パルテナの鏡 - 厄災の目 -

7章:地獄での再会


「うっ……」

気を失っていた光の天使──ピットは目を覚まし、朦朧とする意識の中、痛む体を抑えながらふらりと立ち上がった。徐々に意識がはっきりとしてくると、ピットは呼びかけた。

「ナチュレ! ナチュレ!……やーい破壊王」

ピットを一時的に援護している自然王──ナチュレの地雷を踏んでみるが、返事はない。

「う……またハデスに食べられたときと同じなのか? 今なら口笛で呼んでも愛馬が来てくれないリンクの気持ちが分かる気がする……」

分からんでいいわ。

ピットはない頭(失礼)で気を失う前の出来事を思い出す。

「えーっと、パルテナ様がメデューサに幽閉されて……って戻りすぎか。サリエルを助ける為に、ダムドの元に乗り込んで……それでボクは変なのに飲み込まれて……」

弾かれたように辺りを見渡すピット。見たこともない景色に、ここは何処だと体を硬らせる。

「……ボク、負けたのかな」

圧倒的な地獄の王──ダムドの力に、なす術もなく飲み込まれてしまった。一度考えてしまうと、ピットの心に“敗北”という二文字がシミのように広がっていった。

「こんな事になるなら、ディントスに無理言って空を自由に飛べる神器を作ってもらえば良かったな」

『ぅ……』

「ブラピにお腹を蹴られた仕返しも出来てないし!」

『た……すけ……』

「ボクのおかわり二杯までを三杯までに増やして欲しかったし……」

『あー……あ……』

「……一番嫌なのは、パルテナ様のお側にいられなくなった事……あーもう! さっきからうるさいな! 誰!?」

叫びながら後ろに振り向くと、ピットはひっと小さく悲鳴を上げた。

「な……んだよ……これ……」

ピットが目にしたのは、ヘドロを無理やり人の形にしたような。おぞましいモノだった。

「神弓……神弓は……」

手に持っていたはずの神弓は見当たらず、その間にも距離を詰めてきており、言葉にもなっていない声を上げる。


やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい


逃げなければ……!


弾かれるようにおぞましい何かに背を向け走り出す。冷や汗は止まらず、一向に変わらない景色に徐々にピットの頭が恐怖に支配されていく。

「(挟まれた!)」

前からも成れの果ての集団が押し寄せ、逃げ場が無くなる。荒く息を弾ませ、まさに四面楚歌状態のピットにじりじりと迫りゆく絶望。

「う、……ああああああああああ!!!!」

喉奥から声を絞り出し、自身を鼓舞し、武器も何もない状態で殴りかかる。

ピットの中にあるのは、死にたくないという意思。

「ああああああ!!!!!」

数センチで届く。……しかし、その拳は当たる事はなかった。

「えっ、え!? 何だこれ!!」

ジタバタと暴れるピットの足は地に着いておらず。見えない力によって、ピットは宙に浮いた。

「降ろせ! 降ろせって!」

しかし、先ほどまでピットがいた場所は既に埋め尽くされており、今降ろされても困るのでピットは大人しくした。

ピットが大人しくなると、まるで飛翔の奇跡でコントロールされているかのように何処かへと導いた。


「ぐえっ」

長いようで短い空中散歩も終わり、ピットにかかっていた浮力が解除され、比較的安全な場所に落ちた。

「ここは……?」
『ようこそ地獄へ! プット君!』
「ピットだよ! って……」

聞き覚えのある忌々しい声。

自身の目の前にフワリと降りてきた白い玉から発せられている。

『はい、今タイトル回収終了〜』
「いいんだよ、そんな事は! それよりもハデス……なのか……?」

顔も姿すら分からないので、声で判断するしか無いのだが……。

『ピット君のピンチを華麗に救った謎の貴公子! ……とかじゃダメ?』
「ダメに決まってるだろ。なんだよ貴公子って……体ないくせに」
『だって〜体は何処かの天使君が吹き飛ばしちゃったんだもーん』
「もーんじゃないだろ! 自業自得だ!」

声と性格だけで嫌というほど分かる。確かにこれは、以前対峙した冥府神ハデスに違いない。

「それよりハデス、地獄ってどういう事だ?」
『冥府よりも奥深くにある場所。ま、簡単に言っちゃえば牢獄みたいなもんよ。冥府の魂を何百年と閉じ込め、爛れた存在にする……ホラ、さっきピット君会ったでしょ? 彼らは何百年と地獄に閉じ込められて魂が爛れちゃったのよ』

彼らが助けを求めていたのは地獄に閉じ込められていたからか、とピットは複雑な表情を浮かべた。

「……という事は、いずれハデスも……?」
『あーなっちゃうかもねー。ま、ハデスさんは神様だから何百年経とうがそう簡単には朽ちないけど』

ヘラヘラと笑うように話すハデスに、ピットは笑い返すことも出来なかった。

『そんな事よりも、ピット君はどうやってここに来たの? 迷子?』
「違うって……引きずり込まれたんだよ。ダムドに」
『ダムド……ふぅん……やっぱり出て来たか』

ハデスの口調が変わる。知ってるのか?と尋ねるともちろんと返した。

『ダムドが悪魔だって話は聞いた?』
「うん。冥府の奥深くにある地獄で生まれ……って、ここで生まれた!?」
『えー、今まで気づかなかったの? さっすがピット君、変わんないねー』
「褒められてるのか貶されてるのか……」

ハデスはわざとらしく咳払いし、話を戻す。

『ここには生きとし生ける者の負の感情が集まりやすいのさ。ダムドはそれらによって形成された悪魔って感じ?』

闇から生まれた者。負の感情によって生まれ、支配されているとしたら……ダムドの行動も納得出来てしまう。

「……」
『同情してる? 分かってると思うけど、ダムドを浄化しない限り世界は救われないよー?』
「……分かってる」
『ま、その前にピット君がヤラレチャッタ☆かもね!』

そうだ!とピットは自分が置かれている状況を思い出した。

「何とかして地獄ここから出なきゃ!」
『そういうことなら、このハデスさんが出口まで導いてくれよう!』
「えええ!? 出口あるのか?」

てっきり無いものだと……。『まあまあ、ついて来なさんな』とハデス(の魂)は何処かへと向かう。ピットもその後をついていく。

『隠れて!』

ハデスに言われ、岩陰に身を潜める。

『ホラ、あそこに見えるのが出口』

岩陰からこっそりと顔を覗くと、出口らしき大穴を守る三つ首の番犬──ケルベロスが辺りを警戒していた。

冥府そとに出るにはケルベロスをどうにかしないと行けないのよ』
「武器さえあれば……ハデス、地獄に武器はないのか?」
『え〜あるわけ……あっ。』
「知ってるのか!?」

思わず大声を出してしまい、ハッと岩陰に隠れる。何とか誤魔化せたようだ。

『ピット君!』
「ごめんごめん。で?」
『遠くから何だけどね。形からして神弓……かな? なら、見たことあるよ』
「おおっ! そりゃあいい!」
『早速レッツゴー☆』

こうして、ピットはハデスと共に神弓を探す旅に出たのだった……!





「……」
「うおっ! あ、あぶねー……」

狙杖エクリプスから放たれる一筋の光を紙一重で躱す。エクリプスに宿る即浄化の効果は、いつ出るか分からない為、当たるわけにはいかないのだ。

一人、戦場に取り残されたブラックピットはサリエル相手に苦戦を強いられていた。

その理由は──サリエルの体を見れば分かる。至る所にブラックピットによって傷つけられた跡があるが、空の器と化しているサリエルには痛みがないのだ。

これでダムドも加わっていたなら……そのダムドは薄笑いを浮かべながら、こちらの戦いを眺めていた。

「(足を潰しても羽があるし、羽を潰しても足が……クソッ……!)」
『ブラックピットよ、これを使え!』

転送の掛け声と共に現れたのは“自動回避”のアイテムだった。アイテムの恩恵を受け、サリエルの攻撃を避けやすくなったブラックピットに余裕ができ、ナチュレも思考を巡らせる。

『(……ジャミングをしていないとな? 余程自分の力に自信があるのかこやつは……)』

それとも、ピットが消えた事が理由なのだろうか。

ピットとの通信は途絶え、何処に連れて行かれた分からないのが現状。

『(くっ……もう少し早く気づいておれば……!)』

後悔しても、自分にはどうする事も出来ない。今は目の前に集中しなければ。

「ナチュレ! 奇跡を!」

その一言だけだったが、ブラックピットの考えは理解していた。

『【麻痺つけの奇跡】!』
「うおおおおおお!!」

“自動回避”の効果が切れる直前。ブラックピットの刃がサリエルに届き、体が麻痺状態に陥る。いくら空の器としても、生身である事に変わりはない。

予想通り、体の自由を奪われたサリエルは膝をついた。

「ほう。麻痺状態にして動けなくするか……考えたものだな」

今まで静観していたダムドが、笑みを絶やさないままそう口にする。

「(何処にある……)」

サリエルの魂が封じられている筈のアイテムを探す。恐らく……というか、ほぼ確実ダムドが持っているだろう。

「これを探しているのか?」

と、ダムドは自身の頭……黒い月桂樹を指した。

「それは……」
『サリエルが付けていたものじゃな。その中に閉じ込めているとは……』
「ご名答。サリエルの魂はここにある。奪えるものなら奪ってみるといい。出来るなら、な」

ダムドは自身より大きな鎌を取り出すと不敵に笑った。


「絶望に溺れ、朽ち果てろ。」


6章:魂を求めて 8章:厄災の目
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