テニスの王子様
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『やっと終わった~』
もう夏休みが終わろうとしているのに暑い日々が続く8月31日。
陽は既に落ち、空に広がるのは光瞬く星々。
跡部家の所有する別荘のバルコニーにて、うんと椅子に腰かけたまま背伸びをすれば名無しはやりきった表情を浮かべていた。
目の前のテーブルの上には筆記用具と夏休みに出された課題のテキスト。
広げられていたテキストはつい数日前までは空白のまま何も書き込まれていなかったが、今はきちんと数字が書き込まれている。
去年は夏休み最終日に徹夜して終わらせていたが、今年は徹夜せずに済んだことに思わず肩の荷が下りる。
「ったく、宿題位7月中に終わらせとけ名無し」
向かいに座っていた跡部は読んでいた著作シェイクスピアの本をぱたんと閉じては名無しへと視線を向けた。
優雅な所作に半ば呆れたような表情をする跡部。
名無しにとって所属している部活の部長であり、この夏休み中に付き合い始めた彼氏でもある。
そんな跡部に名無しは思わずむすっとしては頬を膨らませる。
跡部の言葉は確かに正しいが、些か7月中に終わらせるのは早すぎないかと思ってしまうのだ。
それに日々の部活動に加え全国大会への部員たちのサポート。
マネージャーと言えど選手と同じように朝から晩まで業務に専念しているせいか自由な時間などほとんどなく、へとへとに家に帰ってから宿題をしようなんて言うやる気はどこにもないのだ。
『だって跡部みたいにちょちょいのちょいで終わらせられるほどやる気ないもーん』
目の前に座る跡部を横目にテーブルに突っ伏しては、どうしてこうなったのかを名無しは思い出す。
全ての始まりは「おい名無し、帰ったら夏休みの宿題と数日分の着替えの準備しとけ」と言う跡部の唐突な一言から始まった。
その日は8月29日、午後12時45分。
部活終了後テニス部部長である跡部は何故かマネージャーである名無しにそう声をかけた。
恋人だからか?なんて一瞬思ったが跡部の放った言葉には“夏休みの宿題”と言う単語が含まれている。
遊びにでも連れて行ってくれるのかと一瞬思ったが、その単語が出たのだから遊びに行くと言う可能性は極めて低い。
一体何なんだと名無しは思ったが、「どうせ宿題終わってねえんだろ?」と跡部に言われてしまえば名無しは言葉を飲み込むしか出来なかった。
一瞬エスパーか?なんて思ったけれど「去年も一昨年も夏休み最終日に泣きついてきただろうが名無し」と言われてしまった。
確かに名無しは跡部に泣きついたがそれでも時間が足らず結局徹夜する羽目になったのだ。
跡部の言葉に返す言葉なんてどこにもなく、ただただ跡部に言われるがまま準備をしたのはつい昨日の事だった。
そんな名無しを見ては跡部は呆れたように溜息を零す。
「だから夏休み最終日に泣く羽目になるんだろ」
『うぐっ…それは…そうだけど…』
跡部の言葉に言葉を詰まらせては名無しは唇を噤む。
事実であるが故に否定するどころか肯定せざる負えなかった。
『で、でも今年はちゃんと跡部の宿題写さずに自力で解いたんだしそこまで言わなくてもいいじゃん…』
「アーン?それが世間一般的には普通だと思うが…」
読んでいた本をテーブルの上に置いては後ろに控えていた跡部の執事であるミカエルに「ミカエル、あれと…名無しに何か飲み物持ってきてやれ」と命令する。
跡部のい言う“あれ”とはなんだろう?と名無しは首をひねるものの、意味の分かるミカエルは「かしこまりました」と答えては室内へと足を向けた。
8月ももう終わりと言えど、夜でも外は少し蒸し暑い。
涼しい風が吹くだけまだマシなのだが、この暑さに名無しは『部屋行かないの?』と問いかけた。
あと残り数1時間でこの跡部の別荘からも去るのだ。
残りの1時間位涼しい部屋で涼みたいと思ってしまうのも仕方がない。
『ねーねー、跡部早く部屋行こうよ。クーラーの効いた涼しい部屋で涼みたいもん』
「アーン、まだ此処に居ろ名無し」
『えー、何でよ…』
「何でもだ、黙って待ってろ。そろそろ“あれ”が始まるんだからな」
『ちょっと跡部、あれってなんの---…』
“事?”っと、名無しが言葉を続けようとしたその刹那。
―――ドンッ
と、大きな音が名無しの耳に鳴り響く。
振り向けば赤や青、緑に黄色といった色とりどりの光。
菊に牡丹、千輪と言った花火が夜空に描かれていく。
大きな音と光が、名無しの瞳いっぱいに映し出された。
『何で…え、花火…?え?』
突然の花火に名無しは言葉が上手く出てこず鳩が豆鉄砲を食ったような表情を浮かべてしまう。
もう夏も終わりなのだ。
こんな時期に、ましてやこんな場所で花火が打ち上げられている事に名無しは不思議でしかならなかった。
言葉を失い魅入る様に花火を見ている名無しに、「花火…見たかったんだろ」と跡部が告げる。
『そうだけど…何でそれ知ってるの…?』
「アーン?盆明けの部活で…宍戸達に話してただろ」
跡部の言葉にそう言えばそんなことも言ったなと、名無しは思い出す。
流石にお盆の期間は部活動も短い期間ではあるが休みになっていた。
名無し達が住む場所ではお盆には必ず夏祭りが3日間ほどあり、うち間の2日目には夜空を彩る花火大会が開催されることが恒例になっている。
毎年毎年楽しみにしていた花火大会。
夏と言えば花火と胸を張って言えるほど、名無しは待ち望んでいたのだ。
何より今年の花火は1万発とこれまで開催された花火大会ではあまり見ない数に名無しは楽しみで胸を躍らせていたのは言うまでもない。
だが丁度お盆期間に風邪をこじらせてしまい、名無しは今年の花火大会に参加することも見ることもできなかった。
家族は気を遣って動画を撮って来てくれていたけれど、やはり生で見ないと名無しにとっては物足りなかった。
動画だけでも見れたことに家族に感謝はしたけれど、それでも名無しからすればうらやましかったのだ。
盆明けの部活動でも「花火凄かったよな名無し」と幼馴染である宍戸が名無しに声をかけたが生憎名無しは生で見ることが出来なかった。
『花火が見たかったなぁ…』っと、部室で呟いたのを名無しは覚えている。
誰にも聞かれていないと思っていたのに、まさか跡部に聞かれていたとは思いもしなかった。
ドンッ、ドンッと何発もの花火が打ち上げられては散っていく。
儚く、けれども美しい光景に名無しは震える唇で言葉を紡ぐ。
『跡部…』
「なんだ名無し」
『……ありがと…大好き』
「あぁん?当然だ」
夏の最後の思い出に、名無しと跡部は打ち上げられる花火をただただ見つめた―――…
夏休み、終わらない一瞬
2025/08/31
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