Super Smash Bros. - Cross × Tale -

1:第1の招待状【3】


 深雪のごとく純白な髪、清らかな銀の瞳、左右で異なる手套。
 落ち着き払った男の所作に、皆一様に口を閉ざした。

「私はマスター・Hアッシュ・ドロワット。君達をこの国に招待させてもらった者で、宰相を勤めている。以後、お見知りおきを」

 胸元に手を添え、会釈した『マスター』は柔らかな笑みを讃える。彼こそがマリオ達に招待状を送った人物だ。

「我が国の窮地に力を貸してもらえて感謝する、ありがとう。手紙にも書かせてもらったが、今一度我が国の現状を説明させてもらおう」

 マスターはここ『アルスハイル王国』にマリオ達を招待した経緯について語り出す。

「この世界の大半は『虚空の霧』と呼ばれる霧で覆われている。この霧は通常とは異なり、晴れることもなければ人の五感をも遮断する害悪なものだ。飲み込まれたら最後、戻ってはこれない」
「“ごかん”ってなーにー?」
「そうだな……簡単に言えば、目の前が見えなくなったり、なにも聞こえなくなったり、食べ物の匂いや味を感じなくなる、ってことだな」

 「それはたいへん!」と頬に手を当てるカービィに頷く。

「その通り。だが、年々霧は我々の住処を侵食していき、残るはここ王都のみとなってしまった。『虚空の霧』についての情報はなく、我らの研究も行き詰まっていたのだが……遂に霧を追い払う術を見つけることができた。それは異なる時空や世界の景色をこの地に生み出し、追い払うことであった。現に今、君達の世界の一部を生み出したことで、王都の目と鼻の先にまで迫っていた霧は大幅に縮小されている」
『……異なる時空や世界と招待状でも言っていたが、この世界のものではどうにもできないのか』

 サムスが気にしているのは『異なる時空や世界』の力を借りなければいけないのか、ということらしい。

「……正直な話にはなるが、この世界のものでは霧を抑えることは難しい。霧には既に多数の集落が飲み込まれているからな」
『……そうか』

 ひとまずサムスの疑問は晴れた様子。マスターは「続けるぞ」と話を戻す。

「君達の世界に干渉しないレベルで同じ景色や住民を『具現化』……つまり、元の世界の複製だな。本来君達が暮らしていた世界にはなんの変化もないはずだろう」
(『具現化』ってさっきヴィルヘルムが話してたやつだな。……じゃあ今頃ボク達は、この世界に招待されたなんて知らずに、家でのんびり過ごしてるってことか……)

 マリオが想起する間にも、マスターの説明は続く。

「ただそこで、新しい問題が浮上してしまった。新しく生み出した地域を維持できないという問題がな。調査の結果、『具現化』した世界の要となる存在が存在しないからという結論に至った。要となる存在……君達を『具現化』すれば解決はするものの、君達の記憶までは他の住民同様に上書きすることができない。元の世界での記憶を保有したまま、別世界で暮らすことは嫌だと感じると思い――あくまで招待として手紙を送らせて貰ったというわけだ。長くなって申し訳ないな」

 初めてこの世界を取り巻く事情を聞いたマリオにとって、マスターの話は所々抜け落ちているように感じた。が、今聞いてしまえば自分が招待状をよく読んでいなかったとバレてしまうので、ヴィルヘルムに会えたら聞こうと考える。

「この世界に留まるか、元の世界に戻るか――私は君達の意思を尊重する。だがもしも、私達に協力してくれるというのであれば……【乱闘部隊】の一員として、共に『大乱闘』を盛り上げてもらえたらとても嬉しく思う」

 『大乱闘』――その響きに、マリオの胸が躍る。

「決して相容れぬ、異なる世界の者同士。拳を交えるに最高の舞台を用意しよう」

 手のひらを差し向けながらマスターが微笑む。
 真っ先に反応を示したのは、小さなまん丸の手。

「たのしそーだから、ぼくはさんかするよ!」
「ピカッ!」

 カービィとピカチュウが彼らの足元で参加を表明する。

「オレも参加するつもりだぜ!」
「ボクも! マリオもそのつもりだったんだよね?」
「よ、よくわかったな……。マスター、ボクも参加するよ」

 次にドンキー、ヨッシーとマリオが声を上げる。

「ははっ、これは闘うのが今から楽しみだな。俺も参加させてもらうぞ、マスター」

 フォックスも参加の意思を示す。

「重ね重ねありがとう。とても嬉しいよ」
「――すみませんが、僕は拒否させていただきます」

 と、軽く手を挙げて“お断り”したのはリンクだった。

「この世界には滞在しますが、王国ここに留まるつもりはないです。いいですよね?」
「……止めはしない。が、君はどうするつもりなんだ?」
「旅に出ます。元の世界でやり残したことをしに。それではさようなら」

 冷たく言い放ったリンクはくるりと反転し、早足で出入口の扉に向かう。そのリンクの前にカービィは素早く回り込んだ。

「リンク! もう行っちゃうの? ぼくたち会ったばかりなんだしお話しようよ!」
「……うっとおしいんだよ、さっきからさ。放っておいてよ」

 表情に暗く影を落としたリンクの眼差しは鋭く、その威圧にカービィは驚いてしまう。その隙にリンクはすたすたと扉を目指す。

「ちょっ……おいリンク!」

 マリオの制止も虚しく、リンクの姿は扉の向こうへと消えた。

「……本当に止めなくて良かったのか?」

 フォックスの問いに、マスターは憂いげに目を細める。

「……君達の反応のほうがとても稀有な反応なのだ。彼に至っては……仕方がない」
『そうだな。たしかにお前達は信用に値しない』
「お前までそんな言い方するのかよ」
「ピカピ……」
「サムスも行っちゃうの……?」

 マリオは不満げに言い、ピカチュウは耳を垂らし、カービィは不安げにサムスを見上げる。
 周囲の視線を浴びるサムスは、いやと否定した。

『私は大乱闘自体に興味はあるからな。ここに残る。だが、信用するしないは別の話だ。……そうだろう、宰相』

 サムスはマスターを見遣り、尋ねる。

『“国王の話が一切でない”のはなぜだ』

 あくまでマスターは“宰相”であり、国王ではない。サムスが不信感を抱く理由の一つはここにあった。
 マスターは暫しの沈黙後、口を開く。

「……君達の世界を『具現化』したのは陛下ではあるが、陛下は病に冒されている身であり、面会もままならない状態だ」
『国王が公務を行えない今、宰相であるお前が国を回しているという認識でいいな』
「構わない。他に聞きたいことはあるだろうか」
『今のところはない』
「そうか。ではひとまず、【乱闘部隊】のメンバーは君達七名とする。だがこれは“仮”だ。二週間後、正式に改めて答えを聞かせてほしい」

 このメンバーでやっていけるのか――?
 一株の不安が彼らを渦巻く中、マスターは「ところで」と話を切り出す。

「誰かヴィルを知らないだろうか? 彼もここに来るはずなのだが……」
「それなら――」

 最後にヴィルヘルムと会ったマリオは、マスターに弟のルイージについて事情を話した。これには同じ世界のドンキーやヨッシーも驚愕する。

「ルイージ行方不明なの⁉︎」
「あいつも招待されてるなんて意外だな」
「マスター、なにがあったかわかるか?」
「考えられるのは転移システムの不具合だろうな。……なるほど、では他の四人も……」

 ぶつぶつと思考を巡らせるマスターに声をかけるかどうか悩んでいると、大広間の扉が開かれた。

「失礼します! マスター様はいらっ……いますね」

 駆け込んできたヴィルヘルムはマスターに歩み寄ると、お構いなしに話しかける。

「マスター様! ご報告してもよろしいですか?」
「A回路が欠陥していたということか……」
「……あのっ‼︎」
「え、ああ、ヴィルか。すまない」
「システムに関しては後ほどお考えください」

 マスターは気恥ずかしそうに視線を逸らしつつ、「この場にいない彼らについては調べがついたか?」と尋ねた。

「はい。合わせて四名の方が『具現化』されてはいるものの、ここではない各地に転移されてしまっています」
「ふむ……彼らも混乱しているだろうし、会いに行ったほうが良さげだな。おおよその転移地点は特定できるだろう。ヴィル、向かえるか?」
「勿論です」

 よし、と頷き返したマスターはマリオ達に顔を向ける。

「予定ではこのあと、実際に『大乱闘システム』を体験してもらうつもりであったのだが、システムに不具合があると分かった以上、見直さずおえない。後日改めてアナウンスさせていただこう。ではひとまず、私は失礼させてもらう」

 マスターはヴィルヘルムとアイコンタクトを取り、彼を残したまま大広間をあとにする。
 無言でそのあとに続くサムスをヴィルヘルムが呼び止める。

「……サムス様?」
『なんだ。私がどこへ行こうと構わないだろう』
「引き留めるつもりはなくて……ただ、もし『システム制御室』に向かわれるのであれば、その子の放電に気を遣ってくださると」
『……?』

 訝しげにサムスが視線を落とすと、足元の近くにピカチュウがうろついていた。

「ピッ」

 サムスの視線に気づいたピカチュウは、まるで『行かないの?』と言いたげに首をかしげる。
 ヴィルヘルムにも、ピカチュウにも思うところはあるが。サムスはマスターを見失うまいと歩を進め、ピカチュウもサムスを追う。

「マリオ様。もし宜しければ、ルイージ様の捜索にご協力願えませんか? 僕が行って不審者扱いされるのは困りますし……」
「もちろん協力するさ。ボクもルイージのことが心配だしね」
「ヴィルヘルムだけだとルイージ逃げちゃいそうだし、マリオも連れて行ったほうがいいよ」

 ヨッシーの言葉に「そうなのですか?」と瞬きするヴィルヘルムに、マリオは苦笑い。

「人手がいるようなら俺も行くぞ?」

 フォックスの申し出にヴィルヘルムは笑みで返す。

「ありがとうございます。ですが先に皆様には手続きしていただきたいことがありますので、まずはそちらをお願いします」

 わかったとフォックスが頷いた途端、鳴り響く腹の虫の音。見ればカービィがお腹を押さえながら、床にへたり込んでいた。

「お話ばっかきいてたからおなか空いたよ〜……」
「フルーツいっぱい盛り合わせ……じゅるり」
「オレもだ! 飯にしようぜ、なっ!」

 ヨッシーは空想のフルーツに想いを馳せ、ドンキーはヴィルヘルムに詰め寄る。

「ええっと、そうですね……では食堂に行きますか」
「やったー! 早く行こうよぉ!」
「うわっとと」

 ご飯が食べられるとカービィは元気を取り戻し、ヴィルヘルムに飛びつく。
 次々と大広間から移動する一同の最後尾。真剣な面持ちのマリオに、フォックスが声をかける。

「どうしたマリオ」
「……食糧の備蓄まで食い尽くさないといいけど」
「ん?」

 マリオの予想は最悪な結果となって当たることとなってしまうが、それは少し未来の話。
 カービィを抱え先頭を歩くヴィルヘルムは、歩みを止めないまま顔だけ振り返る。

「ところでなのですが、リンク様はどちらへ?」

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