テニスの王子様
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※微裏
放課後、空調の効いた部室に名無しと跡部は居た。
部活動は既に終了しており、名無しと跡部以外のメンバーは既に先に帰っている。
冬のせいもあり、陽が落ちるのが早いせいか部室の外は既に真っ暗になっていた。
そんな中マネージャーである名無しは部活動日誌を書いており、テニス部部長兼名無しの恋人である跡部はじっと眺めている。
「おい、名無し」
『何よ景吾?』
不意に名前を呼ばれれば、名無しの部活動日誌を書いていた手がピタリと止まる。
後数行で部活動日誌を書き終えるのだからもう少しだけ待って欲しいと思えど…名前を呼ばれてしまったら名無しは手を止めざる負えないのだ。
「ちょっと手出せ」
『どうしたのよ急に?』
「いいから手出せよ」
一体何なんだと思うものの、名無しは持っていたシャーペンを机の上に置いては言われた通りに跡部の前に手を差し出した。
不思議そうにしている名無しを一瞬見ては、跡部は鞄から何かを取り出しそっと名無しの手の上に何かを落とす。
コロンと何かが名無しの手の上に落ちてくれば、反射的に名無しは落ちて来た“何か”を握った。
「名無しにやる」
『なにこれ…リップグロス?』
「あぁ」
跡部の手がすっと名無しの手から離れれば、そこには一つの直方体の形をした物が載せられていた。
直方体の容器自体はシンプルな物でキャップの部分は黒色、透明なボトルの造りになっている。
透明なボトル部分には化粧品ブランドのロゴが記入されており、桜色のラメの入った液体が容器の中にたっぷりと入っていた。
『私今日別に誕生日じゃないけど?』
「んな事は分かってんだよ」
『……じゃあどうしたのこれ?』
跡部が持つにしてはあまりにも女性向けのリップグロスに、名無しは不思議そうに眼を瞬かせる。
リップ自体なら跡部もいくつか持っているのを名無しだって知ってはいるが、これまで跡部が持っていたリップ自体とは物も見た目も違う。
シンプルな見た目ではあるものの、色合いや化粧品ブランド名のロゴを見ただけで女性向けのリップグロスと言うのが安易に分かる。
では何故そんな物を跡部が所持し、わざわざ名無しに渡して来たのかその意図が名無しには分からなかった。
先程述べたように、名無しの誕生日でもなければ何かのイベントがある日ではない。
恋人同士であるものの付き合い出した記念日と言うわけでもないのだ。
なら何故リップグロスを渡されたのだろうかと名無しは不思議でしかならない。
普通のリップなら名無しだって持っているのだ。
勿論、跡部に渡されたような高いリップではなくスーパーやコンビニ、ドラッグストアに売っている手ごろな値段のものではあるが。
「うちの会社と有名な化粧品会社とのコラボが決定して、いくつかその会社の商品を貰ったから名無しに使ってもらいたくてな」
『なるほど…ってか、何で私?これどう考えても中学生が使うにしては高くない?』
「アーン?何言ってんだ。これくらい普通だろ」
名無しの言葉に怪訝そうな表情で名無しを見るが、名無しは1つ忘れていた。
相手はかの有名な跡部財閥の御曹司だ。
氷帝学園に通っていると言えど、名無しは一般庶民の家庭で育っている。
金銭感覚…否、価値観のズレがたまに生じる事もあるが“跡部だから”と思えば『そうね、そうでしたね、景吾はボンボンだもんね』と納得せざるおえなかった。
(あれ…と言うか跡部のお父さんの会社って証券会社じゃなかったっけ…)
ふと跡部との価値観の違いに意識を取られてしまったが、跡部の親の職業を思い出せば名無しは思わず首を傾げてしまう。
何故証券会社と化粧品会社がコラボしているのだと、思わずツッコミを入れそうになったが…子供には分からない大人の事情で何かがあるのだろうと無理やり自分の考えを破棄した。
金持ちの考えは分からないと言う事位跡部と付き合い出してからは嫌と言う程身をもって知ったのだから。
『まぁ…貰えるもんは貰っとくよ。ありがとうね、景吾』
「フン、ありがたく思えよ」
『はいはい…じゃあさっそく使ってみようかな~』
そう言って名無しは跡部に渡されたリップグロスのキャップをくるくると回し開く。
キャップの部分を透明なボトルから外せば先端には柔らかい素材で出来たチップが付いており、取り出すと既に適量のラメの入ったピンク色のグロスがチップについている。
だがそのチップをじっと見つめたまま、名無しの手は動く事が無かった。
跡部が鏡を出し名無しの前に置いてはいるが、それでも一向に名無しがリップグロスを塗ろうとする気配が全くない。
『ねぇ景吾…』
「アーン?どうした名無し。鏡なら置いてやってるだろ?」
名無しが普段鏡を持ち歩いていない事を跡部は知っている。
だからこそ名無しが使ってみようかなと言葉にした時点で、跡部はわざわざ自分の鞄から手鏡を取り出し名無しの前に置いたのだ。
先端がチップタイプであるため、何も見ずにリップグロスを塗るのは誰だって難しいのだから。
『そうだけど…』
「…だったら何で塗らねえんだよ?」
『…これってどうやって塗るの…?』
「……は?」
名無しの言葉に跡部は思わず鳩が豆鉄砲を食ったような表情で何とも間の抜けた声を零した。
「アーン…お前何でそんなこと知らねえんだよ」
『だってこのタイプ使った事ないんだもん』
リップ自体は名無しだって毎年この寒い冬の時期にお世話になっている。
名無しが普段使うのはスティックタイプのものだ。
一般的に想像されやすい形状のもので、鏡を見なくても塗る事は造作もない。
中にはチューブタイプのものもあるが名無しは鏡を見るのがめんどくさいため使いやすいスティックタイプを使用している。
だが跡部に渡されたリップグロスは名無しが普段使っているスティックタイプのものと違い、チップを使って塗るものだ。
見た事のない形状にどう扱えば良いのかと名無しはじっとキャップの先端部分についているチップを見る。
リップなのだから唇に塗る事自体は分かるものの、見慣れないチップタイプをどうやって塗ればいいのかと思わず跡部に問うたのだ。
そんな名無しに呆れながらも「貸せ」と跡部は名無しに渡したリップグロスを受け取れば、名無しの方へと身体を向ける。
手慣れた手付きでボトルの縁で少ししごいてはグロスを適量に調整し、名無しの唇へと手を伸ばそうとする。
チップについたグロスの量が少ないようにも感じ『景吾それちょっと少なくない?』と問えば、「これ位で良いんだよ。足りなかったら後から足せばいい話だ」と答えては名無しの頬に手を添え「動くなよ」と言葉を放つ。
じっと名無しの唇を見ては、上下の唇の中央部分に優しくグロスが置かれる。
上下の唇の中央部分に置かれたグロスは、少しずつサイドにスっと広げられ塗られていく。
はみ出さないように、丁寧に…真剣な目で跡部は優しい手つきで塗り広げていけばあっという間に塗り終えたのか「出来たぞ」と名無しの頬から自身の手を離した。
「見て見ろ」と言わんばかりに跡部は机の上に置いていた手鏡を名無しへと差し出す。
差し出された手鏡を受け取り鏡を覗き込めば…そこにはほんのり色づいた唇が名無しの目に映った。
リップグロスは唇に艶や輝きを与える化粧品だ。
口紅の上から重ねて使用する場合もあるが、跡部が渡したリップグロスにはもともと色が付いている。
リップグロス単体で使用する事も勿論できるのだ。
ほんのりと名無しの唇はラメが散らばった桜色に色付き、みずみずしく潤いを保っている。
発色がいいせいか、思わず『え、綺麗…』と素直な感想が名無しの口から零れた。
何処か色っぽく、リップグロス1つでこんなにも印象が違うのかと名無しは純粋に驚いてしまった。
「最後に上下の唇を合わせて唇全体に馴染ませてみろ。リップ塗った最後にするみたいにはみ出さないように気を付けろよ」
跡部に言われた通り手鏡を見ながら名無しはゆっくり上下の唇を合わせては馴染ませる。
『ど、どう?景吾…?』
「……」
『…景吾?』
上手くできているだろうかと不安になりながら、跡部に声をかけるものの跡部からの反応はなかった。
普段であれば即返事を返すはずなのに今日に限ってはなかなか跡部からの返事は返ってこない。
ただただじっと名無しの唇を見つめるだけだった。
(似合わなかったのかな…?)
自分では似合っていると思うが何も言葉を発しない名無しにほんの少し不安になってしまう。
普段化粧っ気がない名無しだ。
跡部が渡したリップグロスと言えどもしかしたら色味が合っていなかったのだろうかと名無しは思ってしまう。
『景吾…似合ってなかった…?』
「……」
『景吾…?』
「……名無し」
ようやく跡部がそう名無しの名を呼んだ刹那―――…
跡部と名無しの唇がゆっくりと重なった。
触れるだけの優しい、普段通りの口付け。
先程塗ったグロスが跡部の唇に付く事等気にせずに触れる。
普段であれば長くとももうそろそろ離れるはずなのに、名無しの唇から跡部は一向に離れる事はない。
ゆっくりと名無しの唇に自身の舌を滑り込ませては、名無しを貪り味わい始めていく。
『ん…はぁ…っつ…ん』
角度を変えては跡部の舌が名無しの舌に何度も絡みつく。
貪るように、もっと寄越せと言わんばかりに跡部の舌は名無しの舌を離さない。
離れようとする名無しを、跡部は逃がさないと言わんばかりにぎゅっと抱きしめた。
ぴちゃぴちゃと互いの舌が絡み合い紡ぎ出される水音が、やけに名無しの耳に大きく聞こえる。
『…っは…ぁ、…けぃ…ごっ…っ』
「黙ってろ、名無し」
一瞬離れたと思えば再び容赦なく跡部は名無しの舌を自分の舌と絡ませる。
上手く呼吸が出来ないせいか酸欠気味で名無しの瞳は涙で潤む。
潤む視界の中名無しの瞳には、熱を帯びた跡部の瞳が自身の目に映った。
あれから数秒…否、数分だろうか?
どれほどの時間が過ぎたかは名無しには分からない。
ようやく離された唇から跡部は甘い吐息を零した。
逆に名無しは酸素不足の為、ひゅー、ひゅーっと音を立ててはめいっぱい酸素を体内に取り込もうとする。
初めてされた深い口付け。
呼吸の仕方すら分からない名無しにとっては涙が出るほど苦しいものだったと同時に…跡部の行為が嬉しくたまらなかった。
「あぁ、悪い名無し…落ちちまったな」
そう言いながら跡部は悪びれもなく自分の唇を親指で拭う。
名無しに塗ったはずの桜色のグロスが、跡部の親指の腹についてはキラキラとラメが輝いている。
ただただ、自身の唇を親指の腹で拭う跡部に対し、『景吾何で…?』と、先ほどされた口付けの事が上手く処理できない頭で名無しはポツリと言葉を絞り出した。
跡部とは恋人同士なのだ。
口付けの1つや2つ、これまでだって幾度となくしてきた。
触れて離れるだけの優しい口付けを。
口付けをされることに対しては名無しだってそれなりに慣れているい、相手はあの跡部だ。
不意打ちを喰らう事も跡部が口付けたい時に口付ける時すらあるのだから今更驚く事は何一つない。
だが、先ほどの様に貪るような口付けはこれまで1度たりともされた事はなかった。
故に何が起こったのか名無しの脳は上手く処理が出来ず、ただただ思考が追い付かない。
大きく目を見開きじっと跡部を見る名無しに対し、跡部は…
「アーン?お前の唇見てたら無性にお前が欲しくなっちまったからな」
と言っては、意地悪そうな笑みをただただ名無しに向けては愉しそうに喉の奥をくくくっと鳴らす。
その言葉の意味を理解すれば、ボンッと音を立てて顔を赤く染めたのは言うまでも無かった―――…
リップグロスに魅せられて
(け、けけけけ、景吾ここ部室だよっ?!)
(アーン?別に俺様と名無ししか居ねえんだから気にする必要ねえだろ)
(いやいやいや、気にしよ?寧ろ気にして!!!)
(俺様が気にする質だと思ってんのか名無し?)
(………思ってないけどさ…)
2025/01/12
放課後、空調の効いた部室に名無しと跡部は居た。
部活動は既に終了しており、名無しと跡部以外のメンバーは既に先に帰っている。
冬のせいもあり、陽が落ちるのが早いせいか部室の外は既に真っ暗になっていた。
そんな中マネージャーである名無しは部活動日誌を書いており、テニス部部長兼名無しの恋人である跡部はじっと眺めている。
「おい、名無し」
『何よ景吾?』
不意に名前を呼ばれれば、名無しの部活動日誌を書いていた手がピタリと止まる。
後数行で部活動日誌を書き終えるのだからもう少しだけ待って欲しいと思えど…名前を呼ばれてしまったら名無しは手を止めざる負えないのだ。
「ちょっと手出せ」
『どうしたのよ急に?』
「いいから手出せよ」
一体何なんだと思うものの、名無しは持っていたシャーペンを机の上に置いては言われた通りに跡部の前に手を差し出した。
不思議そうにしている名無しを一瞬見ては、跡部は鞄から何かを取り出しそっと名無しの手の上に何かを落とす。
コロンと何かが名無しの手の上に落ちてくれば、反射的に名無しは落ちて来た“何か”を握った。
「名無しにやる」
『なにこれ…リップグロス?』
「あぁ」
跡部の手がすっと名無しの手から離れれば、そこには一つの直方体の形をした物が載せられていた。
直方体の容器自体はシンプルな物でキャップの部分は黒色、透明なボトルの造りになっている。
透明なボトル部分には化粧品ブランドのロゴが記入されており、桜色のラメの入った液体が容器の中にたっぷりと入っていた。
『私今日別に誕生日じゃないけど?』
「んな事は分かってんだよ」
『……じゃあどうしたのこれ?』
跡部が持つにしてはあまりにも女性向けのリップグロスに、名無しは不思議そうに眼を瞬かせる。
リップ自体なら跡部もいくつか持っているのを名無しだって知ってはいるが、これまで跡部が持っていたリップ自体とは物も見た目も違う。
シンプルな見た目ではあるものの、色合いや化粧品ブランド名のロゴを見ただけで女性向けのリップグロスと言うのが安易に分かる。
では何故そんな物を跡部が所持し、わざわざ名無しに渡して来たのかその意図が名無しには分からなかった。
先程述べたように、名無しの誕生日でもなければ何かのイベントがある日ではない。
恋人同士であるものの付き合い出した記念日と言うわけでもないのだ。
なら何故リップグロスを渡されたのだろうかと名無しは不思議でしかならない。
普通のリップなら名無しだって持っているのだ。
勿論、跡部に渡されたような高いリップではなくスーパーやコンビニ、ドラッグストアに売っている手ごろな値段のものではあるが。
「うちの会社と有名な化粧品会社とのコラボが決定して、いくつかその会社の商品を貰ったから名無しに使ってもらいたくてな」
『なるほど…ってか、何で私?これどう考えても中学生が使うにしては高くない?』
「アーン?何言ってんだ。これくらい普通だろ」
名無しの言葉に怪訝そうな表情で名無しを見るが、名無しは1つ忘れていた。
相手はかの有名な跡部財閥の御曹司だ。
氷帝学園に通っていると言えど、名無しは一般庶民の家庭で育っている。
金銭感覚…否、価値観のズレがたまに生じる事もあるが“跡部だから”と思えば『そうね、そうでしたね、景吾はボンボンだもんね』と納得せざるおえなかった。
(あれ…と言うか跡部のお父さんの会社って証券会社じゃなかったっけ…)
ふと跡部との価値観の違いに意識を取られてしまったが、跡部の親の職業を思い出せば名無しは思わず首を傾げてしまう。
何故証券会社と化粧品会社がコラボしているのだと、思わずツッコミを入れそうになったが…子供には分からない大人の事情で何かがあるのだろうと無理やり自分の考えを破棄した。
金持ちの考えは分からないと言う事位跡部と付き合い出してからは嫌と言う程身をもって知ったのだから。
『まぁ…貰えるもんは貰っとくよ。ありがとうね、景吾』
「フン、ありがたく思えよ」
『はいはい…じゃあさっそく使ってみようかな~』
そう言って名無しは跡部に渡されたリップグロスのキャップをくるくると回し開く。
キャップの部分を透明なボトルから外せば先端には柔らかい素材で出来たチップが付いており、取り出すと既に適量のラメの入ったピンク色のグロスがチップについている。
だがそのチップをじっと見つめたまま、名無しの手は動く事が無かった。
跡部が鏡を出し名無しの前に置いてはいるが、それでも一向に名無しがリップグロスを塗ろうとする気配が全くない。
『ねぇ景吾…』
「アーン?どうした名無し。鏡なら置いてやってるだろ?」
名無しが普段鏡を持ち歩いていない事を跡部は知っている。
だからこそ名無しが使ってみようかなと言葉にした時点で、跡部はわざわざ自分の鞄から手鏡を取り出し名無しの前に置いたのだ。
先端がチップタイプであるため、何も見ずにリップグロスを塗るのは誰だって難しいのだから。
『そうだけど…』
「…だったら何で塗らねえんだよ?」
『…これってどうやって塗るの…?』
「……は?」
名無しの言葉に跡部は思わず鳩が豆鉄砲を食ったような表情で何とも間の抜けた声を零した。
「アーン…お前何でそんなこと知らねえんだよ」
『だってこのタイプ使った事ないんだもん』
リップ自体は名無しだって毎年この寒い冬の時期にお世話になっている。
名無しが普段使うのはスティックタイプのものだ。
一般的に想像されやすい形状のもので、鏡を見なくても塗る事は造作もない。
中にはチューブタイプのものもあるが名無しは鏡を見るのがめんどくさいため使いやすいスティックタイプを使用している。
だが跡部に渡されたリップグロスは名無しが普段使っているスティックタイプのものと違い、チップを使って塗るものだ。
見た事のない形状にどう扱えば良いのかと名無しはじっとキャップの先端部分についているチップを見る。
リップなのだから唇に塗る事自体は分かるものの、見慣れないチップタイプをどうやって塗ればいいのかと思わず跡部に問うたのだ。
そんな名無しに呆れながらも「貸せ」と跡部は名無しに渡したリップグロスを受け取れば、名無しの方へと身体を向ける。
手慣れた手付きでボトルの縁で少ししごいてはグロスを適量に調整し、名無しの唇へと手を伸ばそうとする。
チップについたグロスの量が少ないようにも感じ『景吾それちょっと少なくない?』と問えば、「これ位で良いんだよ。足りなかったら後から足せばいい話だ」と答えては名無しの頬に手を添え「動くなよ」と言葉を放つ。
じっと名無しの唇を見ては、上下の唇の中央部分に優しくグロスが置かれる。
上下の唇の中央部分に置かれたグロスは、少しずつサイドにスっと広げられ塗られていく。
はみ出さないように、丁寧に…真剣な目で跡部は優しい手つきで塗り広げていけばあっという間に塗り終えたのか「出来たぞ」と名無しの頬から自身の手を離した。
「見て見ろ」と言わんばかりに跡部は机の上に置いていた手鏡を名無しへと差し出す。
差し出された手鏡を受け取り鏡を覗き込めば…そこにはほんのり色づいた唇が名無しの目に映った。
リップグロスは唇に艶や輝きを与える化粧品だ。
口紅の上から重ねて使用する場合もあるが、跡部が渡したリップグロスにはもともと色が付いている。
リップグロス単体で使用する事も勿論できるのだ。
ほんのりと名無しの唇はラメが散らばった桜色に色付き、みずみずしく潤いを保っている。
発色がいいせいか、思わず『え、綺麗…』と素直な感想が名無しの口から零れた。
何処か色っぽく、リップグロス1つでこんなにも印象が違うのかと名無しは純粋に驚いてしまった。
「最後に上下の唇を合わせて唇全体に馴染ませてみろ。リップ塗った最後にするみたいにはみ出さないように気を付けろよ」
跡部に言われた通り手鏡を見ながら名無しはゆっくり上下の唇を合わせては馴染ませる。
『ど、どう?景吾…?』
「……」
『…景吾?』
上手くできているだろうかと不安になりながら、跡部に声をかけるものの跡部からの反応はなかった。
普段であれば即返事を返すはずなのに今日に限ってはなかなか跡部からの返事は返ってこない。
ただただじっと名無しの唇を見つめるだけだった。
(似合わなかったのかな…?)
自分では似合っていると思うが何も言葉を発しない名無しにほんの少し不安になってしまう。
普段化粧っ気がない名無しだ。
跡部が渡したリップグロスと言えどもしかしたら色味が合っていなかったのだろうかと名無しは思ってしまう。
『景吾…似合ってなかった…?』
「……」
『景吾…?』
「……名無し」
ようやく跡部がそう名無しの名を呼んだ刹那―――…
跡部と名無しの唇がゆっくりと重なった。
触れるだけの優しい、普段通りの口付け。
先程塗ったグロスが跡部の唇に付く事等気にせずに触れる。
普段であれば長くとももうそろそろ離れるはずなのに、名無しの唇から跡部は一向に離れる事はない。
ゆっくりと名無しの唇に自身の舌を滑り込ませては、名無しを貪り味わい始めていく。
『ん…はぁ…っつ…ん』
角度を変えては跡部の舌が名無しの舌に何度も絡みつく。
貪るように、もっと寄越せと言わんばかりに跡部の舌は名無しの舌を離さない。
離れようとする名無しを、跡部は逃がさないと言わんばかりにぎゅっと抱きしめた。
ぴちゃぴちゃと互いの舌が絡み合い紡ぎ出される水音が、やけに名無しの耳に大きく聞こえる。
『…っは…ぁ、…けぃ…ごっ…っ』
「黙ってろ、名無し」
一瞬離れたと思えば再び容赦なく跡部は名無しの舌を自分の舌と絡ませる。
上手く呼吸が出来ないせいか酸欠気味で名無しの瞳は涙で潤む。
潤む視界の中名無しの瞳には、熱を帯びた跡部の瞳が自身の目に映った。
あれから数秒…否、数分だろうか?
どれほどの時間が過ぎたかは名無しには分からない。
ようやく離された唇から跡部は甘い吐息を零した。
逆に名無しは酸素不足の為、ひゅー、ひゅーっと音を立ててはめいっぱい酸素を体内に取り込もうとする。
初めてされた深い口付け。
呼吸の仕方すら分からない名無しにとっては涙が出るほど苦しいものだったと同時に…跡部の行為が嬉しくたまらなかった。
「あぁ、悪い名無し…落ちちまったな」
そう言いながら跡部は悪びれもなく自分の唇を親指で拭う。
名無しに塗ったはずの桜色のグロスが、跡部の親指の腹についてはキラキラとラメが輝いている。
ただただ、自身の唇を親指の腹で拭う跡部に対し、『景吾何で…?』と、先ほどされた口付けの事が上手く処理できない頭で名無しはポツリと言葉を絞り出した。
跡部とは恋人同士なのだ。
口付けの1つや2つ、これまでだって幾度となくしてきた。
触れて離れるだけの優しい口付けを。
口付けをされることに対しては名無しだってそれなりに慣れているい、相手はあの跡部だ。
不意打ちを喰らう事も跡部が口付けたい時に口付ける時すらあるのだから今更驚く事は何一つない。
だが、先ほどの様に貪るような口付けはこれまで1度たりともされた事はなかった。
故に何が起こったのか名無しの脳は上手く処理が出来ず、ただただ思考が追い付かない。
大きく目を見開きじっと跡部を見る名無しに対し、跡部は…
「アーン?お前の唇見てたら無性にお前が欲しくなっちまったからな」
と言っては、意地悪そうな笑みをただただ名無しに向けては愉しそうに喉の奥をくくくっと鳴らす。
その言葉の意味を理解すれば、ボンッと音を立てて顔を赤く染めたのは言うまでも無かった―――…
リップグロスに魅せられて
(け、けけけけ、景吾ここ部室だよっ?!)
(アーン?別に俺様と名無ししか居ねえんだから気にする必要ねえだろ)
(いやいやいや、気にしよ?寧ろ気にして!!!)
(俺様が気にする質だと思ってんのか名無し?)
(………思ってないけどさ…)
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