パルテナの鏡 - 厄災の目 -
外伝2
明くる日の天界、エンジェランド。
ここは曲眉豊頬 、博識多才 な、光の女神パルテナが治める、雲海の上に築かれた楽園。
その中枢である神殿の一角で隊列を組むのは、パルテナ親衛隊一般兵イカロス達。
彼らの視線の先には、一人の天使と、一人の管理者の姿が見える。
「パルテナ様のご要望に応え、今日一日こちらで“お留守番”することになった。改めまして、冥府軍所属のサリエル。宜しく」
先端が紫に染まる黒い翼、貴族のような出立ちに、黒髪に溶け込む月桂樹。左目を覆う大きな眼帯。
『サリエル』は手短に挨拶を済ませると続いて、手のひらを隣に佇む少女へと差し向ける。
「こちらは冥府界の現管理者であり、時期冥界王であらせられるお方、ペルセポネ様。ペルセポネ様も今回、修行の一環として御参加される」
「よろしくお願いしますっ……」
シルクのように艶やかな銀の長髪、黒紫色をメインカラーとした装束、幼き見た目。
『ペルセポネ』はスカートの裾を摘み、ぎこちなく会釈した。彼女は姿形こそ10歳だが、中身は16歳の青年期真っ只中の少女である。
ここでサリエル、ペルセポネの両名について、軽く触れようと思う。
天使ピットとの激闘の末、撃破されたハデス。その後釜として冥府界に降臨し、三界に混乱を招いた果てに暴走したダムドを浄化。ダムドの元部下であるサリエルは、管理者代理として仕事をこなしつつ、冥府界の新たな管理者を探し始める。そして選ばれたのが、当時10歳であったペルセポネだった。
ペルセポネを中心に冥府軍は『新生冥府軍』として再結成され、サリエルは幹部兼側近として所属することに。だが、ペルセポネの年齢で仕事をこなすのは難しいと判断したため、引き続きサリエルが行っている。
パルテナ軍、自然軍との関係は良好。中でもサリエルはピットと仲が良く、今回の話も「友達の頼みなら……」と二つ返事で引き受けた。
そもそもなぜ、彼らが天界へとやって来たのか。
事の発端は、昨日 のことである。
──昨日薄暮頃、冥府城執務室。
書類の山が積み上がる卓上で羽ペンを走らせていたサリエルは、急な通信に手を止めた。通信相手は女神パルテナ。頭の月桂樹を軽く抑え、サリエルは通信に応じる。
「お留守番……ですか?」
『ええ。すみませんが、明日1日お願いできませんか?』
パルテナの頼みごとは、『明日1日神殿でお留守番すること』であった。
『どうしても明日、ピットを連れてなんブラの──遠〜い場所で仕事をしなければならなくなりまして。ですが、イカロス達に留守を任せるには不安ですから、困っているのですよ』
「つまり、有事の際に対処できるよう指揮を任せたいという話ですね」
『そんなところです。そこまで固苦しく捉えなくてもよいのですけど。いかがでしょう? やはり悩みま──』
「分かりました。お引き受けします」
パルテナは言葉を切った。
「明日ですよね。何時ぐらいに向かえばいいでしょうか?」
なおも変わらず話を進めるサリエルに、通信の向こうでパルテナは咳払いした。
『話が早くて助かります。では、陽が昇り切る前までにお願いします。イカロス達には話を通しておきますので、手ぶらで大丈夫ですよ』
「さ、さすがに神器は持っていきます」
パルテナの低い笑い声がフェードアウトし、通信は終了する。
サリエルが作業を再開すると、見計らったように扉の方からノック音が響いた。資料の山に視界を遮られ、その姿は確認できない。サリエルが尋ねるより先に、相手から声をかけられた。
「サリエル君。あの……お話し終わった?」
声の主がペルセポネだと分かるや否や、サリエルはすぐさま扉に向かい、ペルセポネの眼前で片膝をつく。
「申し訳ありません、姫。いつからここへ?」
「そんなに待ってないよ。今さっき来たの……」
“姫”というのは、サリエルを含めた幹部達が使用するペルセポネの異名。
サリエルは立ち上がり、ペルセポネを眺める。
「僕になにか用でもありましたか?」
「用っていうかお手伝いしたいなって……」
「大丈夫ですよ。事務仕事はこちらで片付けますので」
「そ、そっか」
ペルセポネは眉尻を顰め、ぎこちなく微笑んだ。
「えっと、さっきの通信って……」
「パルテナ様からです。明日1日、神殿の留守を任せたいとご要望がありました」
「じゃあ明日行くの?」
「はい。……あっ、仕事についてはご心配なく。前倒しで片付けてしまいますので」
「うん……」
どこか落ち着きのないペルセポネの素振りに、サリエルは「いかがしましたか?」と声をかける。
「それ……私も行きたいって言ったら、迷惑かな……?」
もじもじと動かす手に視線を落とし、絞り出すように告げる。
対してサリエルは指に顎を乗せ、ペルセポネの言葉に眉を顰めた。
「迷惑ではありません。ですが、前回のことで少し……」
約6年前。ペルセポネは一度、サリエルを連れ立ってエンジェランドを訪れたことがある。冥府界の出入口から直接パルテナの神殿へ向かったのだが、道中に体調が急変。急遽引き返し、訪問は取りやめとなった。体調が急変した原因は、ペルセポネに宿る冥府神の力が反応してしまったことにあると判明。以降、ペルセポネは冥府界の外に出ていない。
ペルセポネは両拳を握りしめ、やや強気に反論。
「でっでもっ、それってもう6年も前の話だよ? 私も……ちょっとずつだけど修行してるし……多分大丈夫っ。無理そうなら大人しく引き返すから……」
サリエルは渋い顔をしていたが、ふっと表情を和ませた。
「分かりました。明日は一緒に参りましょう」
サリエルの返答に、ペルセポネは笑顔を咲かせる。
「お体の調子が悪くなりましたら、すぐにお知らせ下さい」
「うん。約束する」
かくして、冥府軍所属のサリエルはペルセポネと供に、エンジェランドを訪れたわけである──。
時は戻り現在。
挨拶を終えたサリエルとペルセポネの眼前に、三人のイカロスが進み出た。イカロス達はその場で跪き、首を垂れる。
「我らパルテナ親衛隊一般兵、『ナスビ小隊』所属のイカロス、以下2名。パルテナ様より、お二人の案内役を仰せつかりました。何なりとお申し付けください」
「ありがとう。宜しくね」
「サリエル様。これからいかがいたしましょう」
問いかけに、サリエルはちらりとペルセポネを見遣る。
ペルセポネは視線に気付き、サリエルと目を合わせる。
「どうしたの?」
「姫。少しの間、別行動でも宜しいでしょうか……」
サリエルは八の字眉を寄せ、声をひそめた。
ペルセポネは小さく頷き返す。
「ありがとうございます。……一般兵諸君。君達は各々与えられた役目に従い、手が空いている者は訓練場に集合しだい、訓練を開始。僕もそちらに向かう。『ナスビ小隊』はペルセポネ様を案内してほしい。異常があれば迷わず僕に知らせること。では、行動開始!」
サリエルは大勢のイカロス達を引き連れ訓練場へ。ペルセポネは『ナスビ小隊』のイカロス三人組と、その場に残った。
☆★☆
「ペルセポネ様。われらは『ナスビ小隊』所属。リーダーのイカロスです」
「同じくイカロスであります」
「同じくイカロスです」
「誠心誠意努めてまいりますので、何卒よろしくお願いいたします」
「よ、よろしくお願いします……」
困惑の表情を浮かべ、ペルセポネはイカロス達を見渡す。
「……イカロスさん」
「われわれに敬称は不要です」
「いかがなされましたか?」
「われらに何なりとお申し付けください」
イカロス三人組の勢いに押され、ペルセポネは更に戸惑う。元より人(天使を含め)と話すことが苦手なペルセポネは、上手く言葉にすることができずにいた。
だが、頼りになるサリエルの負担にならないためにも、ペルセポネは勇気を振り絞る。
「ぁ……あのですね、“さん”は付けさせてください。落ち着かないので……」
「ペルセポネ様のご要望とあらば、われらは受け入れます」
「ありがとうございます。それと……お名前が同じだとお話ししづらいので、A さん、B さん、C さんとお呼びしてもいいですか?」
ペルセポネは順にイカロス達を指していき、イカロス達は互いに顔を見合わせる。そもそも彼らにとって、名前が同じなのは当たり前のことであり、不便に捉えられることもなかった。
「わ、わかりました」
しどろもどろに答えたのは、リーダーのイカロスA。イカロスB、イカロスCも口々に了承。
ペルセポネは胸を撫で下ろし、微笑む。
「では……案内をお願いします」
イカロス三人組とペルセポネは、壮美な神殿を巡り歩く。冥府界とは打って変わる光に満ち溢れた世界に、見惚れることも多々あった。
見知らぬ場所にも、イカロス達にも慣れてきたペルセポネは、とある疑問を口にする。
「あの……どうして小隊名が『ナスビ』なんですか?」
『ナスビ』といえば、連想するのは『ナスビ使い』。ナスビ使いを知っているペルセポネは、どうしてその名が使われているのか不思議に思っていた。サリエルは軽くスルーしていたが。
「それは……」
「小隊の命名式の際、あまりの多さに隊長のネタが尽きてしまったからです」
口ごもるイカロスAをよそに、イカロスBが答える。
「他にもてんぷら小隊とか、こしにがみ小隊とかいますよ」
「ゆ、愉快ですね」
危うく失笑してしまうところを、ペルセポネはなんとか堪える。
中庭を取り囲む回廊に差し掛かり、イカロスCが語り始める。
「こちらの中庭は、パルテナ様も頻繁に足を運んでおられます」
「とても綺麗な場所ですものね。……あっ。あの花は?」
回廊に沿って作られた花壇に植えられた花々。
日差しを照り返す花々は、全て同じ品種であった。
「あれはふくらむ草と言って、日光の光を花弁の中で蓄積し、夜間に発光する花です」
「お詳しいんですね」
「それほどでも……」
イカロスCは褒められたのが嬉しく、後頭部を手で摩っては顔をほころばせている。
すると、イカロスBが輪から離れ、花壇の傍に歩み寄る。すかさずイカロスAが駆け寄り、目をつり上げた。
「コラッ、勝手に行動するな」
「B さん、どうかしたんですか?」
ペルセポネはイカロスCと共に近寄り、そう尋ねた。
イカロスBはふくらむ草の一つを指差す。
「この花、少しくたびれているような気が……」
「……本当ですね。よく気がつきましたね」
イカロスCと同じ動作で照れるイカロスB。
ペルセポネは花の前で屈み、元気のない花に両手を包むように添える。それから瞼を閉じ、五感を意識。すると、藤色の淡い光が生まれた。
「……奇跡」
そこに、あどけない少女の姿はない。
【奇跡】を行使するペルセポネは、聖なる祈りを捧げるように。幻想的で、力強い。
やがて光は薄れていき、完全に消える。
ペルセポネは瞼を開き、息を吐くと同時に肩から力を抜いた。
「良かった……」
大きく曲がっていた茎は、空に向かって真っ直ぐと伸びている。
ペルセポネは、背後に並ぶイカロス達に振り返った。
「イカロスさん。鉢植えはありますか? 多分場所が悪いと思うので、移動させたいのです」
「承知いたしました!」
イカロスAはハキハキとした声で返答し、中庭から移動する。
ペルセポネは花壇に手を伸ばし、花の周りの土を優しく掘り返す。
「ペルセポネ様! それはわれわれが……」
「大丈夫、私がやります。根っこは繊細ですからね」
イカロス達のように鍛えた体では、ブチブチと切れてしまうのは明白。それよりもとペルセポネは再度振り返る。
「イカロスさん、肥料はありますか?」
「ただいまお持ちいたします!」
イカロスBは張り切って中庭の外へ。
「C さんは、バケツかなにかにお水を入れてきてもらえますか? 根っこについた土を洗い流す用に」
「ハッ!」
イカロスCは中庭にある蛇口へと向かう。
ペルセポネは綺麗に引っこ抜いた花に、優しく笑いかけた。
「もう大丈夫だよ」
それから暫くして──サリエルはペルセポネ達に合流した。
ペルセポネはサリエルと顔を合わせづらいのか、視線を下に向けている。理由は、ペルセポネが着用している“衣服”にあった。
「……それで今、イカロス達に洗ってもらっているのですね」
ペルセポネは土で汚してしまった正装を脱ぎ、代わりに用意された純白のドレスを着衣している。
「ごめんなさい……」
「謝ることはありませんよ。姫は善い行いをしたのですから」
顔を上げると、サリエルの微笑みが視界に飛び込んできた。
どこか照れ臭くなり、ペルセポネはさっと視線を逸らす。
「姫、成長しましたね。とても嬉しいです」
「う、うん……。ありがとう……」
ペルセポネは密かに頬を緩ませた。
サリエルは笑みを絶やさずに、ペルセポネを温かい目で見つめる。
(あれから6年……姫は随分と成長なされた。これなら無事に成人を迎えることができる……)
ペルセポネが17歳の誕生日を迎えたとき、管理者は冥府王として冥府界に君臨する。
しかしそれが、新たな混沌を招くことになろうとは──。
Fin.
←外伝1
明くる日の天界、エンジェランド。
ここは
その中枢である神殿の一角で隊列を組むのは、パルテナ親衛隊一般兵イカロス達。
彼らの視線の先には、一人の天使と、一人の管理者の姿が見える。
「パルテナ様のご要望に応え、今日一日こちらで“お留守番”することになった。改めまして、冥府軍所属のサリエル。宜しく」
先端が紫に染まる黒い翼、貴族のような出立ちに、黒髪に溶け込む月桂樹。左目を覆う大きな眼帯。
『サリエル』は手短に挨拶を済ませると続いて、手のひらを隣に佇む少女へと差し向ける。
「こちらは冥府界の現管理者であり、時期冥界王であらせられるお方、ペルセポネ様。ペルセポネ様も今回、修行の一環として御参加される」
「よろしくお願いしますっ……」
シルクのように艶やかな銀の長髪、黒紫色をメインカラーとした装束、幼き見た目。
『ペルセポネ』はスカートの裾を摘み、ぎこちなく会釈した。彼女は姿形こそ10歳だが、中身は16歳の青年期真っ只中の少女である。
ここでサリエル、ペルセポネの両名について、軽く触れようと思う。
天使ピットとの激闘の末、撃破されたハデス。その後釜として冥府界に降臨し、三界に混乱を招いた果てに暴走したダムドを浄化。ダムドの元部下であるサリエルは、管理者代理として仕事をこなしつつ、冥府界の新たな管理者を探し始める。そして選ばれたのが、当時10歳であったペルセポネだった。
ペルセポネを中心に冥府軍は『新生冥府軍』として再結成され、サリエルは幹部兼側近として所属することに。だが、ペルセポネの年齢で仕事をこなすのは難しいと判断したため、引き続きサリエルが行っている。
パルテナ軍、自然軍との関係は良好。中でもサリエルはピットと仲が良く、今回の話も「友達の頼みなら……」と二つ返事で引き受けた。
そもそもなぜ、彼らが天界へとやって来たのか。
事の発端は、
──昨日薄暮頃、冥府城執務室。
書類の山が積み上がる卓上で羽ペンを走らせていたサリエルは、急な通信に手を止めた。通信相手は女神パルテナ。頭の月桂樹を軽く抑え、サリエルは通信に応じる。
「お留守番……ですか?」
『ええ。すみませんが、明日1日お願いできませんか?』
パルテナの頼みごとは、『明日1日神殿でお留守番すること』であった。
『どうしても明日、ピットを連れてなんブラの──遠〜い場所で仕事をしなければならなくなりまして。ですが、イカロス達に留守を任せるには不安ですから、困っているのですよ』
「つまり、有事の際に対処できるよう指揮を任せたいという話ですね」
『そんなところです。そこまで固苦しく捉えなくてもよいのですけど。いかがでしょう? やはり悩みま──』
「分かりました。お引き受けします」
パルテナは言葉を切った。
「明日ですよね。何時ぐらいに向かえばいいでしょうか?」
なおも変わらず話を進めるサリエルに、通信の向こうでパルテナは咳払いした。
『話が早くて助かります。では、陽が昇り切る前までにお願いします。イカロス達には話を通しておきますので、手ぶらで大丈夫ですよ』
「さ、さすがに神器は持っていきます」
パルテナの低い笑い声がフェードアウトし、通信は終了する。
サリエルが作業を再開すると、見計らったように扉の方からノック音が響いた。資料の山に視界を遮られ、その姿は確認できない。サリエルが尋ねるより先に、相手から声をかけられた。
「サリエル君。あの……お話し終わった?」
声の主がペルセポネだと分かるや否や、サリエルはすぐさま扉に向かい、ペルセポネの眼前で片膝をつく。
「申し訳ありません、姫。いつからここへ?」
「そんなに待ってないよ。今さっき来たの……」
“姫”というのは、サリエルを含めた幹部達が使用するペルセポネの異名。
サリエルは立ち上がり、ペルセポネを眺める。
「僕になにか用でもありましたか?」
「用っていうかお手伝いしたいなって……」
「大丈夫ですよ。事務仕事はこちらで片付けますので」
「そ、そっか」
ペルセポネは眉尻を顰め、ぎこちなく微笑んだ。
「えっと、さっきの通信って……」
「パルテナ様からです。明日1日、神殿の留守を任せたいとご要望がありました」
「じゃあ明日行くの?」
「はい。……あっ、仕事についてはご心配なく。前倒しで片付けてしまいますので」
「うん……」
どこか落ち着きのないペルセポネの素振りに、サリエルは「いかがしましたか?」と声をかける。
「それ……私も行きたいって言ったら、迷惑かな……?」
もじもじと動かす手に視線を落とし、絞り出すように告げる。
対してサリエルは指に顎を乗せ、ペルセポネの言葉に眉を顰めた。
「迷惑ではありません。ですが、前回のことで少し……」
約6年前。ペルセポネは一度、サリエルを連れ立ってエンジェランドを訪れたことがある。冥府界の出入口から直接パルテナの神殿へ向かったのだが、道中に体調が急変。急遽引き返し、訪問は取りやめとなった。体調が急変した原因は、ペルセポネに宿る冥府神の力が反応してしまったことにあると判明。以降、ペルセポネは冥府界の外に出ていない。
ペルセポネは両拳を握りしめ、やや強気に反論。
「でっでもっ、それってもう6年も前の話だよ? 私も……ちょっとずつだけど修行してるし……多分大丈夫っ。無理そうなら大人しく引き返すから……」
サリエルは渋い顔をしていたが、ふっと表情を和ませた。
「分かりました。明日は一緒に参りましょう」
サリエルの返答に、ペルセポネは笑顔を咲かせる。
「お体の調子が悪くなりましたら、すぐにお知らせ下さい」
「うん。約束する」
かくして、冥府軍所属のサリエルはペルセポネと供に、エンジェランドを訪れたわけである──。
時は戻り現在。
挨拶を終えたサリエルとペルセポネの眼前に、三人のイカロスが進み出た。イカロス達はその場で跪き、首を垂れる。
「我らパルテナ親衛隊一般兵、『ナスビ小隊』所属のイカロス、以下2名。パルテナ様より、お二人の案内役を仰せつかりました。何なりとお申し付けください」
「ありがとう。宜しくね」
「サリエル様。これからいかがいたしましょう」
問いかけに、サリエルはちらりとペルセポネを見遣る。
ペルセポネは視線に気付き、サリエルと目を合わせる。
「どうしたの?」
「姫。少しの間、別行動でも宜しいでしょうか……」
サリエルは八の字眉を寄せ、声をひそめた。
ペルセポネは小さく頷き返す。
「ありがとうございます。……一般兵諸君。君達は各々与えられた役目に従い、手が空いている者は訓練場に集合しだい、訓練を開始。僕もそちらに向かう。『ナスビ小隊』はペルセポネ様を案内してほしい。異常があれば迷わず僕に知らせること。では、行動開始!」
サリエルは大勢のイカロス達を引き連れ訓練場へ。ペルセポネは『ナスビ小隊』のイカロス三人組と、その場に残った。
「ペルセポネ様。われらは『ナスビ小隊』所属。リーダーのイカロスです」
「同じくイカロスであります」
「同じくイカロスです」
「誠心誠意努めてまいりますので、何卒よろしくお願いいたします」
「よ、よろしくお願いします……」
困惑の表情を浮かべ、ペルセポネはイカロス達を見渡す。
「……イカロスさん」
「われわれに敬称は不要です」
「いかがなされましたか?」
「われらに何なりとお申し付けください」
イカロス三人組の勢いに押され、ペルセポネは更に戸惑う。元より人(天使を含め)と話すことが苦手なペルセポネは、上手く言葉にすることができずにいた。
だが、頼りになるサリエルの負担にならないためにも、ペルセポネは勇気を振り絞る。
「ぁ……あのですね、“さん”は付けさせてください。落ち着かないので……」
「ペルセポネ様のご要望とあらば、われらは受け入れます」
「ありがとうございます。それと……お名前が同じだとお話ししづらいので、
ペルセポネは順にイカロス達を指していき、イカロス達は互いに顔を見合わせる。そもそも彼らにとって、名前が同じなのは当たり前のことであり、不便に捉えられることもなかった。
「わ、わかりました」
しどろもどろに答えたのは、リーダーのイカロスA。イカロスB、イカロスCも口々に了承。
ペルセポネは胸を撫で下ろし、微笑む。
「では……案内をお願いします」
イカロス三人組とペルセポネは、壮美な神殿を巡り歩く。冥府界とは打って変わる光に満ち溢れた世界に、見惚れることも多々あった。
見知らぬ場所にも、イカロス達にも慣れてきたペルセポネは、とある疑問を口にする。
「あの……どうして小隊名が『ナスビ』なんですか?」
『ナスビ』といえば、連想するのは『ナスビ使い』。ナスビ使いを知っているペルセポネは、どうしてその名が使われているのか不思議に思っていた。サリエルは軽くスルーしていたが。
「それは……」
「小隊の命名式の際、あまりの多さに隊長のネタが尽きてしまったからです」
口ごもるイカロスAをよそに、イカロスBが答える。
「他にもてんぷら小隊とか、こしにがみ小隊とかいますよ」
「ゆ、愉快ですね」
危うく失笑してしまうところを、ペルセポネはなんとか堪える。
中庭を取り囲む回廊に差し掛かり、イカロスCが語り始める。
「こちらの中庭は、パルテナ様も頻繁に足を運んでおられます」
「とても綺麗な場所ですものね。……あっ。あの花は?」
回廊に沿って作られた花壇に植えられた花々。
日差しを照り返す花々は、全て同じ品種であった。
「あれはふくらむ草と言って、日光の光を花弁の中で蓄積し、夜間に発光する花です」
「お詳しいんですね」
「それほどでも……」
イカロスCは褒められたのが嬉しく、後頭部を手で摩っては顔をほころばせている。
すると、イカロスBが輪から離れ、花壇の傍に歩み寄る。すかさずイカロスAが駆け寄り、目をつり上げた。
「コラッ、勝手に行動するな」
「
ペルセポネはイカロスCと共に近寄り、そう尋ねた。
イカロスBはふくらむ草の一つを指差す。
「この花、少しくたびれているような気が……」
「……本当ですね。よく気がつきましたね」
イカロスCと同じ動作で照れるイカロスB。
ペルセポネは花の前で屈み、元気のない花に両手を包むように添える。それから瞼を閉じ、五感を意識。すると、藤色の淡い光が生まれた。
「……奇跡」
そこに、あどけない少女の姿はない。
【奇跡】を行使するペルセポネは、聖なる祈りを捧げるように。幻想的で、力強い。
やがて光は薄れていき、完全に消える。
ペルセポネは瞼を開き、息を吐くと同時に肩から力を抜いた。
「良かった……」
大きく曲がっていた茎は、空に向かって真っ直ぐと伸びている。
ペルセポネは、背後に並ぶイカロス達に振り返った。
「イカロスさん。鉢植えはありますか? 多分場所が悪いと思うので、移動させたいのです」
「承知いたしました!」
イカロスAはハキハキとした声で返答し、中庭から移動する。
ペルセポネは花壇に手を伸ばし、花の周りの土を優しく掘り返す。
「ペルセポネ様! それはわれわれが……」
「大丈夫、私がやります。根っこは繊細ですからね」
イカロス達のように鍛えた体では、ブチブチと切れてしまうのは明白。それよりもとペルセポネは再度振り返る。
「イカロスさん、肥料はありますか?」
「ただいまお持ちいたします!」
イカロスBは張り切って中庭の外へ。
「
「ハッ!」
イカロスCは中庭にある蛇口へと向かう。
ペルセポネは綺麗に引っこ抜いた花に、優しく笑いかけた。
「もう大丈夫だよ」
それから暫くして──サリエルはペルセポネ達に合流した。
ペルセポネはサリエルと顔を合わせづらいのか、視線を下に向けている。理由は、ペルセポネが着用している“衣服”にあった。
「……それで今、イカロス達に洗ってもらっているのですね」
ペルセポネは土で汚してしまった正装を脱ぎ、代わりに用意された純白のドレスを着衣している。
「ごめんなさい……」
「謝ることはありませんよ。姫は善い行いをしたのですから」
顔を上げると、サリエルの微笑みが視界に飛び込んできた。
どこか照れ臭くなり、ペルセポネはさっと視線を逸らす。
「姫、成長しましたね。とても嬉しいです」
「う、うん……。ありがとう……」
ペルセポネは密かに頬を緩ませた。
サリエルは笑みを絶やさずに、ペルセポネを温かい目で見つめる。
(あれから6年……姫は随分と成長なされた。これなら無事に成人を迎えることができる……)
ペルセポネが17歳の誕生日を迎えたとき、管理者は冥府王として冥府界に君臨する。
しかしそれが、新たな混沌を招くことになろうとは──。
Fin.
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