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公務が終わり、何時ものように日向とお茶をしようと思い名無しは日向の部屋へと向かっていた。
天気がいい日は外でお茶をする事も多々あるが、生憎外は雨。
朝から止む事なく音を立てて降り続いていた。
(今日は雨止まないのかな…?)
そんな事をぼんやりと思いながら、名無しは日向の部屋の前で足を止め「日向様?」と、一声確認の意味で声をかけた。
いくら恋仲であるとは言え、礼儀上勝手に入るのは気が引けてしまう。
だが、いくら待っても名無しの声に対する返事は返ってくることがなかった。
(どうしたんだろう…私が来る事は伝えてあるはずなのに…)
名無しは首を傾げながらどうしようかと考えたが、あまり日向の部屋の前で立っている所を誰かに見られてはまずいと思い、恐る恐る襖に手を置き「失礼します」と呟いてからゆっくりと開けた。
襖を開けると、雨が降り続ける外を見つめている日向の姿が名無しの目に入る。
恐る恐る「日向様?」ともう一度名を呼べば、日向はゆっくりと振り返り、少し寂しそうな表情で名無しの方へと視線を向ける。
「ん、…名無しか?」
「はい。…すみません、声を掛けても返事がなかったので勝手に入ってしまって…」
「いや、名無しなら構わない。俺もぼーっとしていたしな」
苦笑を浮かべながら、日向は手招きをして名無しを部屋の中へと誘う。
音を立てないように襖を閉め、日向の傍へ歩み寄るとぎゅっと名無しは日向に抱きしめられた。
「ひ、日向様っ…?」
いつもの日向様とは違い、弱々しく囁く日向に、名無しもぎゅっと日向に抱きつき返す。
抱きつき返した右手で、名無しはそっと日向の背中を撫でた。
ただ雨の音だけが、二人の耳に聞こえた―――…
どれくらいの時が過ぎだたろうか…。
ようやく日向は名無しから離れ、申し訳なさそうな表情で名無しを見つめる。
「もうよろしいんですか?」
「ああ…見苦しい所を見せてしまったな」
落ち込んだ表情を見せる日向に、名無しは微笑みかけた。
そんな名無しの微笑みに、つられて日向も微笑む。
外はまだ雨が降り、先ほどよりも勢いを増していた。
「昔から…雨は苦手なんだ。周りの音をかき消して…まるで俺しか存在しないような気がしてな…」
雨を見ながら、日向はぽつりと呟いた。
幼い頃、いつも褥に横になって空を見上げていた。
看病するはずの母は何時も忙しく、あまり側にはいてくれなかった。
子供ながら、我儘を言っては母に悪いと思い、日向は何も言わず笑顔で母を送った。
母だけでない。
周りに居た女仲や家臣にも迷惑がかからないように、日向は我儘を言わずただただ黙って褥に横になって空を見上げ、一人で居る事が多かった。
晴れの日は耳を澄ませば誰かの話し声や足音が聞こえ何も思う事はなかったが…雨の日は別だった。
雨が降る音しか聞こえず、何時も誰かが話している声や足音など全く聞こえない。
聞こえるのは雨の音と、動いた時に擦れる布の音だけだった。
まるでそこには自分だけしか存在しないのだと…思わせるように、雨音は何もかも消していく。
誰かに傍に居て欲しいと言えない幼い頃、我儘も迷惑をかけたくなかった自分を…日向は物語のように語った。
「雨の日はどうも昔を思い出して…駄目だな…」
苦笑混じりに笑う日向に、名無しはそっと日向を抱きしめた。
名無しから抱きしめられる事など数える程にしかなかった日向は思わず息を呑む。
ぎゅっと、抱きしめる名無しの温かさが布越しではあるが肌に伝わってくる。
「…名無し?」
「…大丈夫です…今は私が日向様のお傍におりますから…」
抱きしめたまま、名無しは小さく言葉を紡いだ。
雨の音にかき消されそうな、とても小さな声。
だが日向の耳にはしっかりと、名無しの温かい声が聞こえていた。
その言葉は不思議と日向を落ち着かせ、ただただ、胸の中を何か温かいものが満ち溢れていた―――…
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