Super Smash Bros. - Cross × Tale -
『アルス城』上層階――中でも日当たりがよく小さなパーティーが開催出来そうなほどの広さを誇る『寝室』で、むくりと寝台から起き上がる一人の少年。
窓を塞ぐ分厚いカーテンを一斉に開けば、少年の姿を陽光が明々と照らした。
ここは【乱闘部署】部長・ヴィルヘルムの自室。
外界に広がる広大な城下町を一望し、少年は小さく嘆息する。
そこに、コンコンと固い音が響く。音の方角を見遣れば、部屋主の許可なく入室していたマスターが笑みを浮かべ佇んでいた。
咎めるほど浅い関係でもない。静かにこちらを見つめるヴィルヘルムに、「大丈夫か?」と声を掛ける。
「……どの程度経ちましたか?」
「半日といった具合だな。最も今の世界では、もうすぐで夕暮れを迎える時間だが」
ベッドの縁に腰を掛け、片手をそっと頭部に乗せる。
「酷く狼狽していたそうだな。……仕方がないといえばそうだろうが」
『心当たり』があるヴィルヘルムは、シーツを握る手で拳を作る。
「『その件』に関しては早急に手を打たねばなるまい。よって、『大乱闘』開催の日時を早めさせてもらった」
「!」
「私の独断ですまない。……だからヴィル、どうか諦めてくれ――『彼らを元の世界に帰すのは』」
いつの間にかマスターの手は離れ、白き瞳と、揺れ動く勿忘草色の瞳が絡み合う。
「どうして……」
「ヴィル……?」
自身に向けられる眼差しに、マスターは僅かに狼狽える。
「そこまでして『この世界』を存続させる意味があるのですか……? 彼らを『騙すような真似』をしてまで……」
白き瞳から視線を逸らし、俯く。
「そこに命がある限り守らねばと思うからだ。それに……君が愛していた世界を、私も――」
「――僕が知る人は誰もいない世界を、どう愛せというのでしょう」
思わず口をつむぐマスターを、ヴィルヘルムは見ようともしない。
幾度をも繰り返された問答が辿り着く先はなく――彼の者はいつだって、悲しげに目を伏せるだけ。そうして自身の意見を無視し、己が願いを押し通す彼の者に――怒りを募らせないはずがなかった。
「こんなツギハギだらけの世界――さっさと壊れてしまえばいいんだ」
自嘲するように薄笑いを浮かべる少年に、伸ばしかけた手を止める。そうさせてしまった原因の一端は自身にあり、これ以上は却って狂わせてしまう。
「……一人にさせてください」
幾分か落ち着きを取り戻したヴィルヘルムの要望に、マスターは「分かった」と立ち上がる。
「……今日は一日、ゆっくり休んでくれ」
そう声を掛けたが最後、マスターは静かに退室。
残されたヴィルヘルムは膝を内側に寄せ、顔をうずめた。
扉を閉めれば、自然と漏れ出る嘆息。彼も自分も。悩みはいつだって尽きない。
「マスター?」
足元から飛来したあどけない声に、マスターは丸くした目を向ける。
「カービィ。こんなところで何をしているんだ?」
ここいらの区画は用がなければ足を運ぶことはない。問いかければカービィは、手にした『おぼん』を頭の上に翳す。
「ヴィル、お腹空いているかな〜って」
鼻腔をくすぐるふんわりとした温かな食事の匂い。
朝食の席にいなかったヴィルヘルムを思い、カービィはわざわざ配膳してくれたのだ。
「ありがとう。だがヴィルは……」
「た、ただ置きに来ただけだからっ」
人前で食事をするのを好まない――それをちゃんと覚えていたカービィは、マスターが皆まで言わずとも理解している。そうか、と微笑んだマスターは扉を開けてやった。
「まだ起きているはずだ。渡してきてくれ」
「うんっ!」
溢さぬよう気をつけながら、カービィは扉の先へと消えていく。
それを見届けたマスターは扉を閉め、今度こそ部屋を後にした。