その他小説

変容した過去と定められた現代


 全てが始まったあの地下の壁画は、全てを示していたのだ。
 『俺達』が見たそのときから、ずっと。


 魔王ガノンドロフを追い、勇者『リンク』はただ一人。宙に浮かぶハイラル城の地底──瘴気に満ちる神代の遺跡へと赴いた。
 ここへ来たのは今回が初めてではない。以前訪れた際は瘴気の原因を突き止めるため、ハイラルの姫『ゼルダ』が共にいた。
 そしてこの部屋からさらに地下へ進んだ彼らを待ち受けていたのは、初代国王ラウルによって封印されし『魔王ガノンドロフ』であった。
 魔王によってその身を瘴気に侵されながらも、リンクは退魔の剣マスターソードを振るうが。それすらも瘴気によって朽ちてしまう。
 その後ゼルダは行方不明となり、リンクは彼女の行方を探し続けた──。

「この壁画は……」

 今一度、改めて壁画の前に立ったリンクは瞠目どうもくせざるを得なかった。
 丁寧に岩を取り除き、新たに確認することができた3枚の壁画。そこに描かれていたのは、ハイラル王国建国時代にタイムスリップしてしまったゼルダにまつわる出来事の全て。
 時の賢者として、国王ラウルと他の賢者とともに魔王に挑む姿。
 朽ちたマスターソードを手にする姿。
 最後に、秘石を飲み込み、白龍となって天高く登る姿。
 そのどれもが、各地に現れた地上絵を巡り垣間見かいまみた龍のなみだや賢者らの記憶と一致する。

(姫……)

 リンクとゼルダが訪れたそのときも、運命は全て明らかとなっていた。
 魔王ガノンドロフが復活し、マスターソードが朽ちることも。
 ゼルダが過去の世界へと飛ばされ、朽ちたマスターソードを復活させるために龍となることも。
 偶然ではなく、必然だったと。この壁画は示している。

「……」

 リンクは、固く拳を握りしめた。
 ただじっと壁画を見つめ、悔しさを押し殺すように。
 あのとき、あの瞬間。もしもこの壁画が岩で埋もれてなどいなければ。なにかが違っていたのだろうか。
 自己が犠牲になると知っていながらも龍となったゼルダの運命を、変えることができたのではないか。

(……いや、考えても栓なきことだ)

 今は、ゼルダの思いに応えるために魔王を討伐する。
 リンクは顔を上げ、地下へ続く階段を下る。
 崩壊した地面をパラセールで下降し、着地したリンクの足元には、たいまつが一つ転がっていた。ゼルダが手にしていたものだ。
 もしもあのとき、ゼルダが過去へと飛ばされていなかったらと思うとぞっとする。
 だがどの道、彼女は彼女の姿ではいない。
 あの笑顔を見ることは叶わないのだ。
 リンクはたいまつに一瞥いちべつもくれず、先へと進む。
 背中に背負うマスターソードが、呼応するかのように淡い光を放った。



「リンク、大丈夫ですか? 貴方も疲れているでしょうし、私歩きます」

 リンクはゆるりと首を横に振り、微笑む。
 横抱きで運ばれているゼルダは眉を八の字に曲げながらも、嬉しそうに微笑み返す。

「もうじき監視砦に到着します。皆、貴女様の無事を祈っておりました」
「……私のために尽力してくれた皆には感謝してもしきれません」
「それは俺達もです。姫には一生かけても返しきれないほどの恩があります」
「ふふ、大袈裟ですね」

 そんなことないのに、と考えるリンクの思考を見透かしたかのように、ゼルダは控えめに笑う。

「私今、とても幸せです」

 ゼルダは光に祝福された空を見上げた。
 今なお天空に浮かぶ空島に、目を細める。

「貴方の手元にマスターソードが届き、魔王を討ち果たし、人の姿へ戻れたことも。“無才の姫”と呼ばれた私に手を貸してくれる人々が、過去も、現代も、そして遠い遠い過去の世界でも恵まれた。……全てがとても嬉しいのです」

 ひとりぼっちで殻に閉じこもっていた自分はどこにもいない。
 生き生きと語るゼルダの姿に、リンクの脳内にあの壁画が過ぎる。
 この“結末”ですら定められていたかどうかまではわからない。が、ああして壁に刻まれた姿より、こうして“生きる”彼女を見ることのほうがずっといいことはわかる。

「リンクー!」
「姫様ー!」

 監視砦の方角から、共に戦った5人の賢者達とプルアが走ってくるのが見えた。城の地底で別れることになってしまった彼らは全員無事に脱出できたようだ。
 ゼルダからアイコンタクトを受け、彼女を下ろしたリンクはそのまま腕を伸ばす。ゼルダはその腕に手を置き、リンクに支えてもらいながらゆっくりと歩み出す。


 ハイラルに、新たな息吹が吹き抜ける。
 百年先の未来でも。
 数千年前の過去でも。
 彼らが巻き起こす伝説は、止むことを知らない。

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