不器用な恋
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どれくらいの時間泣いたのか、幼いマリアには分からない。
冷たいアリーチェの身体に縋り、それでもマリアの目からは止めどなく涙が零れる。
―――ギィッ…
アリーチェが死んでからどれくらい経ったのか分からないが、不意に今マリアが居る部屋の扉が開く。
その音にマリアは肩をビクつかせ、思わず音のした扉の方へと視線を向けた。
そこには父親であるアレッシオと、何時もの様に屈強な男の部下を一人連れて部屋の中へと足を踏み入れる。
「これは…」
部屋に入ってくるアレッシオは目の前に広がる状況を見れば直ぐ様何が起こったのかを理解した。
床に散らばったマグカップの破片。
飛び散ったココアの甘ったるい匂いがアレッシオの鼻孔を擽る。
血を吐き倒れているアリーチェ、その傍らに娘のマリアを見つけるとアレッシオは舌打ちをする。
「連れて行け、そいつはもう用済みだ」
『おとう…さん、ようずみって…なぁに…』
アレッシオの言葉に、マリアは理解が出来ず思わずそう問う。
だが何時もの様にマリアをうっとおしそうな目で見ては冷たい視線をマリアに向ける。
「…血も繋がっていないお前が、私を父親等と呼ぶな」
『……ぇ…』
アレッシオの言葉に、マリアは耳を疑った。
嘘だとでも言いたげな目でアレッシオをマリアは見るが、アレッシオはそんなマリアを蹴飛ばした。
アリーチェから離れろと言わんばかりにマリアを蹴飛ばせば、マリアは壁にぶつかり思わず咽る。
ケホケホッと、咽るマリアを気にせずにアレッシオは死んだアリーチェの遺体をそっと撫でる。
『なんで…だって…おとうさんは…おとうさんじゃないの…?』
壁にぶつかった痛みがジンジンとマリアの背中に広がる。
痛みよりもマリアはアレッシオの言葉の意味を理解できずただただアレッシオに問う。
「お前はアリーチェが結婚する予定だった相手との間に生まれた子だ。お前のような愚図が私の子供なわけがないだろう」
マリアを見ずに放った一言に、マリアは目を大きく見開く。
(…どう、い…う、こと…?)
幼いマリアにはアレッシオの言葉が受け入れられなかった。
どうして、何故、どういう事?聞きたい事は沢山あるのに今のマリアには言葉を紡ぐ事すらできずただただアレッシオを見る事しか出来ない。
だがそんなマリアの視線がうっとおしかったのだろう。
「目障りだ、とっととその辺の山にでも捨てて来い」
「分かりました、ボス」
アレッシオの一言に後ろに控えていた屈強な体つきの男が幼いマリアを抱えて外に出た。
理解が追い付かずただただ部下である男に抱えられ、マリアは連れて行かれた。
数十分後、雪山の中にマリアは捨てられた。
物を投げ捨てるかのようにマリアは放り投げられたが、雪が積もっているため痛みはなかった。
それでもドサッっと、積もっていた雪の上にマリアは埋もれる。
マリアを投げ捨てれば役目は終わったと言わんばかりに、アレッシオの部下はマリアに目もくれずに立ち去った。
つい数時間前とは違い、雪は降っていないもののそれでも雪の積もった雪山は冷える。
一人雪山に残されたマリアは起き上がる事もせず、ただただ雪の上に埋もれていた。
雪が降っていないにしろ、夜の雪山は日中よりも冷える。
ぼんやりと寒空を見上げれば、小さな星がいくつか瞬いていた。
『…ママン…ディーノ…』
もう居ない母を呼び、もう会う事すら叶わないであろう大好きなディーノの名を呟く。
『ロマーリオ…トマゾっ、キャバッローネの…みんな…』
つい数時間前に会ったキャバッローネ・ファミリーの皆の顔がマリアの脳裏を過る。
優しく、温かくいつもディーノと共にマリアの事を迎え入れてくれた存在。
そんな幸せを壊すように、
―――「お前はアリーチェが結婚する予定だった相手との間に生まれた子だ。お前のような愚図が私の子供なわけがないだろう」
と、脳裏を過ったのは先程アレッシオから言われた言葉だ。
『そっか…マリアは…ほんとうのこじゃなかったんだ…』
アレッシオの言葉に、マリアは何故娘なのにどうして自分はこんな扱いなのだろうと謎に思っていた事がようやく解けたのだ。
身体が弱くすぐ体調を崩す、勉強もアレッシオが望むような完璧にこなせない自分だからこそ、アレッシオはマリアに暴力を振るうのだと思っていた。
頑張れば、アレッシオが望むような完璧な子であれば…名ばかりの父親ではなくちゃんとマリアを見てくれる、娘と認めて向き合ってくれるだろうと。
ちゃんとアレッシオが望むような子になれば、アリーチェに与える愛情を…少しはマリアにも向けてくれると…マリアは心の何処かでそう思っていた。
だが、そもそも根本的に違ったのだ。
アレッシオの本当の娘ではなく、アリーチェが結婚する予定だった相手との子だ。
アレッシオからすれば正妻や愛人達同様、そんなマリアが気に食わなかったのだろう。
だからこそうっとおしそうに冷たい目でマリアを見ては罵る事も暴力を振るう事も厭わなかった。
(マリアは…おとうさんにとって、ほんとうのこじゃなくて…いらない、こ…だったんだ…)
そんな事を考えながら、マリアはゆっくりと目を閉じた。
雪に埋もれたまま起き上がろうとせず、否、起き上がる理由がないのだ。
起き上がって助けを呼ぶ事も、生きたいと思う事すら…今のマリアの選択肢にはない。
ただただ突きつけられた現実を受け止めようとするが、その現実があまりにも酷くマリアの頭の中に入ってこない。
「死ぬのか?」
『……だ…れ…?』
不意に声をかけられればマリアは閉じていたはずの目を薄っすらと開け声のした方を見上げる。
見上げればそこには一人、人が居た。
こんな雪山に人が居るとも思っていないマリアはただただぼんやりとその人を見つめる。
フードを被っているが、下から見上げるマリアからはその人の顔がよく見えた。
透き通るような白い肌。
白青色の長い髪が冷たい風に揺れ、金色の瞳がマリアを見下ろす。
あまりにも綺麗な人のせいか、マリアは一瞬女神が自分の前に居るのだと錯覚した。
(きれいなめがみさま…)
こんな雪山に人なんて居ない、なら居るのはお化けか自分を迎えに来た神さまだろうと。
首元には青いマフラーを巻き、暖かそうな服装をしている。
(めがみさまでも…マフラーまくんだ…さむいのかなぁ…)
いくら神様と言えど、冬の雪山だ。
寒いならマフラー位身につけているかと、ぼんやりマリアは瞳に写る人を見て思う。
「死ぬのかと聞いているのだ、幼子よ」
そんな事を考えているマリアに再びその人は声をかける。
だがよく聞けば女性にしては声色が低い。
その事に気づけば、その人は女性ではなく男性だと言う事にマリアは気づく。
そして男性が言う「死ぬのか」と言う言葉。
どうやらマリアはまだ生きているようだった、生きていなければ死人に対して「死ぬのか」と聞くのはおかしいからだ。
「こんな所で死ぬのか、幼子よ?」
男はもう一度マリアに問う、“死ぬのか?”と。
男の問いかけに、マリアはぼんやりと考える。
死んだら自分も母親の元へ逝けるかもしれないと、寒い思いも、悲しい思いもしなくてすむのだと。
名ばかりの父親からは捨てられ、マリアの帰る場所も居場所も…何処にもないのだ。
仮に生きた所でマリア一人では生きられない。
身体も弱くすぐ体調を崩し、勉強も出来ない、何をするにも鈍くさい自分は生きた所でほんの少し死ぬのが遅くなるだけなのだ。
それなら生きるのではなく今死んだ方が…少なからず救われるだろうと幼いながらにマリアは考えに考え抜いてそう結論を出した。
だが…
―――「おれだってマリアのことだいすきだから、ちゃんとあしたもこいよ!」
『…しにたく…ないっ…いきて、いきてディーノと…またあそびたいよ…』
口から出たのは死にたいではなく生きたいと言う言葉。
死んで母の元に素直に逝くよりもマリアは生きてディーノと遊びたいと強く願った。
別れ際、何時もの様に笑顔で言われた言葉がマリアを生きたいと思わせる。
母親であるアリーチェの事も勿論マリアは大好きだ、マリアにとってたった一人の母親なのだ。
でも、それ以上に…生きているなら、まだ生きていられるのならディーノと一緒に遊びたいとマリアは願ってしまう。
マリアの瞳からポロポロと涙が零れ、改めて自分はまだ生きていたいのだとマリアは痛感した。
『いきたい…まだ、まだマリアは…いきてたい…』
マリアの言葉に、男性は金色の目を細める。
一つ白い息を吐けば男はマリアの前に屈み口を開く。
「なら生きろ、私がお前を拾ってやる」
男はそう言ってマリアを雪の上から抱き上げ立たせる。
自分の首に巻いていた青色のマフラーをマリアの首に巻けば「少し寝ていろ」と温かい手でマリアを抱き上げポンポンと背中を撫であやす。
温かい温もりに、マリアの瞳からはマリアの意思に関係なく涙が溢れる。
(あったかい…)
男の温もりに、優しさに…マリアは意識を手放した。
これがマリアと…養親であり後に先生と呼ばれることになる、ルーナ・ブルとの出会いだった―――…
2024/10/25
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