7章:冥府の姫と厄災の目
地を滑るかの如く身を低く屈め発走したサリエルを前にペルセポネは右手を翳す。手のひらに生み出されしは摩訶不思議な文字を模したエネルギー弾。凝縮したエネルギー弾を次々と放つも、右へ左へと回避され接近を許してしまう。
自身と同じ高さを誇る槍であろうと軽々と扱い、振りかぶられた銃槍の穂先を、ペルセポネは予備動作なしで展開したシールドで防ぐ。甲高い音と火花を散らし銃槍を弾かれたサリエルは、近距離からのエネルギー弾を銃槍で受け止めるも高い威力に地面を滑らせて後退させられる。
間髪入れず発射されたエネルギー弾を、今度は槍を縦に構え、穂先に搭載された銃口から弾――《エクリプス》の名残――で相殺した。弾と弾のぶつかり合いで生じた閃光で視界が遮られるがもろともせず。サリエルは再び疾走し、エネルギー弾を穂先で弾きつつペルセポネの接近を試みる。
「サリエル、新しい神器を早速使いこなしてますね!」
『え、ええ……』
決して邪魔にならぬ位置で戦いを見守るピットは、心ここに在らずといったパルテナの反応に不思議がる。
「っ⁉︎」
その時、足場もとい城全体が甚だしい揺れに襲われた。
続けて、ドォン! という発射音が連続で鳴り響き、城の周りが赤い炎で彩られる。
「い、今のは【冥府軍】の攻撃ですか⁉︎」
『どうやらそのようです。先程の砲撃で、【からくり兵】の大半が撃破されました』
「【冥府軍】にしてはどデカい爆発でしたね」
『ええ。……やはり、何かがおかしいですね』
考えさせられるような女神の言葉に訝しむピット。
そんな彼らの耳朶に――ペルセポネの肉体と交戦中のサリエルの号令が鋭く飛来した。
「パルテナ様! ピットを高く飛ばしてください‼︎」
と、サリエルは銃口を城壁の一部へと向け弾を発射。それはペルセポネから大きく外れた場所であり、誤発かと思われたが。僅かに響くジリジリっとした音に女神は全てを察す。
『――いけない! 【グライダージャンプの奇跡】!』
自身の意思関係なく女神の奇跡によって跳躍したピットは、轟音を立てながら崩れゆく足場に瞠目する。
ピットが立っていた場所も瞬く間に瓦礫となって崩れ落ち、サリエルとペルセポネも崩壊に巻き込まれる。
「サリエル! ペルセポネ!」
『ピット、彼らは大丈夫です! まずは着地を!』
【グライダージャンプの奇跡】はジャンプ後に滑空しやすくなる奇跡。翼を羽ばたかせ風に乗りつつ、緩やかにぽっかりと空いた穴の中へ。
「アレは水……?」
どうやら、彼らがいた屋上の下の床もぶち抜かれており、穴は最下層まで続いていた。
そこにあったのは、たっぷりと水が張られた槽。サリエルとペルセポネは水の中へ落下した模様。
槽のほとりに着地したピットは、彼らが水から上がってくるのをひたすら祈るがその気配はない。
潜って様子を見ようと一歩踏み出したピットを――数時間ぶりに耳にした女性の声が引き留めた。
『待ってピット君! その中に入っちゃダメッ‼︎』
驚き振り返ったピットの視界に、世にも珍しい紫色をした蝶々が飛び込んだ。
間違いない。探していた、ペルセポネの『魂』だ。
「ペルセポネ! でもサリエルがっ……」
それと同時、ピットの脇を誰かの影が横切る。
『ウィルド君!』
「薬が効きすぎてるのかも! 僕が探す!」
なんだなんだと混乱する天使を置き去りに、ひとりの少年が水に浮かぶ瓦礫を足場に移動。
周囲を見渡しながら水面を確認し、とある地点で足を止め、背中に背負うバックパックから杖らしきものを手にして水面に突っ込む。
「……」
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