不器用な恋
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夢を見た。
幼い頃の、まだマリアの母親であるアリーチェが生きていた時の記憶の夢。
―――それは十七年前、その日はしんしんと雪が降る冬の事だった。
何時もの様に手を引かれ、幼いマリアは母アリーチェに連れられて、よくキャバッローネ・ファミリーの屋敷を訪れていた。
アリーチェとディーノの母が親友だったからか、昔からマリアはキャバッローネ・ファミリーに預けられていたのだ。
ディーノの母親も、キャバッローネ・ファミリーに属する人間はマリアが預けられることに関して誰も文句を言わない。
寧ろ温かく受け入れマリアを歓迎してくれるのだ。
時にはロマーリオやトマゾが、キャバッローネ・ファミリーの皆がマリアとディーノと遊んでくれる。
毎日のように預けられる事もあれば、間を置いて預けられる事も多々あった。
それがマリアが生まれてからずっと続いている…マリアにとっての当たり前の日常だった。
「マリア!!!」
何時もの様に預けられれば、屋敷の前で待っていたディーノとロマーリオがマリアの傍に寄ってくる。
雪がしんしんと降る中、寒いはずなのにずっと外で待っていたのだろう。
ディーノの頬は赤く染まっているが、そんな事気にしないと言わんばかりにマリアに駆け寄ってくる。
此処最近は毎日のようにマリアと遊べるのが嬉しくて、ついディーノは笑顔を浮かべた。
だが、ふとマリアの顔を見ればマリアの頬が赤く腫れている事にディーノは気づく。
ディーノの様に雪の降る寒い中、外に居るせいで赤くなっているのかと思ったが…それは違った。
「マリアどうしたんだそのほっぺ?」
『あ…んと…マリアくるとちゅうにころんじゃって…』
幼い頃のマリアは自分の事を名前で呼んでいた。
ディーノに指摘されれば、マリアは咄嗟に嘘を付く。
本当は、転んで出来た傷ではないのだ。
ディーノが住む屋敷に来る前に…マリアは頬を叩かれたのだ。
勿論アリーチェがマリアを叩いたのではない、アリーチェを愛人とするアレッシオと言う…名ばかりのマリアの父親にだ。
まだ幼いマリアは、本当の事を知らなかった。
アリーチェがアレッシオの愛人だと言う事は理解していたが、アレッシオとマリアは血が繋がっている…本当の父親なのだとその時は思っていた。
何時だって、アリーチェだけに視線を向けアリーチェに執着し、本当の正妻である女の事等アレッシオは眼中にないほどだ。
父親らしい事はいままでされた事が無い、罵られ躾と称し暴力を振るわれたりは幾度となくあるが、マリアの事に関心も興味も持ったことはないだろう。
マリアを見る目は何時もうっとおしいと言わんばかりに毛嫌いをしているのがマリアには分かっていた。
名ばかりの父親…その言葉がしっくり来ると幼いマリアは思ったがきっと違うのだ。
身体が弱くすぐ体調を崩す、勉強もアレッシオが望むような完璧にこなせない自分だからアレッシオはマリアを娘として認めてくれていないのだろうと思った。
そんな扱いをされている事が大好きなディーノに知られるのが怖くて、マリアはつい嘘を付き本当の事を隠す。
「…だいじょうぶか?」
『うん…へいき』
心配そうに見つめるディーノに、マリアは眉を下げて笑った。
(ごめんね…ディーノ…うそついて…ごめんなさい…)
心の中で何度も謝りながら、マリアはぎゅっとスカートの裾を握りしめる。
そんなマリアを見ながら、ディーノは気付いて居た…マリアが嘘を付いている事に。
転んだり傷を身体に負うのはマリアよりもディーノの方がよくやらかしているのだ。
だからこそディーノはマリアの頬が腫れているのは転んで出来た物でない事位気付いている。
気付いて居ながらも、ディーノはマリアの嘘に騙されたふりをする。
ディーノだって何度もマリアに聞こうとした、「ほんとうにころんでできたきずなのか?」と。
だがその事を聞こうとすると、マリアは肩を震わせ泣きそうな表情でディーノを見る。
聞かないで、触れないでと…マリアの表情がそう物語っているのを見ればディーノは聞いたらダメな事なのだと理解した。
何よりディーノはマリアにそんな表情をさせたいわけではないのだ。
笑って居て欲しい…マリアには笑顔が似合うからと…幼いながらにその言葉を口に出すのが恥ずかしくていつも心の中で言ってしまう。
本音を言えばディーノに位本当の事を言って欲しいのだ。
マリアとディーノの仲だろう、と。
何度も思い飲み込んだ言葉を再び飲み込み、「マリアてあてするぞ~」とディーノはマリアの手を取り屋敷の中に入って行った。
ロマーリオとアリーチェはそんな二人を見ては少し会話をしてから別れ、ロマーリオは二人の後を追いかけた―――…
「トマゾ!」
「どうしました、ディーノ坊ちゃん…って、マリアお嬢また転んだんですか?」
キャバッローネ・ファミリーの屋敷の中を歩いていると、ディーノはマリアの手を引きながら自分の部屋へと向かう最中に見かけたトマゾに声をかける。
声をかけられ書類から目を離すとトマゾは慌ててマリアとディーノの方に駆け寄るのだ。
トマゾもマリアの付く嘘に騙されたふりをするせいかすぐ転んだと口にする。
『…ごめんなさいトマゾ…マリアどんくさいから…』
「そんな事ありませんよ!お嬢はどんくさくはないですから…だからそんな悲しそうな表情しないでください」
そう言いながらマリアの頭を優しく撫でトマゾは微笑む。
「お嬢に悲しそうな表情は似合いませんよ?さぁ、笑ってください」
『…えへへ』
ディーノはそんなトマゾを見ながらほんの少し頬を膨らませた。
自分は恥ずかしくて言えないのに、トマゾは恥ずかしげもなくはっきりとマリアに言うのだ。
(おれだってマリアにはわらっていてほしいのに…)
嬉しそうに笑うマリアを見ながらつい、むすっとした表情でマリアの頭を撫でるトマゾを見てしまう。
だがそれを知ってか知らずか、ディーノの後ろから「此処に居たのか、ディーノ坊ちゃんとマリアお嬢」と、先ほどまでアリーチェと話していたロマーリオが戻って来た。
「ロマーリオ!」
ディーノがそう言って振り向けば、ロマーリオの手には救急箱と濡れたタオルを持っていた。
きっとディーノ達を追いかける前に、近くに置いていた救急箱とタオルを取って来たのだろう。
ロマーリオの姿に気づけばトマゾは「ほらお嬢、ロマーリオとディーノ坊ちゃんに手当してもらいましょうね」とマリアに言い聞かせる。
何時もマリアが転んだ時の手当は、ディーノとロマーリオの役目なのだ。
「お嬢、痛かったらすまん…」
そう言いながら、ロマーリオは濡れたタオルを優しくマリアの頬に当てる。
ひんやりとした冷たさが、マリアの腫れた頬に染み渡っていく。
『ちめたい…』と言いながらも、マリアはどこか気持ち良さそうにタオルに擦り寄る。
数分して、充分に冷やし終えれば最後にディーノが湿布を貼り「これでだいじょうぶだ!」とマリアに笑いかけた。
『ディーノ』
「どうしたマリア?」
『いつも…ありがとう』
「あたりまえだろ!おれとマリアはおさななじみなんだから!」
そう言ってディーノはえっへんと言わんばかりに胸を張る。
自分の方がマリアより先に生まれているためか、時々お兄ちゃんな部分を見せたがるディーノ。
そんなディーノにマリアは何時も救われているのだ。
ディーノの優しさに、太陽みたいに眩しい笑顔に。
ディーノと居るとマリアの心の中は温かく、幸せな気持ちになるのだ…嫌な事を忘れられる、マリアはマリアなのだからと言ってもらえるような気がして。
ちゃんとマリアを見てくれる、話してくれる、笑ってくれる…それだけでマリアは笑顔になる。
そんなマリアとディーノのやり取りを見ながら、ロマーリオもトマゾも口元を綻ばせた。
「マリア、きょうはなにしてあそぶ?」
『マリアはなんでもいいよ?』
「じゃあきのうのつづきでとらんぷしようぜ!」
「…ディーノ坊ちゃんまたトランプやんのか…」
「いいだろロマーリオ!おれまだマリアにかってないし!」
そう言いながら再びマリアの手を取り、ディーノは自室にマリアを連れて行く。
マリアの長い赤色の髪が左右に揺れパタパタと足音を立てながら、マリアとディーノは楽しそうに駆けて行く。
その場に残されたロマーリオとトマゾは、そんな二人の後ろ姿をただただ見つめる。
「ディーノ坊ちゃんもお嬢も、ほんとお互いの事大好きだな」
苦笑を漏らしながらロマーリオは頭を搔く。
幼馴染と言えど、ロマーリオから言わせれば本当にお互いがお互いの事を大好きだと言わんばかりに接しているのだ。
まだ幼い故にそれが恋とは思っていないだろう。
ただただ恋だの愛だの抜きにして、お互いがお互いを大好きな事だけは伝わってくる。
「そうですね、大人になってもずっと変わらない二人で居て欲しいですね」
トマゾもロマーリオと同じように駆けて行く二人を見ながらロマーリオの意見に同意する。
ロマーリオだけでなくトマゾから見ても…否、誰から見てもあの二人は仲が良くお互いが大好きなのだ。
マフィアと言えどキャバッローネ・ファミリーはアットホームなファミリーだ。
その要因の一つに、マリアとディーノが関係しているのは言うまでもない。
「では…名残惜しいですが私は仕事に戻ります。次お嬢が来たらロマーリオ代わってくださいね?」
「おぉ、任せとけ。トマゾもお嬢の事大好きだもんな」
「お嬢だけじゃなくディーノ坊ちゃんの事も大好きですよ、私は」
微笑ましい光景を見て元気をもらったのか、トマゾはそう言って仕事に戻った。
残されたロマーリオはただただ「トマゾだけじゃねぇーけどな、お嬢とディーノ坊ちゃんの事好きなのは…」と呟き、トランプをしにディーノの自室へ向かった二人を再びゆったりとした足取りで歩き始めた。
2024/10/22
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