パルテナの鏡 - 厄災の目 -

8章:厄災の目


高らかに響く金属音。刃が交わるたびに、火花が小さく弾ける。

ガキィンッ──。ダムドの鎌を弾き、距離をあけ息を整える。

「どうした? 女神の加護が無ければ人間同然か?」

肩に鎌を乗せ、ニヤニヤと此方を煽るように嘲笑うダムドに、ブラックピットは抜かせ、と口角を上げる。


現在──ダムドと一対一の戦いを強いられているブラックピットだったが、ここにきてダムドがジャミングを仕掛けてきた。ナチュレの声も奇跡による支援も受けれないまま、ブラックピットはまるで魅せるかのように戦うダムド相手に、上手いこと弾かれているのだ。


「オマエみたいなヤツが、一番キライなんだよッ!」

何処となくメデューサを彷彿とさせるダムドに、ブラックピットは掛け声と共に地を蹴り、風を切りながら神弓の翳す。

「嫌い、か。面と向かって言われたのは初めてだな」

面白いのか笑みを絶やさないダムドに、ブラックピットは苛立つばかりだ。

鍔迫り合いの姿勢から離れ、神弓を双剣に分離して叩く。手数の多さではブラックピットが圧倒的──だが、軽いのを利用され鎌を軸にした足技で弾かれる。

頭の隅でサリエルの体術はコイツ由来かもな、と考えつつ蹴りを受け流す。

「感情的になるのは人間譲りか?」
「オレは人間じゃない」
「かと言って天使でもない」

何が言いたいと目つきを鋭くさせるブラックピットを、ダムドは嘲笑うことなく柔らかく微笑む。

「人間でも、天使でもなく、ましてや世の理に沿って生まれたわけでない。自分だって望んでいないのに、周りからは偽物呼ばわりされる。嫌じゃないのか? 憎くはないか? いくら望んでも本物になれない──が、今ならどうだ? 本物の天使はここにいない。このまま消えてしまえば……お前は、本物となる」

その悪魔の言葉に、ブラックピットの心臓は大きく鳴った。耳を貸すなと否定しようとも言葉が出ないブラックピットの様子に、ダムドは目を細めた。

「お前が偽物でないと言うなら、今している“コレ”はなんだ。まるで、自分が偽物だと認めているようではないか」

目を激しく泳がせ、一歩二歩と後ろに下がる。剣を下ろすことなく構えてはいるが、ガタガタと震えていた。

「本物になりたいのであろう? ならば、俺と戦おうなんて考えは捨てた方がいい。……ほら」

武器を捨てろ。

先ほどまでとは違い、優しい声をかけられる。本物になれるまたとないチャンスに、ブラックピットは乱れていた呼吸を整え──


双剣の片割れで斬りつけた。


「……」

ダムドは首を逸らし躱したが、一筋の赤い線が頬に残った。傷に触れ、手に付いた自身の血を見つめる。

「……本物になりたくないかと言われたら答えはイエスだ」

声に掌から視線をブラックピットに移す。

「生きているのに、存在しないと言われる。分かってもらえないなら、分からせればいいと思っていたときもあった。オレが本物になればいいと……、そう思っていた」

自嘲気味に笑う。

「アイツ……ピットは、バカだしお気楽だしノーテンキだし女神の糞だし。見ているだけでイラつく。……少なくとも、そんなヤツにオレはなりたくない」

双剣を構え、真っ直ぐと向き合う。

「他人の剣を振りかざそうとする奴に舞い降りる翼はない」

来いと片手で招く。ダムドはそうかと呟くと、

「──残念だ」

「ッ!?」

突如として背後から羽交い締めにされ、身動きが取れなくなる。背後にいたのは、麻痺状態で動けないはずのサリエルだった。

ブラックピットが拘束から逃れる前に、ダムドは鳩尾に蹴りを入れて封じる。

「俺も奇跡を使えるんだぞ? 忘れてたみたいだけどな」

クスクスと笑い声。

鎌が空を斬り、高く掲げられる。


狙うは──


「ぁ……」


ポタポタと赤黒い液体が地に落ちる。

それが自身の翼から垂れていると分かるときには、痛みに襲われていた。


「斬り落としてやろう。要らない翼をな」





『う〜ん、この辺りかな〜』

ハデス(の魂)が導いた先──そこにあったのは、血で出来た湖、“血の海”と称されるものだった。辺りに漂う悪臭に、ピットはうっと気分が悪くなり口元を抑える。

『ん? どしたピット君? ……あ、もしかしてう』
「言わせないぞ! おまえはいいよな、鼻がなくて!」
『ああ、匂いね。ハデスさんわかんないから、テヘペロっ☆』
「やめろよ! さらに気持ち悪くなるじゃないかぁ!」

まあまあと返しつつ、ピットを残して高く飛び上がり血の海を見渡す。少ししてあったあったとピットの元に戻ってきた。

『底の方に神弓らしきものを見つけたよー!』
「そ、底!?」

ちらりと血の海の水面を見つめる。ボコッボコッと不定期に泡が弾け、何やら不吉な影が複数伺えた。

ピットは、血の海に潜った自分を想像しては血の気が失せる。

「……こ、これも帰るためだ、い、いくぞぉ……!」
『待った待った! いくらピット君が天使で丈夫でバカだとしても、生身で飛び込んだら神弓どころかひきづりこまれるよ!』

えっと小さく声を漏らし、羽衣を脱ごうとしていた手を止めた。

「そ、そうなのか……?」
『そう! 溺れちゃうよ。この池に住む魂たちにね』

先ほどから魚のように海を泳いでいる影は魂だったのか。

「──って。ダメじゃないか、それじゃあ!」
『そうだねぇ。血塗れピット君……レッドピット? いや、ブラッドピット君かなぁ……』
「変な名前付けるな! あとバカって言うな!」

ごめんごめんと反省しているように見えない(というか顔が見えないため口調で判断するしかないのだが)ハデスに、ピットは膨れる。

「ハデスが言うからここまで来たんだぞ」
『冗談冗談☆ ハデスさんだって、なんにも考えがないわけじゃないって』
「……」
『ひどいっ! ハデスさん泣いちゃうもんね!』

びえーんと煩い泣き真似を始められ、ピットは耳を塞ぎながら分かった分かった! と叫んだ。

『、ハデスさんのこと信用してくれる?』
「信用はしないけど聞くだけ聞いてやる」
『信じてもらえないってこんなにも悲しいのね……シクシク……』
「あーもう、分かったから早くしてくれ!」

焦ったいハデスに我慢できずに叫ぶ。こうしている間にも、ブラピがピンチなのかもしれないのだ。うかうかなんてしていられない。……決して始めの方で離脱してしまったから出番が欲しいとか……そんなんじゃないぞ!

『……ピット君』

名を呼ばれ顔をあげれば、いつの間にかハデスの魂が目の前で浮遊していた。凝視していると、初めて聞いたような声色で話す、というより語りかけられた。

『いまからハデスさんは、ピット君の翼に憑依するから、そしたらあの中に飛び込んでくれるかな。神弓まで導いてあげる』

いいねと言われ、ピットは急に変わったハデスの様子に思わず頷いてしまう。

ハデスはピットの背に回ると、パルテナやナチュレの加護とは違う紫色の光が羽に宿った。パンドーラの力が宿ったときも、ブラピはこんな風だったのかなと普段とは違う感触をむず痒く感じる。

「ふぅ」

息を整え、血の海に向かって走り出す。大きな音を立てながら、ピットの体は沈んでいった。


目を開けて。


声に言われるまま、閉じていた目を開ける。そこには視界いっぱいの絶景──ではなく、絶句する景色が広がっており、再び気分が悪くなる。


口は開いちゃダメだよ。分かった?


コクコクと頷いて返事をする。ハデスの声、だろうか。それにしても妙な感じが……。


見て。あれがそうだよ。


赤黒い景色のなか見えたのは、光を放ち続ける神弓。その光に目を奪われつつも、ゆっくりと神弓に近づき両手を翳した。

神弓は、今までピットのことを待っていたかのように手の中に収まると、光が体を淡く包み込み、じんわりと暖かくなる。


よかったね。……これでハデスさんの役目も終わった。


弾かれるように翼に目を向けると、紫色の光が今にも消えかけていた。ハデスの力が消えている証拠だ。


その神弓さえあれば、安全に地獄を進むことができる。ピット君は、あの怪獣をどうにかすればいい。……って、ピット君には楽勝かな。


その問いに答えることが出来ない。


ハデスさんね、またピット君に会えて嬉しかったんだよ。ピット君はイヤかもしれないけどね。


そんなことないと返したかった。


……さて。ハデスさんはのんびりと高みの見物といきますか。ピット君の活躍、ハデスさんにも見せてよね。ガッカリさせないでよ?


当たり前だ!


──じゃあな、ピット。





「えぇい! ダムドのやつめ、ジャミングなんぞ姑息な真似を!」

力任せにテーブルを叩く。目の前に映るビジョンには、砂嵐状態が続いていた。

『──……レ、ナチュレ! 聞こえますか!?』
「! パルテナか?」

ハイ、とテレパシーが返ってくる。

『少し余裕ができはじめましたので、ピットの月桂樹に繋ごうとしたのですが……』

パルテナが言わんとしていることが痛いほど分かり、ナチュレは完結に起こったことを説明した。

少しの沈黙後、パルテナはそうですかと小さく返した。

「すまぬ、パルテナ。敵に先手を打たれてしまった」
『……冥府の奥深くにある地獄は、冥府神ですら足を踏み入れない地。神々……ましてや、冥府神でない私たちが干渉するのは不可能に近い……』

パルテナと言いかけてナチュレは口を閉ざした。

「……待つしかないと言うのじゃな」

パルテナからの返事はない。


「奇跡に、かけるしかない」





ブチブチと何かが切れていく。

止まることがない血、ハラハラと散っていく黒い羽。いっそのこと、意識を手放せられたらどんなに楽か。

「天使というのは、無意識のうちに翼を傷つけられるのを嫌うと思っていたが。そんなことはないみたいだな」

綺麗な形で翼を切り取りたいのか。はたまた、ブラックピットの声を聞きたいのか。どちらにせよタチは悪いが、ゆっくりと鎌の刃を下ろしていく。

「降ろせ」

パッとサリエルがブラックピットを捕まえていた手を離すと、続けてダムドがブラックピットを地に伏せさせ、逃げないよう背中に片足を乗せる。

くるりと軽々と鎌を持ち直し、高く振りかぶる──。


パシュッ。


音と共に宙に弾かれた鎌。気配を感じ、振り返る前に頭が強い衝撃に襲われ、視界がぐらつくと共に吹き飛ばされる。

受け身を取れないまま離れた場所に体を打ち付けられ、視界が安定しないまま頭に手を添える。


──月桂樹が、ない……?

「ッ……役に立たない駄犬が……!」


もしかしたら、と思っていた。

ブラピは他人に関心がないから服装とか見ないかもしれないが、ボクは違う。サリエルの服装をちゃんと見ていたのだ。……か、カッコいいとか羨ましいとか思ってないんだからな! 断じて!

初めてダムドの姿を見たとき黒い月桂樹を見つけて、ボクの隣を物凄い速さで通り抜けたサリエルの頭には……月桂樹が無かった。もしもボクが昔、指輪に封じられていなかったらまぁ無くしたんだろうなと見逃していたかもしれない。一種のカン、かな。

「てぇい!」

ダムドから奪った月桂樹をサリエルの頭に被せる。勢いありすぎで腰が凄いことになってしまったが……許してほしい。ワザとではないのだ。

ピットのカンが当たっていたのか、その場に崩れ落ちるサリエル。

『繋がった!』

叫ぶナチュレの声が聞こえ、戻ってきたんだと安堵する。

「ナチュレ! あの──」
『ブラックピット……!? しっかりするのじゃブラピ!!』

えっと辺りを見渡すと、すぐ近くに黒い翼を見つけた。

「……!?」

目をそらしたくなる光景に、ピットは悲鳴こそ上げなかったが激しく動揺した。

羽が、羽が……。

自分ではないと言い聞かせるも、自分と重ねてしまう。無意識のうちに腕に力を入れてしまう。ナチュレの繋がった、という言葉は自分ではなくブラックピットに向けられていたようだ。

ビクッと肩が大きく跳ねる。下に目を向ければ、ブラックピットが残り滓のような力を振り絞り、ピットの片足を掴んでいた。ブラックピットの真上には不自然な光が射しており、自分が動揺している間に転送の話が進んでいた。

ピット、と名を呼ばれる。

「オレが、……せっ……かく、出番……つくって、やったんだ……はずしたら……ぶっ……つぶす……!」

ブラックピットの殺気籠った言葉に、ピットは返すことができないまま、転送の光を見送った。

『……彼のことはナチュレに任せましょう』
「パルテナ様……」
『お待たせしました。ピット』

パルテナの顔が目に浮かぶ。ブラックピットの無事を祈り、ハイと力強く頷いた。

──直後。地面が大きく揺れ動いた。

『ピット! サリエルと共に離脱を! 地面が崩れます!』

反射的にサリエルの体を掴み、走り出す。まるで深い闇を映したかのような海に足場が沈んでいく様子を、【飛翔の奇跡】によって空に逃げたピットは眺めていた。

「ぅ……」

小さく唸り声が聞こえ、サリエルと名を呼ぶとアメジストの瞳が開かれる。

「ピット……?」
「うんっ……そうだよ……!」

嬉しそうなピットに釣られ、サリエルもほころぶ。

「ダムド様は……」

そういえばとピットはサリエルを脇に抱えたまま背後に振り返る。──そこに、ダムドらしき姿は見えなかった。


崩壊に巻き込まれたのか? じゃあ、この揺れは一体……。


『小間使いよ無事であったか!』

突然の割り込みに、うぉう! と驚く。サリエルもテレパシーにかピットにかは分からないが、体を大きく跳ねらせてはそっとピットから離れた。

『ディントスさま、神器が見つかったのですか?』
「そうだよ! 見つかったのか!」
『見つかっておらぬ。……ダムドはどうしたのじゃ。姿が見えないようじゃが──ってああぁあぁああ! そ、それはッ──あ。』


ゴキッ。


鈍い音にディントスの台詞が不自然に途切れる。

あー……と気まずそうなパルテナの声。訳がわからず疑問符を大量に浮かべるサリエル。

「あ。ってどうしたんだよディントス!」
『オ、“オルトロス”……』

ガクリと崩れ落ちた……ような気がする(音しか聞こえないし)。謎の言葉を残し、ディントスからの通信が完全に途絶えてしまった。

「ディントス!? ど、どうしたんだ!」
『ピット。ディントスさまは……急性腰痛症になってしまわれたのです』

急性腰痛症?

「ぎっくり腰……だね」
「ぎっくり腰ぃ!?」

ま、まあ古くからの神らしいし……。見た目からかなーりお年を召されていらっしゃる……。

「だ、大丈夫かなぁ……」

微妙な表情を浮かべるピットだったが、突如として大きな水飛沫が上がり、なんだなんだと振り返る。

足場が崩れた地点。そこを中心に、海が“割れていく”。そこから姿を現したのは──。


凶悪なツノ、赤黒い翼、口を開ければそこからキバが見えた。

天を貫くような咆哮を上げながら、獣の姿をした怪物が、そこにいたのだ。


あんな怪物が潜んでいたなんて──。びりびりとした感覚が肌を貫く。

「ぁ……」

声を漏らしたのはピットでもパルテナでもない。

分かってしまったのだ。だってあれは……。


冷たくされても、相手にされなくても。

側にいてくれた、たった一人の。


サリエルは閉じていた右目を開けると、ピットの名を呼んだ。

「あれを浄化するのを手伝わせてほしい」
「う、うん。わかった」

違和感を抱きながらも頷く。

『──ピット、いけますか』
「もちろんです、パルテナ様!」
『良い返事です。サリエル、ピットの体を支えてください。【飛翔の奇跡】を切ります』

サリエルがピットを脇に抱えたのを確認すると、ピットの羽から光が消える。

……いくらなんでも脇に抱えられるのはちょっとなー。

「──来る。」

えっとピットが理解する暇もなく急に動き出したサリエル。怪物の方に視線を向けると、飛行するサリエル目掛けていくつもの魔力弾が放たれていた。

「Ελα εδώ “Εκλειψη”」

呪文のような言葉を唱えると、ピットを抱えているとは逆の手に現れた狙杖“エクリプス”。柄を握り、邪魔するものを撃ち落としていく。

『ピット。声に出さないで耳を傾けてください』

徐々に徐々に近づいていく中。パルテナから声をかけられる。サリエルには聞こえていないようだ。

『今近づいているアレは……ダムドが、力を解放した姿なのです』

周りの音が消え、パルテナの声が頭に響く。

『ディントスさまの慌てよう。ピットが手にしている神弓“オルトロス”こそが、ダムドに対抗できる神器なのでしょう。この通信が終わったのち、【チャージの奇跡】を用いてエネルギーを溜めます。いつでも放てるよう、構えていてください』

ぎゅっと神弓を握りしめる力が強くなる。その様子を見ていたパルテナは、名を呼んだ。

『ピット。サリエルは気付いていて何も言わなかった。それはなぜか、本当のことを言ってしまえば、ピットや自分自身の意思が消えてしまうと考えたのだと思います。……もう、ダムドはサリエルのことを忘れ、全てを破壊しようとしている。止めるには……これしかないのです』

落とせないことに苛つき始めたのか、怪物──ダムドの攻撃が激しくなる。くっと苦しげな声が聞こえ、ピットはハッとした後。自由な両手で神弓を構えた。

『【チャージの奇跡】!』

パルテナが高らかに叫ぶと、ピットが持つ“オルトロス”が光を放ち、自動的に矢を形成する。形成された矢の先端にエネルギーが集まり、恐れを抱いたのかダムドの巨大な手が迫る。

『サリエル、耐えてください!』

回避は出来たが、暴風に呑み込まれる。踏ん張ってなんとか耐え、攻撃を紙一重で躱していく。

そんな最中、サリエルはピットに話しかけた。

「──“ορθρος”」
「えっ」
ορθροςオルトロス。“夜明け”っていう意味なんだ。真っ暗な闇を照らし、光で世界を包み込む夜明けを招く」

遠くの方で『チャージ完了です!』とパルテナの声が聞こえる。

「僕は光を知ってしまった。一度は失った“光”を。だから……見せたかったんだ。あの人にも」


──……ピット、僕は……


あの花園で言いかけた言葉の続き。

猛撃の嵐を潜り抜け、ダムドのすぐ近くまで迫る。

撃ちやすいように背中から抱きしめるような形に変わると、狙いを定め矢を引き絞る。


そっと後ろから手が重ねられる。


「生きとし生けるものたちよ」
「死してさまようものたちよ」
「音にも聞け!」
「刮目せよ!」
「光の女神パルテナが使い、ピット!」
「厄災の堕天使、サリエル!」
「「魂を悪夢へと誘う地獄の悪魔を、いまこそ浄化する!」」

『今です! 撃って!』


「「はぁぁぁぁぁッ!!」」










目が焼かれるほどの光が、冥府界を包み込んだ。


“オルトロス”によるビームの反動は凄まじく、ボクもサリエルも意識を手放した。


頭の片隅で夜明けじゃない光だなと考えていると、どこかから声が聞こえたんだ。


“ありがとう”って──





──あの戦いから、早くも一ヶ月が経とうとしていた。


ボク、パルテナ親衛隊長ピットは反動による筋肉痛もやっと治り、明日から通常通りに仕事をすることになった。

“正直暇だし、不安だったんですよね〜。”と、パルテナ様に言うと、“【飛翔の奇跡】を使わない分楽ではあったのですが。”と、返されてしまった。泣いてなんかいないからなッ!

ブラピはボクより先に復帰しているらしく、時折ボクの代わりもしてくれていたらしい。……てか、ブラピの重傷率高くない?

ダムドが消えた冥府界は、一時期はこっちにまで被害が出た大規模な戦いがあったみたいだけど、なんとか収まっているらしい。

そして、サリエルは──


「お世話になりました。皆さん」


神殿にある中庭。そこには、ボクを含めるサリエルの関係者(というか知り合い?)が集まっていた。

もうすっかり体が回復したサリエルは、冥府界で臨時の管理者に任命された(なんでも、裏世界のエラーいお方が決めたとか……どこの世界観だよッ!)。サリエルは神じゃなくて天使だから、正式な管理者にはなれないらしい。でも、管理者が決まったら秘書みたいな立場になるんだってさ。

少しの間とはいえ、司令官がいない冥府を立て直すには……何年も掛かってしまう。つまりそれは、しばらく会えないことなのだ。一年、十年の話じゃない。下手したらもう……。

「うむ。落ち着いたら顔を出しに来い。待っておるからの」
「はい。」
「何か手伝えることがあれば連絡してください。可能な限り、力になります」
「ありがとうございます」
「ま、まぁ……なんだ。その……がんばれよ」
「うん。頑張るよ」

三人と言葉を交わしたサリエルがこちらに向く。

「楽しかったよ。短い間だったけど、一生忘れない出来事だった」

脳裏に様々な思い出が過ぎる。

「ぁあ、枕投げのときにガラス割っちゃったのはホントごめん」
「い、いいよ、別に」

気にしてないしと言ったつもりが、ちゃんと声に出せない。それどころか、込み上げてくる──。

「……ピット」
「ハハッ……カッコ悪いなぁ……泣いちゃうなんて……」

拭っても拭っても止まらない。見送るどころか困らせてどうするんだ、ボクは。

「──来るよ」
「え……?」
「会いにくるから……絶対!」
「え、いや、でも……」
「ちゃっちゃと冥府を安定させて、新しい管理者見つければ万事解決!」

そりゃあそうでしょうけど!

「だから……お別れじゃない。少しの間、会えないだけだよ」

びっくりして涙が止まってしまった。乱暴に残った涙を拭うと、ボクはニカッと歯を見せて笑った。

「次会ったときは、ブラピと三人で口上の練習しような!」
「ハァ!? 勝手に巻き込むんじゃねぇよ! あとブラピって呼ぶな!」
「超豪華になること間違いナシ!」
「煩くなるだけじゃないのかの」
「良いんだよ! カッコイイからな!」

ポカーン。と固まってしまったサリエルに、パルテナはくすくすと笑う。

「私も見てみたいです。三人の口上」

意味を理解し、少しの沈黙後に笑った。

「僕もしたいです。三人で」





どこまでも澄み渡る空の下。

いつまでも、いつまでも。

笑っていられますように。





The End。


7章:地獄での再会 外伝
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