Super Smash Bros. - Cross × Tale -

5:穢れなき真実と穢れた王子【8】


 遡ること数分前――。

「あっ、ヴィルさん!」

 食器を片しに食堂を訪れたヴィルヘルムは、飲み物を選別していたネスと出会う。

「ご飯食べられたんだ! よかったっ」

 空になった食器を目にネスはそう笑うが――ほぼ無駄にしてしまった分、内心複雑である。

「片付けるの手伝うよ」
「……ありがとう」

 そうして、誰もいないキッチンの片隅で食器を洗い始めたヴィルヘルムの隣でネスはお皿を拭いていく。
 戸棚にきちんと戻し、二人は食堂から廊下へ。

「じゃあね、ヴィル。おやすみ!」
「手伝ってくれてありがとう。おやすみなさい」

 飲み物を手に片手を振りながら歩くネスだったが、夢中になるあまり脚をクロスさせてしまい「ふぐっ」と顔から床に転ぶ。

「ね、ネス!」
「いたた……」
「大丈夫?」
「な、なんとか……」

 赤くなった鼻を抑えつつ。ネスは、傍らに膝をつきこちらを不安げに覗く彼に笑ってみせた。

「血、出ちゃってるね。治してあげる」
「ほんとだ。ライフアップが使えたらこの程度すぐに治せるんだけどな〜……」

 膝を擦りむいたのか血が滲んでおり、ヴィルヘルムは回復魔法を唱える。

「……うん。これでよし」
「……」
「……ネス? もう終わったよ?」
「……」
「……?」

 数秒足らずで擦り傷を治したヴィルヘルムだったが、ネスは目を開けたまま一切の反応を示さない。
 流石に訝しんだ彼が小さな肩を譲ろうと手を伸ばした時――。

「うわっ」

 バチバチッと迸る閃光。
 ネスの体を包み込むように、雷が発生している。当の本人は先程と変わらず虚無のままだ。
 稲光が指先を擦り、ツゥ、と血が流れる。ヴィルヘルムは両手が焼け焦げるのも構わず、思い切ってネスの両肩を抑えた。

「ネス! 僕の声が聞こえる⁉︎」
「ゔゔゔゔ〜……あああああああああああああ‼︎‼︎」

 腹から引き摺り出した咆哮が耳朶を打ち、ネスは何かから『逃げる』ように浮遊し始める。そうして飛び出した先は――地面から数メートルも離れた外。
 ふっと、ネスの浮遊能力が消えたのも同時機で。重力に従い落下していく少年を迷わず飛び出したヴィルヘルムが掴み引き寄せる。



 ――そうして今に至るが。想起したヴィルヘルムはとある『違和感』に気づく。

(【回復魔法ハイルミッテル】をした後から様子が変わってる……? でも唯の回復魔法だし、精神には関係ないはずだけど……。……もしかして)
「おいヴィル! どうすればいい?」

 マリオの声に思案を中断したヴィルヘルムは、尚もうなされ続けるネスの頭に両手を添えた。

「【在るべき姿へ回帰せよ】――【マインドヒール】」
「! それって……」

 口上を詠唱述べ、光がネスの頭部を包み込む。
 以前マリオがヴィルヘルムに襲撃された原因の魔法に警戒を強める。
 力強い光に照らされる中――ゆっくりとネスの様子が変化。呼吸が穏やかになると、ヴィルヘルムは【マインドヒール】を解除。同時に、青い瞳がこちらを見つめる彼らを捉えた。

「あれ……ぼくはなにをして……」
「ネスー!」

 飛びついてきたカービィにうわわと体制を崩す。
 弱ってはいるものの、正気を取り戻したようだ。

「もー! 心配したんだからねー!」
「え? え⁇」

 困惑するネスを前に安堵したヴィルヘルムは嘆息。
 背中越しにマリオが労うかの如く肩を叩いた。

「なんとかなったな。お前が魔法を使った時はどうしようかと思ったが」
「……【マインドヒール】は、本人の精神力を増幅させて、乱れている心を上から押さえつける魔法なんです。精神がかなりすり減っている時に使うと……この前みたいになってしまいますが……」

 苦笑したマリオを他所に、ヴィルヘルムは眉を顰める。

「……ねえ、ネス。君、誰かに呪いでもかけられた?」
「え? 呪い?」

 わんわん泣いていたカービィは素っ頓狂な声を上げ、マリオは首を傾げた。

「それが原因なのか?」
「正解には呪いを解こうとして、です。僕の回復魔法には呪いを解く効果もあるので、呪い自体が反発してこうなったかと」

 ネスは黙考していたが、やがてぽつりと呟く。

「そうだ思い出した……ぼく、あのときのこと……どうして忘れていたんだろう……もう一度、確かめに行かなきゃ!」
「おいネス!」

 何かを思い立ったのか万全の状態でないというのに走り出すネス。慌ててマリオが追い、ヴィルヘルムも追従しようと立ち上がるが。

「まって、ヴィル」
「カービィ?」

 呼び止めたカービィはヴィルヘルムを見上げたまま、口ごもる。
 気持ちを察したヴィルヘルムはその場に片膝をつき、カービィと目線を合わせた。

「お昼はごめんね。せっかく持ってきてくれたのに怒鳴っちゃって」
「それは違うよ! ……ぼくもごめん。押し付けるようなことしちゃった」
「ううん、カービィは悪くないよ。言ってなかったのは僕だから。……みんなには内緒にしておいてね」
「……うん。でもボク、ヴィルの前でご飯食べちゃって……」

 微笑む彼を、しょんぼりと見つめ返す。
 そんなカービィを撫でながらヴィルヘルムは『本心』を口にする。

「僕、カービィが美味しそうにご飯を食べてる姿を見るの好きなんだ」
「ほ、ほんとう……?」
「うん。だから、これまで通りいっぱい楽しんで」

 ほんの少し笑みを見せたカービィは「うんっ」と嬉しげに返した。

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