想イノ終着点
(明日はいよいよ『大乱闘』か……うう、いろんな意味で緊張する〜……)
回廊の壁に灯る赤き光と、遥か天上より降り注ぐ青き光が暗闇を彩る夜更け。
水色のしましま模様のパジャマにカーディガンを羽織っただけのネスは緊張のあまり寝付けずにいた。普段緊張はしないほうなのだが、人様に見られるような戦いをしたことはないし、かつマスターとの勝負がプレッシャーとして小さな体に重くのし掛かる。
『大丈夫。きみだけが背負うことはない。ぼく達もいるからいつも通り戦えばいいんだよ』
(マルスはそう言ってくれたけど……)
目に見えて不安がるネスを気遣ってくれたマルスの言葉を思い出しては嘆息をもらす。いっその事負けてしまおうか、などと邪な考えが脳裏を過ぎる中。
「……あれ?」
自身でも気付かぬうちに足を運んでいたのは、城の地下に隣接された教会。封鎖されているという話だったが、どういうわけか扉が少しだけ空いている。
好奇心に駆られ、ネスは忍び足で扉の隙間から中を覗く。
(ヴィルさんだ)
礼拝堂でもある内部に飾られたステンドグラスの光に照らされた十字架の前に佇むのは、マネージャーのヴィルヘルム。まだこちらに気づいていない様子の彼に、ネスはあっと何かを思いつく。
(そうだ! 国王様のこと聞いちゃお。そしたらわざわざ優勝を目指す必要はないもんね)
我ながら名案。“KEEPOUT”の柵を乗り越え扉の内側に入れば、さすがにヴィルヘルムもネスの存在に気づく。
「ネス。こんな時間に何をしているの?」
「明日の『大乱闘』に緊張しちゃって……それよりも、ヴィルさん。聞きたいことがあるんだ」
「うん、なぁに?」
「国王様のことで――」
ネスは最後まで言葉を紡ぐことはなかった。国王という単語が出た途端、ヴィルヘルムの目の色が変わったからだ。それに気づかないほど鈍感ではない。
国王のことを聞くのはまずい。
即座に判断したネスは僅かに口ごもり、話をすり替えた。
「陛下が……何?」
「ええっと、ぼ、ぼく達を王国に呼んだのは国王様なんだよね? ぼく達が来る前ってどんな国だったのかな〜って……」
苦し紛れな言い方を知ってか知らずか。ヴィルヘルムは追及することなく沈黙を重ねる。
「……平和な国だったよ」
自分が磔にされた十字架を見遣り、目を細める。
「誰もがみんな、未来に希望を抱いていた」
語られる言葉は何故か過去形で。今の繁栄が嘘のような口ぶりに疑問を抱く。
「……だけど、そこの王子様が無力だったせいで、僕の大切な人達も、世界も、みーんな消えちゃったんだ」
ネスは、ヴィルヘルムから感じるオーラに息を呑んだ。
彼の瞳には一体『何が』映し出されているのか。
初めて城にやってきた夜の会話もそうだったが、底なしの暗い感情を彼は抱えている。
振り返ったヴィルヘルムは、にこりと笑みを浮かべた。
「もう遅いから休んだほうがいいよ。明日の『大乱闘』には遅刻しないでね」
追及を許さないヴィルヘルムの笑みに頷きで返し、足早に教会をあとにする。
暫く歩いた先で、ネスは一度立ち止まった。
(明日の『大乱闘』……やっぱり勝たなくちゃダメだ)
マスターならきっとヴィルヘルムの過去も知っている。
知りたい。知って、力になりたい。
改めて決意を固めたネスは、宵闇に沈む廊下を勇ましく進んだ。
「ヴィル、まだ起きていたのか?」
「……マスター様」
再びひとりとなったヴィルヘルムのもとをマスターが訪れた。隣に並んだ男に、少年はやや目尻を釣り上げる。
「彼らに何かおっしゃいましたか」
「いいや、何も」
「……そうですか。
静かに笑みを湛えたマスターは、ヴィルヘルムと同じく十字架を見遣る。
「いよいよ明日、か。ようやく始められる」
「……」
「『600年』もの間、調整し続けた甲斐があったな」
何も言わぬ少年の隣で、男は恍惚に浸る。