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※微本編ネタバレ
春の心地よい夜風が時折吹くある日のこと。
「兄上、いらっしゃいますか?」
夕餉を食べ終えた名無しは一人、日向の部屋の前を訪れていた。
恋仲になりまだ差ほど時が経っていないものの、影武者である名無しにとって表向きは兄と妹。
何処で誰が聞いているか分からない以上廊下で不用意に日向の名を出すわけにはいかなかった。
「家光か?」
「はい」
答えれば襖障子に影が映り、そっと開けば少し驚いた表情で日向が姿を現せた。
「どうした、こんな時間に…?」
「以前兄上に貸していただいた書物を返そうと思いまして…」
そう言いながら一冊の書物を日向に見せる。
名無しの手には以前日向が貸した弓の指南書を持っており、日向は思い出したかのように「そう言えば貸していたな」と顔をほころばせる。
「それと…時間があれば話をしたいなと思いまして」
「ああ、俺もお前と少し話をしたかったところだ」
そう言いながら家光、もとい名無しを自室へと迎え入れた。
日向の自室へ入ればお互い向かい合うように座った。
何度か日向の部屋に訪れた事はあれど、名無しはやはり緊張してしまう。
部屋の片隅で白いふわふわの毛をした兎…長丸が丸くなって眠っている。
「…兄上」
「今は二人っきりだが…名前を呼んでくれないのか?」
日向の言葉に名無しは恥ずかしくも嬉しそうに小さな声で「…日向様」っと言葉を紡ぐ。
しん、っと静まり返った部屋の中で名無しの声が小さかろうが聞こえたはずなのに日向は「名無し、聞こえないからもう少し大きな声で呼んでもらってもいいか?」と頬を緩ませながら言う。
「ぜ、絶対聞こえていましたよね?!」
「なんの事だ?」
「日向様っ!」
「…すまん、名無しがあまりにも可愛かったからつい…な」
苦笑を零しながら、座っている名無しを向かい合う形でを抱きしめる。
名無しはすっぽりと日向の腕の中に閉じ込められ、日向の温かい体温が伝わってくる。
「日向様」
「名無し」
名を呼べば嬉しそうに頬を緩ませ、日向は嬉しそうに目を細める。
名無しがこの江戸城の女将軍である家光の影武者である事は、江戸城内でも知るものはごく一部のみ。
そして皆の前では何時だって、日向と名無しは仲のいい“兄”と“妹”。
日向にとって妹の影武者である名無しは“家光”であり、影武者ではあるものの家光からすれば日向は“兄上”なのだから。
日向の名を呼ばれる事も無ければ名無しの名を呼ぶ事もない。
――――……私の名は…名無しと言います
あの日初めて、震える唇から紡ぎ出された愛しい彼女の名を…名無しの名を知った。
それと同時に“兄上”ではなく“日向様”と名を呼ばれた瞬間。
病に伏せていたはずなのに、苦しいはずなのにその瞬間だけは幸福だった。
(名を呼ばれるのがこんなにも嬉しいとはな)
名を知った時の事を思い出し、日向はぎゅっと名無しを抱きしめる腕に力を入れる。
まるで壊れ物を扱うかのように力加減をしながらも、名無しが自分の腕の中に居るのを確かめるように。
そんな日向に名無しはたどたどしく日向の羽織をぎゅっと掴む。
日向の手よりも一回り、二回り小さな手。
それなのにとても温かく、羽織越しなのにじんわりと広がって伝わる。
「あー…そのだな、名無し」
「どうかしましたか、日向様?」
名を呼ばれゆっくりと日向の顔を見上げる名無し。
「もう一度俺の名を呼んでみてくれないか?」
「また、ですか?」
「名無しになら何度でも俺の名を呼んでもらいたい…ダメか?」
日向のお願いに、名無しは恥ずかしそうに首を横に振る。
そんな姿が愛おしく、日向は「なら頼む」と名無しに笑いかけた。
頬をほんのり赤く染め、名無しは照れた表情で言葉を紡いだ。
初めて名を呼ばれた時とは違う、はっきりとした名無しの声で―――
お前が俺の名を呼ぶ甘美な瞬間
(名前を呼ばれる度、心が名無しに満たされていく)
お題サイト様:確かに恋だった様
2020/04/20
春の心地よい夜風が時折吹くある日のこと。
「兄上、いらっしゃいますか?」
夕餉を食べ終えた名無しは一人、日向の部屋の前を訪れていた。
恋仲になりまだ差ほど時が経っていないものの、影武者である名無しにとって表向きは兄と妹。
何処で誰が聞いているか分からない以上廊下で不用意に日向の名を出すわけにはいかなかった。
「家光か?」
「はい」
答えれば襖障子に影が映り、そっと開けば少し驚いた表情で日向が姿を現せた。
「どうした、こんな時間に…?」
「以前兄上に貸していただいた書物を返そうと思いまして…」
そう言いながら一冊の書物を日向に見せる。
名無しの手には以前日向が貸した弓の指南書を持っており、日向は思い出したかのように「そう言えば貸していたな」と顔をほころばせる。
「それと…時間があれば話をしたいなと思いまして」
「ああ、俺もお前と少し話をしたかったところだ」
そう言いながら家光、もとい名無しを自室へと迎え入れた。
日向の自室へ入ればお互い向かい合うように座った。
何度か日向の部屋に訪れた事はあれど、名無しはやはり緊張してしまう。
部屋の片隅で白いふわふわの毛をした兎…長丸が丸くなって眠っている。
「…兄上」
「今は二人っきりだが…名前を呼んでくれないのか?」
日向の言葉に名無しは恥ずかしくも嬉しそうに小さな声で「…日向様」っと言葉を紡ぐ。
しん、っと静まり返った部屋の中で名無しの声が小さかろうが聞こえたはずなのに日向は「名無し、聞こえないからもう少し大きな声で呼んでもらってもいいか?」と頬を緩ませながら言う。
「ぜ、絶対聞こえていましたよね?!」
「なんの事だ?」
「日向様っ!」
「…すまん、名無しがあまりにも可愛かったからつい…な」
苦笑を零しながら、座っている名無しを向かい合う形でを抱きしめる。
名無しはすっぽりと日向の腕の中に閉じ込められ、日向の温かい体温が伝わってくる。
「日向様」
「名無し」
名を呼べば嬉しそうに頬を緩ませ、日向は嬉しそうに目を細める。
名無しがこの江戸城の女将軍である家光の影武者である事は、江戸城内でも知るものはごく一部のみ。
そして皆の前では何時だって、日向と名無しは仲のいい“兄”と“妹”。
日向にとって妹の影武者である名無しは“家光”であり、影武者ではあるものの家光からすれば日向は“兄上”なのだから。
日向の名を呼ばれる事も無ければ名無しの名を呼ぶ事もない。
――――……私の名は…名無しと言います
あの日初めて、震える唇から紡ぎ出された愛しい彼女の名を…名無しの名を知った。
それと同時に“兄上”ではなく“日向様”と名を呼ばれた瞬間。
病に伏せていたはずなのに、苦しいはずなのにその瞬間だけは幸福だった。
(名を呼ばれるのがこんなにも嬉しいとはな)
名を知った時の事を思い出し、日向はぎゅっと名無しを抱きしめる腕に力を入れる。
まるで壊れ物を扱うかのように力加減をしながらも、名無しが自分の腕の中に居るのを確かめるように。
そんな日向に名無しはたどたどしく日向の羽織をぎゅっと掴む。
日向の手よりも一回り、二回り小さな手。
それなのにとても温かく、羽織越しなのにじんわりと広がって伝わる。
「あー…そのだな、名無し」
「どうかしましたか、日向様?」
名を呼ばれゆっくりと日向の顔を見上げる名無し。
「もう一度俺の名を呼んでみてくれないか?」
「また、ですか?」
「名無しになら何度でも俺の名を呼んでもらいたい…ダメか?」
日向のお願いに、名無しは恥ずかしそうに首を横に振る。
そんな姿が愛おしく、日向は「なら頼む」と名無しに笑いかけた。
頬をほんのり赤く染め、名無しは照れた表情で言葉を紡いだ。
初めて名を呼ばれた時とは違う、はっきりとした名無しの声で―――
お前が俺の名を呼ぶ甘美な瞬間
(名前を呼ばれる度、心が名無しに満たされていく)
お題サイト様:確かに恋だった様
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