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「紫京殿、どうして紫京殿はあんなにも上様のことが好きなのですか?」
新緑の色増す季節。
永光が大奥の者を集め開いた茶会の席にて、蔵之丞は自分の隣に座り永光が先ほど淹れたお茶を飲んでいる紫京に問いかけた。
蔵之丞の意外な言葉に思わず飲みかけていた茶を吐き出す者やむせ返る者は蔵之丞と紫京の方へと一斉に視線を向ける。
「ぶはっ…おまっ、蔵之丞!紫京に向かって何聞いてんだよ?!」
「何って…紫京ほどそう毎日毎日上様が好きだと申しておりましたので…何故上様の事が好きなのか気になりませんか?」
「それは確かに気になりますね」
ごほごほと咳き込む鷹司の背を摩りながら永光は蔵之丞の言葉に同意する。
この江戸城には女将軍家光のために集められた男が三千四名ほど居る。
家柄が良い者、武芸や学芸に優れた者。
見目も引けを劣らず美男子ばかりだ。
皆家光の正室候補を狙っている者ばかりだが、その中でも紫京は普段から家光のことが好きだ等と好意を示している。
今は訳があり、本物の家光ではなく、影武者として城下町から連れてこられた千影が家光の代わりに政や大奥へ通ったりしているが…。
「他の者は消極的な者ばかりですが、紫京殿に至っては隠すことなく申していますしね」
蔵之丞の言葉を聞き、お茶を飲んでいた紫京は笑顔になりながら「そんなに聞きたいのなら教えてあげようじゃないか!」っと立ち上がり大声で叫んだ。
立ち上がった時にふと鷹司と目が合い、「鷹司君も遠慮せずに僕が何故上様が好きなのか聞いてくれるよね?寧ろ聞くよね」っと鷹司につめ寄る。
鷹司の視界一面に紫京の顔が映り、思わず眉に皺を寄せる。
「近い離れろ紫京…!ちょっとは気になるが別にそこまで聞きたいわけじゃねぇーよ!」
「素直じゃないなぁ~鷹司君は。本当は僕がどうして上様の事をこんなにも愛して病まないか知りたいくせに、素直じゃないな~鷹司君は」
(やべ、こいつ殴りてぇー…)
鷹司の言葉など右から左に流れるかのように華麗に無視しながら、紫京はキラキラと目を輝かせ腕を組む。
「それで紫京殿、話していただけるんですか?」
「当たり前だろう!!!此処まで注目を浴びていながら話さない者はいないだろう!」
「まぁ、それはそうですね」
「それはそうと僕が何故上様をこんなにまで好きでいるのか話そう。あれは確かまだ僕が九つの頃だった―――…」
嬉々とした表情で紫京は上様を好きになるきっかけの思い出を…語り始めた。
その日も今日と同じように天気がよく新緑の色増す季節だった。
まだ元服も済んでいない紫京はいつもじいにうっとおしいほどまとわりついていた。
何時もと同じようにじいにまとわりついて城下町の方へ来ていたのだが…
「……ここはどこだ?」
その日は何故か城下町に賑わっており、紫京はしっかりとじいの手を握っていたはずなのにそこには誰もいなかった。
何度もじいと城下町へ来たことがあるとは言えじいにまとわりついて来ていたため今自分がどこにいるのか分からなかった。
「じい、じい!」とじいを呼びながら歩くものの、じいからの返事はない上に混んでいたため紫京の声は周りの声にかき消されてしまった。
周りは皆大人ばかりで混んでいるため下を見る者はいない。
皆自分のことで精一杯のためか、それともただ単に賑わっていて気づかないのか…。
紫今日は思わずその場にうずくまってしまう。
一人と言う恐怖と不安が幼い紫京を襲い、知らずうちに紫京の目から涙がこぼれ落ちる。
「じい…じい…」
涙が零れ落ちる目を手で拭うものの、次から次へと涙は溢れ出す。
ひっく、ひっくとしゃくり泣きをしながら涙を拭う。
そんな紫京の肩に優しく誰かが叩き「大丈夫?お腹痛いの?」っと問いかけた。
泣いてくしゃりとした顔を上げれば、紫京の目の前には紫京よりも二つ、三つ下と思われる女の子がそこに居た。
心配そうな表情で「お腹痛いの?」っと何も言わず泣いている紫京に問う。
「…ちがっ…じいと…はぐれて…っつ」
「そっか、おじいちゃんとはぐれたんだね。見ない顔だけどここ来るのは初めて?」
「ううん…何度か…来たことは…あるっつ」
「じゃあとりあえず此処に居ると大人の人たちに踏まれちゃうから立ち上がって君のおじいちゃん探そう?」
「…うんっ」
未だしゃくり泣きをする紫京に笑顔を向け、手を差し出す。
「迷子になるといけないから、私の手握ってて」
「う、うんっ」
差し出されたその手を、紫京はしっかりと握り締める。
名も知らない女の子の手はとても温かく、不思議と不安だった気持ちが何処かへ消え失せ、涙が自然と止まる。
「名前は…?」
「…し、紫京…っつ」
「紫京君か…綺麗な名前だね。」
笑顔でそう答える女の子に、思わず紫京の胸は高鳴る。
これまで歳の近い男友達は居たものの、女の子の話したことがなかった紫京にとって初めてのことだった。
「どうかした?」
「ううん…何でもないよ」
きょとんと首を傾げる女の子に、紫京は首を左右に振りじいを探すことだけを考えた。
一刻ほど、女の子に手をつないでもらったままじいを探していたが、なかなか見つからない…。
女の子に聞けばどうやら今日は催し物があるらしく、そのせいで何時もよりも賑わっているらしい。
「…見つからない…」
「諦めちゃダメだよ、きっとすぐに見つかるよ紫京君!…だから探そ?」
「…うん」
女の子の笑顔に頷き、紫京が辺りを見渡しじいを探していると…
「ぼっちゃん!!!」
「じ…じぃぃぃいいいいいいい!!」
じいの声が聞こえ、姿を見かけると紫京は止まったはずの涙を流しながらじいの足にしがみついた。
足にしがみつかれたじいの目にも涙を浮かべ、「良かった、良かった」と紫京の頭を撫でる。
紫京の頭を撫でているとふと、女の子が目に入り、先ほど紫京の手を握っていたことを思い出した。
「お嬢さん、ぼっちゃんの傍に居てくれてありがとう」
「いえ、…私は何もしていませんし…」
「あの、ありがとう…!!!」
「私は何もしてないよ?紫京君が頑張ったおかげだよ…それじゃあね!」
女の子は手を大きく振りながら何処かへと去っていった。
「…と、まぁそんな事があって心お優しい上様に、僕は惹かれていったんだよ」
紫京の長い昔物語を聞き、大奥の者は皆「上様は(こんな紫京に対しても)本当にお優しい方だな」と口々に呟いた。
因みに幼い頃から脱走癖のついている家光が城下町へよくお忍びで行っていた事があるので城下町で出会っていても可笑しくないと大奥の者は皆思っている。
だが、鷹司、永光、蔵之丞はその話を聞き、他の者とは違ったことを口には出さず思った。
(家光じゃなくて名無しだろそれ)
(名無しさんの事ですね…)
(上様じゃなくて名無しちゃんの事だね…それは)
家光が影武者である事を知っている者だけが気づき、また家光の性格上そんな優しい言葉も、行動も取ることはないと断言できる者だけが…紫京が本当に好きな相手は誰なのかという真相を知るのであった。
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