テニスの王子様
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『景吾~、これあげる』
「アーン、何だ?」
寒さが身に染みるようになってきた12月。
名無しはガラッと音を立て生徒会室内へと足を踏み入れれば、跡部は優雅にソファーに座って居た。
生徒会室内には跡部以外の姿はなく、また彼の幼馴染である樺地の姿も珍しく何処にもない。
珍しいなと思いつつも名無しは跡部にだけ用が合った為、そこまで気にする事なく名無しは恋人である跡部の隣に腰を降ろせば自分が持っていた物を差し出した。
一体何の用だと思いながら名無しが差し出した物へと視線を向ければ、差し出されていたのは缶コーヒーだ。
黒色のラベルには“Black”と書かれており、砂糖が入っていない事が一目見て分かる。
何処の自販機にでも売られているような缶コーヒー。
『何時も頑張ってる景吾への差し入れ…だよ!』
「差し入れねぇ…」
訝し気な表情で思わず跡部は名無しが差し出した缶コーヒーをじっと見つめる。
差し入れにしては跡部が好んで飲む珈琲ではない上に、そもそも自販機のコーヒーを飲むなんて事はほとんどない。
そして名無し自身が跡部に差し入れする事もほとんどなく、跡部がそんなコーヒーを飲まない事も名無しは勿論知っている。
これが単なる差し入れではない事位跡部はすぐ分かってしまうのだ。
「…本当は?」
そう跡部が名無しに問えば、名無しは『あ、バレた?』と悪びれもなく口を開く。
『さっき自販機でココア買おうとしたら…出て来ちゃって…』
たははと言いながら、名無しは先程の事を思い出す。
授業が終わり跡部が居る生徒会室へと向かう途中、名無しは寒さの余り自販機で飲み物を買い温まろうとした。
学園内に設置されている自販機を見つければお金を入れ、名無しは何の迷いもなく自販機にあるココアのボタンを押したのだ。
だが、ボタンを押して出てきたのは名無しが選んだはずのココアではなく…ブラックの缶コーヒーであった。
最初は名無し自身押し間違えたのかと思ったが、再度押しても出てきたのはココアではなくブラックの缶コーヒー。
業者の入れ間違いだろうと思えば、こればかりは仕方ないのだ。
名無しは諦め別の自販機でココアを買い、生徒会室に来る途中で榊に会ったので二つあるうちのブラックの缶コーヒーを差し入れですと渡せば喜んで受け取ってくれた。
だがもう一本のブラックの缶コーヒーを押し付ける相手とは出会う事が無かったため、こうして今目の前に居る跡部に缶コーヒーを飲ませようと企てたのだ。
「要するに俺様に処理しろって事か」
『流石景吾、察しがいいね』
大人しく持って帰っても良かったのだが、名無しの家族全員珈琲が飲めないのだ。
持ち帰ったところで只々無駄になる位なら飲める人に飲んでもらったほうがいいという結論に至った。
名無しの表情が既に『ごめんなだけ飲んでくれない?』と物語っているのだ、跡部は溜息を一つつきながらもじっと名無しの差し出す缶コーヒーを見つめる。
(まぁいいいか…俺様もちょうど喉渇いてたしな)
「仕方ねぇーな」と言いながら名無しから缶コーヒーを受け取れば、受け取った缶はまだ温かく跡部の手に温もりが伝わる。
カシュッと音を立て缶を開ければ、跡部は一口缶コーヒーを飲む。
ただの自販機の缶コーヒーだと思いながら飲んではみたが香りはよく、口の中に残らないさっぱりとした味わいに思わず自販機の缶コーヒーも侮れないなと跡部はまた一口缶コーヒーを飲んだ。
そんな跡部を見ながら、名無しも自分の手に持っているココアの缶を開け一口飲む。
甘ったるいココアの味が名無しの口の中いっぱいに広がり、幸せそうに頬を緩めた。
生徒会室に来るまでの間にココアの缶はある程度振っており、底に沈殿しているわけでもなく丁度良く混ざり合っている。
『寒い時はやっぱりココアに限るわ~』
「寒く無くても名無しココアばっか飲んでるだろ」
『何で知ってるの?!』
思わず跡部の言葉に名無しは驚く。
跡部には別にココアが好き等と豪語した覚えはないが、名無し自身ココアは大好物である。
「んなもん年がら年中ずっとココアばっか飲んでたら嫌でも分かるだろ」
『そんな飲んでるかなぁ…』
そんな気は更々ないのだが無意識のうちにココアを選んでは飲んでいるのだろう。
跡部が言う位だ、それ程無意識のうちにココアを選び飲んでいるに違いない。
他愛のない会話をしながら、ちびちびと名無しはココアを飲む。
まだ買いたてのせいかココアは熱く、一気に飲めないため冷ましながらちびちびと飲むが、ふいに隣で缶コーヒーを飲む跡部をじっと見つめては、名無しは口を開いた。
『ねぇ景吾』
「何だ?」
『…苦くないの、それ?』
顔色一つ変える跡部を見れば、思わず名無しは疑問に思ってしまう。
幾ら大人びていると言えど、跡部は名無し同様中学3年生である。
そんな彼が顔色一つ変えることなく珈琲を飲んでいるのだ。
もしかしたら言う程苦いわけではないのでは?と、名無しは不思議とそう思ってしまう。
興味本位でじっと跡部が飲んでいる缶コーヒーを見ていれば「飲んでみるか?」っと、そう言いながら飲みかけの缶コーヒーを名無しに差し出した。
『いいの?』
「飲みたいんだろ、試しに一口飲んで見ても良いんじゃねぇーか」
跡部にそう言われてしまえば名無しはソファーの目の前にあるテーブルに自分が飲んでいたココアの缶をコトリと置く。
差し出された跡部の飲みかけの缶コーヒーを受け取れば、名無しはじっと缶コーヒーを見つめた。
受け取った缶コーヒーの缶はまだ温かいが、それでも名無しが飲んでいるココアよりも早めに買った物であるため見た目にに使わずそこまで熱くないようだった。
恐る恐る缶コーヒーを近づけごくっと一口飲んでみる…が…
『っつ~~~~~~、にっがっ!!!』
っと、一口口に含めば名無しの口内には珈琲特有の苦みが広がった。
甘党であるせいか名無しからすれば味わいよりも苦みが勝り、思わず眉を寄せれば顔全体で苦いと跡部に訴える。
まだ中学生同士であるはずなのに跡部は何故こんな苦い珈琲を平然と飲めるのだろうと、名無しは不思議でしかならない。
急いで先ほどまで飲んでいたココアの缶に口を付け、コーヒーの苦みを消し去る勢いでココアを流し込む。
熱いのよりもこの苦味を早くどうにかしたい…その一心でココアを飲んだせいかほんの少し舌を火傷してしまう。
『…よくこんな苦いの飲めるね…景吾は』
思わず顔を顰めるほど、名無しにとって缶コーヒーは苦い物だった。
だがそんな名無しとは違い跡部は平然と飲んでいるのだ。
本当に同い年なのかと疑ってしまう程…名無しは苦く感じてしまう。
「アーン、そこまで苦くないだろ?それにさっぱりとした良質な苦味がいいんじゃねぇーか」
『私には分からない苦味だよ…』
「まぁ、名無しはおこちゃま舌だからな」
『くそう…』
火傷のせいかひりひりする舌を口から出して冷ましながら、名無しは跡部に缶コーヒーを返した。
返されれば跡部はふっと笑いながら受け取り、また一口缶コーヒーを口に近づける。
「…それよりも名無し」
『どうしたの?』
「お前大胆になったな」
『…何が?』
きょとんと首を傾げながら跡部の方を見れば、跡部は名無しに言葉を紡ぐ。
“大胆”とは一体なんのことだろうか?と考えるものの、名無しには身に覚えもなければ何が大胆なのかすら分からなかった。
どういう事だろうとじっと跡部を見れば、跡部は揶揄うように名無しに言葉を放った。
「間接キスしたって自覚あんのか?」
『……え…あ、え、えっ??!!』
跡部の言葉に、名無しは思わず目を見開く。
名無し自身間接キスをした事も、自分から強請ったという事すら思っていないのだ。
ただただ、コーヒーを一口貰った。
そんな認識なのだが、よくよく考えれば跡部が口を付けた部分に名無しだって口を付けたのだ。
口を付けた部分を拭う事もなく口を付けたのだから間接キスをした事に間違いはない。
名無しは間接キスをしたと思っていなかっただけで、跡部と間接キスをした事に変わりはない。
『か、間接キスかも…しれないけど、これはコーヒーの味が知りたくて飲んだだけだもん!そ、それに…』
「それに?」
『こ、こんな苦すぎる間接キスなんてやだ!!!!』
「なら…甘いキスでもするか?」
跡部の言葉を一瞬理解できず、名無しはぽかんと間抜け面を跡部に晒した。
勿論一瞬理解できなかっただけですぐに言葉の意味を理解すれば、名無しは顔をみるみるうちに赤くさせ『しないわよ!景吾の馬鹿っ!』と恥ずかしそうに叫んだ。
いくら恋人同士と言えど、ましてや学園内でそんな事を言われると名無しは思ってすらいなかったのだ。
イギリス育ちの跡部からしたら挨拶としてキスをする事もあるだろうが、純日本人であり日本育ちの名無しにはそんな免疫すらない。
跡部の言葉に真っ赤になりながら残りのココアを飲む名無しを見て、跡部は喉をクククと鳴らし満足そうに跡部は再び缶コーヒーに口を付けた―――…
缶コーヒーで苦すぎる間接キス
(んな恥ずかしがらなくてもいいだろ、名無し)
(べ、別に恥ずかしがってなんか…第一此処学校だし)
(キスするのに場所なんて関係ねぇーと思うが?)
(それは景吾だけでしょ!?)
2024/12/01
お題提供:確かに恋だった様
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