7章:冥府の姫と厄災の目
……心地いい。
頭が、手が、足が、羽が。ふわふわとした暖かい何かに包まれている感覚。
離れたくない。失いたくない。
――それで貴様の『大切なもの』を失うことになってもか?
「!」
サリエルは閉じ切った瞼を勢いよく開く。
辺りは仄暗い水の中。思考や動きが徐々に動かなくなるのを感じながら、
(――居た!)
ペルセポネの肉体は、自身からそう離れていない場所で漂っていた。『作戦通り』完全に意識を手放した彼女のもとまで泳ぎ、片腕で抱える。
(あと少し……あと少し!)
薄れつつある意識を引き寄せ、消えつつある力を振り絞り水面目指して脚を動かす。
途中、彼女の腕輪が水底に落ちていったのには気付かず――瞼が重くなったそのとき。ぼちゃんと水音を立て、長い棒がサリエルに向けて差し出された。
ぐっと片手を伸ばし棒を掴めば。一気に引き上げられる体。
「――ぷはっ! げほっごほっ……はー……」
無事に水面に浮かぶ瓦礫の上に出たサリエルはペルセポネの肉体を横たわらせ、自身もよじ登る。
嗚咽混じりに荒い呼吸を繰り返すサリエルに、水面に引き上げた少年――ウィルドは目尻に涙を溜める。
服の袖で乱雑に拭ってウィルドはすかさずポーチから薬瓶を取り出し、サリエルに手渡す。
「ひとまずこれを。ペルセポネちゃんは僕が」
頷き返すサリエルは薬瓶の中で揺蕩う薬を一思いに飲み干し、ウィルドは横たわるペルセポネの肉体に同じ液体を振りかける。
「これで数時間もすれば目を覚ますよ」
「良かった……」
ようやく安堵したサリエルとウィルドの耳朶に「おーいっ!」と叫び声が。
サリエルは両腕でペルセポネの肉体とウィルドを抱え、多少ふらつきながらも岸で待つピットのもとへ飛行。
『サリエル君、ウィルド君っ』
「大丈夫だよペルセポネちゃん。とりあえず間に合ったみたい」
「ご心配おかけしました」
着地したウィルドとサリエルに微笑まれ、ペルセポネは『良かった』と呟く。
「あ、腕輪が取れてる。水の中に落ちたかな」
「これでペルセポネ様が利用されることはなくなったね」
「うんっ。あ、表のからくり兵はどうなったかな」
「ああそれなら――」
「ちょちょちょっと待ったーーーー‼︎‼︎」
平然と会話を繰り広げていたサリエルとウィルドは揃って声の主であるピットに目を向ける。
「何が起こってるのさ! ボクだけひとり除け者なんて酷いぞー!」
『正確には二人ですよ、ピット』
地団駄を踏むピットにごめんねとサリエルが笑みで返す。
「それにキミは誰? 人間……だよね? どうしてここに? 【冥府軍】と一緒にいるの⁇」
「ええっと……」
腰に手を当て空き手の人差し指を向けられたウィルドは当惑するが、サリエルが割って入る。
「ピット、質問は落ち着いてからにしてくれないかな。まずはからくり兵を片付けないと」
上空を見上げたサリエルの視線を追えば、魑魅魍魎の類が多数観測された。
「わかった! 行こうサリエル!」
「うん。ウィルドはペルセポネ様をお願い」
「気をつけてね」
心配をよそにサリエルは笑ってみせて。
「大丈夫。最強の天使様と一緒だから」