8章:最終決戦に向けて


「──というわけです」

 話を締めくくるサリエル。一同の合間には驚愕による沈黙が流れていた。

「……そうだったんだ」

 沈黙を破ったのはピット。不安げなウィルドに歩み寄り、その手を取っては歯を見せて笑う。

「ありがとう! サリエルやみんなを助けてくれて!」
「……え?」
「キミが勇気を出してくれなかったら、ボクはこうしてサリエルやペルセポネと会えなかった。だから、ありがとうだよ!」

 まさかの言動にウィルドは目を点にして固まる。
 ピット部下の行動を月桂樹越しに見つめていたパルテナも、穏やかな笑みを浮かべた。ウィルド人間にその声は届かずとも、ピットと同じように胸中で謝辞を贈る。

「こちらこそありがとうございます。光の天使、ピット様」
「え? なんでボクのことを……」
「女神パルテナとその使いの天使様のお話は地上でも有名ですから。一目でわかりましたよ」
「そ、そうなんだ。なんだか照れるなぁ」

 えへえへと照れ笑うピットにサリエルやペルセポネから笑みがこぼれる。
 それを入り口の扉に凭れながら見つめていたブラックピットは、テレパシーでナチュレに話しかけた。

『なあ、ナチュレ。あの人間の異様な雰囲気……オレにも感じ取れるってことはアンタにも分かるってことだよな』
『……そうじゃな』

 ややあってナチュレは答えた。

『神々の中で“彼ら”の存在を最もよく知るのはわらわじゃろ。話しておくのも悪くない』
『オマエにしては珍しいじゃねぇか』
『知らないまま関わられても迷惑なだけじゃ』

 話し終えると同時、ピット達の前にナチュレの幻影が現れた。
 小さな女神の登場にブラックピット以外の面々は驚く。

「うわっナチュレ⁉︎ 急にどうしたんだよ!」
「オマエに話があるんだとよ、人間」
「僕に?」

 杖を片手にふてくされるナチュレは、嘆息を漏らすと高らかに杖の柄を地面に叩きつけて。

『よく聞け人間サルよ! わらわこそ自然をすべる王ナチュレ』
「は、はじめましてナチュレ様。ウィルド・マナルーンです」

 それなりの噂を聞き及んでいるのか、ウィルドは少し上擦った声音で返した。
 ナチュレは眦を釣り上げたまま、ウィルドを見据える。

『わらわがこうしてお主の前に現れてやったのは、とある重大な事項を伝えるためじゃ』
「重大な事項?」

 はて、自分に神様から伝えられるようなことなどあっただろうか。身に覚えがなくほうけるウィルドに呆れつつ、ナチュレは続ける。

人間サルよ、お主──


“精霊”に憑かれておるな?』


「……精霊?」
『うむ』
「精霊ってあの精霊ですか?」
『そうじゃ』
「いやいやそんなわけないですよ〜」
『このわらわの言葉を嘘と申すか!』
「そういうことじゃなくて、精霊ってほら、小さくて羽が生えてるってイメージじゃないですか」
『それは人間サルが勝手につけたイメージじゃ。本来はその姿を見せることはない。お主に憑いているのは四大精霊のようじゃな』

 こうまで言われてようやくウィルドは、ナチュレの言葉の意味を理解する。

「ナチュレ、精霊ってなんの話だ?」
『わらわ達神やそなたら天使、そして人間サルにも属さない生物。風や土に憑き、人間サルに小さな恩恵を与えると言われているものどもじゃ』

 へえ〜と頷くピットに、ブラックピットは「で」と疑問を呈す。

「それとこの嫌な感じとは何か関係があんのか?」
「えっ何それ」
「僕そんな変な匂いするかなー……」
「匂いじゃねぇよ」

 はてなマークを浮かべるピットと、服の匂いを嗅ぐウィルドに突っ込む。

『……精霊は基本的に神や天使を嫌うからな。わらわ達の奇跡も効かん』
「えっそうなの⁉︎ ボク達嫌われてるの⁉︎」
「嫌いじゃないですよ天使様! サリエル君とペルセポネちゃんも!」
「ありがとう、ウィルド」

 わざとらしく咳払いをしたナチュレによって話は戻される。

『というわけで、じゃ。そやつを地上に帰すのはもったいないと思って話させてもらった』
『なるほど、そういった意図があったのですね。サリエル、アナタの意見はどうでしょう?』

 黙考していたサリエルはやがて顔を上げると、ウィルドに告げる。

「ウィルド。僕と一緒に戦ってくれるかい?」

 サリエルの言葉にウィルドは少し緊張しながらも答えた。

「……分かった。僕、頑張るよ。人間でも、出来ることがあるのなら!」

2/3ページ