Super Smash Bros. - Cross × Tale -

5:穢れなき真実と穢れた王子【3】


「やべっ」

 肉薄するヴィルヘルムを前に、マリオは腕に力を入れ後転。宙を舞い、後方へ着地すると同時に、マリオが今し方離れた地点で爆発音が鳴り響く。ヴィルヘルムが持つ長杖の先端が、床に大きな亀裂を蜘蛛の巣状に走らせた。
 初手を外したヴィルヘルムはゆっくりと顔を上げ、虚な瞳でマリオを見遣る。

「正気に戻――」

 地を蹴り疾走したヴィルヘルムの長杖が、マリオの髪を掠る。振るわれると共に発生する突風がマリオの呼吸を奪い、声を掛けるどころか呼吸すらままならない。

(しゃぁねぇな‼︎)

 まなじりを釣り上げたマリオが、回避ついでに打撃を叩き込む。こうなれば正気に戻るまで殴るしかあるまい。
 難なく長杖で防御したヴィルヘルムは、杖の石突いしづきを軽く蹴り飛ばすと下段からマリオの顎目掛けて振り上げた。
 背中を逸らすことで紙一重に躱したが、視線が逸れた隙を突いた一撃が襲い――マリオの腹部が、みしみしっ、と軋む音を立てる。
 血反吐を吐き出し、地面を深く削りながら後退させられる体。勢いが弱まり何とか停まることはできた。が、骨は何本か折れている様子。吐血を繰り返した唇を荒く拭いつつ、マリオは悠然と佇むヴィルヘルムを見据えた。

(おいおいマジか……まだ一発しか喰らっちゃいないんだぞ? 二発目を受けたら――)

 確実に、死ぬ。
 それだけは回避しなければ。自分のためにも、彼のためにも。
 発走したヴィルヘルムが接近するのを目に、マリオはポケットから黄色の布を取り出した――寝ぼけてハンカチと間違えたのはここだけの話だが。何とも幸運。
 自身の胴体をすっぽりと覆う大きさの『マント』を手にしたマリオは、ぎりぎりまで引きつけたヴィルヘルムの体をマントで払いのけた。するとどうしたことか、ヴィルヘルムの向きがマリオとは反対側へ急旋回。無防備な背中を二発ほど殴り、最後に蹴り飛ばした。

「……ヴィルヘルム?」

 まともに受け身を取らないまま床を転がり、俯せの体勢で動きを止めた彼を訝しむ。

「これは……」
「! マスター」

 戦闘の爪痕が残るルームに足を踏み入れたマスターは、自身を呼ぶ声にそちらへと顔を向ける。

「マリオ! ……酷い怪我をしているな。すぐに治療を」
「待っ……がはっ……」

 碌に言葉も紡げないことを悟ったマリオは、倒れたヴィルヘルムを食指で示す。

「ヴィル……? ……っ、すまないマリオ」

 状況をすぐさま理解したマスターの謝罪に、マリオは緩く首を振る。

「今は君の治療をするのが先だ。地上に――」
「【ハイルミッテル】」

 視界を清らかな白き光が包む。
 立ち所に腹部を襲う痛みが消えたことに、マリオは動揺を隠せなかった。隣に佇むマスターを見上げると、彼はマリオから離れ――正気を取り戻したヴィルヘルムの眼前に立つ。

「ヴィル、大丈夫か」
「……はい。マスター様」

 差し伸べられた手を掴み、ふらりと立ち上がる。
 ズキンッと脳裏を迸る頭痛に苛まれながら、ヴィルヘルムは自身の身に起きた出来事を正しく理解。こちらを見守る青き瞳と視線が重なれば、肩を跳ね上がらせた。
 一歩二歩、と歩み寄るマリオに対し、背中を向けて走り去りたいのに――全身はいわおの如く動かない。傷は自分が治したとはいえ、部屋の有り様から傷つけたことは明白。
 謝らなくては。罰を受けなくては。例え怖くとも。
 下がったマスターより前へ出たマリオとヴィルヘルムの距離は腕一本にも満たない。マリオがすっと両腕を伸ばすと、ヴィルヘルムは反射的に目を瞑った。

「――怪我はないか、ヴィルヘルム」
「……、?」

 両肩に置かれた手は優しく、それでいて温かい。
 恐る恐る目を開けたヴィルヘルムに、マリオは再度確認。

「さっきぶっ飛ばした時に怪我はしてないか? 本気でやっちまったから」
「……どうして」
「ん?」
「どうしてそんなことをお聞きになるのですか……? 攻撃したのは僕のほうで……貴方を殺しかけたのに!」

 恐ろしい剣幕のヴィルヘルムとは裏腹に、マリオはあっけらかんと答えた。

「でもこうして生きてるし、傷も治ってる。お前はボクを殺そうとしたかもしれないが、それは本心じゃない。……だから許す!」

 マリオはそう歯を見せてニッと破顔した。
 言葉の意味が――あり得ないほどのお人好しの心が――ヴィルヘルムの胸に刻まれる。
 顔を歪めた少年は目尻から大粒の涙を溢れさせ、静かに嗚咽する。マリオは肩に乗せていた手を背中に回し、今にも壊れそうなヴィルヘルムの体を優しく包み込んだ。

「……ヴィル?」

 何分経っただろうか。見守っていたマスターの呼び声に、ヴィルヘルムは応じない。どうしたんだと不思議に思うマリオの耳元で、穏やかに紡がれる寝息。
 体を預けたまま、少年は深い深い眠りへと落ちていた。

「部屋に運んであげよう。手伝ってくれるかい?」
「ああ、もちろん」

 ヴィルヘルムを背負ったマリオはマスターと共に、戦闘の余波を受けず無事だった地上への階段を登る。

「ところで……一体何が起きたのだ?」
「ボクにも良くわからねぇ……ただ」
「ただ?」
「ヴィルヘルムが可笑しくなる直前の話だ。あいつ、自分の頭に向けて光を放ったんだ」
「自分の頭に? ……なるほど、『アレ』が原因か。控えるようにと言っておくべきだったな……」

 一人納得するマスターに「ボクにも教えろ」と言いたげに半眼を向ける。

「その光はヴィルの魔法、【マインドヒール】に違いない。自分の精神を回復させるつもりなのが、却って逆効果になってしまったのだろうな」
「じゃあ誰かに操られてた訳じゃないんだな」
「ああ。誤発だな」

 マリオはそっと安堵の溜息をつく。洗脳でないなら、ヴィルヘルム自身が気をつければ再発は防げる。誰かが傷つくことも、誰かを傷つけることもない。
 だが、わだかまりが完全に消え去ることはなかった。
 襲われる直前――ヴィルヘルムの横顔がこびりついて離れない。
 一体何が、そうまでして、彼を苦しませるのだろうか。


 想像を遥かに絶する大きさの十字架を、その小さき背に科せられていることを。マリオ達はまだ――。

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