パルテナの鏡 - 機械仕掛けのレクイエム -

1章:安寧の終わり


 ……ごめんなさい、――様。
 僕はまた全てを――失ってしまいました。

「ねえ、きみ大丈夫? ……生きてる……のかな。怪我も酷いし、ベッドで寝かせてあげよう」


★☆☆☆


 煌々こうこうと輝く太陽の光が、優しい木洩れ日となって森に降り注ぐ。昼間でも薄暗い森の中を我が物顔で跋扈ばっこするのは、招かれざる異形の魔物たち。
 ――パシュッ‼︎
 破裂音と共に青白い光が立ち昇る。魔物たちがそちらに視線を向けると、白い羽を背中に携えた――天使が舞い降りた。ぴょんっと跳ねたくせっ毛に少年の顔立ちをした天使は、双剣を構え、勇ましく駆け出す。
 一つ目のモノアイから撃ち出される弾を「甘いッ!」と回避しては連撃を叩き込み、ミックの長い舌が迫れば屈んで躱しては切り裂く。ハッと森の出口を見遣れば、天使に恐れをなしたタコのような魔物のボックンが逃げようとしていた。

「ってコラー‼︎」

 眉を吊り上げ、天使も羽衣を翻しその後を追う。

「逃すかぁッ!」

 ボックンを攻撃範囲に捉えた天使はその場で停止。手にしていた双剣の柄同士を合わせ――一振りの両刃剣に――かと思えば。光の筋が通る弓と化し、矢を番えた。放たれた矢はボックンに被弾し、煙となって霧散した。

「ふぅ……、あっ!」

 肩の力を抜いた直後、森の出口に姿を現した『それ』に声を上げる。迷いなく走る天使を迎えたのは、その身が虹色の体毛で構成されている一羽の怪鳥であった。
 天使は怪鳥に歩み寄り、自身の何倍も上回る体躯たいくを見上げる。

「キミにお願いがあって来たんだ。もし良かったら、その羽を2枚ボクにくれないかな?」

 決して毟り取るようなことはせず、天使は親しげに話しかけた。
 怪鳥は暫し天使を見下ろしていたが、やがて羽を広げ何処へと飛び去ってしまう。
 天使は引き留めようと手を伸ばすも届かず、がっくしと肩を落としたが。

「……!」

 ひらひらと虹色に輝く羽が2枚降って来た。羽は綺麗な状態であり、落としてくれたのだろうと天使は破顔した。
 握りつぶさぬよう優しく掌で受け止めた天使の頭上。陽光とは異なる真っ白な光柱が天使を照らした次の瞬間、その場から天使の姿は消えていた。


「パルテナ親衛隊長ピット! ただいま帰還しました!」

 白い天使――ピットの姿は、遥か天上の地『エンジェランド』にあった。壮麗そうれいな神殿の一角に位置する女神の間に『転送』された彼を、見目麗みめうるわしき女性が迎える。

「お帰りなさい、ピット。お疲れ様でした」
「はい! パルテナさま!」

 艶やかな髪を揺らし、右手に杖を携える――光の女神パルテナは、天使が住まうここ『エンジェランド』を治め、地上に暮らす人間達に加護を与えている。ピットは女神パルテナの使いであり、彼女の指示で行く度もの戦いを乗り越えて来た天界きっての戦士でもある。

「ピット、羽をこちらに」

 ピットが掌を差し出せば、パルテナの力によって羽がふわりと浮かぶ。そのまま浮遊する羽は、パルテナの背後へと移動した。
 女神の背後に飾られていたのは一本の冠。光の反射によって虹色にも見える冠の両端に、先程の羽が飾られた。

「虹羽鳥……滅多にお目にかかれない品物です。手に入れることが出来たのは、ピットのおかげですよ」
「パルテナさまのご加護あってこそです! でもどうして怪鳥は魔物がいたのにあの場を動かなかったのでしょう? 逃げられない様子でもなかったみたいだし」
「あの森が住処であったのは間違いありません。魔物が住み始めたことで住処を変えようとしていたのでしょう。ですが、愛着があったのかもしれませんね。だから森を守ったピットに羽を譲ったのかも」
「まさに立つ鳥跡を濁さず、ですね!」

 それはさておき。女神はティアラへと目を向ける。

「着実と完成に近づいています」
「羽が付いてよりゴージャスになりましたね。あと一週間でしたっけ?」
「ええ。なんとか間に合いそうです――ペルセポネの誕生日に」

 目の前にあるティアラはパルテナが身につける為ではなく、贈り物として製作していたようだ。

「誕生日は何回かお祝いしていましたけど、今年は特別なんですよね?」
「ええ。節目の年、女神の力の芽始めですから」

 ペルセポネとは、ハデス・ダムドが支配した冥府界の管理者として選ばれた女神の少女。一週間後に彼女は誕生日を迎え、女神としての成長を遂げることとなる。
 個人的に付き合いのある彼らも、儀式にお呼ばれしていた。

「半年前から準備していますもんね。サリエルも忙しいみたいですし」

 ピットが伏目がちにそう告げる。ペルセポネに仕える――『厄災の目』を宿す堕天使サリエルと仲が良い彼は、連絡が取り合えないことがちょっぴり寂しい様子。

「残りはあとひとつ。もうひと踏ん張りです」
「頑張りますよ!」

 気合い充分! と言った具合にピットが拳を振り上げた――と同時。「パルテナ様ッ‼︎」と血相を変えた一般兵イカロスが舞い込んだ。

「ご歓談中申し訳ございません。先程、偵察部隊からご報告が」

 彼らの前にひざまずくイカロスは顔を上げ、告げる。

「人間の街が、魔物による襲撃に遭っています」
「なんだって⁉︎」

 驚愕するピットの隣、パルテナは目の色を変える。

「ピット、戦闘準備を。ゲートを開きます!」
「ガッテン承知‼︎」


★★☆☆


「ピット! 出ます!」

 暗闇の回廊かいろうを走り抜け、開け放たれたゲートから飛び出せばそこは空。重力に従って落下していたピットの翼に、神秘的な光が宿る。
 【飛翔の奇跡】――女神パルテナが使用する『奇跡』の一つであり、自力で飛ぶことが出来ないピットを5分間の期限付きで飛ばすことが可能となるものだ。ゲートから出撃したピットはパルテナのコントロールに従い、襲撃されているという人間の街を目指す。

「パルテナさま、今回倒すべき敵はなんでしょう?」

 月桂樹を通じてパルテナへ問いかける。ピットの周囲には敵影ひとつなく、測らずも優雅な空の旅を満喫してしまっている状態だ。これはこれでいいのだが。
ピットの問いに対し、『それは……』とパルテナが答えようとするも。

『あーっははは‼︎ よく来たのう、パルテナ、そしてピットよ』
「ナチュレ⁉︎」

 遮るように高らかな笑い声が月桂樹に響く。幼なげな声の主は――自然や大地を司る神、自然王ナチュレ。自然由来の兵士と傑出けっしゅつな幹部達が所属する『自然軍』を率いて、自然を破壊する人類の滅亡を目論んでいる敵対組織。……ではあるが、利害が一致すれば共闘する仲である。

『今日こそお主をギッタンバッコンしてくれようぞ!』
『ではこちらはギッタンバッコンに加えて、トントンタッタッタもオマケしましょう。行きなさい、ピット!』
『待て待て‼︎ ボケにボケで返してどうするのじゃ! よくわからん擬音を追加するでない!』
『あらごめんなさい。ちょっとふざけてしまいました』

「え〜と? パルテナさま?」

 よくわかりませんと言いたげなピットにもパルテナは一言詫びを入れ、説明を始めた。

『今回倒すべき敵は「自然軍」ではありません』
「ええッ⁉︎ ならナチュレのアレはなんだったんだ……」
『オーラムが襲来した時にそなた、敵からの憎まれ口が無くて寂しがっておったじゃろ。わらわが代わりにしてやったのじゃ!』
「紛らわしいことしないでくれ‼︎ では誰が襲撃を……?」
『それはそのまなこでしかと見るが良い』
『敵兵にエンカウントします! 構えて!』

 雲を潜り抜けた先で待ち構えていた敵兵の姿に、ピットは瞠目どうもくする。

「な、なんだこれ⁉︎」

 上空と地上、それぞれから人間の街を攻撃していたのは、最早お馴染み『冥府軍』の魔物たち。だが。その見た目が異なっており、半機械化していたのだ。

「パルテナさま! これは一体……」
『分かりません。正体、生態共に不明。パルテナスキャンにヒットしないのです。冥府の魔物に間違いないのですが……』
『来るぞピット!』

 ナチュレの掛け声を合図に、半機械化した魔物が一斉にピットを囲う。冷静にスペシャルアタックで一網打尽。再び囲まれる前に移動開始。

『ヤツら、我が神殿にも侵攻しておる。手当たり次第攻撃をしているようじゃ』
『まるで「オーラム軍」を彷彿とさせますが……一から兵士を精製していたオーラム軍とは異なり、こちらは魔物に“取り憑いている”、と表現したほうが正確ですね』

 パルテナの言葉にピットは、以前この星に飛来した浮遊大陸『オーラム』を想起する。眼前の敵が装着している機械は、オーラム兵より古めかしく、どちらかといえば自分達に馴染みがある。

『さようじゃ。生身を攻撃してもヘンテコな機械が瞬時に回復させてしまう』
「それってつまり、無敵ってことじゃないか!」

 今まさに、頭部に刃を生やしたザキを攻撃していたピットは思わず手を止めた。

『そうでもないようですよ。無敵だとしたら、先程の攻撃は効かないはずですから』
「あ、そっか。ならどうすれば……?」
『本体ではなく機械を破壊なさい。無力化するのです!』
「はい!」

 ピットは弓を構え直し、ザキに取り付けられた機械目掛けて矢を打ち込む。

「おおっ! 砕けた‼︎」
『なるほど、機械が壊れると連動して魔物も消滅するのですね。積極的に狙うといいでしょう』
「了解ですッ‼︎」
『【飛翔の奇跡】の限界まで、まだ余裕があります。一体でも多くの魔物を浄化なさい』

 わらわらと迫り来る未知の半機械兵を前にピットは臆することなく、手にした神弓で浄化する。

「うう……この機械、壊しにくいなぁ」
『斬撃よりも射撃が有効じゃ。もっとも、一番は打撃じゃが』
『神弓ではやや不利ですね。地上に降りたら、豪腕を転送しますよ』
「お願いします!」

 初めは戸惑っていたピットであったが、数をこなす毎に感覚を掴み、空に漂う敵兵の殆どを駆逐していた。

『では地上に向かいますよ』
「やってやります‼︎」

 背中の羽に宿る光が一際輝きを放ち、ピットの体は地上に向かって急降下。侵攻を受けている街の一角に降り立つ。


★★★☆


『転送!』

 体力補給用のたべものにプラス、ズシンと鈍い音を響かせて豪腕が転送される。赤い円盤が特徴の豪腕ダッシュアッパーだ。ピットはパルテナの神弓を転送してもらい、右腕に装備する。

『ピットが慣れ親しんだものにしてみました。この辺りの敵なら、ダッシュ打撃で浄化できますよ』
「ありがとうございます、パルテナさま!」
『頑張って、ピット!』

 パルテナの激励げきれいを背に受け、走り出す。人々の避難は完了しており、街には人影ひとつない。周囲に気を使うことなく戦えそうだ。
 まずエンカウントしたのは、ボックンキャノン。不意打ちの射撃を難なく躱す。

「早速出たな! 冥府……軍?」
『なんでしょうねこの兵隊』
『とりあえず「からくり兵」とでも呼んでおこうかの』

 見事ダッシュ打撃が胸元の機械を打ち砕き、からくり兵のボックンキャノンが霧散する。

『ピット、この先にある広場に向かいなさい。そこから高エネルギー反応をキャッチしました』
「アレですね」

 見上げた方向にあるのは、一際高い建築物。5つの塔が五角形を描くように聳えている。

『高エネルギー反応……』
「ん? どうしたんだ? ナチュレ」

 からくり兵になってもその特性は変わらないガニュメデを打撃で浄化したピットが聞き返す。

『確かに高エネルギーで間違いはないようじゃが……こう、入り乱れているような……』
「入り乱れてる? 複数体いるってことか?」
『そうかもしれませんし、そうでないのかもしれません。いずれにせよ、警戒は怠らぬように』
「わ、わかりました」

 神妙な面持ちで頷き、急足で広間を目指す。


「あのぅ、パルテナさま。お聞きしてもいいですか?」
『はい。何でしょう?』

 ひと休憩として石畳の上で胡座あぐらを組むピットは、天を見上げ、眉を八の字に曲げる。

「このからくり兵は冥府軍の魔物を利用しているのですよね」
『ええ、そうですね』
「でも……おかしくないですか?」
『と、言いますと?』
「『冥府軍』を指揮しているのはサリエルですよ。地上や天界に攻撃なんてしないはずです! たまに魔物と鉢合わせますが、あれは管理下にいない魔物であってサリエルの指示じゃない。きっと、何かあったんじゃないかって……」

 短い沈黙後、パルテナは口を開く。

『その可能性は高いでしょう。現に、サリエルやペルセポネと通信が途絶えております。良からぬ異変が起きているのは間違いありません』
「やっぱり……!」

 友人の危機に、休んでる場合じゃないとピットは立ち上がる。

「早くサリエルとペルセポネを助けに行きましょう!」
『落ち着きなさい、ピット。まずは目下の敵に集中するのです』

 たしなめられたピットはハッと我に返り、「スミマセン!」と謝罪する。

『友の身を案じるのは貴方の素晴らしいところです。ですが、今の私たちに足りないのは情報です。からくり兵の対策を講じなければ、サリエルとペルセポネを助けることもままなりません。下手を踏めばヤラレチャッタ、になりかねませんからね』
「気をつけます……!」
『分かってくれればいいのです。それに、今も彼らの通信にアクセスしています。何か動きがありましたら、ちゃんと伝えますよ』

 にこりと微笑んでいる姿が目に浮かぶ。
 ピットはパルテナからの報告を――サリエルとペルセポネの無事を信じることに決めた。今も何処かで戦っているというのなら、自分も自分に出来ることをしなければ。

『いよいよ大物のご登場じゃ! ピットよ、そなたに倒せるのかのう』
「何が来ようと蹴散らしてやるッ‼︎」
『まあ頼もしい。行きますよ!』


★★★★


「これは……⁉︎」
『何ということでしょう……』

 広場に飛び込んだピットを待ち受けていたのは、広場を囲う柱と同じぐらいの体躯たいくを誇る――かつて対峙した魔獣ツインベロスを模した別の『何か』。その身を構成するのはモノアイやミックといった魔物たちだが、互いに溶け合い、個々の意識は感じ取れない。

『入り乱れてるように感じたのは、こういうことじゃったか……』

 ピットの登場にからくり兵・ツインベロスは咆哮をあげ、巨体をもろともせず突進。呆けていたピットも意識を切り替え、横に飛び退く。

『どうやら炎を使った攻撃は出来ないようです。パターンも突進だけのようですし、冷静に回避なさい』
『機械は四肢に4つ、頭部にバカデカいのが1つじゃ。じゃが、豪腕だとちと分が悪いかのう』
『神弓を転送します。一定の距離を保ち、射撃で破壊なさい!』
「了解です‼︎」

 一打一打の動作が遅い豪腕では攻撃を繰り出す前に蹴り飛ばされてしまう。ピットは豪腕から神弓に持ち替え、機械に向けて矢を撃ち続けた。
 突進を回避しては間合いを空け射撃しを繰り返す。戦局は有利に進んでいるように思えた。が、敵の巨躯きょくに合わせて移動しなければならないピットの体力はすり減る一方だ。ピットは激しく息を切らしていた。

『ピット! 脚を狙うのじゃ!』

 以前パルテナから『頭が弱点の敵は多いです』とアドバイスされたことを覚えていたピットは、それまで頭部の機械を中心に攻撃していたが。一度やめて脚に標準を定める。脚のほうは幾分か脆く、すぐに一個破壊。

『体勢が崩れました!』

 すると破壊された機械を中心に一本の脚が消えた。からくり兵・ツインベロスは大きく体勢を崩すも、残りの三脚で突進攻撃を続ける。

『脚の機械を破壊し、動きを封じるのです!』
「まかせてくださいッ‼︎」

 攻略方法が分かればなんのその。パルテナによる【軽量化の奇跡】の恩恵もあり、先程とは比べものにならない速さで四肢全ての機械を破壊。
 脚が消えたことでからくり兵・ツインベロスは地面に腹を付けたまま動くことが出来ず、ピットは頭部にある機械を一気に攻撃。からくり兵・ツインベロスを浄化することに成功した。

『お疲れ様でした、ピット。回収します』


 無事神殿へと帰還したピットに、パルテナは『神のドリンク』を差し出した。慣れない敵を相手取り、自身が思う以上に疲弊ひへいしていたピットには有難い差し入れ。ぐいっと喉を鳴らして嚥下した。

「ぷはーッ! 生き返ります!」
「民たちを守ってくれて感謝しますよ」

 口元を手の甲で拭うピットにパルテナは告げる。

「さて、ピット。次の出撃ですが……」
「ハイ!」
「お預けです」

 虚を突かれたようにピットは目を丸くした。危機的状況ゆえに連戦すると思っていたからだ。

「ですがパルテナさま、ボクは……」
「今は体力を温存しといてください。ね?」

 優しく、それでいて多少の圧を感じ、ピットはしぶしぶ頷いた。

「わかりました。体を休めます」
「ごめんなさいね」
「いえ! それでは失礼いたします」

 女神の間を立ち去るピットの背を見つめ、パルテナは軽く嘆息たんそくする。あの様子では大人しく休息せず、射撃場に向かうつもりだ。それでも戦場よりかは休まるだろう、とパルテナはビジョンと向き合う。

「お邪魔しますよ、ナチュレ」


          2章:復活の街でのさいかい
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