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『あ、間違えちゃった…』
放課後、3年A組の教室で名無しは自席に座り学級日誌を書いていた。
出席番号順に割り振られる日直の仕事はあらかた片付け終わり、残りは学級日誌を書くだけだった。
学級日誌を書いている最中、名無しは字を書き間違えたため青色のカバーがされている消しゴムで間違えた部分を消していく。
ゴシゴシと擦り字が消えれば、シャーペンを持ち直し文字を書いて自分が埋めるべき場所を埋めた。
『…大変でした、っと。はい、次景吾の番』
「あぁ」
自分が埋めるべき場所を埋め終えれば、学級日誌を目の前に座る跡部へと渡す。
今日の日直は名無しと、跡部の2人だ。
名無しと跡部は所謂幼馴染であるため、苗字で呼び合う事はなくお互い名前で呼ぶ間柄。
母親同士が仲が良く、跡部が中等部に入るまでは長期休みの時やパーティーの時にしか会っていなかったがそれでも仲が良い方だと名無しは思っている。
「それにしても、急に寒くなって来たな」
『ほんとだよ~、そのせいか休んでる子も結構いるしね』
11月も既に下旬に差し掛かろうとしているのだ。
段々と寒さが身に染み、最近は朝起きることすら億劫に感じるなと名無しは跡部と話しながら今朝の事を思い出す。
ちらりと跡部の方を見ては、きっと跡部は朝起きるのが億劫に感じることすらないのだろうなと勝手に思いながらじっと跡部を見る。
カリカリと音を立てながら、跡部は名無しから学級日誌を受け取り空欄部分を埋めていく。
と言っても、空欄部分と言えば反省・感想の部分だけだった。
学習の記録や出欠者、連絡事項に引継ぎ部分は既に名無しが埋め終わっている。
反省・感想の部分も名無しが書いた欄は埋められており、残りは跡部が埋めなければならないのだ。
片方だけの記入だけでも良いはずなのに、何故か氷帝学園の学級日誌は2名分反省・感想の部分が要求されている。
手間だなと思えど、片方が日直の仕事をサボっていないかの確認の為だろうと名無しは勝手に憶測する。
『来週からは期末考査もあるし…憂鬱すぎる…』
「数学苦手だもんな、名無しは」
『だって難しいんだもん~、…はぁ』
「…しょーがねぇーからこの俺様が直々に教えてやるよ」
『流石景吾!』
他愛のない話をしながら、跡部も先程の名無し同様学級日誌を埋めていく。
丁度半分位まで埋め終えれば、ガラリと音を立てながら「あ、居た居た部長!」と言う声に、名無しは跡部から視線を反らし、声のする方へと視線を向けた。
『あれ、どうしたの?』
聞き覚えのある声が聞だなと名無しは思いながら見れば、見慣れた後輩の姿が名無しの目に映る。
名無しが所属していた放送部の2学年下の後輩だ。
部活は既に引退しているが、名無しの元に訪れた後輩はよく名無しの事を慕っていたためか引退した後でも名無しの事を部長と呼ぶ。
流石に3年生の教室の中に入る事は躊躇しており、そんな後輩を気遣って名無しは後輩の居る場所まで行く。
申し訳なさそうに名無しに事の発端を話した。
どうやら放送機材の機械トラブルが起こってしまいどうしたらいいかと名無しに聞きに来たようだ。
顧問である先生は現在席を外しており、放送部の現部長、副部長は体調を崩して休んでいるらしい。
更に言えば2年生は皆弁論大会の真っただ中なため部活に顔を出すのも難しいようだ。
困り果てた後輩は頼れる人が居ないため迷った挙句藁にも縋る思いで名無しの所まで来た事を、後輩の話から伺えた。
まだ1年生だ、機材に関しては入部して半年経ったと言えどそれでも難しいのだ。
今にも泣きそうな後輩を知らんぷり出来るわけもなく、名無しは『大丈夫だから』と後輩を慰めては学級日誌を書いている跡部が座って居る座席へと駆け寄る。
『景吾、ちょっと私部活の方でやる事あるから先帰ってていいよ』
「アーン、何でだ?」
名無しの言葉に、跡部は不思議そうに名無しを見る。
『ちょっと機材トラブル起きたみたいだから行ってくる。先生も部長副部長も2年生も居ないみたいだから…見て見ないとなんとも言えないけど、もしかしたら時間かかっちゃいそうだし』
『だから先に帰ってていいよ?』と、申し訳なさそうに名無しは跡部を見る。
この時期になると跡部は名無しと共に帰る事が多かった。
それは陽が落ちるのも早かったり部活動で帰るのが遅くなる名無しを心配して、名無しの母親が1年生の頃から跡部に一緒に帰って欲しいと頼んでいたからだ。
だが流石にどれくらいかかるかも分からない…ましてや部活は既に引退しており手持無沙汰になってしまう跡部を待たせたくはない。
だがそんな名無しとは裏腹に、跡部は「待っててやるからとっとと行って来い」と名無しに言う。
『待っててやるって…時間かかるかもよ?』
「アーン、別に名無しならすぐ終わらせられるだろ」
『…それは確かにそうだけど…』
跡部の言葉に名無しは思わず肯定する。
見て見ないと分からないと言ったものの、名無しは機材関係に強かった。
最初の頃は確かに何が何だかチンプンカンプンではあったが、3年も放送部員として所属していたせいか大体のトラブルはすぐに解決で来るのだ。
知っているが故に跡部は「それに俺様はまだ学級日誌書いてる最中だ、書き終えるのにまだ時間はかかるしな」と言って名無しが終わるのを待ってくれるらしい。
「…所で、名無し」
『何?』
「名無し消しゴム借りてもいいか?」
『いいよ~。あ、でも使うならピンク色のカバーしてる方使ってね?』
「…何でだ?」
『何でってそりゃあ…』
そう言葉を続けようとした瞬間、名無しは咄嗟に口を噤む。
何故名無しがピンク色のカバーをしている方の消しゴムを使って欲しいと跡部に言ったのかは…それは青いカバーの消しゴムを人に使われたくないためだ。
―――好きな人の名前を書いて最後まで使い切ると両思いになれる
現在、そんな消しゴムを使ったおまじないが、氷帝学園中等部でも流行っていた。
何時の時代も、女の子は…否、男女関係なくおまじないと言うものに興味を惹かれてしまう。
特段難しいわけでもなく、ただただ学生であれば誰でも持っている消しゴムに好きな人の名前を書いて使い切ると言う至ってシンプルなものだ。
故に誰でもそのおまじないをする事が出来るが、使い切るまでは誰かに見られたり、触られたりしたらおまじないが叶わなくなるらしい。
かく言う名無しもまた、そんな女の子のうちの一人である。
青いカバーをしている方の消しゴムには、名無しの好きな人の名前…“跡部 景吾”と書かれているのだ。
流石に本人に見られてしまう事も、おまじないが叶わなくなる事も名無しからしたら困ってしまう。
幼馴染故に本人に面と向かって“好き”と告白する事も、異性として意識してもらう事も難しいのだ。
両想いになれたらと…名無しはほんの淡い期待を胸に消しゴムのおまじないを現在実行中なのである。
だからこそ誰かに「消しゴムを貸して」なんて言われた時用に、名無しはもう1つ消しゴムを筆箱の中に忍ばせているのだ。
はっきりとした理由を咄嗟に思い浮かべる事が出来ず、只々『何でも!!!』と言ってどうしても使われたくないと言い表す事しか出来なかった。
不審に思われたかもしれないがどうしても、こればかりは仕方がない。
『絶対だからね?ピンクの方だからね、使っていいのは!』
「アーン、何度も言わなくても分かってるぞ」
『絶対、ぜ~~~たいだよ?…じゃあちょっと行ってくる!』
「あぁ」
跡部に訝し気な視線を向けられるが、後輩が「先輩~~~~」と泣きそうな声をあげたため名無しは渋々教室を後にした―――…
三十分後、名無しは3年A組の教室まで戻って来た。
教室に入れば名無しの机の上には学級日誌はなく既に先生に提出し終えたのだろう。
かわりに名無しの筆箱と今日出された宿題をしていたのか跡部は自分の筆箱を名無しの机の上に出していた。
『ごめん、景吾お待たせ』
「早かったな」
『あ、うん。トラブルって言っても見てみたらそこまでじゃなかったから』
そう言いながら名無しは自分の席に座り筆箱をしまおうと手を伸ばす。
学級日誌も無く、既に提出し終えているのだから2人の日直の仕事は全て終了した。
遅くなってしまったが、後は帰るのみなのだ。
「なぁ、名無し」
『どうしたの景吾?』
筆箱に触れようとする名無しに跡部が声をかければ思わず筆箱から跡部の方へと視線を向ける。
「…俺様の事、好きなのか?」
『そりゃあ…好きだよ?大切な幼馴染だし』
一瞬、跡部の言葉に名無しはドキッとするものの平静を装いながら言葉を紡ぐ。
何故跡部がそんな事を名無しに問うたのか訳が分からないが、きっと気まぐれか思いつきかで聞いたのだろうと名無しは軽く受け流す。
そうでなければ跡部がそんな事を名無しに聞くはずがないのだ。
跡部からすれば名無しはただの幼馴染に過ぎない。
女の子として見られているわけではない、幼馴染として見られているのだと名無しだって自惚れる事なく理解している。
だがあまりにも真剣な目で跡部が名無しを見るためか、名無しの心臓は先程からドクン、ドクンと脈を打つ。
アイスブルーの綺麗な瞳が、名無しの姿を映したまま跡部は言葉を紡ぐ。
「ちげぇ…異性としてって意味だ」
『異性と…して…?』
訳が分からずすっとぼけようと試みるものの、それよりも先に跡部が「消しゴムのカバーの下…俺様の名前が書いて合った」と言葉を発した。
(え…?消しゴムのカバーの…下…?)
跡部の言葉に思わず名無しの思考が停止する。
消しゴムのカバーの下と言うのはとどのつまり、跡部が名無しの青色のカバーの消しゴムの下を見たと言う事だろう。
名無しが使ってと言ったピンク色のカバーの消しゴムの方には何も書かれていないのだ。
“俺様の名前が書いて合った”と跡部は言ったのだ…確実に青いカバーの消しゴムを見たに違いない。
冷や汗が流れるのを感じながら、名無しは跡部を見る。
だが跡部の表情は普段と何一つ変わらない表情で名無しを見ているだけだった。
『っつ…み、見たの…?』
恐る恐る口を開き、跡部にそう問えば「悪いと思ったがな」と跡部は肯定する。
『えっと…あの、それは…その…』
言い逃れの出来ない状況に、名無しはどうしたらいいかと必死に言葉を探す。
だがどれだけ必須に脳をフル回転させても、この状況を打破する突破口も言い訳も今の名無しには思いつかなかった。
幼馴染ではなく異性として跡部が好きと名無しはバレたのだ。
もう終わりだ…と言う言葉だけが名無しの脳裏を支配する。
言葉に詰まり狼狽える名無しを見ながら、跡部は再度言葉を紡ぐ。
「なぁ名無し、俺様の事好きか?」
『えっと…その、あの…あの…』
「ちゃんと言え、名無し」
『うぅ…好きだよ…景吾が好き…っつ、好きじゃなきゃ、消しゴムに景吾の名前なんて書かないよ…』
観念したのか、名無しは自分の気持ちを言葉にした。
言葉にすれば恥ずかしく、名無しの頬は赤く染まっていく。
そんな名無しを見ながら、跡部はふっと笑みを浮かべ口を開いた。
「俺様も名無しが好きだ…勿論、異性としてな」
『…うぇ…ぁ、う、嘘…』
跡部の言葉に、名無しは思わず目を見開き鳩が豆鉄砲を食ったような表情で跡部を見る。
勿論跡部がこんな事で嘘をつくような人間でないことくらい名無しは分かっている。
分かっているがそれでも尚言ってしまうのだ。
「信じられねーのか?」
『だ、だって…』
そんな名無しを見ては、跡部はため息をつく。
何故自分の言葉が信じられないのかと跡部は名無しに問いたくなったが、こればかりは仕方がないのかもしれないと跡部は思った。
正直な話跡部が名無しを好きな素振りを見せた所で、名無しは気付いてないのだ。
鈍いのか、気付いていないのか…はたまた別の理由なのか跡部には分からない。
自身の母親である瑛子にすら「景吾、貴方名無しちゃんに意識されなさ過ぎじゃない?」と心配される程だ。
ひっそりとため息をつき、跡部は自分の筆箱から消しゴムを取り出す。
名無しが使っている消しゴムと同じ、青いカバーがされている消しゴムだ。
カバーを外し、跡部は名無しに消しゴムを差し出した。
「これ見たら信じれるか?」
『な、…んで…』
跡部が差し出した消しゴムを見れば名無しは思わず目を見開く。
そんなはずない、そんなわけ無いと自分に言い聞かせるが、消しゴムにははっきりと“名無し”と、名無しの名前が書かれていた。
消しゴムのおまじない
(景吾なんで…)
(何でなんて聞くなよ…俺様も名無しが好きだからに決まってんだろ)
2024/11/20
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