過去LOG
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
※春日局←影武者の片思い
夕暮れ時。
公務を終えた名無しは葵の間へと続く廊下を一人歩いていた。
西陽が降り注ぎ、廊下はほんの少しだけ橙色に染まる。
「なんとか今日の公務も終わった…」
重いを羽織を引きずり、周りに人が居ないのを確認すると小さくため息を溢す。
ほっとしたような表情でため息を溢した名無しは、誰がどう見ても疲れきっていた。
それもそのはずだ。
名無しは本来、城下町にある鈴成茶屋で奉公するうちの一人にしかすぎない。
そんなただ茶屋で奉公する娘が、ひょんな事から将軍である徳川家光の影武者として、政を進めるはめになってしまったのだ。
いくら影武者として、教育係である春日局の教養を受けているとは言えたかが10日だ。
幼少の頃から将軍としての教養を受けていない、場馴れしていない名無しにとって重臣達の威厳のある雰囲気。
公務上の責任ある発言、決断を強いられる時間は苦痛であり、肩の荷が重いものだった。
誤った発言や決断をしていないか…また、影武者であることがばれていないかと公務の度に気が気ではない。
不安や精神的圧力により何度も挫折しそうになることが多々あれど、それでも頑張れるのには2つの理由がある。
一つめは一月後に名無しの罪を不問にし、城から出られる事。
そしてもうひとつは…
「こんなところで何を立ち止まっている?」
「…っ春日局様…」
いつの間にか名無しの背後に立って、声をかけた教育係である春日局のお陰だろう。
突然声をかけられ驚くものの、春日局の姿が名無しの視界に映れば、疲れきっていた表情が和らぐ。
「少々疲れてしまって…あの、春日局様。どうかされたのですか?」
「貴方に伝え忘れていた事があったからな…。名無し、明日の公務は取り止めになった」
春日局の言葉に名無しは思わず首を傾げる。
あまりにも急な公務の取り止めに疑問を感じたが、明日は確か朝廷の使者が遠路はるばるこの江戸城に来訪する予定のはずだった。
「どうして急に?…明日は確か朝廷の使者の方を交えた公務がありませんでしたか?」
「その予定ではあったが…ここに来るまでに体調を崩してしまって公務どころではないみたいだからな」
「体調を崩されてしまったのなら仕方ありませんよね…」
「だから明日の公務は取り止めだ。ここ連日公務続きで貴方も疲れているみたいようだからな」
「分かりました。お心遣いありがとうございます、春日局様」
「礼など不要だ。…たまの息抜きも必要だからな。…それよりも名無し」
「な、何でしょうか?春日局様…?」
「…そう固くなるな。先程の公務についてだが…」
「は、はいっ…」
何か失敗でもしたのではないかと?名無しは気が気ではない。
今日の公務の議題は、何時ものと比べ別段に難しい物だった。
そのせいもあり、その議題だけで今日の公務が終わってしまう程だ。
何時も以上に注意を払いながら、悔いのない、他の重臣達にも納得してもらえる決断をくだしたが…その決断が本当に正しいのか不安はある。
(もしかして私…誤った決断をしてしまったんじゃあ…)
ごくりっと、生唾を飲み込みぎゅっと羽織を握りしめる。
不安そうな表情で春日局の返答を待っていると…不意に、春日局の手が名無しへと伸ばされる。
「貴方にしてはよく頑張った方だ」
「…っつ」
そう言いながら春日局は名無しに薄く微笑みかけ、髪に優しく触れる。
春日局の細く長い指に名無しの髪を絡め、そっと手櫛で梳いていく。
「か、春日局…様っ!!?」
梳かれた名無しの黒く綺麗な髪はさらさらともとの位置に戻って行くが、髪に触れる春日局の手の温もりに…頬を桜色に染める。
とくん、とくん―――
っと、無意識に心音が早く大きくなるのを感じながらも、名無しは春日局から目が離せずにただただ見つめる。
そんな名無しに気付いてか知らずか、意地悪そうな笑みを浮かべて春日局は髪に絡めていた手を退ける。
「…少し乱れていたからな。公務の後とはいえ、身だしなみにも気を付けてもらわねば困る」
「……っつ、はい…」
優しい声色でそう名無しに言えば、そっと髪に絡めていた手を離す。
離れていく春日局の手を名無しは名残惜しそうに見ていれば、春日局は「私は先に失礼する。…貴方も早めに休むように」と言い残し、名無しの前から立ち去った。
立ち去っていく春日局の後ろ姿を、名無しはただただ見ているだけだった。
とくん、とくん―――
未だ高鳴る心音に、名無しは胸を抑さえた。
(だめだ…早く、早く鳴りやんで…)
高鳴るそれに言い聞かせるように、ぎゅっと目を瞑り心の中で叫ぶ。
だが言い聞かせる度に、それを否定するかのように心音は高鳴るばかりだった。
高鳴る理由を、名無し自ら知っている。
知っているから、だからこそ否定するのだ。
この想いを、春日局を恋慕う気持ちを。
―――上様を演じろ。大奥の男達を、決して好きになるな。貴方に選択権はない…これは、命令だ
脳裏を過るのは…最初に江戸城に来て影武者だとばれた頃に言われた春日局の言葉。
冷たくいい放ったその言葉が、ズキリと、高鳴る名無しの胸に…見えない刃として突き刺さる。
決して好きになってはいけないのだ、大奥の男達を。
上様を演じるのに、交わした約束を成し遂げるためには不要でしかないのだ。
身分だって違う、実るはずのない恋をしたって苦しいことは百も承知でいる。
それでも――――――…
それでも好きになってしまったのだ。
春日局と過ごす時の中で、厳しくも優しく接してくれる春日局に…名無しは恋をしてしまった。
否定しても抑えることのできないこの想いに、名無しの瞳からは涙が溢れる。
(好きです…春日局様。春日局様が…好きです…)
何度願っても、何度強く思っても、胸が苦しくて張り裂けてしまいそうなこの想いは…届かない。
気付いて欲しいと思う反面、気付かれてしまったら終わりなのだ…。
「…春日局様、好きです…苦しいくらい春日局様が…好きです」
無意識のうちに溢してしまった本音。
その本音はただただ虚しく、名無しの耳に残るだけだった―――…
夕暮れ時。
公務を終えた名無しは葵の間へと続く廊下を一人歩いていた。
西陽が降り注ぎ、廊下はほんの少しだけ橙色に染まる。
「なんとか今日の公務も終わった…」
重いを羽織を引きずり、周りに人が居ないのを確認すると小さくため息を溢す。
ほっとしたような表情でため息を溢した名無しは、誰がどう見ても疲れきっていた。
それもそのはずだ。
名無しは本来、城下町にある鈴成茶屋で奉公するうちの一人にしかすぎない。
そんなただ茶屋で奉公する娘が、ひょんな事から将軍である徳川家光の影武者として、政を進めるはめになってしまったのだ。
いくら影武者として、教育係である春日局の教養を受けているとは言えたかが10日だ。
幼少の頃から将軍としての教養を受けていない、場馴れしていない名無しにとって重臣達の威厳のある雰囲気。
公務上の責任ある発言、決断を強いられる時間は苦痛であり、肩の荷が重いものだった。
誤った発言や決断をしていないか…また、影武者であることがばれていないかと公務の度に気が気ではない。
不安や精神的圧力により何度も挫折しそうになることが多々あれど、それでも頑張れるのには2つの理由がある。
一つめは一月後に名無しの罪を不問にし、城から出られる事。
そしてもうひとつは…
「こんなところで何を立ち止まっている?」
「…っ春日局様…」
いつの間にか名無しの背後に立って、声をかけた教育係である春日局のお陰だろう。
突然声をかけられ驚くものの、春日局の姿が名無しの視界に映れば、疲れきっていた表情が和らぐ。
「少々疲れてしまって…あの、春日局様。どうかされたのですか?」
「貴方に伝え忘れていた事があったからな…。名無し、明日の公務は取り止めになった」
春日局の言葉に名無しは思わず首を傾げる。
あまりにも急な公務の取り止めに疑問を感じたが、明日は確か朝廷の使者が遠路はるばるこの江戸城に来訪する予定のはずだった。
「どうして急に?…明日は確か朝廷の使者の方を交えた公務がありませんでしたか?」
「その予定ではあったが…ここに来るまでに体調を崩してしまって公務どころではないみたいだからな」
「体調を崩されてしまったのなら仕方ありませんよね…」
「だから明日の公務は取り止めだ。ここ連日公務続きで貴方も疲れているみたいようだからな」
「分かりました。お心遣いありがとうございます、春日局様」
「礼など不要だ。…たまの息抜きも必要だからな。…それよりも名無し」
「な、何でしょうか?春日局様…?」
「…そう固くなるな。先程の公務についてだが…」
「は、はいっ…」
何か失敗でもしたのではないかと?名無しは気が気ではない。
今日の公務の議題は、何時ものと比べ別段に難しい物だった。
そのせいもあり、その議題だけで今日の公務が終わってしまう程だ。
何時も以上に注意を払いながら、悔いのない、他の重臣達にも納得してもらえる決断をくだしたが…その決断が本当に正しいのか不安はある。
(もしかして私…誤った決断をしてしまったんじゃあ…)
ごくりっと、生唾を飲み込みぎゅっと羽織を握りしめる。
不安そうな表情で春日局の返答を待っていると…不意に、春日局の手が名無しへと伸ばされる。
「貴方にしてはよく頑張った方だ」
「…っつ」
そう言いながら春日局は名無しに薄く微笑みかけ、髪に優しく触れる。
春日局の細く長い指に名無しの髪を絡め、そっと手櫛で梳いていく。
「か、春日局…様っ!!?」
梳かれた名無しの黒く綺麗な髪はさらさらともとの位置に戻って行くが、髪に触れる春日局の手の温もりに…頬を桜色に染める。
とくん、とくん―――
っと、無意識に心音が早く大きくなるのを感じながらも、名無しは春日局から目が離せずにただただ見つめる。
そんな名無しに気付いてか知らずか、意地悪そうな笑みを浮かべて春日局は髪に絡めていた手を退ける。
「…少し乱れていたからな。公務の後とはいえ、身だしなみにも気を付けてもらわねば困る」
「……っつ、はい…」
優しい声色でそう名無しに言えば、そっと髪に絡めていた手を離す。
離れていく春日局の手を名無しは名残惜しそうに見ていれば、春日局は「私は先に失礼する。…貴方も早めに休むように」と言い残し、名無しの前から立ち去った。
立ち去っていく春日局の後ろ姿を、名無しはただただ見ているだけだった。
とくん、とくん―――
未だ高鳴る心音に、名無しは胸を抑さえた。
(だめだ…早く、早く鳴りやんで…)
高鳴るそれに言い聞かせるように、ぎゅっと目を瞑り心の中で叫ぶ。
だが言い聞かせる度に、それを否定するかのように心音は高鳴るばかりだった。
高鳴る理由を、名無し自ら知っている。
知っているから、だからこそ否定するのだ。
この想いを、春日局を恋慕う気持ちを。
―――上様を演じろ。大奥の男達を、決して好きになるな。貴方に選択権はない…これは、命令だ
脳裏を過るのは…最初に江戸城に来て影武者だとばれた頃に言われた春日局の言葉。
冷たくいい放ったその言葉が、ズキリと、高鳴る名無しの胸に…見えない刃として突き刺さる。
決して好きになってはいけないのだ、大奥の男達を。
上様を演じるのに、交わした約束を成し遂げるためには不要でしかないのだ。
身分だって違う、実るはずのない恋をしたって苦しいことは百も承知でいる。
それでも――――――…
それでも好きになってしまったのだ。
春日局と過ごす時の中で、厳しくも優しく接してくれる春日局に…名無しは恋をしてしまった。
否定しても抑えることのできないこの想いに、名無しの瞳からは涙が溢れる。
(好きです…春日局様。春日局様が…好きです…)
何度願っても、何度強く思っても、胸が苦しくて張り裂けてしまいそうなこの想いは…届かない。
気付いて欲しいと思う反面、気付かれてしまったら終わりなのだ…。
「…春日局様、好きです…苦しいくらい春日局様が…好きです」
無意識のうちに溢してしまった本音。
その本音はただただ虚しく、名無しの耳に残るだけだった―――…
44/44ページ