不器用な恋
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(やっぱり…嫌な夢、見ちゃったな…)
過去の夢を見たマリアはうっすらと閉じていた目を開ければ、変わらずアレッシオ達ヴァルッセファミリーが所有するジェット機内の一室の中だった。
意識を手放すその瞬間マリアは思っていた通り夢見が悪かったのは言うまでもない。
幼い頃母が死に、名ばかりの父親と思っていた人物が本当は血の繋がりすらない赤の他人だと言う事、そして捨てられた夢は大人になった今見てもいい夢ではない。
(ほんと、嫌な夢…)
そう思いながらマリアは寄り掛かり眠っていた窓の外へと目を向ける。
窓の外は空の上…ではなく、既にジェット機はどこかに着陸しているようだった。
『…でも、お義父さんのおかげで…最後は悪夢じゃなかったよ…』
唯一の救いは捨てられた後、養親であるフィネスに拾われた夢を一緒に見た事だ。
あの時もしフィネスがマリアを拾わなければ…否、通りかからなければマリアはその場から動かず寒さにより凍死していただろう。
生きたいと思う事も、生きる理由になったディーノの言葉も…きっとは思い出せずただただ凍死するだけだったのだ。
フィネスに拾われてからはそれこそマリアの日常は変わった。
勿論悪い意味ではなく良い意味で。
気難しそうな表情も相まって、最初の頃こそマリアは戸惑った。
拾ってくれたフィネスに対してマリアはどう接したらいいのか分からなかったのだ。
「父親と思ってくれたらいい」とフィネスは幼いマリアの頭を撫でながら言っていたが、マリアの家庭環境故に父親と言うものがどういうものか分からない。
ディーノの父親を見て温かい存在だと言う認識はしていたが、いざ父親と思えと言われても思い浮かぶのはアレッシオから受けていた扱いだ。
最も捨てられたマリアにとってアレッシオは赤の他人でしかないのだ、名ばかりの父親でも何でもない。
だからこそマリアは分からなかったのだ、自分の父親にはどう接したらいいのかが。
そんなマリアの心境を知ってか知らずか、フィネスは不愛想な表情でマリアに構う。
学校に行っても困らないように、大きくなって困らないようにとフィネス自身がマリアに勉強を教える。
アレッシオによって強制的にやらされていた勉強のせいで、マリアは自分の年頃がどれくらいのレベルの問題を解くのか知らなかった。
大人でも頭を悩ます問題を日々解いていたのだ、マリアの学力に違和感を覚えたフィネスはマリアの学力を知れば驚く事はあれど何も言わなかった。
アレッシオと同じように大人でも頭を悩ます問題を出した事が有るが…正直間違えた所でフィネスは怒る事も暴力を振るう事もなかった。
ただただ解き方を教えては解けた時にマリアの頭撫でて褒めるのだ。
―――「難しいのによくここまで解く事が出来たな」
そう言ってぎこちない、不慣れな手つきでマリアの頭を温かくその大きな手でフィネスは撫でる。
その時からだった。
マリアにとっての勉強が強制的にやらされるものではなく楽しいと思うようになったのは。
間違っても痛い思いはしない、間違えたら間違えた所をマリアが解けるまでアドバイスをしながらきちんと正しい答えへと導いてくれる。
また身体が弱くすぐ体調を崩してしまうマリアの傍でつきっきりで看病をしてくれたフィネス。
『ごめんなさい』と頭が痛く、ぐわんぐわんと揺れる視界の中でマリアがそう言えばフィネスは「謝る必要など何処にもない」と言ってはマリアの汗をタオルで拭った。
揺れる視界の中「謝る位ならとっとと元気になれ…」と、ぼそりと呟いたフィネスの言葉をマリアは今でもお覚えている。
口は悪く、不器用ではあるがそれでもフィネスはマリアを気遣う言葉をマリアにかけたのだ。
だからこそマリアがフィネスを慕うように、お義父さんと呼ぶ様になるまではそう時間はかからなかった。
まるで本当の我が子の様に接してくれるフィネスにマリアはすぐ心を開いた。
アレッシオとは違う、きちんとマリアを見て向き合ってくれるのだ。
―――『どうしておとうさんはマリアのことひろってくれたの?』
―――「…惚れた女に、マリアが似ていたからだ…」
一度だけどうして拾ったのかと問うた時、フィネスはそう答えた。
そう答えたフィネスの表情は儚く、諦めたくないのに無理に諦めた表情をしていた。
幼いながらに『どうしてけっこんしなかったの?』と問う事をマリアはしなかった。
それは自分の母親に重ねてしまったからだ。
何故アリーチェが本当に愛した人と結婚しなかったのか…否、アレッシオのせいでそれが出来なかったのだ。
そんな風にフィネスも…もしかしたらそんな経験をしてしまっていたのではないかと思うと問う事は出来なかった。
今思い返せばフィネスの惚れた女がどういう人だったのか聞いとけばよかったなと思っているとバンッと音をたてて扉が開く。
「マリア、来い」
冷たく言い放つアレッシオに、マリアはただただ無表情で着いて行った。
(此処…何処?)
ヴァルメリオファミリーの屋敷ではない何処かの屋敷の中をアレッシオとその部下に囲まれてマリアは歩く。
屋敷の内装は至ってシンプルだ。
まるで屋敷が建てられたばかりのようにマリアは思う。
アレッシオの事だからゴテゴテとした高そうな美術品が置かれているだろうと思ったがそんなものは何処にもない。
終始無言のまま、静寂だけが屋敷内に漂う。
だがそれもつかの間だった。
とある部屋の前に止まれば、アレッシオはノックする事もなく扉を開け歩いていく。
アレッシオの部下が入れと促せば、マリアは言うとおりに中に入りアレッシオの後に続いた。
中に促され入れば室内は青白い光が辺りを照らしている。
何か分厚い本がいくつも並んでいる本棚、フラスコにビーカー、実験室…いや、研究室のような場所がマリアの目に映る。
まるでマリアの家の地下室のような場所だな、とマリアは思った。
何かの研究をしているようなその場所は、アレッシオには似つかわしくない場所だ。
カツカツと靴を鳴らしながら先導するアレッシオ。
マリアもただただアレッシオの後を着いて行く。
暫く歩けば、一カ所だけ青白い光ではなく普通の蛍光灯の光の下で作業する人がいた。
その人は後ろを向いているため何をしているか分からないが、靴音にも気づかなかったのかそのまま作業をしている。
「おい、カモラ」
アレッシオがそう口にすれば、後ろを向いていた男がピクリと反応しゆっくりとマリア達の方へと振り向く。
「おや、アレッシオさんじゃないですか?どうかしましたか?」
カモラと呼ばれた男は胡散臭そうな笑顔でマリア達へと視線を向ける。
マリア同様白衣を着ており、キッチリと青色のネクタイを締めては清楚感のある服装だ。
プラチナブロンドの綺麗な髪は腰までの長さがあり、綺麗に三つ編みに束ねている。
右目にはモノクルが着用されており、ヘーゼル色の瞳がマリアをその瞳に映す。
歳は四十代半ばといった所だろうか、それでもカモラの容姿は四十代に見えないほど若く見える。
容姿からして、彼もまたマリアと同じように科学者や研究者と言った類だろう。
「おや?そちらのお嬢さんはまさか…」
「カモラ、お前が望んでいた女だ」
「あぁ、ありがとうございますアレッシオさん」
そう言ってアレッシオはマリアの腕を掴み、マリアを突き飛ばす。
突き飛ばされれば受け身も取れなく、ただただマリアは床に身体を打ち付けた。
打ち付けた衝動で身体に痛みが走るものの、これくらいなら我慢できると思いマリアは唇を噛み締める。
興味もなくただただうっとおしい物を見るような目で、アレッシオはマリアを見下ろした。
「フン、物好きな奴だな。そんなやつと引き換えに私にボスの座を譲っていいなどと言いおって」
「そんな奴だなんて…アレッシオさんのご息女でしょう?」
「名ばかりのな…では失礼するよ」
研究室から去って行ったアレッシオに向かって「この子の価値も分からないゴミめ」とカモラは言葉を零す。
“この子”と言うのは勿論マリアを指しているのだろう。
アレッシオ同様冷たくまるでゴミを見るような目でカモラはアレッシオの居た場所を、ただじっと見つめる。
バタンと、思い切り扉を閉めた音を聞けばカモラはマリアの前に跪いて手を差し出した。
「初めまして、お嬢さん」
『…アンタ、誰?』
その瞬間ガチャリと音を立てて、マリアは咄嗟に懐にしまってあった愛銃をカモラに向けた。
この場に、カモラ以外の気配を感じる事はなく、またアレッシオもその部下も居ない。
一対一ならどうにでもなるとマリアは思った。
これでもマフィアと繋がりがある子供が通う学校に通っていたのだ。
実技を伴う授業には出ていないものの、リボーンに銃の扱いを教えてもらったのだ…自衛としてそれなりの動きも腕も勿論ある。
以前公園でナンパされた際も普段通り白衣を着用していたら…あんな事にはならずきちんと自分の身を守る事が出来たはずだったのだ。
銃を向けられればカモラは「こらこら、女の子がそんな物騒な物を人に向けちゃ駄目だよ?」と銃を向けられていようがお構いなくマリアに手を差し伸べたまま動こうとしない。
「私はカモラ、シャタンファミリーの…まぁ、ボスだった人間だよ」
そう言って「銃はしまいなさい、今の所私はお嬢さんに危害を加えるつもりはないよ」と言って笑いかける。
胡散臭い笑みではあるものの、カモラの言うようにマリアに危害を加える様子は何処にもない…。
それでも“今の所”は、だ。
カモラの言葉にマリアはカモラに突きつけていた銃を懐にしまい、差し出された手を無視して自分で立ち上がる。
差し出していた手に触れられることがなかったカモラは残念そうに差し出した手を引っ込めて立ち上がる。
「つれないねぇ…」
『…何でヴァルメリオファミリーとシャタンファミリーが一緒に居るのよ?』
アレッシオに聞かなかった疑問を、マリアは目の前に居るカモラに問う。
アレッシオに聞いた所でマリアの言葉には耳も傾けず無視されてしまう事等容易に想像できたのだ。
手を出されないように黙っていたからこそ、マリアは“今の所”危害を加えるつもりはないカモラに問う。
「おや、知らないのかい?」
きょとんとした表情でカモラはマリアを見る。
てっきり知っていると思ったのだろう、不思議そうにマリアに視線を向けながらもカモラはマリアの問いに答える。
「ヴァルメリオファミリーとシャタンファミリーは合併したんだよ。お互いの利害が一致したからね」
『利害が一致?』
マリアの言葉にカモラは「そうだよ」と言ってはマリアの質問に答えていく。
「私はシャタンファミリーのボスだったけれど…正直ボスの座には興味なくてね。ボスの座を私以外の人間に譲りたくて仕方なかったんだよ。丁度その時にアレッシオさんから合併しないか?って声をかけられてね…。アレッシオさんの方は資金繰りやらいろいろ困ってたみたいだからその話に乗ったんだよ」
あっけからんとカモラはそう言いながらマリアに笑いかける。
その言葉に嘘偽りはないのだろう。
―――「フン、物好きな奴だな。そんなやつと引き換えに私にボスの座を譲っていいなどと言いおって」
先程のアレッシオとの会話でもその事は十分窺える。
カモラはどういった経緯でかは分からないが、ボスの座と引き換えにマリアを望んだのだ。
勿論マリアはカモラと言う男を知らないし、面識すらない。
依頼を受けた事もなければシャタンファミリーと言うマフィアの存在だって知らないのだ。
何故マリアと引き換えにボスの座を譲ったのか、新しい疑問がまた生まれる。
その事をカモラは察したのだろう。
「私も君と同じように科学者や研究者と言った類でね、いろいろと実験や研究をしているんだけどどうも上手くいかなくて…」
実験や研究に行き詰ると言うのは科学者や研究者ではよくある話だ。
マリアだって頻繁にではないが実験や研究者に行き詰る事はある。
誰かに助言を求める事も、助け合う事も科学者同士、あるいは同じチーム内でならよくある話だ。
人によって考え方も変わってくる、一人では導き出せない突破口を…手がかりを得る事だって時にはある。
「そこで君の力を借りたいんだ…いや、力を借りたいとはまた違うな…」
だが、自分の言葉に何かが違うとカモラは口元に手を当て考える。
(力を借りたいわけじゃないなら…なんなの…?)
「あぁ、そうだ…私は君が欲しくてたまらないんだ」
その言葉に、マリアの身体が震える。
先程までは危害を加える様子は確かになかった、だがカモラのその言葉がマリアに警鐘を鳴らす。
本能的にヤバイと感じてしまうのだ。
危害を加えようとしていないのに、カモラの纏う空気が一瞬にして変わる。
そんなマリアを愉しそうに見て、カモラは言葉を紡いだ。
「ねぇ、お嬢さん………否、ルーナ・ブル」
確信しているかのはっきりとした言葉で、カモラはじっとマリアを見つめた―――…
2024/10/31
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