不器用な恋
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「マリア晩飯それだけか…?」
夜、滞在しているホテルの食堂でディーノはトレーを持ちマリアの座る席の目の前に腰を下ろした。
朝はバイキング形式なのだが、夜は注文形式になっているため各々で食べたい物を注文する。
ディーノのトレーの上にはトマトソースがかかっているオムライスにサラダとスープが付いており、それなりに量がある。
だがマリアの前には苺のソースがかかったヨーグルトとサラダの二皿だけが置かれているだけだった。
『…食欲無くて…』
「ちゃんと食べねーと身体もたねーぞ?」
『…食べれそうなら後で頼んでくるわ』
そう言いながらディーノに応え、力なく笑った。
マリアの表情に違和感を感じながらもディーノはスプーンを手に持ち、自身が頼んだオムライスを一口自分の口へと運ぶ。
トマトソースの酸味が美味しく、また一口とディーノは食べる。
そんなディーノを見ながら、マリアも同じように食べようとスプーンを持ち食べようとするが…マリアの手はピクリとも動かなかった。
ただじっとマリアはヨーグルトをぼんやりと見つめる。
普段であればすんなりと食べ始めるのに、今日に限ってはそれが出来ない。
理由はマリア自身分かっている。
毒サソリの…ビアンキのポイズンクッキングを見てしまったからだ。
(…治ったと思ったんだけどなぁ…)
食べ始める事の出来ない理由が分かっているからこそ、ただただぼんやりとヨーグルトを見つめている。
「マリア?」
ディーノがマリアの名前を呼ぶが、マリアの反応はない。
ただただヨーグルトを見つめていれば、不意にマリアの脳内に声が聞こえる。
―――「マリア」
何年振りだろうか?その声を思い出したのは。
―――「マリア、お願いだから…」
優しい、大好きなマリアの母親の懐かしい声。
―――「お願いだから…」
その言いつけだけは守らなかったら、優しいマリアの母親が唯一マリアに対して怒るのだ。
『どうして?』とマリアが問えばはっきりと理由を答えられたことはない。
ただ「どうしても」と悲しそうに言われれば、幼いマリアは渋々頷くしかなかったのだ。
母親を困らせたいわけではないのだ、ただ理由が知りたかっただけだった。
―――「最初の一口だけは絶対食べちゃだめよ?」
その理由を後にマリアは知る事になる。
マリア自身の目の前で…母親がマリアに言い聞かせたその理由を―――…
「マリア」
母親の言葉を思い出していると、目の前に座るディーノがマリアの名を呼ぶ。
その声にはっと、我に返ればディーノがマリアの方を見ていた。
ほんの少し椅子から立ち上がりディーノはマリアの方へ身を乗り出す。
マリアの手からスプーンを取り、ディーノはマリアの了承を得る前にマリアの前に置かれているヨーグルトを一口掬う。
「マリア一口貰うぞ」
『…ぁ』
そう言いながら自分の口へ運べば、濃厚でクリーミーなヨーグルトと甘酸っぱい苺のソースの味がディーノの口の中に広がる。
普段食べないヨーグルトを味わいながらも、ディーノの視線はマリアに向けられていた。
不安そうな表情をしながらもディーノが食べるのを、ただマリアはじっと見ている。
そんなマリアに「美味いな、このヨーグルト」とディーノはいつも通りマリアに笑いかけた。
「これで食えそうか?」
マリアから取ったスプーンを再びマリアに渡し、ディーノがマリアに問う。
スプーンを受け取ればマリアは『うん』と頷きヨーグルトへと視線を向けた。
先程まで動かなかった手が動き、ゆっくりとディーノが掬った部分の隣を掬い同じようにマリアも口に含む。
マリア好みの濃厚でクリーミーなヨーグルトに、甘酸っぱい苺のソースがマッチしていて自然とマリアの唇が緩んだ。
『…美味しい』
マリアの言葉にほっとし、「俺も後でデザートに頼むかヨーグルト」と言いながらディーノは自分が食べていたオムライスを一口また食べ始めた。
「こっちのオムライスも美味いんだぜ?」とディーノは美味しそうにオムライスを食べる。
周りに部下が居るはずなのに、ディーノの口元には珍しくオムライスの粒が付いていた。
『ディーノ』
「ん、どうしたマリア?」
もぐもぐと咀嚼しながらディーノはマリアの方を見る。
今度はマリアが身を乗り出し、そっと手を伸ばしディーノの口元に付いているオムライスの米粒を手で取る。
『付いてる』と言いながら、米粒を自身の口に入れ食べた。
酸味の効いたケチャップライスがほんのりマリアの口の中に広がる。
『確かに美味しいわね』
「サンキューな、マリア」
『ん、別に』
ディーノの笑顔を見ながらほんの少し頬を染めプイッと視線を逸らす。
再び椅子に座り、マリアはヨーグルトを再び食べ始めた―――…
「…ロマーリオさん」
少し離れた場所で、ロマーリオと一緒に食事を取っているアベーレが先程までのディーノとマリアのやり取りを見て声をかける。
声をかけられたロマーリオはボロネーゼを食べる手を止め、アベーレへと視線を移した。
「どうしたアベーレ?」
「…ボスとお嬢何であれで付き合ってないんですか?」
「何でって言われてもな」
ロマーリオはどう答えたらいいのか苦笑しながら頭を掻く。
アベーレがキャバッローネ・ファミリーに入ってから二年が経つが、その間何度も思った事をアベーレはロマーリオに言った。
アベーレ自身まだ二年しかキャバッローネ・ファミリーの一員として過ごしてないが、それでもマリアとディーノのやり取りを見ていたら何度も思ってしまう。
単なる幼馴染にしては距離感がおかしいが、マリアもディーノも特に気にする事なく“幼馴染”として振舞う。
先程の食事の件もそうだ。
ナチュラルに食器の使い回しをし、ディーノの口元に付いていたオムライスの米を取りマリア自身が食べる。
間接キスをしているとすら、マリアもディーノも自覚もなく思ってすらいないのだろう。
アベーレ自身先程のマリアとディーノのやり取りがどういうことなのかも理解出来ていないが、ロマーリオが何も言わず平然としているのを見た辺り昔からある光景なのだろうとアベーレは察する。
「さっさと告白した方が…ボスも安心するのでは?」
傍から見ればどう見ても付き合って居る様に見えるが、実際は付き合ってすらいない。
両想いであるのにお互いその言葉を口にしない、寧ろ口にするのすらタブーの様にアベーレは感じてしまう。
時折アベーレはディーノから嫉妬の眼差しを向けられる事すらあるのだ。
マリアをカフェに送って行った後もそうだった…会合が始まる前の送迎時にディーノからずるいと言わんばかりの視線でアベーレは見られたのだから。
「まぁそのうち告白なり付き合いだすなりするから今は見守ってやれ」
ロマーリオの言葉に、アベーレは「本当に?」と言いたげな視線をロマーリオに向ける。
アベーレの視線など気にせずに、ロマーリオは再びボロネーゼを食べ始めた。
ロマーリオ然り、アベーレ自身の上司であるトマゾもそうだ。
マリアとディーノに対しては物凄く甘く、「二人には二人のペースがあるんですよ、アベーレ」とにこやかに耳にたこが出来るほど言っているトマゾ。
そのくせちょっかいを出そうとするものが現れれば全力で阻止するし暗殺しようとするトマゾを全力でアベーレは止める。
最初は他のアベーレから見て先輩たちが止めていたはずなのに、何時からかその役目はアベーレの役目になっていた。
何時から自分はそんな役目を請け負ったのだろう?と思うが、この二年でその役目が定着してしまったため抗う事も出来ない。
諦めたようにため息を一つこぼし、「…ロマーリオさんがそう言うなら…」とアベーレは大人しく自分の食事を再開した。
2024/09/22
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