Super Smash Bros. - Cross × Tale -
燦々と輝く太陽が傾き始めた正午過ぎ。
ファイター達は全員、城内の一角に位置する『システム管理室』に集められた。
相変わらずリンクとガノンドロフ間の空気は険悪だが――マスターは気にもせず、モニターを背に話し始める。
「時間も惜しいところだ。詳しい説明は後回しとして、まずはその身で慣れてもらおう」
王国の僻地をぐるりと囲う『虚空の霧』の影響により、一日の時間は大幅に短縮されている。夜が訪れるまで残り少ない。
マスターに言われるまま、管理室に設置された『ポータル』の中へ。次に目にしたのは、見渡す限りに広がる真っ白な空間。
(いや……よく見たら線が引いてあるな)
放り出されたマリオがしげしげと空間を眺めていると、何処からともなくマスターの声が響く。
『今、君達がいる空間はシステムにより生み出された「トレーニングルーム」だ。「大乱闘」前のウォーミングアップとして、今後も自由に使用してくれたまえ』
さて、と説明は続く。
『察していると思うが、この空間は非現実……仮想空間と同じだ。君達のいかなる攻撃は誰にも傷を残させない。痛みや疲労感はあるが、ダメージ単位に変換されるだけとなる。ダメージ単位が大きければ大きいほど、試合に不利になると考えてくれ。
あと、君達の技は本来と異なるものであろう。時間が許す限り、幾らでも試してみてくれ。私達はここから見守っている』
そう説明を終えようとしたマスターだったが、『忘れていたな』と呟く。
『ただ虚空に向かって試し撃ちするのも難しいだろう。これを相手にするといい』
マリオの前に顕現されたのは、薄紫色をしたマネキンのような敵。頭部には赤いコアが埋め込まれている。
言語を話す能力はなく、自らの意思もないように思えた。
『それでは一旦失礼する。何かあれば呼んでくれ』
マスターがフェードアウトするや否や、マリオは不敵に笑いながら拳を叩き合わせる。
「習うより慣れろっていうし、いっちょ戦ってみるか!」
マリオの声に反応したのか、敵は体内のワイヤーフレームをぐにゃりと動かして構えの体勢に。
「やる気満々だな! よし、行くぞ!」
「……ルーム21良し、ルーム22良し。マスター様、全ルーム問題ありません」
「ご苦労。調整は上手くいったようだな。引き続き異常がないか監視だ」
ルーム外では、モニターいっぱいに映し出されたファイターの様子をヴィルヘルムとマスターが監視していた。
「そう言えばヴィル、一つ朗報だ」
「朗報ですか?」
モニターからは決して目を離さずに、マスターはああと笑う。
「先程『この世界』の時間を計測したが、今朝の『地殻変動』以来伸びているようだ。このまま『地殻変動』を繰り返せば、世界が元の姿を取り戻すのも夢ではない」
「……そうですね」
意気揚々と語るマスターとは裏腹に、ヴィルヘルムの声音は重かった。
「君が気を病む必要はない。全ては私と……」
「マスター様」
言葉を遮ったヴィルヘルムの視線はモニターでもマスターでもなく、その背後に向けられていた。
『トレーニングルーム』の監視を放棄したわけではない。彼らの知らぬ間に侵入した者がいる。
「そこにいるのは分かっている。姿を現せ」
マスターの前に躍り出たヴィルヘルムが、眦を釣り上げる。
「出てこないというならば敵対の意思があると見做し、直ちに攻撃を行う」
警告するも、ヴィルヘルムが捉えている気配の正体が現れる雰囲気はない。
静かに長杖を顕現した部下に、待ったをかけたのはマスター。
「ヴィル、すでに相手は姿を見せている」
「……幻術の
「いや、違う。恐らく……。そこの君……? すまないが、向きを変えてくれないか?」
向き? と眉根を寄せるヴィルヘルムの眼前――突如現れたのは、紙数枚の薄さにも満たない摩訶不思議な黒一色の生き物だった。
人型にも見え、手や足、口や鼻など確認出来るも。明らかに『人ならざる者』。
「な……え、ええ……?」
思わず狼狽えるヴィルヘルムの肩に手を添えながら、マスターは軽く目を見張る。
「これは驚いた……話には聞いていたが、まさか実現しているとは……」
「……何やら電子音を発しているようですが……?」
ピピピッ、と音を鳴らしながら手足を動かしている生物に状況が飲み込めない。
「モールス信号? いやでもこれは……」
「彼……正確には、『彼ら』が暮らす世界独自の言語だろうね。『統一処置』が適用されていないようだ」
だが、とマスターは彼と目線を合わせるように片膝をつく。
「言っていることは何となく分かる。……君のような人にも興味を持ってもらえて光栄だ。私はマスター。君の名前は?」
マスターの声に答えるように、再び鳴る電子音。
「……なるほど。では私が名付けよう。君の名前は……そうだなぁ、君達の世界から頂いて『ゲムヲ』なんてどうだろうか?」
次の瞬間――後方で待機していたヴィルヘルムでも理解できるほど、彼は大層喜んだ。
「ヴィル、追加事項だ。この『ゲムヲ』も【乱闘部隊】に入隊させる」
「はい。……え?」
言語が分からない相手をどうしろと――この時ばかりはヴィルヘルムも、マスターの満点の笑顔を憎んだ。