Super Smash Bros. - Cross × Tale -
「やべっ」
肉薄するヴィルヘルムを前に、マリオは腕に力を入れ後転。宙を舞い、後方へ着地すると同時に、マリオが今し方離れた地点で爆発音が鳴り響く。ヴィルヘルムが持つ長杖の先端が、床に大きな亀裂を蜘蛛の巣状に走らせた。
初手を外したヴィルヘルムはゆっくりと顔を上げ、虚な瞳でマリオを見遣る。
「正気に戻――」
地を蹴り疾走したヴィルヘルムの長杖が、マリオの髪を掠る。振るわれると共に発生する突風がマリオの呼吸を奪い、声を掛けるどころか呼吸すらままならない。
(しゃぁねぇな‼︎)
難なく長杖で防御したヴィルヘルムは、杖の
背中を逸らすことで紙一重に躱したが、視線が逸れた隙を突いた一撃が襲い――マリオの腹部が、みしみしっ、と軋む音を立てる。
血反吐を吐き出し、地面を深く削りながら後退させられる体。勢いが弱まり何とか停まることはできた。が、骨は何本か折れている様子。吐血を繰り返した唇を荒く拭いつつ、マリオは悠然と佇むヴィルヘルムを見据えた。
(おいおいマジか……まだ一発しか喰らっちゃいないんだぞ? 二発目を受けたら――)
確実に、死ぬ。
それだけは回避しなければ。自分のためにも、彼のためにも。
発走したヴィルヘルムが接近するのを目に、マリオはポケットから黄色の布を取り出した――寝ぼけてハンカチと間違えたのはここだけの話だが。何とも幸運。
自身の胴体をすっぽりと覆う大きさの『マント』を手にしたマリオは、ぎりぎりまで引きつけたヴィルヘルムの体をマントで払いのけた。するとどうしたことか、ヴィルヘルムの向きがマリオとは反対側へ急旋回。無防備な背中を二発ほど殴り、最後に蹴り飛ばした。
「……ヴィルヘルム?」
まともに受け身を取らないまま床を転がり、俯せの体勢で動きを止めた彼を訝しむ。
「これは……」
「! マスター」
戦闘の爪痕が残るルームに足を踏み入れたマスターは、自身を呼ぶ声にそちらへと顔を向ける。
「マリオ! ……酷い怪我をしているな。すぐに治療を」
「待っ……がはっ……」
碌に言葉も紡げないことを悟ったマリオは、倒れたヴィルヘルムを食指で示す。
「ヴィル……? ……っ、すまないマリオ」
状況をすぐさま理解したマスターの謝罪に、マリオは緩く首を振る。
「今は君の治療をするのが先だ。地上に――」
「【ハイルミッテル】」
視界を清らかな白き光が包む。
立ち所に腹部を襲う痛みが消えたことに、マリオは動揺を隠せなかった。隣に佇むマスターを見上げると、彼はマリオから離れ――正気を取り戻したヴィルヘルムの眼前に立つ。
「ヴィル、大丈夫か」
「……はい。マスター様」
差し伸べられた手を掴み、ふらりと立ち上がる。
ズキンッと脳裏を迸る頭痛に苛まれながら、ヴィルヘルムは自身の身に起きた出来事を正しく理解。こちらを見守る青き瞳と視線が重なれば、肩を跳ね上がらせた。
一歩二歩、と歩み寄るマリオに対し、背中を向けて走り去りたいのに――全身は
謝らなくては。罰を受けなくては。例え怖くとも。
下がったマスターより前へ出たマリオとヴィルヘルムの距離は腕一本にも満たない。マリオがすっと両腕を伸ばすと、ヴィルヘルムは反射的に目を瞑った。
「――怪我はないか、ヴィルヘルム」
「……、?」
両肩に置かれた手は優しく、それでいて温かい。
恐る恐る目を開けたヴィルヘルムに、マリオは再度確認。
「さっきぶっ飛ばした時に怪我はしてないか? 本気でやっちまったから」
「……どうして」
「ん?」
「どうしてそんなことをお聞きになるのですか……? 攻撃したのは僕のほうで……貴方を殺しかけたのに!」
恐ろしい剣幕のヴィルヘルムとは裏腹に、マリオはあっけらかんと答えた。
「でもこうして生きてるし、傷も治ってる。お前はボクを殺そうとしたかもしれないが、それは本心じゃない。……だから許す!」
マリオはそう歯を見せてニッと破顔した。
言葉の意味が――あり得ないほどのお人好しの心が――ヴィルヘルムの胸に刻まれる。
顔を歪めた少年は目尻から大粒の涙を溢れさせ、静かに嗚咽する。マリオは肩に乗せていた手を背中に回し、今にも壊れそうなヴィルヘルムの体を優しく包み込んだ。
「……ヴィル?」
何分経っただろうか。見守っていたマスターの呼び声に、ヴィルヘルムは応じない。どうしたんだと不思議に思うマリオの耳元で、穏やかに紡がれる寝息。
体を預けたまま、少年は深い深い眠りへと落ちていた。
「部屋に運んであげよう。手伝ってくれるかい?」
「ああ、もちろん」
ヴィルヘルムを背負ったマリオはマスターと共に、戦闘の余波を受けず無事だった地上への階段を登る。
「ところで……一体何が起きたのだ?」
「ボクにも良くわからねぇ……ただ」
「ただ?」
「ヴィルヘルムが可笑しくなる直前の話だ。あいつ、自分の頭に向けて光を放ったんだ」
「自分の頭に? ……なるほど、『アレ』が原因か。控えるようにと言っておくべきだったな……」
一人納得するマスターに「ボクにも教えろ」と言いたげに半眼を向ける。
「その光はヴィルの魔法、【マインドヒール】に違いない。自分の精神を回復させるつもりなのが、却って逆効果になってしまったのだろうな」
「じゃあ誰かに操られてた訳じゃないんだな」
「ああ。誤発だな」
マリオはそっと安堵の溜息をつく。洗脳でないなら、ヴィルヘルム自身が気をつければ再発は防げる。誰かが傷つくことも、誰かを傷つけることもない。
だが、
襲われる直前――ヴィルヘルムの横顔がこびりついて離れない。
一体何が、そうまでして、彼を苦しませるのだろうか。
想像を遥かに絶する大きさの十字架を、その小さき背に科せられていることを。マリオ達はまだ――。