリエル! ペルセポネ!」
『ピット、彼らは大丈夫です! まずは着地を!』
【グライダージャンプの奇跡】はジャンプ後に滑空しやすくなる奇跡。翼を羽ばたかせ風に乗りつつ、緩やかにぽっかりと空いた穴の中へ。
「アレは水……?」
どうやら、彼らがいた屋上の下の床もぶち抜かれており、穴は最下層まで続いていた。
そこにあったのは、たっぷりと水が張られた槽。サリエルとペルセポネは水の中へ落下した模様。
槽のほとりに着地したピットは、彼らが水から上がってくるのをひたすら祈るがその気配はない。
潜って様子を見ようと一歩踏み出したピットを――数時間ぶりに耳にした女性の声が引き留めた。
『待ってピット君! その中に入っちゃダメッ‼︎』
驚き振り返ったピットの視界に、世にも珍しい黒色をした蝶々が飛び込んだ。
間違いない。探していた、ペルセポネの『魂』だ。
「ペルセポネ! でもサリエルがっ……」
それと同時、ピットの脇を誰かの影が横切る。
『ウィルド君!』
「薬が効きすぎてるのかも! 僕が探す!」
なんだなんだと混乱する天使を置き去りに、ひとりの少年が水に浮かぶ瓦礫を足場に移動。
周囲を見渡しながら水面を確認し、とある地点で足を止め、背中に背負うバックパックから杖らしきものを手にして水面に突っ込む。
「……」
★★★★
……心地いい。
頭が、手が、足が、羽が。ふわふわとした暖かい何かに包まれている感覚。
離れたくない。失いたくない。
――それで貴様の『大切なもの』を失うことになってもか?
「!」
サリエルは閉じ切った瞼を勢いよく開く。
辺りは仄暗い水の中。思考や動きが徐々に動かなくなるのを感じながら、ペルセポネ の姿を探す。
(――居た!)
ペルセポネの肉体は、自身からそう離れていない場所で漂っていた。『作戦通り』完全に意識を手放した彼女のもとまで泳ぎ、片腕で抱える。
(あと少し……あと少し!)
薄れつつある意識を引き寄せ、消えつつある力を振り絞り水面目指して脚を動かす。
途中、彼女の腕輪が水底に落ちていったのには気付かず――瞼が重くなったそのとき。ぼちゃんと水音を立て、長い棒がサリエルに向けて差し出された。
ぐっと片手を伸ばし棒を掴めば。一気に引き上げられる体。
「――ぷはっ! げほっごほっ……はー……」
無事に水面に浮かぶ瓦礫の上に出たサリエルはペルセポネの肉体を横たわらせ、自身もよじ登る。
嗚咽混じりに荒い呼吸を繰り返すサリエルに、水面に引き上げた少年――ウィルドは目尻に涙を溜める。
服の袖で乱雑に拭ってウィルドはすかさずポーチから薬瓶を取り出し、サリエルに手渡す。
「ひとまずこれを。ペルセポネちゃんは僕が」
頷き返すサリエルは薬瓶の中で揺蕩う薬を一思いに飲み干し、ウィルドは横たわるペルセポネの肉体に同じ液体を振りかける。
「これで数時間もすれば目を覚ますよ」
「良かった……」
ようやく安堵したサリエルとウィルドの耳朶に「おーいっ!」と叫び声が。
サリエルは両腕でペルセポネの肉体とウィルドを抱え、多少ふらつきながらも岸で待つピットのもとへ飛行。
『サリエル君、ウィルド君っ』
「大丈夫だよペルセポネちゃん。とりあえず間に合ったみたい」
「ご心配おかけしました」
着地したウィルドとサリエルに微笑まれ、ペルセポネは『良かった』と呟く。
「あ、腕輪が取れてる。水の中に落ちたかな」
「これでペルセポネ様が利用されることはなくなったね」
「うんっ。あ、表のからくり兵はどうなったかな」
「ああそれなら――」
「ちょちょちょっと待ったーーーー‼︎‼︎」
平然と会話を繰り広げていたサリエルとウィルドは揃って声の主であるピットに目を向ける。
「何が起こってるのさ! ボクだけひとり除け者なんて酷いぞー!」
『正確には二人ですよ、ピット』
地団駄を踏むピットにごめんねとサリエルが笑みで返す。
「それにキミは誰? 人間……だよね? どうしてここに? 【冥府軍】と一緒にいるの⁇」
「ええっと……」
腰に手を当て空き手の人差し指を向けられたウィルドは当惑するが、サリエルが割って入る。
「ピット、質問は落ち着いてからにしてくれないかな。まずはからくり兵を片付けないと」
上空を見上げたサリエルの視線を追えば、魑魅魍魎の類が多数観測された。
「わかった! 行こうサリエル!」
「うん。ウィルドはペルセポネ様をお願い」
「気をつけてね」
心配をよそにサリエルは笑ってみせて。
「大丈夫。最強の天使様と一緒だから」
静まり返る城の上空。マントをはためかせる堕天使は、眼帯の下に隠されし瞳ともども。空一面を埋め尽くす敵の大群を前に目を細める。
「……全ての準備は整った」
聖なる光を発する弓の弦を肩に掛け、頭を飾る月桂樹に軽く触れた。
「これより【冥府軍】は、ペルセポネ様奪還作戦を開始する。総員、配置につけ!」
堕天使の号令を合図に、城のいたるところから音が生じ始める。
敵の大群――虚な瞳の少女を筆頭とした【からくり兵】らも敵の動きに合わせ、進軍を開始。
冥府の女神を巡る戦いの火蓋が今、切られたのだった――。
『ピット、急いで!』
「はいっ‼︎ おっとっと!」
バタバタと回廊を駆け抜け、転びかけながらも
女神の加護を賜りし白き翼が優雅に羽ばたき、空中散歩と洒落込みたい――ところではあるが。
「【からくり兵】と【冥府軍】が戦ってる⁉︎」
『ええ、そうなのです』
ピットが放り出された先は戦場のど真ん中。『ミニアーマー』を装着され【冥府軍】を裏切った【からくり兵】――かつての仲間同士が争っているという混沌とした光景を尻目に、パルテナはピットを目的地まで一気に飛ばしている様子。
風圧を耐え忍びつつ、ピットは「パルテナさまぁ!」と主君に尋ねる。
「ボクは今どこに向かっているのでしょうか⁉︎」
『……かつてピットが浄化した、魔王ガイナスの居城です』
「ああ、マグナに出会った場所ですね!」
それは、因縁の女神メデューサが復活した時代。
何隊もの部隊を全滅させた魔王を討伐すべく、険しい崖山を(【飛翔の奇跡】で)乗り越え、城内で知り合った人間の傭兵マグナと共同戦線を張った敵地。
治める魔王が討伐された現在では使われなくなったと思っていたが。
『どうやらそこを起点に、【からくり兵】と【冥府軍】が衝突しているようです。そして……』
「そ、そして?」
ごくりと生唾を飲み込むピットに、パルテナは務めて冷静に告げる。
『【冥府軍】の司令官は――あの、『サリエル』なのです』
「……!」
みるみるとピットの双眸が見開かれていく。
「それはほんとうですか! パルテナ様!」
『はい、間違いありません』
友人の無事を知り、自然と潤む視界。
腕で乱雑に涙を拭うピットに、パルテナは報告を続ける。
『他にもタナトスやパンドーラ、ペルセポネの気配も感じます。……【冥府軍】に味方するかどうかはさておき、まずはサリエルのもとへ向かいなさい』
「承知しました!」
不穏な展開を予感させるような灰色の空に向け、《パルテナの神弓》を高く掲げる。
ルート上に立ち塞がる【からくり兵】を浄化しつつ、聳え立つ険しい渓谷を潜り抜け――懐かしき魔王城を視界にとらえた。
『っ、見つけました! 二時の方角、城壁の上!』
パルテナの言葉通りにそちらへと目を向ければ。ほんの僅かな数で組まれた小隊とともに、見覚えのあるいや〜な狙杖片手に奮闘するサリエルの姿が。
「パルテナ様! 『アレ』、お願いします!」
『分かっていますよ。転送!』
ピットの頭上に清らかな光が差し込み、何かが天界より送られてくる。
それは神器神ディントスによって造られたサリエル専用の神器《銃槍バイデント》。
バッチリ受け取ったピットはパルテナのコントロールのもと、サリエルと合流した。
「サリエル!」
「ピット⁉︎」
【からくり兵】と交戦中であったサリエルは、突如として飛来した友の声に瞠目し見上げる。
サリエルの周囲を囲む敵を蹴散らし難なく着地したピットは、安心したように破顔した。
「無事で良かったよ、サリエル! 心配したんだぞ!」
「心配かけてごめんね。……ありがとう」
微笑んだサリエルだったが、「それはそうと」と面持ちを変える。
「ピットはどうしてここへ?」
「それは――」
『私から説明しましょう、サリエル』
「パルテナ様」
黒の月桂樹を通して響く女神の声に耳を傾ける。
『ピットをこちらに派遣したのは、サリエル、アナタの無事を確かめることの他に。魂のほうのペルセポネの行方を把握するためです。彼女は無事なのですね』
「はい、勿論。今は安全な場所でお待ちいただいております」
密かにホッと安堵するピットに笑みを返す。
『それならば良かったです。サリエル、アナタには聞きたいことが山ほどありますが、今は戦闘に集中するといたしましょう。ピット、例のものを』
「ハイッ! パルテナ様!」
ピットは一歩前へ進み出て、《銃槍バイデント》をサリエルに差し出す。
「ディントスから渡してほしいって頼まれたんだ。渡せて良かった!」
サリエルはピットと《銃槍バイデント》を交互に見遣り、力強く頷く。
「ありがとう。きっと使いこなしてみせる」
神器を受け取ったサリエルは、この手に戻ってきた相棒の重みを噛み締め、眦を釣り上げる。
「!」
それと同時。彼らから離れた位置に、ペルセポネの肉体がふわりと着地。言いしれぬ眼差しをこちらに向ける彼女に、ピットは眉を顰め、サリエルは決意を秘めた瞳を向けた。
「総員、撤退しろ。ここは僕が引き受ける」
背後に控えた冥府軍の魔物達は散り散りとなってその場を離れ、サリエルは斜め後ろに立つピットにも背中越しに告げる。
「ピット。ペルセポネ様のことは僕に任せて」
「っでもサリエル」
「これは僕達【冥府軍】の問題。自分の失敗は、自分で取り返す」
それにね、とサリエルはピットに笑ってみせた。
「僕は『彼』の作戦を信じてるから。絶対にペルセポネ様の体を取り戻すよ」
銃槍を軽く振るっては構えるサリエルが不敵に笑う。
【冥府軍】幹部としての気迫を前に。ピットは頷き、後退する。
「【冥府軍】幹部、ペルセポネが使いサリエル。いざ、参る!」
地を滑るかの如く身を低く屈め発走したサリエルを前にペルセポネは右手を翳す。手のひらに生み出されしは摩訶不思議な文字を模したエネルギー弾。凝縮したエネルギー弾を次々と放つも、右へ左へと回避され接近を許してしまう。
自身と同じ高さを誇る槍であろうと軽々と扱い、振りかぶられた銃槍の穂先を、ペルセポネは予備動作なしで展開したシールドで防ぐ。甲高い音と火花を散らし銃槍を弾かれたサリエルは、近距離からのエネルギー弾を銃槍で受け止めるも高い威力に地面を滑らせて後退させられる。
間髪入れず発射されたエネルギー弾を、今度は槍を縦に構え、穂先に搭載された銃口から弾――《エクリプス》の名残――で相殺した。弾と弾のぶつかり合いで生じた閃光で視界が遮られるがもろともせず。サリエルは再び疾走し、エネルギー弾を穂先で弾きつつペルセポネの接近を試みる。
「サリエル、新しい神器を早速使いこなしてますね!」
『え、ええ……』
決して邪魔にならぬ位置で戦いを見守るピットは、心ここに在らずといったパルテナの反応に不思議がる。
「っ⁉︎」
その時、足場もとい城全体が甚だしい揺れに襲われた。
続けて、ドォン! という発射音が連続で鳴り響き、城の周りが赤い炎で彩られる。
「い、今のは【冥府軍】の攻撃ですか⁉︎」
『どうやらそのようです。先程の砲撃で、【からくり兵】の大半が撃破されました』
「【冥府軍】にしてはどデカい爆発でしたね」
『ええ。……やはり、何かがおかしいですね』
考えさせられるような女神の言葉に訝しむピット。
そんな彼らの耳朶に――ペルセポネの肉体と交戦中のサリエルの号令が鋭く飛来した。
「パルテナ様! ピットを高く飛ばしてください‼︎」
と、サリエルは銃口を城壁の一部へと向け弾を発射。それはペルセポネから大きく外れた場所であり、誤発かと思われたが。僅かに響くジリジリっとした音に女神は全てを察す。
『――いけない! 【グライダージャンプの奇跡】!』
自身の意思関係なく女神の奇跡によって跳躍したピットは、轟音を立てながら崩れゆく足場に瞠目する。
ピットが立っていた場所も瞬く間に瓦礫となって崩れ落ち、サリエルとペルセポネも崩壊に巻き込まれる。
「サリエル! ペルセポネ!」
『ピット、彼らは大丈夫です! まずは着地を!』
【グライダージャンプの奇跡】はジャンプ後に滑空しやすくなる奇跡。翼を羽ばたかせ風に乗りつつ、緩やかにぽっかりと空いた穴の中へ。
「アレは水……?」
どうやら、彼らがいた屋上の下の床もぶち抜かれており、穴は最下層まで続いていた。
そこにあったのは、たっぷりと水が張られた槽。サリエルとペルセポネは水の中へ落下した模様。
槽のほとりに着地したピットは、彼らが水から上がってくるのをひたすら祈るがその気配はない。
潜って様子を見ようと一歩踏み出したピットを――数時間ぶりに耳にした女性の声が引き留めた。
『待ってピット君! その中に入っちゃダメッ‼︎』
驚き振り返ったピットの視界に、世にも珍しい黒色をした蝶々が飛び込んだ。
間違いない。探していた、ペルセポネの『魂』だ。
「ペルセポネ! でもサリエルがっ……」
それと同時、ピットの脇を誰かの影が横切る。
『ウィルド君!』
「薬が効きすぎてるのかも! 僕が探す!」
なんだなんだと混乱する天使を置き去りに、ひとりの少年が水に浮かぶ瓦礫を足場に移動。
周囲を見渡しながら水面を確認し、とある地点で足を止め、背中に背負うバックパックから杖らしきものを手にして水面に突っ込む。
「……」
……心地いい。
頭が、手が、足が、羽が。ふわふわとした暖かい何かに包まれている感覚。
離れたくない。失いたくない。
――それで貴様の『大切なもの』を失うことになってもか?
「!」
サリエルは閉じ切った瞼を勢いよく開く。
辺りは仄暗い水の中。思考や動きが徐々に動かなくなるのを感じながら、
(――居た!)
ペルセポネの肉体は、自身からそう離れていない場所で漂っていた。『作戦通り』完全に意識を手放した彼女のもとまで泳ぎ、片腕で抱える。
(あと少し……あと少し!)
薄れつつある意識を引き寄せ、消えつつある力を振り絞り水面目指して脚を動かす。
途中、彼女の腕輪が水底に落ちていったのには気付かず――瞼が重くなったそのとき。ぼちゃんと水音を立て、長い棒がサリエルに向けて差し出された。
ぐっと片手を伸ばし棒を掴めば。一気に引き上げられる体。
「――ぷはっ! げほっごほっ……はー……」
無事に水面に浮かぶ瓦礫の上に出たサリエルはペルセポネの肉体を横たわらせ、自身もよじ登る。
嗚咽混じりに荒い呼吸を繰り返すサリエルに、水面に引き上げた少年――ウィルドは目尻に涙を溜める。
服の袖で乱雑に拭ってウィルドはすかさずポーチから薬瓶を取り出し、サリエルに手渡す。
「ひとまずこれを。ペルセポネちゃんは僕が」
頷き返すサリエルは薬瓶の中で揺蕩う薬を一思いに飲み干し、ウィルドは横たわるペルセポネの肉体に同じ液体を振りかける。
「これで数時間もすれば目を覚ますよ」
「良かった……」
ようやく安堵したサリエルとウィルドの耳朶に「おーいっ!」と叫び声が。
サリエルは両腕でペルセポネの肉体とウィルドを抱え、多少ふらつきながらも岸で待つピットのもとへ飛行。
『サリエル君、ウィルド君っ』
「大丈夫だよペルセポネちゃん。とりあえず間に合ったみたい」
「ご心配おかけしました」
着地したウィルドとサリエルに微笑まれ、ペルセポネは『良かった』と呟く。
「あ、腕輪が取れてる。水の中に落ちたかな」
「これでペルセポネ様が利用されることはなくなったね」
「うんっ。あ、表のからくり兵はどうなったかな」
「ああそれなら――」
「ちょちょちょっと待ったーーーー‼︎‼︎」
平然と会話を繰り広げていたサリエルとウィルドは揃って声の主であるピットに目を向ける。
「何が起こってるのさ! ボクだけひとり除け者なんて酷いぞー!」
『正確には二人ですよ、ピット』
地団駄を踏むピットにごめんねとサリエルが笑みで返す。
「それにキミは誰? 人間……だよね? どうしてここに? 【冥府軍】と一緒にいるの⁇」
「ええっと……」
腰に手を当て空き手の人差し指を向けられたウィルドは当惑するが、サリエルが割って入る。
「ピット、質問は落ち着いてからにしてくれないかな。まずはからくり兵を片付けないと」
上空を見上げたサリエルの視線を追えば、魑魅魍魎の類が多数観測された。
「わかった! 行こうサリエル!」
「うん。ウィルドはペルセポネ様をお願い」
「気をつけてね」
心配をよそにサリエルは笑ってみせて。
「大丈夫。最強の天使様と一緒だから」