パルテナの鏡 - 厄災の目 -

3章:闇を貫く一条の光


「ナチュレ、入るぞ」

幾重にも重なる木の幹で作られた自然軍の拠点。その中にある、自然の女神ナチュレが住む神殿。ブラックピットは、朝食を済ませると神殿の扉を叩き、返事を待たずに中へ入った。

「返事ぐらい待たぬか! ……着替え中だったらどうするのじゃ……」

木の株で出来た椅子に座っていたナチュレがブツブツと文句を言う。……そもそもお前に着替え中があるのか、と思ったブラックピットだったが指摘してしまうと、「バカ! バカ! ビーム!!」が飛んできそうなので何も言わなかった。

「で? オレを呼び出した理由は?」
「おお、そうじゃったな」

思い出したかのように手を叩いたナチュレは、椅子から立ち上がると空間に巨大な画面……"ナチュレビジョン"を作り出した。見ろということなのだろうか、ブラックピットはナチュレの隣に立ち画面を見つめた。

「……これは?」

画面に映し出されているのは、茜色の景色を背後にそびえる城。

「先刻、お主らと対峙した天使がいたじゃろ?」
「ああ。確か……サリエルとか言う……」
「そうじゃ。珍しくお主らの口上を聞いてくれたヤツじゃ」

珍しい言うな、ブラックピットは口を尖らせる。……悲しいことに、彼ら二人の息が合った口上は最後まで言わせてもらえないことが多い。

「この城は、その天使が仕える主が住んでいる……とされる場所じゃ」
「確証はないのか」
「そもそも妾もパルテナも、ダムドとかいうヤツのことは知らん。ハデスなら何か知っていたかも知れぬが」

フン、軽く返事し画面に映し出された城に目を向ける。

「オレたちにこの城を潰せという話だろ?」
「まあ間違ってはいないのじゃが……」

なんだよ、といつもと違うナチュレに迫る。

「……お主には言っておくべきかの」

ナチュレは先ほどまで座っていた木の株に腰をおろし、反対側の椅子にブラックピットを座らせるとゆっくりと話し始めた。

「実はな、ホラ……サリエルとの戦いの際、ピットがヤツの左目を見てしまったのを、お主も知っておろう? 後でパルテナから聞いたのじゃが……あの左目は"厄災の目"と噂されていたものじゃった……」

まさか……と顔色を変え始めたブラックピットに、ナチュレは深く頷いた。

「その目は"見た者に災いが降りかかる"と言われておる。パルテナも、ただの噂話だと思っていたようじゃ……」
「その話が本当なら、ピットは……!」
「まだ何もなっておらぬ。パルテナも、ピットのヤツにバレぬよう、呪いを解く方法を探しておる! じゃが、もし……もしも間に合わなかった場合。お主一人でサリエルを倒すのじゃ」

ブラックピットは目を見開き、驚きを隠せずにいた。ナチュレの言葉の真意……それは、サリエルを浄化しろ。つまり命を奪えと言っているのも同然だったのだから。

「……ブラックピットよ。この前も申したが、甘えてはならぬ。ピットは……この世界に、居なくてはならぬ存在……そうであろう?」
「……」

ブラックピットは長い沈黙の果てに、静かに頷いた。

『ナチュレ!!』

しかし、呪いは残酷にも天使の体を蝕み、女神の焦る声が二人の耳に入ることになった。





「出るぞ!」

自然軍のゲートを蹴破り、大空へと奇跡の力で舞う。

『すみません……私が不甲斐ないばかりに、ピットを……』
『……パルテナよ。ピットの様子はどうなのじゃ』

頭につけた月桂樹から、上司であるナチュレの声が聞こえる。

『自室で寝かせています。……先ほどまで、暴れていたので奇跡で少々……』

ナチュレとは別の、ピットの上司である光の女神パルテナの透き通った声が聞こえた。パルテナの言葉に、ナチュレはほうと返す。

『暴れていた……とな?』
『はい。どうやら悪夢を見ているようで……眠りながら神弓を振り回していました』
『悪夢か……あやつに怖いことなんてあるのかの』
「ナスに囲まれてる夢でも見てんじゃねーか」
『天ぷらもありそうですね』
『オイオイ』

雲海を見つめながら、空を飛ぶブラックピットがオイと声をかける。

「高度は下げないのか」
『今回は地上でも地下でもないからの。このまま直進じゃ』
『サリエルがいるのは、この先にある"光明の神殿"と呼ばれる場所です。……ちょうど見えてきましたよ』

パルテナに言われ、ブラックピットは顔を上げると以前向かった"常闇の神殿"とは違い、太陽の光を浴び際立っている神殿が浮かんでいた。

「アイツらには似つかわしい場所だな」
『今回は普通に進めそうじゃ。侵入するぞ! ブラックピットよ!』
「ああ!」





『ブラピ。サリエルは最奥地にある広間にて待ち構えているようです』
『襲い来る冥府軍どもを蹴散らし、先へ進むのじゃ!』
「ブラピって呼ぶな!」

銀色に光る"神弓シルバーリップ"を手に、神殿を進む。……しかし、太陽に近いのか光が強く、周りが見えづらくなっていた。それは冥府軍も同じらしく、四角い箱の中に収納されているボワンまで、ブラックピットの姿を捉えられず味方を捕まえてしまっている。

『ふむ……どうやら苦戦しておるようじゃな、ブラックピットよ』
「してねぇよ!」
『仕方ありませんね……これを使ってください』

転送されてきたのは、レンズが黒くなっている眼鏡だった。

『対日光用保護眼鏡です』
「普通にサングラスって言え」

恐る恐るサングラスをかけると、強力な物なのかある程度の日光を遮断することができた。これなら戦えるなとブラックピットは更に奥へと足を進める。

『なんだか……ヤンキーみたいじゃの』
『まぁ、性格がヤンキーのようですし。あながち間違っていないと思いますよ?』
「何か言ったか?」
『いえ別に。』
『何でもない。』

不自然な返答に顔をしかめる。嫌な予感しかしなかったからだ。

それからというもの、ブラックピットは異常な速さで先へと進んだ。対日光用保護眼鏡サングラスの効果が現れているのだろう。

『ホレ、受け取るがよい』

転送された神のドリンクを一気に飲み、疲れが吹き飛ぶと開かれた扉の先へと走っていく。

「サリエル!」

前回潜入した"常闇の神殿"から一転。穢れの知らない聖域のような、真っ白な空間にポツリとサリエルは立っていた。

「……」

ブラックピットから背を向けていたサリエルは反転し、眼帯をつけていない右目で黒い天使を睨みつける。その手には狙杖エクリプスが。

ゆっくりとエクリプスを持ち上げ、銃口となる先端をブラックピットへと向ける。

「ピットを……オマエの悪夢から解放してやる!」

対してブラックピットも神弓を二つの剣に変え、サリエルの懐に潜ろうとダッシュする。





「チッ……!」

サリエルが撃った弾が、黒い羽衣の一部に穴を開ける。

それに怯むことなく、ブラックピットは駆ける。

「……」
「ハッ……変わらず無口なヤツだな! 少しはワンって言ってみやがれ!」
『いや犬じゃありませんし』

少し飛び上がり回し蹴りを仕掛けるが、狙杖を盾にされガンッと鈍い音が響く。蹴りを跳ね返されるとブラックピットは神弓を手にし、剣をクロスさせ押し合いになる。

『ブラックピットよ。どうやら、サリエルも妾たちと同様に通信を行なっているようじゃ』
「聞くことは出来ないのか」
『特殊なフィルターのようなものがかかっていて出来ないのです。……っ! 【一瞬無敵の奇跡】!』

パルテナの声と共に視界が真っ白に染まる。直後に襲いかかってきたのは熱と煙。

『じ……地雷の奇跡じゃと!?』

ナチュレの焦った声が聞こえる。まさか相手も【奇跡】を使えるのは誰もが思ってもいなかったことだ。

異常事態に驚いていると、自身の腹に深くサリエルの足がのめり込んでいた。"奇跡が切れた"と気づいたときには既に遅く、勢いよく壁に激突する。

『ブラピ!』
『【回復の奇跡】! ……な、何故じゃ!』
『恐らくジャミングです! ブラピ! しっかりしてください!』
『ブラックピット!』

【奇跡】が使えない中、パルテナとナチュレは必死にブラックピットに呼びかけるが、ブラックピットは衝撃が強かったのか、頭をうな垂れたまま動く気配がない。

サリエルは銃口をブラックピットの心臓部分に当てると、引き金を引いた。




『ヤメろォォォォオオオ!!』




パンッ。

聞こえたのは、二つの銃声。


「うっ……

あああああああああ!!!」


呻き声を上げ、崩れ落ちたのはサリエル。

眼帯をつけていた左目を手で覆い、大量の血が流れていた。

眼帯を突き破り、左目に弾が撃ち込まれたようだ。


『……っ、ナチュレ! 回収を!』
『何故じゃ! ブラックピットはもう……』
『彼は生きています!』

衝撃のあまり声が出ないナチュレに、パルテナは続ける。

『サリエルの左目を撃ち抜いたのは彼です! 今ならジャミングも効いていません! 手遅れになる前に早く!』
『っ転送!』

小鳥のさえずりと草木の葉が、ブラックピットの体を包み込みその場から消える。



「うぅああ……っ…………ハッ、はぁはあ……」

ブラックピットが"光明の神殿"から回収された後。サリエルは左目に【回復の奇跡】をかけてもらうと、激しく息を切らしていた。

『サリエル……』
「……っは、ダム、ド……様……」

頭につけた黒い月桂樹から、上司であるダムドの声が聞こえる。サリエルは苦しそうに顔を歪めながらも、その名を呼んだ。

『黒い天使を始末しかねたな。俺が手を貸してやったというのに』

一段と低い声がサリエルの頭の中を木霊する。その場にいるわけでもないのに、サリエルの胸が締め付けられる。

「申し訳……ありません……」
『"逢魔の神殿"でケリをつける。……いいな』

消えてしまいそうな声で返事をすると、ダムドとの通信が切れた。自分の翼で帰ってこいという意味だ。

サリエルはまだ回復していないダメージを抱えながら、フラフラと染み付いた血を落とすために泉へと飛ぶ。

「(……痛い)」

それなどんな痛みなのか。

サリエルは一人、光を背にしながら飛んだ。





「(流石にもう一度は眠れねーな……)」

闇の空に、月が浮かぶ。

生きていたブラックピットは((ブ「勝手に殺すな!」 寝かされていた自室から抜け出し、自然軍の拠点を歩いていた。

適当な場所で足を止めると、ドサッと腰を下ろす。夜というだけあって、辺りには人……というか生きものの気配は感じない。念のため辺りに何もないことを確認すると、ブラックピットはずっと握りしめていた手を解いた。

「(……壊れてしまったな)」

その手に握られていたのは、粉々とまではいかないが、砕けてしまった鍵のようなものだった。

実はこの鍵がブラックピットを守った正体だった。以前から服の下に首飾りとして掛けており、それが奇跡的に心臓部分に重なりブラックピットの命を救ったのだ。

「あっ……」

目の前で鍵は役目を果たしたかのように、赤い光となって消えていった。

空に向かう光が消えるのを、ブラックピットは見つめていた。


2章:憎悪に満ちた瞳 4章:一つの決着
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