パルテナの鏡 - 厄災の目 -

2章:憎悪に満ちた瞳


「ピット! 出撃します!」

ゲートを蹴破り、空へと飛び立つのは天使ピット。早朝に目を覚ましてから、支度に10分程しか掛けていない彼の髪は、いつも以上にピョンっと跳ねていた。

『急ぎますよ……!』

朝早くからピットを襲ったのは、主君であるパルテナからのテレパシーだった。なんでも、天界に冥府軍が攻めてきたようで。心なしか、月桂樹から聞こえるパルテナの声に焦りが見える。

「うわっ、もうこんなに……」

げんなりとした様子で、ピットが呟く。雲海の上に広がる天界エンジェランドを覆い尽くすかのように、わらわらと冥府軍が至る所に攻撃を繰り広げている。

「パ、パルテナ様〜ボク一人でこんなに倒せませんッ!」
『頑張って下さい、ピット』
「そんなぁ〜」
『冗談です。現在、【チャージの奇跡】を用いてパルテナインフェルノメタトロンキャノンをチャージしています』
「また名前が変わってる……」

以前、エンジェランドに冥府軍が侵攻したとき、指揮官であったヒュードラーを撃破するべく、パルテナが使った秘法"パルテナエキゾチックマイティキャノン(ただし、名前はそのときの気分による)"。チャージが済めば、神殿から巨大な光線を放つことが出来る優れものだが……。近くにいれば、反動でヤラレちゃう可能性がある危険なものだ。

「まさかとは思いますが……天界全域に放つわけではありませんよね?」
『……』
「ありませんよね!?」
『ハイ、ありませんよ』
「良かった〜……」

ほっと空中で胸を撫で下ろす。

『ですが、今回の指揮官は不明です』
「えっ! それじゃあ、どこにぶっ放つんですか?」
『冥府軍が天界に侵入している行路は見つけましたので、そこにぶっ放ちます』
「なるほど、エンジェランドに入らないように断つんですね。でも冥府軍は残りますよね?」

「そこは私に任せてもらえるかしら」

台詞と共に、ピットの目の前にいた冥府軍を青い稲妻が襲う。ツンと跳ねた金髪をしたクールビューティ……。

「エレカ! どうしてここに!」

ナチュレ率いる自然軍最強幹部、電光のエレカが飛行するピットの隣に並ぶ。

『妾が派遣したぞ』
「ナチュレ! ……ということは、自然軍が協力してくれているのか?」

月桂樹に自然王ナチュレの声が聞こえる。ピットの言葉にナチュレは『利害一致じゃ!』と少々強めに反発する。

『ハデスのように、無造作に命を刈る者どもじゃ。指揮官を突き止め、場合によっては撃破しなくてはならないしの』
「そーゆうこと。空は私に任せて、ピット君は奇跡が切れない内に指揮官を探してやっつけちゃいなさい」
「なんかデジャヴだし……空が飛べないことをいじられたような……」

エレカは周囲の敵を蹴散らすと、稲妻のような速さで冥府軍の中へと突っ込んでいく。その後ろを、自然軍の兵士達が付いていく中、ピットはパルテナに導かれ別の場所に向かう。

「そういえばナチュレ。ブラピは?」
『ブラピって呼ぶな』

ふと思い出した己の複製コピーのドスが効いた声が、頭に響く。

『ブラックピットなら妾のすぐ側におる。そなたが指揮官を見つけ次第、出撃させるつもりじゃ』
「ズルいぞ! 自分だけ楽にしてー!」
『いざとなったら、ピットの代わりに指揮官探しに行けますし』
「パルテナ様まで〜……」

涙ぐむピットの体が、突如停滞する。いつの間にかピットは、天界の中でも何もない場所に来ていたようだ。

『準備できました。発射します!』
「えぇっ!? パルテナ様、冗談ですよね!?」
『パルテナエレガントメテオキャノン……発動!』
「名前ちがっ────」

放たれる終焉の光。体に乗りかかる負荷に千切れそうになるも、口を閉じ、踏ん張る。

「ぷはっ、ハァハァ……相変わらず威力凄いな……」

不足した酸素を求めるように肩を上下させる。……アレ? ピットは首をかしげる。何もない場所にキャノンを発射したように見えたからだ。

『そなたは体が脆すぎるの〜』
「ほっといてくれ! パルテナ様、キャノンは何を狙ったのでしょう?」
『冥府軍の出所……人間の街です』

虚空に現れたのは、人間の街へと繋がっているワープホール。先ほどのキャノンは、このワープホールをこじ開けるためのものだったようだ。その姿が見えると同時に、パルテナはピットを移動させる。

ワープホールをくぐると、眼下には冥府軍に襲われている人間の街が。ピットは青ざめたように、顔色を変える。

「パルテナ様! 冥府軍の出所が、人間の街とは……」
『それは地上に降りてから説明します』

急速に降下し、ピットは人間の街へと降り立った。





『ピット。街を襲う冥府軍を浄化しなさい』
「了解ですッ」

"パルテナの神弓"を構え、ふよふよと空を漂うモノアイやツボの中から飛び出す毒ヘビのシーマムを打撃で浄化しながら、それほどお金がない街なのであろう。少し古い建物が目立つ街の中を進む。

「それでパルテナ様、さっきの話ですが……」
『……ピット。つい先日、貴方が冥府軍から救った人の街がありましたよね』

ハデスとの決着がついてから2年。突如として現れた冥府軍を浄化しようと出撃したのを思い返し、ハイと頷く。

『実はあの後。その街に再び冥府軍が現れ、人々を襲ったようなのです』
「そんな……!」
『それも。天使の姿をした者が、引き連れたようなのじゃ』
「天使だと……!?」

驚きが隠せない。冥府軍に所属する天使など、聞いたことがないからだ。

『それにより、民たちの信仰心は憎悪へと変わり……結果として、冥府軍を引きつけてしまうことになってしまったのです』
「憎しみに……じゃ、じゃあ! エンジェランドが襲われたのも……」
『恐らく。憎しみの矛が、こちらに向いたからでしょう』
『この前の意味深な撤退も。その憎悪を膨れ上がらせるものじゃったのだろう』

『してやられたの』ナチュレの低い声が聞こえる。

『ナチュレ様〜こっちはほぼ壊滅に追い込みました〜』

エレカから報告を受けたナチュレが『ご苦労じゃった。戻ってきてよいぞ』と労わり、パルテナも礼を述べている。

『じゃああとはピット君。頑張ってね〜』
「エレカ! ありがとう!」

はいは〜いと疲れを感じさせないエレカの声に、思わず苦笑いを浮かべる。

『ピットよ。支払いはハートでよいぞ?』
「ボクの懐からなのか!?」
『当たり前じゃ。元はと言えば、そなたの力不足が原因じゃからの』
「ボクも空を飛べたらなー……ハイ、タケコ」
『見つけました! 指揮官です!』

「えっ! 何処ですか!?」キョロキョロ見渡すピットの視界に、地を蹴り空に舞う天使の姿が。

『お。あやつは飛べるのじゃな』
「ううう羨ましくなんて!」
『思ってるようじゃの。ブラックピット! 出撃じゃ!』

宙に浮かび、街から離れる天使の後を、ナチュレのゲートから飛び出したブラックピットが追う。真っ黒の翼には緑色の光となった【飛翔の奇跡】が灯り、手には"神弓シルバーリップ"を手にしている。

『空でカタをつけようと思うでないぞ! ある程度攻撃し、地上戦に持ち込むのじゃ!』
「言われなくとも!」
『こちらも、冥府軍を片付けたら向かいます』
「ボクの出番は残しておけよ!」

空の彼方に飛んで行くブラックピットを見送ると、自身の周りに集まっている冥府軍の一般兵であるボックン達に神弓を向ける。

「邪心より集いし魔物たちよ! 音にも聞け! 目にも見よ! 光の女神パルテナが」
『ハイ、カ〜ット』
「パルテナ様あぁぁぁ!」





「オイ、ナチュレ」
『なんじゃ』

冥府軍の指揮官であろう天使の後を、一定の距離を離して追うブラックピットが、ピット同様頭につけた月桂樹に話しかける。

「あの天使のこと。女神ならなんか知ってんじゃねえのか」

天の使いと書いて天使。一般的に天使は、エンジェランドを治めるパルテナの監視が届く範囲内で生まれる。目の前にいる天使も、例外でなければパルテナの元で生まれたことになる。……そうであれば、と考えたブラックピットにナチュレはいや、と返した。

『パルテナも全てを知っているわけではない。天界で生まれたのは確かなのじゃろうが、冥府に……それこそ、堕天した天使は知らなかったようじゃな』
「なるほどな。全ての可能性を神が把握してないように、神も万能じゃないってことだな」
『そういうことじゃ。……ブラックピットよ、迷うでない。一つの甘えが、大きな混乱を導く』
「……ああ」

ブラックピットの目の色が変わり、神弓から生まれた黒い矢が、前を飛翔する天使へと向けられる。

天使は一度、背後に見えるブラックピットを確認すると、更に加速した。

『なっ……』
「チッ……ナチュレ! 加速を!」
『お、おう!』

神弓を構えるのを中断し、風の抵抗を受けないように姿勢を変える。

「……?」

感じた違和感に眉をひそめる。

『どうした』
「……いや、なんでもない」
『そうか。ブラックピットよ、やつの行き先が分かったぞ』

羽の光が強く瞬き、人間界の奥地にある谷間の中に入り込む。

「……暗いな」
『この先に"常闇の神殿"と呼ばれる施設がある。そこを拠点にしておるようじゃ』
「常闇の神殿?」

人一人がギリギリ通れるほどの谷間を、慎重に通り抜ける。高度が下がっていくたびに、視界が真っ黒に染まり始めた。

「いかにもアイツらが好きそうな場所だな」
『じめじめしたところが好きなのじゃろ。……見えてきたようじゃ』

更に狭い洞窟をくぐり抜けると、光が届くことのない地底に作られた神殿が見えた。輪郭もうっすらとしか見えず、ブラックピットは自身の目が開いていることを確認した。

『中に入るぞ。地上戦じゃ!』
「やってやるぜ!」





『……全く見えないの』
「オイ、ここはどこだ」
『エントランスじゃ。……多分な』
「多分ってなぁ……」

"常闇の神殿"はその名の通り、暗闇に包まれた空間だった。ブラックピットは試しに、神弓の矢を前方に放つ。紫の矢はまっすぐ向かっていくと、そのうち姿を消した。

『単純に暗いだけなんじゃな』
「外に出るとき目がくらみそうだ」

『転送!』
「あだッ」

何かがブラックピットの側に落ちてきたようだ。……暗くてよく分からないが。

「……ピットか?」
『街を襲っていた冥府軍は全て浄化しましたので』
「ここはどこですか!?」

音からして立ち上がり、辺りを見渡しているようだ。うっとおしい……ブラックピットの頬がひくひくしている。見えないが。

『冥府軍の指揮官が逃げ込んだ先です。ナチュレの力を借りて、ピットを転送させていただきました』
「外に出たとき目がくらみそうですね……」
『そのままでは不便でしょうから、明るくしますよ。目を閉じていて下さい』

きっかり3秒後。パルテナの【天照の奇跡】によって、"常闇の神殿"に光が灯る。

目がくらむ……としばらくの間目を開けられずにいた天使達だったが、やがて目が慣れると、互いの存在を確認した。

「うおッ、ブラピ! いつからいたの!?」
「お前より前に居たわッ! やかましいから叫ぶな!」
『おーおー、やっておるの〜』
『ピット、ブラピ、冥府軍が来ましたよ』

茶化すようなナチュレの声に、呆れたようなパルテナの声。奇跡によって進めるようになった2人の前に、冥府軍が行く手を阻む。

「ピット! やるぞ!」
「おう!」
「闇に潜みし堕天のしもべよ!」
「音にも聞け!」
「目にもm」
『尺が足りなくなるので進んでください』
『舞台裏のことは言うでない!』

「またですかパルテナ様あぁぁぁ!」
「ナチュレえぇぇぇ!」
『わ、妾は何もしておらぬ!』





「ボス戦の前にヤラレちゃうかと思った……」

"常闇の神殿"黄昏の間……の一歩手前。

満身創痍のピットとブラックピットの元に、フル回復する神のドリンクが転送される。

『部屋一体にデススカルとは面白かったの〜』
『まるでドミノ倒しのように連鎖してましたね』

封印を解かなければ害がないデススカル。一度封印が解ければ、凶悪な肉体で味方も巻き込みながら襲いかかってくる。……そんな恐ろしい敵が、床一面に置き去りにされ、ブラックピットの足が一つのデススカルに当たり……そこからは察して欲しい。

「さっさと行くぞ」

神のドリンクを飲み終わったブラックピットが、天使が逃げ込んだ黄昏の間に向かう。その後を、慌ててピットが追いかける。

「……」

元は他と同じ暗闇だったのだろう。照明らしきものは見当たらず、壁には天井に向かって連なる赤色の石が、まるで脈を打つように光を放つ。……黄昏の間の中心に、冥府軍指揮官である天使が立っていた。
白いはずの背中の羽は黒く染まり、先端が紫に染まっている。ブラックピットとは違う闇の気配に、空気さえも凍りついていた。

「お前が冥府軍を指揮していたのか!」

負けじとピットが声を上げ、人差し指を天使に突きつける。

「……」
「フン、オレ達が怖くて話すこともできないのか? ああ?」
「……」
「そ、その眼帯カッコイイな!」
「褒めてどうすんだよ」
「……」

一向に話そうとしない天使に、情報を聞き出すのは諦め、撃破しようと神弓を構える。

「今度こそキメるぞ! ピット!」
「おう! 憎しみをもたらす冥府の天使よ!」
「音にも聞け!」
「目にも見よ!」
「自然軍幹部ブラックピット!」
「光の女神パルテナが使いピット!」
「「ここに見参!」」
「光と自然、二つの神弓が!」
「闇を切り裂く祝福となろう!」

決まった……! お互いにガッツポーズを決め、敵である天使の様子を伺う。

「……僕は地獄の王、ダムド様の部下サリエル。我が主の命により、邪魔する者は消す」

喋った!? 驚く間も無く、天使──サリエルは手にした狙杖を2人に向け、弾を放つ。

『ピット、相手は狙杖です! 近距離で攻めなさい!』
「ハイ!」
『お主は遠距離で狙いを定めよ! ブラックピット!』
「そのつもりだ!」

ピットは神弓を2つのタガーに変えると、サリエルの懐に潜り込む。

サリエルは何度か躱すと、宙へと飛び、空から2人を狙い撃つ。

『撃ち落とすのじゃ!』

前と後ろ。挟み撃ちするように、神弓の矢をサリエルに放つ。サリエルは器用に逃げていたが、やがて逃げ切られなくなり、その隙を狙い矢が当たる。

「やったか!?」
『【反射板の奇跡】!』

パルテナの奇跡により、跳ね返されたのは自分達が放った矢だった。

「ウソだろ……!」

思わずピットが呟く。サリエルは、肩に付けた2つの金具で留めているマントを翻し、矢を跳ね返していたのだ。

『あのマントは射撃を反射するようじゃな』
『そういえば服装も、ピット達とはだいぶ違いますね』

サリエルが身につけていたのは、人間の貴族が着ている宮廷服に編み上げのブーツ。アメジストのような紫色の目以外、全身が黒で包まれていた。

「……」
「カッコイイとか思ってんだろ」
「思ってない! 断じて!」
『ッ……来るぞ!』

サリエルが放つ狙杖を、バラバラになって避ける。反射すると分かり、上手く攻撃を仕掛けられない2人にパルテナからテレパシーが来る。

『彼が使っている狙杖が分かりました。狙杖"エクリプス"』
「それも神器神の作品ですか?」

神器神ディントス。ピット達が使うヘンテコな神器を製作する神だ。ピットの問いに、パルテナはいいえと否定する。

『サリエルが言っていた地獄の王、ダムドが作り出したもののようです。狙杖でありながら近距離、遠距離とも射撃の強さは変わらず、稀に即死属性が付加される注意すべきものです』
『射撃にさえ注意しておれば怖いものでもなかろう。近距離で攻め倒すのじゃ!』
「「押忍!」」

神弓を分離し、一斉にサリエルに攻撃を仕掛ける。

『【気合だめの奇跡】!』
「狙えピット!」

【気合だめの奇跡】により、攻撃力が上がったピットの矢がサリエルの肩を擦り、ぐッと苦しそうな声が漏れる。そこを狙い、ブラックピットの蹴りがサリエルの腹に入り、後方へと吹き飛ばされ、壁にのめり込む。

「まいっか!」
「まいったと言え!」

壁に衝突した衝撃で、サリエルを隠すように煙が上がる中。煙が晴れ、サリエルの姿が確認出来るようになったが、サリエルは左目に付けていた眼帯に手をかけていた。

「……パルテナ親衛隊長ピット、自然軍幹部ブラックピット。お前たちの身に起こるのは、果てしない厄災だ」

眼帯が外され、サリエルの左目が露わになる。

『いけない……! その目を見てはいけません!』

パルテナの声に反応出来なかったブラックピットを庇うように、ピットが前に出る。

「ッ……」

サリエルの左目……目の中にさらに目がある不気味な左目を見てしまい、思わず苦虫を噛み潰したような顔になる。

狼狽えているすきに、サリエルは黄昏の間から飛び立ち逃げてしまった。

「ピット……」
「ん? 大丈夫大丈夫! なんともなってないから!」
『ひとまず回収します。お疲れ様です』
『ブラックピットも回収するぞ』

それぞれの光の柱が2人を包み、"常闇の神殿"からホームに帰還した。


1章:訪れる厄災 3章:闇を貫く一条の光
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